第九十五話 いくつもの火種
此処最近、モチベーションが落ちています。
ガリスレーン大陸とエイハリーク大陸の西には、モフルート王国の存在するアウステルト大陸がある。
そこから更に西へ行くと、ハーベストの西の果てと言われる島国<エイグロス帝国>が存在する。
この国は、古代遺跡に頼らず魔導砲や戦列艦等を開発した国であり、暁帝国台頭以前は世界から注目を集めていた。
この様な真似が出来たのは、優れた諜報網による所が大きい。
この諜報網に各国の先端技術も奪い去られ、近世レベルの技術を習得するに至ったのである。
しかし、元々の技術はそこまで高くは無く、列強国から見ればモンキーモデル程度の性能しか無い。
国力も、ハンカン王国よりは上だが、大陸国家と比較するとどうしても見劣りしてしまう程度でしか無い。
その為に大国止まりとなっているのだが、世界からは準列強国候補として見られて来た。
そして、その準列強国候補であるエイグロス帝国の目下の注目の的は、暁帝国である。
東の果てから何の前触れも無く颯爽と現れ、瞬く間にセンテル帝国からも主導権を奪い、新たな列強国として君臨しているその様は、準列強国の地位を得ようと四苦八苦しているエイグロス帝国にとっては、とても無視出来る存在では無かった。
しかし、距離的な問題から接触自体が難しく、暁帝国も接触する程の余裕は無い。
その一方、諜報員の派遣は複数の国を介して行っており、その隔絶した技術力に愕然としていた。
・・・ ・・・ ・・・
そして、現在。
エイグロス帝国 首都 レイドン
「・・・以上です。」
部下からの報告に耳を傾けているのは、エイグロス帝国首相 チェインレス である。
エイグロス帝国は、帝国を名乗りつつも立憲君主制に近い体制を採っている共和制国家である。
ただし、国家存亡の危機が訪れた場合は、君主である皇帝が権力を一元的に行使出来るとしている。
「うーむ・・・」
報告を聞き、チェインレスは唸る。
現在、彼が聞いていたのは暁帝国に関する報告である。
彼の暁帝国に関する関心は並々ならぬものがあり、何らかの動きが確認されれば最優先で首脳部へ報告される。
しかし、今回の動きは全く理解出来ない物であった。
「この世界の裏側に、一体何が隠されていると言うのだ?」
彼等が察知した動きは、暁帝国が星の裏側の調査準備を進めていると言うものである。
星の裏側は、全貌が把握出来ていないだけに様々な伝説が流布する場所となっている。
よくありがちな「巨万の富が眠っている」と言う類の伝説が多く、数多の探検家が探索に出た。
だが、未だに陸地らしきものは見付かっておらず、今では星の裏側の探索は骨折り損の代名詞となっている。
その様な場所へ敢えて探索に出るなど、いくら暁帝国と言えども無謀であると考えても無理は無かった。
(だが、あの暁帝国が態々動くのだ。何か、とんでも無い何かが隠されていると見るべきか?我が国も、独自に調査を行うべきかも知れんが・・・)
チェインレスは、迷いに迷った。
エイグロス帝国は、自国の国力をよく把握しつつ順調に発展して来た経緯を持つ。
だが、星の裏側の調査など、国力を大いに疲弊させる負担が掛かる事は目に見えている。
暁帝国が動いているとなれば無視も出来ないが、徒労に終わるリスクが高過ぎる。
「御前会議を開こう。皆を集めてくれ。」
世界の片隅で、誰にも気付かれずに新たな国家が動き出した。
・・・ ・・・ ・・・
ズリ領 アウレンディ
此処では、ウムガルとゴルナーが目を閉じて静かに鎮座していた。
その様子を、シーカが心配そうに見つめる。
そうこうしていると、シーカの元へ一人の兵士が駆け込んで来る。
耳打ちすると、すぐに持ち場へと戻って行った。
「迎えが到着した様です。」
その言葉に、二人は目を開けてゆっくりと立ち上がる。
堂々としたその動作は余裕を感じさせるが、一言も言葉を発しない事からシーカを含む周囲の者達は大きく緊張している事を察した。
間も無く、現代的な服装をした官僚と思しき人間族の集団がやって来た。
「初めまして、暁帝国から参りました原と申します。あなた方が参加者ですね?」
「うむ、その通りだ。」
先頭の男の質問に、ウムガルが答える。
「分かりました。それでは早速御案内をしますが、宜しいですか?」
「構わん。案内を。」
ゴルナーが答えると、原の隣の男が一歩前へ出る。
「では、道中はお任せを。私は、センテル帝国の メイター と申します。」
メイターは、スペルアントの部下の一人である。
ドワーフ族の男であり、戦闘となればやたらと大きな声で指示を飛ばす。
攻撃精神旺盛であり、敵が隙を見せれば決まって攻勢を強硬に主張する事から、猪と呼ばれている。
