第九十三話 独断行動
不干渉にしたせいで、セイルモン諸島が全く出せてませんね。
ネルウィー公国 国境付近
「国境を越えたぞ。もう心配要らない。」
移民政策により、既に人っ子一人いなくなっている地域を駆け抜ける集団がいた。
「本当に、此処まで来れた・・・」
「信じて良かった・・・あんた達は、一生の恩人だ!」
特殊作戦連隊に連れられた元奴隷達である。
「後は、街道沿いに街まで行けばい」
先頭の男がそこまで言うと、咄嗟に身を伏せた。
その動きに合わせ、隊員達は武器を構える。
「どうした?」
「・・・アレ」
指差した方を見ると、街道を北上する軍勢が見える。
「チッ、ハレル教圏の奴等だ。さっさと隠れた方がいいな。」
そう言うと、全員を茂みへ誘導する。
飛竜が上空を飛び回るが、幸い見付かる事は無かった。
「それにしても、何で情報が上がって来ないんだ?誰か、今回の動きに関して聞いた奴はいるか?」
全員が首を横に振る。
「おかしいな。これだけ派手に動いてるんだったら、察知してない筈は無いんだが・・・」
『此方ストーンヘッド、君達の進路上にハレル教圏の軍勢が進軍している。注意してくれ。」
司令部から何の音沙汰も無い事を訝しんでいる所へ、その司令部から通信が入る。
「遅過ぎるぞ!さっき、危うく見付かるトコだったわ!と言うか、とっくの昔に察知してた筈だろう!?何でもっと早く言わない!?」
『緊急事態は、上への報告を優先しなければだからな。だからお前達への報告が遅れた。』
「ンの石頭め・・・!」
怨嗟の声を上げるが、今はそれどころでは無い。
石頭の誘導の元、安全なルートを通り、ヘリで移送された。
・・・ ・・・ ・・・
アウトリア王国
聖教軍司令部前で、勇者一行は感動の再会をしていた。
「おかえりー、会いたかったわー!」
「うおっとォ・・・いきなり飛び付くんじゃねぇよ!危ないだろうが!」
カレンの抱擁を受け止めたフェイは、満更でも無い様子で悪態を吐く。
「ほらカレン、積もる話もありますから、その位にしましょう。」
暫く眺めていたい気持ちに駆られつつ、スノウが促す。
「そうだな。こっちでも厄介な事があったし、取り敢えず中に入ろう。」
レオンがそう言うと、全員が動き出す。
「勇者様ぁーーー!!」
エントランスを進もうとした所で、外から伝令が駆け込んで来た。
「ハァ… ハァ… ハァ… 勇者様、一大事で御座います!」
「落ち着いて話せ、何があった!?」
「バスティリア王国が、独断で軍を進めた事が明らかになりました!」
「何だと!?」
バスティリア王国とは、アウトリア王国の東の隣国である。
アウトリア王国へ派遣された聖教軍の一部が、バスティリア王国出身者となっている。
また、ネルウィー公国への出兵を強硬に主張している一派が非常に多い国でもある。
「王国東部の警護を担当している聖教軍第三軍団へ接触し、出兵の報告を行ったとの事です。」
「何でそんな無茶を!?」
レオン達は、事の異常性からネルウィー公国への偵察を複数回行っていた。
その偵察情報から、「まともな進軍を行うには、国土が正常だとしても年単位の準備期間が必要。」との結論を出していた。
出撃の陳情にやって来る各国の使者に対しても同じ事を何度も言い含めてはいたが、耳を貸す者は極一部に過ぎなかった。
それでも、勇者の反対を押し切る事など全く想定外の事態である。
「対応した士官によりますと、「勇者殿は、臆病風に吹かれて慎重になり過ぎているだけだ。此処で我等が敬虔なハレル教徒としての模範を示して進軍すれば、その勇ましさに感動して進軍に賛同の意を示す筈だ。」と語り、静止にも聞く耳を持たなかった様です。」
見切り発車と呼ぶに相応しい暴挙に、五人は揃って唖然とする。
