11 お人好しへの想い (カイ視点)
カイ視点の話です。
何とか大量の仕事を終わらせて俺はある店へ向かった。
本当は全ての仕事を終えたわけではないがそんな事よりも大切なことがある。この日のために頑張ってきたと言っても過言ではない。
目的の店に着いたが扉が開いている。中を覗くと想い人とこの店の店主が何かを話していた。
「なぁーに、ぼーっとしてるんだい?もしかしてカイのことでも考えていたのかい?」
「ご、ごめんなさい。カイ……ち、違いますよっ!」
俺の想い人、ニーナが赤くなりながら否定する。
頬を染めながら一生懸命否定する姿はなんとも愛くるしいものだ。そろそろ声を掛けようか迷っていると
「あら?そう、残念ね、カイ?」
店主は俺に気づいていたようで、にやにやしながらそう言った。
「それは残念だな。ニーナ、久しぶりだな」
久しぶりに会ったニーナにそう言うと彼女は分かりやすく笑顔になって
「久しぶり、カイ。元気だった?」
と無邪気に笑う。元気だったかという質問に対しては正直微妙ではあるが、彼女を心配させる訳にはいかない。
「あぁ、もちろん。ニーナに会えてよかったよ」
ニーナに会えた喜びでにやけてしまわないように落ち着いて言葉を返す。その後、店主の取り計らいで俺はニーナと街へ出かけた。
取り留めのない会話が心地よい。
誰もが見とれる程の美貌も権力もない女性ではあるが俺は何より彼女を愛している。パーティーで派手に着飾った令嬢たち。上辺だけ取り繕って本心が丸出しの社交界。
そんな日々に安らぎを与えてくれる唯一の存在だ。
しかし、彼女は商人の娘。結婚したいと思っても身分差という壁がある。いつ、政略結婚を持ち掛けられるかも分からない。
本当は彼女と恋仲になんてなってはいけなかったのだ。
それに、俺にはまだ彼女に言えていない秘密がある。これを知ったらニーナはなんと言うのだろう。
今までの令嬢達のように態度を急変させるか。
変わらないで接してくれるのか。
それとも俺の前から居なくなってしまうのか。
でも、俺は何としてでもニーナと一緒にいたい。この幸せを手放すことなんて出来ない。どこまでも自分勝手な願いに呆れる。けれど、目の前の幸せに抗う事もできず彼女の横顔を見ていた。コロコロ変わる表情を追っているとこの時間が永遠に続くと錯覚しそうになる。
俺の秘密は、彼女と一緒に居られなくなった時に話そう。 まだ、ニーナの事を諦める覚悟はできていない。
彼女と別れた後、俺は街の中心街へ向かった。
さっきまで明るく見えた街も隣に彼女がいないことでつまらないものに感じる。
次にニーナに会えるのは一ヶ月後だ。楽しい一時はあっという間に過ぎ、俺も仕事に戻らなければならない時間が来てしまった。
そして、明日の夜にはダンスパーティーがある。
全く面倒な事だ。ニーナには出ないと言ったが、本当は出なければならない立場だ。
まぁ、弟に任せて俺は出なくてもいいだろう。あいつはパーティーとか嫌いじゃないはずだ。……おそらく。
「あれ?何してんの?こんなとこで〜」
弟の事を考えていたせいか鉢合わせしてしまった。
「特に何も」
機嫌がいいのか面倒臭いノリで絡もうとしてくる。
「いつもの作り笑顔はどうしたのさ。俺にも見せてよ」
「うるさい」
調子のいい弟はからかうようにそう言うと何やら紙を取り出して渡してきた。
「俺さ、サボってた仕事がバレて明日のダンスパーティー無理になったんだよね。だから、兄貴頼んだ!」
「はぁ? おい、待て」
ダンスパーティーの紙を俺に押し付けて愚弟は街へ消えた。最悪だ。あの様子だと父に仕事をしろと言われた後だろう。つまり、明日のダンスパーティーに出なければならなくなってしまった。
ニーナと別れた後で気が沈んでいるというのに追い討ちをかけるように面倒事を押し付けられ憂鬱な気分がさらに増幅する。
仕方ない。
俺は重い足取りで帰路に就いた。