酷く熱い夜に
何も考えずにダラダラ書いたので、ダラダラしています。
ここ三日間ほど、足の裏が熱くて熱くて堪らない日が続いている。
原因は…まあ、ストレスからくる自律神経のうんたら…だろう
職場での人間関係、金銭的な不安、恋人との将来、必ず来るであろう親の介護と自分の健康。
考え出したら無限に出てくるんじゃないだろうか? ただでさえ足の裏が熱くて眠れずにいるのに、心配事は閉じたまぶたの裏側に染み出ては貼り付き、また新しく染み出ては貼り付きを繰り返し、一種の前衛的な絵画の姿になりつつあった。
その芸術はぶくぶくと肥大化していき、こちらを飲み込もうと近づいてくる。
焦りなのか恐怖からなのか、へその少し上辺りが急激にぞわぞわとする
まるで腹筋そのものが恐怖で震え上がっているかのような感覚。
うっと、声にすらならない息が漏れる。それでも造り出されたモノは飲み込もうとするのを止めようとはしない
逃げようとしても、足が上手く動かない。
目をあけると、眼前に迫っていたモノはゆっくりとぼやけ、カーテンの隙間から不規則に部屋に侵入する車の灯りに、引っ張られるように天井の隅に消えていく
ああ、やっと眠れたと思ったのに、悪夢で目が覚めるなんて
心の中でぼやいてはみるが、完全に醒めきっていないからかまぶたはどんどん重たくなっていく
このまま朝まで眠れるかも…だが悪い夢を見た直後、また眠りについたら悪夢を見るかもしれない
もう一度眠ろうとする体を引き留める為に、目を必死に開ける
天井には車のライトが真っ直ぐ伸び、音と共に天井を拭き取るようにして消えていく。
一定の間隔で繰り返される光の線の動きの後、リセットするかのように信号機の赤色が天井を覆い尽くす。
そして、また光の線の繰り返し
赤く染まる天井。
4回目の赤色の時、ふと右隅が赤く染まり切らない事に気がついた。
信号が変わった瞬間を見たからなのかと思ったが、5回6回と続く内に
ああ、これはあそこの暗い部分がどんどん大きくなって、金縛りになって、化け物が出てくるんだろうな
こういう状況は、今に始まったことではない。
これは夢だ
これは夢だ
いつの間にか眠ってしまっているんだ
目を覚ませ、目を覚ませ
だが、悪夢というものには妙な魅力がある。
自分の奥にある怖いものが表に飛び出てきてしまった感覚。
そんな恐怖そのものを確認してみたいという好奇心と、早く逃げ出したいという感情とのせめぎ合い。
金縛りは頭が起きていて体が寝ているから動けないだけ、お腹の上にも目の前にも幽霊なんていない
起きろ、起きろ、目を覚ませ
わかっていたとしても目覚められないから悪夢なのだ。
全身を包み込むように広がっていく倦怠感。
わかっているのに起きられないという状況からくる苦しさ。
脈拍がどんどん上がっているのがわかるくらいになったとき、唐突に目が覚める。
まだドキドキしている
目が覚めたことを確認するように、手を顔の前に持ってくる。
1回、2回と手を開け閉めし、額に浮いた汗を拭う。
以前、これも夢でした。ていうB級ホラーみたいな展開があったが、今回は大丈夫みたいだ。
「疲れたー」
脈と気持ちを落ち着かせるために深い呼吸をしていると、ため息ともとれる息とともに言葉が漏れる
悪夢とはいえ寝ているはずなのに、すごく疲れた
それにのどが渇いている
だが、今起きるとまた眠れなくなりそうだ
また天井を眺める。
光の繰り返し。
もう右隅は見ない。
光とともに聞こえていた音が、変化していく。
外は雨が降っているのか…
濡れた路面を走る車の音。
風も出ているのか、時々窓に当たる雨粒の音。
隣室のベランダに出ているバケツに落ちる水滴の音。
雨が生み出す音は、子どもの頃から不思議と安らぎを与えてくれる
