第九十四話 度重なる苦労
今回は、独断行動をやらかした二ヶ国は出て来ません。
神聖ジェイスティス教皇国 教皇庁
リウジネインとシェイティンは、北から齎された情報に頭を悩ませていた。
バスティリア王国とエイスティア王国の出兵は独断行動と言うだけあり、教皇庁に対する通達も無しに行われていたのである。
「何と愚かな事を・・・!よりにもよって、こんな大変な時に何をやっておるのだ!?」
リウジネインの主導する街道整備は、約6割が完了している。
しかし、1万人を超える亜人族奴隷が行方不明となった事により、計画は否応なく遅れを見せている。
その穴埋めとして各地から労働力を調達しようとしていた矢先に、この様な事態が起こってしまったのである。
両国出兵の噂は徐々に広がりを見せており、この動きに同調する国が出て来る事は想像に難くない。
そうなれば、労働力の出し渋りの発生が予想された。
「むしろ、今までよく堪えたと言うべきでしょう。遅いか早いかの違いでしかありません。」
スノウとフェイが帰還した事により一刻も早く聖戦を行いたいシェイティンは、リウジネインとは温度差が大きかった。
尤も、相応の準備期間が必要である事は認識しており、これ程素早い行動には大きく驚いていた。
また、教皇庁の存在を無視した行為には大きな不満を抱いている。
「シェイティン殿、今現在のハレル教圏には、対外戦争をやっている余裕などありませんぞ!物質的にも経済的にも、現在の版図の維持をするだけで精一杯です!」
「リウジネイン殿、策はあります。」
大きく取り乱し続けるリウジネインに対し、シェイティンは落ち着き払って答える。
「それはどの様な?」
「此度の軍事行動は、バスティリア王国とエイスティア王国の独自行動です。つまり、あらゆる責任は両国のみにあります。それこそ、必要な物資、兵力、軍事費、全てを自己責任で用意しなければならないのです。」
教皇庁の負担が一切発生しない事を明言され、リウジネインの表情は少し晴れる。
しかしすぐに元へ戻り、懸念を口にする。
「しかし、勇者殿の偵察行動以来、今すぐに聖戦をと言う声があまりにも多い。我等に対し、此度の行動へ同調するよう働き掛けて来る者が多くやって来る事は間違いありませんぞ。」
正式に即位した教皇ならば自身の発言が絶対正義となり、反対意見の封殺はそれ程難しくは無い。
だが、二人は臨時の教皇代理に過ぎず、周囲の全面支援が無ければ忽ち息の根が止まってしまう。
その為、自身の思惑に反する事であろうとも、問答無用で撥ね付ける事は出来ずにいるのである。
現時点でさえ我慢を強いていると言える状況にあり、これ以上の抑え込みは不可能に近かった。
「大丈夫です。現在の両国の動きには、聖戦と言う箔はありません。今後、聖戦認定すべしと言う動きが激化するでしょうが、それにも時間が掛かります。」
聖戦の布告は、教皇がいない現状では枢機卿の合議によって取り決めるしか無く、相応の時間必要である。
「恐らく、合意に時を掛けている間に何らかの結果が出ている筈です。その結果次第で決めては如何でしょう?」
「結果次第とは?」
「攻撃に成功すれば、真にハルーラ様の祝福を受けた聖戦であると認め、失敗すれば、教皇庁の存在を無視した愚か者に対する神罰として切り捨てるのです。」
「なるほど。」
成功すれば勝ちが決まってからの介入となる為、それ程負担は大きくならない。
失敗すれば一切の負担が掛からない上、余計な厄介事を持ち込んだ存在を切り捨てつつ、効果的に強硬論を抑え込む事が出来る。
そして、どちらに転んでも教皇庁の存在を誇示出来る。
そうなれば、現在トップとなっている二人の影響力も大きくなる。