「失礼致します。」
そこへ、明らかに意匠の違う鎧を着飾った騎士がやって来る。
「おお、丁度勇者様にお会い出来るとは。我々は、エイスティア王国の使者であります。」
エイスティア王国は、アウトリア王国の西の隣国であり、フェンドリー王国とも国境を接している。
レオンは、あからさまに嫌そうな顔をする。
バスティリア王国と並び、強硬に出兵を要請している国だからである。
「先日、我が軍はフェンドリー王国へ軍を進めました。」
「何だと!?」
「何卒、勇者様にも出陣をお願い致します。勇者様が聖教軍を率いて下されば、ハルーラ様に逆らう愚か者共など、鎧袖一触であります。」
「冗談じゃない!何度来ようが出陣はしない!手遅れになる前に、すぐに退くんだ!」
レオンが詰め寄るが、使者は全く動じないどころか哀れみの視線を向ける。
「勇者様、貴方程の御方がこうも尻込みされるとは残念です。ですが、我が軍の勇壮な進軍ををご覧下されば考えも変わるでしょう。此度の進軍で、セイキュリー大陸は完全にハレル教によって統一されます。その瞬間に勇者様が立ち会える事を、我々は望んでおります。」
それだけ言うと、使者は立ち去った。
勇者一行と伝令は、あまりにも深刻な事態に顔を青ざめさせたまま立ち尽くす。
・・・ ・・・ ・・・
暁帝国 東京
東郷は、モニターに刻々と表示される情報を眺める。
『バスティリア王国軍、間も無く第一集落へ到達します。総兵力、およそ5万。』
『エイスティア王国軍、フェンドリー王国国境の突破を確認しました。総兵力、およそ4万。』
オペレーターの無機質な声が響き渡り、モニターの地図上に表示されている敵軍を示す赤いマークが、少しずつ北へ向かって動いて行く。
「いつかはこうなるだろうとは思ってたが、思ったより早かったな。」
東郷の声に、焦りの色は無い。
「勇者への陳情が上手く行かず、痺れを切らしたと言う所でしょうね。」
太田が答える。
指向性マイクで拾った会話には、単なる陳情以外にも「独自に行動を起こすべきだ!」と言った勇み足な主張も度々出て来ていた。
「それで、どう対応する?」
「予定通り、彼等にはナポレオンになって貰いましょう。」
「あんな貧弱な軍勢を、グランダルメとは呼びたく無いな。」
マスケットを装備している部隊は全体の半数程であり、行軍距離は一日平均6~7キロ、急いで9キロ程度である。
未だに移民の完了していない地域までには200キロ弱あり、その間一切の補給無しでひたすら進軍を続けなければならないのである。
「それにしても、酷い有様だな・・・」
敵軍の上空には常時偵察機が張り付けられており、送られて来る敵軍の映像には、指揮官の多くが横暴な態度を取っている様が映し出された。
また、後方の物資関係へ目を向けると、どう見ても三週間程度しか持たない量でしか無く、略奪を前提とした準備しか行っていなかった事が丸分かりであった。
そして、敵の動きを観察しても、そこまで練度も高くない。
「まぁ、負ける要素は無いし焦る必要は無いな。それで、勇者連中に動きはあるか?」
「ありません。分かってはいましたが、勇者一行は分別が付いていますね。」
暁帝国側には知りようの無い事だが、同じ頃にレオンが「犠牲が出る前に止めに行くぞ!」と大騒ぎしており、四人がかりで止められていた。
「そう言えば、現地で行動してる特殊作戦連隊に対する連絡が遅れたそうだな。」
「はい。現地司令部が、此方への報告を最優先したそうです。マニュアルではそうなっていますが、もう少し融通を聞かせて欲しいモノです。取り敢えず、連絡体制の見直しを行います。」
山形は、苦々しい表情で答える。
ともあれ、今回の動きはそれ程深刻に受け止められてはいなかった。