しかし、のどが渇いている。
普段なら安らぎを与えてくれる雨音だが、今は酷くのどの渇きに訴えてくる。
2度の悪夢で目が覚めてしまったことだし、少し起きて何か飲むくらい平気だろう
何か飲んでのどの渇きを抑えた方が眠れる気がする
そう言い聞かせながら、上体を起こし、布団から右足、左足と出ていく。
少しベッドに腰掛けて、室内を見渡す。
室内灯は点けなくても、外からの明かりで把握出来る。
テーブルに置かれた500mlの烏龍茶のペットボトルを手に取り、そのまま口を着けて飲む。
半分以上残っていたが、全部飲み干してしまう。
烏龍茶特有の後に残る渋味を感じつつ、のどの渇きが癒えたことに満足する。
外は雨が降り続いている。
窓の下を通り過ぎる車の音が、何かを成し遂げた後に残る達成感と虚無感を与えてくれる。
何をしたのか。
何をしようとしたのか。
そんなことすら考えることをしない真っ白な状態。
ただ一点を見つめ、呼吸をする。
深く、そしてゆっくりと。
カコンッと、さっきまで手に持っていた空のペットボトルの落下音で我に返る。
なんだか、今ならよく眠れそう
何回目かかもわからない期待だが、一度リセットされて綺麗になった今の頭ならば、穏やかに眠れそうだ。
座った姿勢から90度回転し、まだ僅かに暖かい布団の中に入る。
ちょっとボーッとし過ぎたのか、少し体が冷えた。
布団の中で少し丸くなる。
何かを確認するかのように、脚をさする。
太もも。
ひざ。
ふくらはぎ。
手の届く範囲を行ったり来たり、ゆっくりと、丁寧に。
布団の中が暖まってきた時、車や信号の明かりとは違う光があることに気がついた。
誰だろ、こんな夜中に
枕元に置いてあるスマホを探す。
手探りで棚を一通り巡ってみるが、見つからない。
仕方なく上半身を起こしてもう一度枕元の棚を確認する。
「くぬっ」
急に目に飛び込んでくる強烈なスマホの光に、思わず顔をしかめる。
午前3時を少し回っていた。
あと3時間も眠れないな
いっそこのまま起きて出勤するか
いや、それはだめだ
前にそれをして会社の車で事故りそうになったじゃないか
少しでも良いから寝ないと
深夜に届いた旅行中の友人からの楽しそうなメッセージと画像に一通り返事をした後、先程まで置いていた場所より少しわかりやすい場所にスマホを置く。
仰向けになり、また天井をしばらく見つめてから目を閉じる。
スマホを見てしまったせいか、目の前がチカチカする
「寝れない。」
スマホの画面ほど寝るときに見てはいけない物はない。
強い光が目の奥から脳に向かって、道中の細胞を揺り起こしながら侵攻していく感覚。
光という外敵が脳にまで到達すると、それに呼応するかの様に遠く離れた足の裏がまた熱を帯びてくる。
「熱い」
スマホを見てしまった自分の愚行が原因なのだが、眠れない苛立ちからベットの中で動き回る。布団を脚で挟んだり、少しでも冷えている場所を探しては熱くて堪らない足の裏を冷ます。
右に寝返りをうつ、左に寝返りをうつ、仰向けになって深呼吸をしてみる、うつ伏せになって枕を抱き締めてみる。
寝れない寝れない寝れない寝れない
新しい不安の芸術が、恐怖に追いやられ忘れてしまったはずの前衛的な芸術に追加される。
だが、2時間ほど前まで丸々と肥大化していた前衛的な芸術は、新たな芸術に上書きされ、塗り込まれ、今や眼前に広がるのは「眠れない」という壁画彫刻である。
何だか、あまりにも眠れなさ過ぎて可笑しくなってきた
寝なきゃ寝なきゃとか、遠足前日の小学生までだろう
おやつは300円までで、結局6年間毎年学校近くの高台にある大きな公園だった
あの公園には何十回行ったのか知れない
小学校の遠足にマラソン
中学校は園内の武道館で部活