「それでは、その方針で行きましょう。」
コンコン
「失礼します。」
細部を詰めようとした二人の元へ、官僚がやって来る。
「教皇代理、勇者様がお見えになっております。」
「何、勇者殿が?」
二人は、顔を見合わせる。
勇者を呼び出す様な用件は特に発生しておらず、何をしに来たのか全く分からなかった。
応接間へと移動すると、五人揃っての来訪である事に驚く。
「これはこれは、ようこそお出で下さった勇者殿。しかし、突然どうされたのでしょうか?何か、問題でも発生しましたかな?」
シェイティンが、にこやかに問う。
「シェイティン様、先の制裁につきましてなのですが、ハイエルフの王族が捕えられている事は覚えていますでしょうか?」
スノウは、静かに問い掛ける。
「勿論ですとも。忌々しい亜人共の中でも最悪のハイエルフが膝を屈したとは、実に喜ばしい報せで胸がすく様な気持になりました。小ウォルデ島へは、可能ならば私自ら出向きたいものですよ。」
シェイティンは心底喜ばしく語り、リウジネインも同意する。
「その小ウォルデ島の一件なのですが、私達に任せては頂けないでしょうか?」
「「えっ!?」」
リウジネインとシェイティンは、同時に声を上げた。
・・・ ・・・ ・・・
出兵が発覚した直後、
アウトリア王国
「離せ!今すぐに追い掛けないと、大変な事になるぞ!」
四人に取り押さえられたレオンは、暴れながら喚く。
「そんな事は分かってるわ!でも、此処で動いたら駄目よ!」
カレンが、レオンの声に鋭く反論する。
「その通りです!此処で私達が動けば、両国の動きに同調したと見られてしまいます!」
スノウも、理路整然と諭す。
「だが、」
「今動いたら、もっと犠牲が増える・・・。抑えて・・・!」
シルフィーも、語気を強めて諫めに掛かる。
「むしろ、犠牲が出た方がいいかもな・・・」
フェイの呟きに、全員の動きが止まる。
(ヤバッ!)
無意識の内に口を突いて出て来た台詞に、今更ながら焦りを覚える。
「フェイ、今のはどう言う意味?」
カレンに睨まれ、フェイは背筋が寒くなる。
「いやぁ、あのぉ・・・それはだな・・・」
「フェイ、何をしてるんですか・・・」
スノウは、溜息を吐きながら軽い調子で声を上げる。
その様子に、居残り組となっていた三人は違和感を覚えた。
「スノウ、気のせいかも知れないけど、フェイの今の意見に賛成してない・・・?」
シルフィーに指摘され、スノウは観念した。
「フェイ、もう話しましょう。」
「え、大丈夫なのか?」
「貴方のせいでしょう。」
スノウの冷たい視線に晒され、フェイはダラダラと汗を流す。
「何の話だ?」
起き上がったレオンは、二人の反応を訝しむ。
「此処では話せません。移動しましょう。」
聖教軍司令部を離れた五人は、付近の高台へと移動した。
スノウが適当に選んだその場所は、偶然にも三人が特殊作戦連隊と鉢合わせた場所であった。
「これは?」
地面の様子を見たスノウは、疑問を呈する。
撃ち込まれたミサイルにより、未だに黒ずんだクレーターが残っていた。
「凄く、見覚えのある景色だな・・・」
制裁へ直接参加したフェイは、嫌と言う程見せ付けられた砲爆撃を思い出す。
「此処で、奴等と出会った。」
レオンは、特殊作戦連隊との一件を話した。
二人は、眉間に皺を寄せつつ話を聞き、話が進む毎に眉間の皺が深くなって行く。
「・・・魔力が無いなんて嘘みたいな話だが、本当の事だ。」
二人の様子から話を信じて貰えなかったと判断したレオンは、最後にそう締め括る。
「・・・何処へ行っても規格外な奴等だな。」
「そうですね・・・」
だが、その様な心中とは裏腹に、二人は想像の範疇だと言わんばかりの反応を示す。