ただし、突撃馬鹿と言う訳では無く、攻勢に適した機会が来なければ我慢強い一面も持ち併せている。
「それでは、海岸までは我々も同行させて貰おう。」
シーカはそう言うと、護衛を引き連れる。
前例の無い事態であるだけに、ズリ族一同は今回の動きには内心反対であった。
しかし、この地域にただ引き篭もってばかりいるのも限界である事も理解しており、せめてもの抵抗として自身の勢力圏内での護衛兼監視だけは行う事としたのである。
緊張からいつもより口数の少ないウムガルとゴルナーは、ズリ族のこの気遣いにかなり救われていた。
暫く後、
海岸へ到着した一行の目の前には、LCACが鎮座していた。
ズリ族、赤竜族共にまともな造船技術は存在せず、港湾施設の整備能力も殆ど持たない。
漁に出る為の粗末な桟橋では近代艦の接岸は不可能であり、止む無くLCACによる接岸が行われていた。
「此方に乗って頂きます。」
「・・・」
原は、一切の反応が無い事に訝しんでウムガル達を見ると、唖然としたまま固まっている一行の姿があった。
周囲の職員が乗艦準備を進める中、原は固まっている一行の再起動に努める。
「えー、大丈夫ですか?」
「あ・・・う、うむ、すまん。もう大丈夫だ。」
「それではお乗りください。」
「難破している様にしか見えんが・・・」
「この船は、洋上と砂浜を自由に行き来出来ます。上陸に特化しているので外洋へは出られませんが、あの艦へ収容する事で何処へでも進出出来ます。」
原の指差した先には、強襲揚陸艦の姿があった。
その周囲には、戦艦を含むセンテル艦が囲んでいる。
「お気を付けて。」
シーカの見送りの言葉を受けて、ウムガルとゴルナーはLCACへと乗り込む。
「うおっ・・・!」
想像を大きく上回る速度と水飛沫を目の当たりにし、思わず声を上げる。
(世界大戦当時とは、世界の様相は様変わりしている様だな。)
二人は、ただただ大きな不安を抱き続ける。
・・・ ・・・ ・・・
ネルウィー公国 バスティリア王国軍
国境を越えたバスティリア王国軍は、一切の抵抗を受けず順調に進軍していた。
だが、抵抗が無い代わりに物資も無く、本国へ臨時に補給を要請したが、到着までには一週間以上掛かると言う有様であった。
止む無く一時進軍を停止したが、何処まで行っても変わり映えしない景色に加え、全く戦果を挙げられずに上官の罵倒を受け続ける環境に、一般兵の士気は限界を迎えようとしていた。
「テメェ、今ぶつかっただろ!?」
「何だァ!?誰に向かって口利いてやがる!?」
「待てや!割り込むんじゃねえ!」
「テメェが、ボーっとしてるのがいけないんだろうが!」
些細な事ですぐに喧嘩が始まり、殴り合いに発展する事も珍しく無くなり、戦闘もしていないにも関わらず負傷者が急増していた。
「いい加減にせんか!」
バキッ
「・・・何だ貴様等!?」
上官が止めに入るが、その上官を一般兵が囲い込む。
「いい加減にするのはそっちだ!」
「そうだ、やっちまえ!」
「散々好き勝手やってくれやがって!死んじまえ!」
これまでの横暴が災いし、最早上官であると言うだけでは統制を取れない状況にまで事態は悪化していた。
我慢の限界に達した一般兵によって、指揮官の悲鳴がそこかしこから上がる。
「もうやってられっか!俺は帰るぞ!」
遂に離反者が現れ、軍の戦力は低下を始めた。
だが、まともな準備が行われなかった為にただでさえ物資が不足気味であった事で、本国へ帰ろうにもそこまで食料が保たなかった。
結果、離反者の大多数が野盗と化し、要請を受けてやって来た補給部隊を襲撃する事態となった。
これにより、離反者は無事に帰る目途が立ったが、離反しなかった者達に対する補給は不十分なものとなり、更なる離反を誘発する結果となる。
国境を越えてから約120キロ程の地点で、バスティリア王国軍の兵力は半減した。
・・・ ・・・ ・・・
アルーシ連邦
「確保ォ!」
「離せ、邪悪な輩が私に触れるな!」
此処では、ハレル教徒の摘発が盛んに行われている。
セイキュリー大陸外にいるハレル教徒は、暁勢力圏との関係が深いイウリシア大陸を介して侵入を図ろうとする者が非常に多く、核攻撃から日数が経った現在でも摘発数が減る気配が無かった。
現地民にとって、ハレル教徒の存在は大きなストレスとなっていた。
サクルトブルク
「・・・でありまして、貴国独自の負担は大きく減る事が予想されます。」
白洲は、フレンチェフへ勇者一行の亡命に関して説明していた。
暁勢力圏へ侵入して来るハレル教徒は、現代技術による厳重な警戒態勢によって大半が侵入直後に捕縛されている為、必然的にイウリシア大陸の負担が最も大きくなっていた。
そこで、勇者一行の亡命の条件としていた大陸外のハレル教徒への対応に関して、イウリシア大陸を中心に活動を行う事とされた。
