10 お人好しの思案
「そろそろ店じまいだよ」
「はい!」
日が沈みかけ、辺りが少し薄暗くなってきた。
帰ってくるのが遅くなった分いつも以上に売上に貢献できるように頑張ったつもりだ。
「そうだ、必要なものあるんだったよね。ちょっと安くしとくよ」
メラニーさんは品物を整理しながらそう言った。
「さすがに申し訳ないです。定価でお願いします」
「そう言うなら、しょうがないねぇ。必要な物はここに纏めておくから帰る時忘れるんじゃないよ」
「はい。ありがとうございます!」
毎月の買い出しで、必要な物はお礼の気持ちも込めてメラニーさんの店で買っている。働かせてもらって、おまけに安くしてもらうなんてことできない。メラニーさんの店が繁盛しているのは店主の人柄なんだろうなと思いつつ帰り支度を始めた。
次にこの店に来るのも一ヶ月月先か………。
また、頑張らなくてはならないな、令嬢ニコラとして。
「お世話になりました。また来月よろしくお願いします」
「いいのよ。また、いつでも来てちょうだい。気をつけて帰るんだよ」
メラニーさんは相変わらず豪快に笑うと手を振った。私はもう一度お礼を言ってメラニーさんの店を後にした。
街は少し暗く一人で歩くには少し不安になる。たくさんの荷物を持っているから賊に襲われないか周囲を警戒しながら船着場まで向かった。
こんな時は誰かに見られているような気分になってさらに不安になる。
何事も無く船着場に着いた私は船に乗り込んだ。
船には私と二組くらいの乗客しかいなかった。
いつもより遅い時間になってしまったが心配してくれる家族なんていないと思い自嘲の笑みが零れる。
幸せな時間は一瞬に感じるというのは本当なんだなと改めて実感した。
カイに会えるからきっと私は令嬢ニコラとしてやっていく事ができるのだろう。
今日だって会えて胸が幸せでいっぱいだった。
しかし、彼との未来を考えると不安になってしまう。
カイは地方の弱小貴族で私は侯爵家の令嬢だ。
きっと一緒にはなれない。でも、あんなに素敵な人に二度と会えるわけが無い。貴族なのに偉ぶってなく、平民であるニーナにも差別せず優しくしてくれる。
貴族たちのパーティーで腐るほど見てきた胡散臭い笑顔もない。
そして、外見だけで判断することも無い。上っ面だけを見られてきた私にとって彼は救いだった。
いい子じゃない私を認めてくれる。
ニーナは本当の私の姿ではない。
でも、ニーナでいる時の方がよっぽど本物の私に近かった。そして、彼は私との身分差を気にしている。嘘をついている私が悪いのだけれど、真実を話しても身分差は埋まらない。
あの父がそんな結婚を許すわけが無い。ユリウス様との結婚も彼が有力な貴族だったからだ。
────お前は役立たずだから、身分の高い人と結婚して少しでも役に立て!
これが父の常套句だ。聞きすぎてあの嫌味な言い方も完璧に真似できるくらいだ。いつかこの物真似をセーラに披露しようかと密かに考えている。
カイとの関係は仮初の幸せでしかない事は分かっている。どっちにしろ彼と私は恋仲になっていい身分ではないのだろう。
もし、本当の事を話したら彼はなんと言うのだろう。
嘘つきだと拒絶するのかな?
それとも受け入れてくれる?
何度、考えたって答えは分からない。
この関係も彼か私のどちらかが政略結婚させられるまでの間だ。
その時が来たならば全て話して彼のことは忘れよう。
そう決めている。
こんな事を考えているうちに船は着いてしまったようだ。 船着場から家までは大した距離ではないので暗いが一人でも大丈夫だ。もう見ている人もいないのでウィッグと眼鏡をとる。
まるで魔法が解けたみたい。
昔読んだ絵本のシンデレラとは逆ね……。
彼女は魔法で美しくなるのに私は魔法で地味になるのだから。
何にせよ、夢の時間は終わってしまった。
でも、カイの事を思い出せばまた魔法にでもかかったように幸せな気持ちにれるのだから不思議だ。