「ちょ、ちょっと待って!そんな簡単に今の話を信じるの!?」
「ん?そうだが?」
カレンの問いに、フェイは事も無げに答える。
「それでは、今度は此方の事を説明しましょう。」
スノウは、制裁の推移のみを淡々と語る。
「そ、そんなに強大な力を持ってるのか!?」
「信じられない・・・!」
「何かの間違いじゃないの!?」
暁帝国のみならず、世界中がハレル教圏よりも強大である事実を突きつけられ、三人は半ば狂乱状態となる。
その事を想定していたスノウは、更に切り出す。
「それでは、直接見に行ってみてはどうでしょう?」
「どう言う事・・・?」
三人は問われている意味が分からず、今度は呆然とする。
「ハイエルフの王族は、まだ捕らわれているだけです。これから小ウォルデ島で処遇を決めるのですが、行ってみませんか?」
「あ、あたし達が!?」
これまでの勇者一行の活動範囲は、セイキュリー大陸内に限定されていた。
大陸外への旅は、三人にとって初めての経験となる。
「行った方がいいぜ。見ると聞くとじゃぁ、大違いだ。」
「フェイのさっきの台詞も、見たから出て来たのか?」
「・・・そうだな。」
レオンの問いに、哀しげな表情をする。
「そう・・・なら行くべきね。フェイにあんな事を言わせる何かがあるのなら、そんな存在をほっとく訳には行かないわ。」
「その通りだな。二人は、西部地域に行ってまで戦って来たんだ。今度は、俺達が一肌脱ぐ番だ。」
「賛成・・・。むしろ、私達以外の適任はいない・・・。」
失言と言える呟きを発してしまったフェイではあるが、大切な仲間である事に変わりは無い。
あらゆる困難を切り開いて来た彼等は、まだ見ぬ脅威に対し覚悟を決める。
その晩、一人となったスノウはある物を取り出した。
「此方、スノウです。聞こえますか?」
慣れない手つきで操作を行い、恐る恐る声を出す。
『此方、暁帝国政府だ。よく聞こえている。』
「良かった。操作を間違えたかと思いましたよ。」
スノウは、心底安堵した表情で話す。
彼女が手にしているのは、暁帝国製の衛星電話である。
亡命を申し出た際に、連絡用として持たされていたのである。
『間違える程複雑な操作は必要無いぞ。操作法を忘れたのなら話は別だがな。』
「見た事も無い物を渡されれば、誰でもこうなりますよ。」
『それで、用件は?』
自身の抗議をあっさりと流された事に機嫌を悪くするが、静かに話し始める。
「残り三名なのですが、小ウォルデ島へ出向く事になりました。」
『ホゥ・・・つまり、そこで此方と落ち合おうと言う事か。」
「ええ、その通りです。」
『了解した、上に連絡しておく。』
「それと、事の真相はまだ明かしていません。言葉だけでは信じないでしょうし、どこかで聞かれるリスクが大き過ぎます。」
『分かった、その辺も用意しておこう。手筈は整えておくから、我々と会う事を必ず了承させてくれ。』
「分かっています。」
それだけ言うと、通信が切られた。
「酷い裏切り行為ですね・・・」
そう呟くスノウの胸中には、罪悪感など蚊程にしか存在しなかった。
・・・ ・・・ ・・・
センテル帝国
連日の激務に追われる軍部では、一大改革が大詰めを迎えていた。
まず、空軍の創設が実現した。
これにより、空母艦載機以外の航空戦力が、全て空軍へと移管された。
国民は、この空軍の創設に困惑したが大々的な記念式典を開いてアピールすると、その力強さに喝采を浴びせた。
現在、数の上では白竜が主力となっており、300騎を有している。
航空機はフィースト改を保有しているが、運用の不慣れから40機足らずしか配備されておらず、その規模は限定的となっている。
