20 お人好しの戸惑い
「セーラ。今日は特に用事は無いはずよね」
「はい。本日は特に入っていませんね。恐らく………」
セーラが困惑しながら答える。彼女がこうなるのも当たり前だ。
パーティーから二週間。
特に何事も無く、いつも通りの大量の仕事をこなすという平和な………毎日を送っていた。
それがどうしてこうなったのか、目の前には
「久しぶりだね〜。ニコラさん! 元気だった〜?」
「突然来てしまう事になり申し訳ない。しかし、君に会えて嬉しいよ。」
うん。間違いない。
この、ゆるゆる言語と胡散臭い笑み────
ルーカス殿下とカールハインツ殿下だ。現実逃避をしようと思ってセーラに話しかけたけれど目の前の状況は何も変わっていない。
「失礼ですが、なぜアーレント家に来られたのですか?」
まさか、前言っていた事嘘じゃなかったの?
「前、約束したじゃん〜?」
「ルーカスに言われたからさ」
二人とも笑顔でそう答える。ルーカスに言われたからって自分の意思は存在してないの?
「ここに来ても何も無いと思いますが………」
答えになってないっ!と言いたい気持ちを抑え今の状況を頭で整理しようとしているけれど脳が追いつかない。
「じゃあ、俺行くね〜! 後は二人でど~ぞ」
にっこりと笑うとルーカス殿下は出ていこうとした。
「えっ!」
「おいっ! 待てルーカス!」
私とカールハインツ殿下の声が重なった。カールハインツ殿下も驚いている。ルーカス殿下の考えは分からないけれど今回は本当に分からない。
「おいっ!うるさいぞ、役立たずさっさと俺の仕事を終わらせろと言って……………!!」
私の部屋に怒鳴り込んできたのは、父のケヴィンだった。これは、所謂最悪なタイミングというやつだろうか。
父の顔がみるみるうちに青ざめていく。
「あはは………こ、これはルーカス殿下とカールハインツ殿下ではありませんか。こんな所でどうされたのですか?」
父は状況が呑み込めずに、しどろもどろにそう言った。不本意だけれど父の言葉に賛同せざるを得ない。
この家の存続の危機かもしれないというのに私の心は信じられないくらい落ち着いていた。
「いえ、少しニコラ嬢にお話がありまして」
私に話………?
「そ、それはどういうことでしょう、私の娘が不敬でも働いたのでしょうか?それならばすぐに私の方で罰しましょう。どうか私には……」
捲し立てる父に心がどんどん冷めていくのを感じる。なんで少し悲しい気持ちになるのか。分かっていたのに。
父がどんな人間なのかってことくらい。
自分の立場が危うくなれば私の事など簡単に切り捨てるなんて考えなくたって分かる事だった。どこかで期待していたのかな………。
しかし、一つ言いたい事は私は不敬罪など働いていないはずだ。
「アーレント侯爵。ニコラ嬢は何も悪い事していませんよ」
カールハインツ殿下の言葉に安心したのも束の間
「そうです。この度は私の兄、カールハインツとニコラ嬢の婚約を考えて頂きたく思い訪問させて頂きました」
ルーカス殿下の爆弾発言に私の思考回路は完全に停止した。
何を言っているの?
カールハインツと婚約?私が………。
一言二言しか話したこともないのに。
「ど、どういうことでしょうか?」
戸惑う私にカールハインツ殿下は微笑んで
「そのままの意味さ。私との婚約受け入れて頂けるだろうか?」
そう言った。
次話はカールハインツ視点の話です