高校は帰宅部だったけど、よく従甥のリトルリーグを見に行った
でも、一番の思い出は初めて出来た彼女との、下校デート
あの頃は授業中も彼女とどんなことを話そうかとか、休みの日のデートはどこに行こうか
そんな事ばかり考えていて、授業で何やってたかなんてまるっきり覚えていない
でも、二人っきりになると授業そっちのけで考えていた事なんて全部忘れてしまって、次から次へと話したい事が出て来て、ずっと話してたけど彼女はただただ笑顔で聞いてくれていた
話したいことが一段落つくと、今度は彼女の番だった
昨日見たテレビの話、今日クラスで起こった面白いこと、友達の女の子の事
話したい事を一生懸命話す彼女の、一挙手一投足全てが輝いて見えた
話の内容なんて、ほんの些細な事でしかないのに面白かった
彼女の話が終わると、今度はこっちが話す
こっちが終わると、今度は彼女が話す
とてもぎこちない会話のキャッチボールだけど、とても充実した時間だった
久しぶりに帰ってみようかな
きっと街並みも色々と変わってしまっているんだろう
こっちに出て来てから、連絡をしていなかった地元の友達に招待されたSNSの地元のグループで、初めての彼女だった子も名字が変わっていた
去年、同窓会をするということで久しぶりに帰省した際には、偶然駅前で出会ったけど、二人も子供が居て自分とは違って、すごく大人になっていて、まだまだ子供な自分と比べて照れ臭いやら恥ずかしいやらで、何話したかなんてほとんど覚えてない
でも、昔と同じ笑顔で聞いてくれていた
なんだか色々と思い出してきた。
その後の同窓会では、すごく太っていた奴がめちゃくちゃマッチョになっていて、有名なプロレスラーになっていた
彼いわく、練習が本当にキツくて一日中しているから、こういう理由がないとサボれないとか笑っていたり
放送部で部長をしていた子は声優になっていて、主役作品も結構あるらしく、昔からオタクだった奴等がすごく盛り上がっていた
そして、芸人になったやつも居て、酔った勢いでちょうど地元で営業終わりだったお世話になっている先輩芸人を呼んでたっけ
予想以上に大物が来て、みんな恐縮しつつも興奮して、ついつい話しかけてしまったけど妙に意気投合して連絡先も交換したっけ
その後の二次会も三次会も、気がついたら知り合いが知り合いを呼んで、さながら芸能人の飲み会に参加した一般人になってたな
あんなに楽しかったのは最近ではあの日が最後なんじゃないだろうか
そんな思い出を、目の前にある芸術に投げつける。
ビシャという脳内の音と共に、思い出は空色に
爆ぜる。
色は徐々に広がるとともに、明るくなっていく。
明るく、白く、そして、気づけば空を漂っている。
漂いながら、手近な雲に潜り込む。
暖かく、柔らかい。
何か、すーっと気持ちが抜けていくような気持ちよさ。
よく眠れそうな安心感。
このまま眠ってしまえ
寝なきゃいけないんだ
こうして、悩み事との戦いは逆転サヨナラで勝利をした。
その勝利を祝うかのように、スポットライトのあたるお立ち台へと向かうのだ。
きらびやかな勝利の場へと……
朝だ。
空も飛んでいないし、ヒーローインタビューも受けたことなんてない。
しかも、あんなに楽しく一緒に飲んで連絡先を交換したと思っていた芸能人とも知り合いですらないし、誰だったのかもあやふやである。
そもそもあれは本当に芸能人だったのか?
そして、何を勘違いして自分は夢の中で熱く語り合っていたのか。
有名人と知り合いではなかったという現実を実感し、虚無感に苛まれてしまった自分の人間の小ささが辛い。
あと、わかっていることは、悩み事は何も解決していないということである。
何とも言えない気分で、今日も1日が始まる。