財務部の抵抗もあり、より強力な戦力を充実させるには既存戦力の縮小を行うしか無く、黒竜以下の飛竜は全面廃止を余儀無くされた(練習用に一部は存続)。
これにより、空軍はセンテル帝国の国力に見合わないこじんまりとした組織としてスタートを切ったのである。
次に、陸海空軍の統合運用を開始した。
それまで、陸軍部と海軍部に分かれていた組織を、国防部として空軍を含めて一纏めにしたのである。
ノーバリシアル神聖国制裁での戦訓から、より効率的な運用を行う為には統合的な運用しか無いと結論付けられ、暁帝国と言う実例もこの案を後押しした。
しかし、あらゆる部署から激しい反発が相次ぎ、作業は難航した。
中には、統合を推し進めようとする上層部を暗殺しようとする過激な一派まで現れる始末であり、軍全体の運用能力が一時大幅に低下する事態となった。
この顛末に憤慨したのが、他でも無いロズウェルドである。
国の存続を直接左右する軍部には絶対の信頼を寄せていたロズウェルドだが、今回の顛末はその信頼を根底から揺るがす程の騒ぎであり、自ら人事へ口出ししてまで沈静化に努めた。
その結果、軍内部の不穏分子は粗方排除され、国防部への改革が実現したのである。
とは言え、前例の無い運用を強いられている現場は苦労の連続となっており、安定するには暫くの時間を必要としていた。
セントレル 国防部
「それでは、現状を報告して貰おう。」
初代国防部総長となったアーノルドが音頭を取る。
「徐々にではあるが、互いの軍の相互理解が深まって来ている。時間を掛けて更に理解を深めれば、かつての様に無理難題を押し付け合う事態はそうそう起こらんだろう。」
フレッツが答える。
地球と同じく、センテル帝国でも陸海軍の不仲は常識である。
加えて、互いの軍の運用に関する無知から、共同作戦の度に無茶な要求を押し通そうとして荒れる事が多かったのである。
下手をすれば、かつての日米並みの仲違いへと発展しかねない程危険な状態であり、今回の顛末は渡りに船であった。
「しかし、問題が解消された訳ではありません。」
発言したのは、空軍元帥の コリンズ である。
彼はまだ40弱と言う年齢だが、航空戦力に関する見地が誰よりも深く、空軍元帥として抜擢された。
「やはり、互いの常識のギャップが大き過ぎる様です。衝突も度々発生しており、我が空軍でも苦慮しています。」
創設されたばかりの空軍には、陸海軍から移管された兵員が多数在籍しており、意思統一に多くの労力を払わなければならない状況が続いている。
「・・・こればかりは時間が掛かるな。余計な派閥抗争にならんよう、念入りに監視しつつ事態の推移を見守るしか無い。」
三人は、揃って溜息を吐いた。
外交部
「よし、西部地域諸国との調整は、これで完了だな。」
目の下に隈を作ったスマウグは、心労が半減した事を実感して伸びをする。
度重なる苦労を強いられているのは、軍部だけでは無かった。
本来、世界会議の時だけ利用される筈の小ウォルデ島を、ハイエルフの王族の処遇を決定する為にまたも利用するのである。
異例の事態にてんてこ舞いとなるのは当然であり、世界会議からそれほど日も経っていない事も相まって、外交部の官僚の疲労はピークに達していた。
「長官、暁帝国から小沢中将がお見えになっております。」
スマウグと同じく、隈を作った部下が報告にやって来た。
「分かった、此処は任せるぞ。」
その後、小沢との話により、ドレイグ王国の参加者の迎えを共同で行う事が決定した。
「さて、暁帝国との調整はこれで全てだな。・・・いや、まだ一つ残っていたな。」
今度は、神聖ジェイスティス教皇国との調整へと向かう。
スマウグの忙しい日々は、まだまだ続く。
さて、勇者一行と暁帝国の絡みはどうするかな・・・