「本当に実現すれば有り難い事ですが、信用出来るのですかな?」
よりにもよって、長年対立して来たハレル教圏の中心人物を引き入れる事には、強い抵抗を禁じ得ない。
「御気持ちはよく分かります。我が国でも、強い抵抗を示していますから・・・」
スマレースト大陸での惨状を知っているだけに、フレンチェフは閉口する。
「それに、宗教勢力の厄介さは常軌を逸しますよ。」
「どう言う事でしょう?」
白洲は、地球でアメリカが被った苦労を話す。
「最強の超大国が、10年以上掛けても解決出来ないのですか・・・」
「此方の場合、3000年にも渡って続いている上に拗れに拗れていますから、解決はほぼ不可能でしょう。ですが、ハレル教は大陸一つで収まっている宗教です。冷静な者を味方に引き込む事が出来れば、解決の可能性はあります。」
これは、完全な出まかせであった。
むしろ、勇者一行を誑かした大戦犯として激昂する危険が高いと分析されていた。
しかし、当然ながらどの国も宗教問題解決のノウハウなど持ち合わせておらず、暁帝国の言いなりとなるしか無い。
「・・・解りました、可能な限り協力しましょう。各国への通達はお任せを。」
「有難う御座います。」
フレンチェフは、渋々ながら了承した。
ラングラード
「こんな短期間に、二度も小ウォルデ島へ向かうなんてな・・・」
再度、使節団の代表となったレズノフは船上で憂鬱に呟く。
小ウォルデ島へ行きたくないと言うのが、レズノフの本音である。
彼は、あの場所独特の緊張感が苦手なのである。
(何事も無く終わってくれ!)
レズノフの心の叫びは、虚しく霧散する。
・・・ ・・・ ・・・
モアガル帝国 ウレブノテイル
ノーバリシアル神聖国によって被害を受けた沿岸部の復興は、最終段階へと入っていた。
『暁帝国船舶の入港完了を確認した。直ちに作業を開始せよ。』
暁帝国からの支援物資を満載した最後の輸送船から、次々と物資が降ろされて行く。
その様子を眺めつつ、数隻の船が出港して行く。
「戻って来る頃には、復興は終わっているだろうな。」
アガリオを筆頭とする使節団は、港の喧騒から静かに離れて行く。
・・・ ・・・ ・・・
ノーバリシアル神聖国
此処では、統合軍の撤収が進んでいた。
だが、撤収が進めば進む程、占領軍に対して不満を抱いていた民衆の態度が表面化して行った。
しかし、どれ程の不満を抱いていようとも所詮は負け犬の遠吠えに過ぎず、態度が行き過ぎれば鉄拳制裁が待っているだけである。
その為、未だに占領軍が活動している地域では比較的大人しくしているのだが、それ以外の地域では小競り合いが頻発し始めていた。
「だから、何度言ったら解るんだ!?そんな事をやっていたから、我々は目の敵にされているんだ!」
「貴様の様な腑抜けがいるから、この様な屈辱を味わう羽目になったのだ!ハイエルフの風上にも置けん軟弱者が!」
制裁を受けた原因を正確に把握する者と、この期に及んで頑迷に復讐を唱えようとする者とに分かれてしまい、今にも内紛へ発展してしまいかねない状況となっているのである。
この二勢力は、後に<良識派><懐古派>と呼ばれる様になる。
『ハル周辺で、小競り合いを確認した。』
『竜騎兵中隊を出せ。』
順次撤収を行っている連合軍は、時折確認される小競り合いの鎮圧を行っていた。
「勝手にやってろ」と言うのが本音ではあるが、魔力の有り余るハイエルフ同士の小競り合いは半端なモノでは無く、巻き添えを喰らいかねない程の規模となっていた。
その為、嫌々ながらも鎮圧を続けているのである。
バゴォォォォォン・・・
ドゴゴゴゴゴゴゴ
バァン バァン バァン
ヒュガッ ザクッ ドドドッ
現場上空へ到着した竜騎兵中隊は、その惨状に唖然とした。
ネオンを連想させる複数の閃光が交差し、それだけならば幻想的と言えなくも無いが、現実は世紀末的な様相を呈していた。
「あんな奴等を圧倒してたなんて信じられんな・・・」
誰もが、暁帝国とセンテル帝国の力に身震いする。
「・・・よし。これより、鎮圧を開始する!気を引き締めて行け!」
その命令と同時に、全竜騎兵が一斉に高度を下げる。
突然の横撃に、地上にいたハイエルフ達は対応出来なかった。
戦闘の雄叫びは悲鳴へと成り代わり、瞬く間に死傷者で溢れ返る。
その様子を見た中隊は、攻撃を中止する。
「拍子抜けだな・・・」
あまりにもあっさりと鎮圧出来た事に、隊長は呟いた。
「此方鎮圧部隊、小競り合いの鎮圧を確認した。再攻撃の必要無し。これより、帰投する。」
統率も何も無くなったハイエルフ族は、最早かつての様な力を発揮する事は出来ず、一方的にされるがままとなるしか無かった。
ハーベストの地理は、これで全て公開出来ました。