・・・ ・・・ ・・・
バスティリア王国 首都 セイフィー
セイフィーに佇む王城の国王の間で、国王 ハットバーク は薄気味悪い笑みを浮かべていた。
「クククッ、これで我が国は飛躍出来るだろう。話を持って来たエイスティア王国に感謝だな。」
今回の出兵は、エイスティア王国がバスティリア王国と共謀して引き起こされた事態である。
両国は、ネルウィー公国とフェンドリー王国と国境を接している事で積極的な支援を受けてはいるが、数多く存在する小国に過ぎない。
その状態から脱却し、度々攻撃を仕掛ける敵対国を黙らせる事で飛躍を成し遂げようと考えているのである。
勇者の制止を振り切ってまで行動を起こしたとなれば背教行為だと後ろ指を差されかねないが、地方の権力者はそこまで敬虔なハレル教徒は少ないのが現状となっている。
ハレル教圏に於いて、エリートと言えば教皇庁勤めの者を差す。
シーペン帝国の様な強国でも無ければ、その権威は並の小国の国王よりも上である。
その為、王族であろうとも教皇庁で受け入れられる為にハレル教徒となる事が非常に多い。
しかし、ハットバークを含む地方で活動している王族や貴族は、その様なエリート街道からは外れてしまった者達であり、自身を選ばなかった教皇庁へ不満を抱いているのである。
その様な事情もあり、彼等にとってのハレル教とは統治を行う為の道具に過ぎず、勇者一行も利用価値の高いユニットに過ぎない。
とは言え、生まれた時からハレル教圏の人間として育って来た為に、基本的な価値観は一般的なハレル教徒と同様である。
「報告致します。」
この後の展開を考えているハットバークの元へ、煌びやかな鎧を着飾った軍人がやって来る。
「総司令官では無いか、どうした?」
「先程、ネルウィー公国討伐軍が、最初の村落へ到着したとの報告が入りました。」
「して、どうであった?」
「事前情報通り、誰もいなかったそうであります。また、村落付近に設置されていた砦も調査した所、そちらももぬけの殻である事が確認されました。」
あまりにも不可解であった為に、信憑性をやや疑っていた勇者一行の偵察結果が虚偽では無い事を確信し、笑みを深くする。
「クククククッ・・・散々苦杯を舐めさせられたが、遂に年貢の納め時が来た様だな。力を失い、更なる辺境へ引き籠った亜人共など、最早何の脅威でも無い。一気呵成に攻め立て、我が国が飛躍する為の糧となって貰おう!」
多くの国では都合よく解釈されていたが、バスティリア王国も例外では無かった。
彼等の皮算用は、まだまだ続く。
・・・ ・・・ ・・・
ネルウィー公国 バスティリア王国軍
第一の村落へ到着したバスティリア王国軍は、休息を取っていた。
「畜生、どの家にも何にもありゃあしねぇ。亜人の小娘でもいりゃぁ、いたぶって楽しめたってのによぉ・・・」
「それにしても、本当に家具一つ無いな。事前に避難をしたとしても、使えそうな物の一つ位ある筈なんだがなぁ・・・」
「ちょっと思ったんだが、これってヤバく無いか?もし、これから向かう先の村が全部同じ状態だったら・・・」
兵士達は、顔を見合わせる。
「休息は終わりだ!十分に英気を養えただろう!?さっさと列に戻れー!」
そこへ、指揮官がやって来て怒鳴り散らす。
近くにいた者達は、腹いせに殴り飛ばされていた。
「チッ、もぬけの殻の家で、どうやって英気を養えってんだ!」
「やめとけ。士官連中の耳に入ったら、タダじゃ済まないぞ。」
今回の軍には、士気を保つ為の対策が何一つ施されていなかった。
国王の皮算用に反し、現場の実情は厳しくなって行く。
日本にも、危険な独断専行をやった連中がいたんですよね。
しかも、国民が後押ししちゃったし・・・




