2 お人好しと性悪
「お姉様! 私、聞きましたわ。新しいドレスを頂いたそうね? どうせお姉様は仕事で外に出られないのだから私が着てあげるわ。早くそのドレスを私に頂戴!」
ニコラが仕事に取り掛かろうとした時、ノックもせずに下品な態度でズカズカと部屋に入ってきたのは性悪こと妹のルイーゼであった。
「ルイーゼ様、ノックをしないで勝手に入るのは非常識ですよ」
セーラは笑顔が引き攣るのを抑えながらそう言った。
「うるさいわねぇ!使用人風情が生意気よ!」
ルイーゼは分かりやすく苛立った様子でセーラを睨んだ。
「セーラいいのよ。そうね……ルイーゼ、私には必要ないものだし貴女にあげるわ」
全く腹を立てていないのか穏やかな笑みを湛えたニコラはそう言って、ドレスをとりにクローゼットへ向かった。
「ニコラ様、お待ち下さい!」
セーラはそんな主人を慌てて追いかけた。
「どういうつもりですか。あんな豚にあげるドレスなんてありませんよ」
いつにも増して口の悪いセーラは聞こえないようにそう言うとクローゼットの前に立ちはだかった。
「私は着ないし、ルイーゼの方が着る機会多いからいいかなって思って」
さも当然のようにそう言うと、いつも通りの笑みをセーラに向ける。
「はぁ〜。もう、仕方ないですね。あの豚が着るとドレスも布切れとかわりませんがニコラ様がそう言うなら仕方ないですね」
「ええ。仕舞っておくのも勿体ないもの。それと、ルイーゼは豚じゃないわ」
終始穏やかな彼女が一体何を考えているのかセーラには分からなかったが主人の命令だには従うしかない。だが、納得はしていないのか表情は暗いままだ。
「ルイーゼ、これよ」
ニコラはドレスを傷めないように丁寧に渡すと、ルイーゼはそれをむしり取る様に奪った。
「お姉様。私の婚約者のユリウス様とのお食事に着ていくわね」
なんなんだこの女、いつか殴ってやるとセーラは思いながら主人と敵の会話を聞いていた。
「そうなのね。行ってらっしゃい」
奪われた婚約者との食事会に着ていくなど知ってさすがにニコラも怒る………ということも無く穏やかにそう言うと仕事に戻ろうとした。
ルイーゼが去り、静かになった部屋でセーラはニコラを見ると
「ニコラ様、怒ってもいいのですよ?こんなのあんまりです」
と言って顔を歪ませた。
「泣かないで、セーラ。あなたがそう思ってくれるだけで十分なの。それに妹が幸せになってくれるならそれでいいわ」
ニコラは女神のような笑顔でセーラを見ると、少し困ったような表情をした。
「ユリウス様は位も高誰もが認めるほどの麗しい容姿。ほんとに良かったのですか? あのドレスだってユリウス様に頂いたものなのですよ」
いたたまれない気持ちになったセーラはニコラの本心を聞き出したくそう言った。
「うーん。まぁ、いいかな」
しかし、ニコラは迷う素振りもせず答えると仕事に取り掛かってしまった。
そんなニコラの態度から、彼女は超がつくほどお人好しと噂されている。貴族の中でも有名な話だ。評判の良くないアーレント家だが、彼女だけはその美貌と優しさから人気も高い。
しかし、彼女の優しさは周りが心配するくらいのものであり、「お人好し令嬢」と呼ばれている。どんなに性格の悪い令嬢も彼女に嫌がらせすると空回りするらしいと言う話もあるくらいだ。
食の好みすら出さず、婚約者を妹にとられても、父親に仕事を押し付けられても彼女はいつでも穏やかに微笑んでいるだけであった。
そんな彼女には誰にも言わずにずっと秘密にしていることがあるらしい──────
次話からニコラ目線になります