第九十二話 それぞれの変化
大変長らくお待たせしました。
投稿再開です。
センテル帝国 セントレル
ロズウェルドは、スペルアントから制裁に関する報告を受けていた。
「・・・そして、王族の確保に成功致しました。」
一通りの報告を聞き終え、ロズウェルドは難しい顔をする。
「確保した王族の様子は?」
「喚き散らしております。封魔の腕輪がありますので、被害が出る事はありません。」
<封魔の腕輪>とは、魔術の行使を出来なくする魔道具である。
一般的な腕輪では、高い魔力受容量を持つ対象を完全に封じ切る事はほぼ不可能(それでも、下級魔術師に毛が生えた程度の魔術しか使えなくなる。)だが、センテル帝国では軍や警察に完全に封じる事の出来る質を持つ腕輪を相当数保管している。
「だが、殴り掛かる位はするだろう。魔力の豊富なハイエルフ族にやられたら、最悪即死するのでは無いか?」
魔力の存在が身体能力に影響を及ぼす関係上、ハイエルフ族の身体能力もそこそこ高い水準となっている。
「御心配には及びません。王族だけあり、動きは素人同然でありますので簡単に抑え込む事が可能です。むしろ、あの様な攻撃を喰らう者は、職務怠慢と見た方が宜しいかと・・・」
王族と言う立場上、全く武芸に触れていない訳では無いが、所詮は王宮内でしか通用しない見世物レベルに過ぎず、本物の実戦を想定して訓練を積んで来た軍人には敵う筈も無い。
「そうか。それで、軍の運用についてだが・・・」
「はい。やはり、多くのトラブルが発生してしまいました。」
ギーグ ラングレイ フィースト改 デイビー 強襲揚陸艦
目に付くだけでも、これだけの新兵器を一度に投入していたのである。
トラブルが発生しない方がおかしいと言える。
特に深刻に捉えられているのは、デイビーのエンジントラブルである。
狭い艦上でのトラブルであった為に航空隊全体の作戦遂行に大きな支障が出てしまい、運用能力の欠如が浮き彫りとなってしまう事となった。
それだけに留まらず、ギーグの故障頻発、強襲揚陸艦の上陸失敗、各兵科同士の連携不備等々、様々なトラブルが目白押しとなっていた。
「今制裁は、丁度良い実戦訓練の場ともなりました。これ等の教訓を取り入れ、暁帝国に匹敵する能力を得るつもりです。」
「軍が全力を出し得るだけの事態となる事は、喜ばしい事では無い。だが、それが出来なければ国を守り切る事は出来ん。スペルアントよ、何としても問題点を克服するのだ。」
ロズウェルドの号令の元、軍部では実戦データを元に様々な改善が急ピッチで進んで行った。
上層部の忙しさは地獄級となったがその苦労は着実に実を結んで行き、より実戦向きの後継兵器の量産にまで漕ぎ着ける事となる。
尚、財務部との喧嘩が激化したのは別の話である。
・・・ ・・・ ・・・
神聖ジェイスティス教皇国 教皇庁
帰還した派遣軍は、教皇庁での歓待を受けた。
勇者メンバーが同行していた事もあり、一兵卒に至るまで民衆の尊敬の視線を受けた。
誰もが鼻高々となっていたが、その歓待の中心にいる二人は、背筋の寒くなる思いを味わっていた。
「聞きましたぞ!何でも、フェイ殿がハイエルフの国王を捕らえたとか。流石は、ハルーラ様に愛された勇者の一員ですな!」
上機嫌なシェイティンの世辞に、周囲から歓声が上がる。
「いやはや、勇者様がいて下されば、我がハレル教圏は安泰だ。」
「忌々しき亜人共も、勇者様に掛かれば鎧袖一触ですな。」
「同行した兵達にも、良い経験となった事でしょう。」
だが、どれ程の言葉を掛けられようとも、スノウとフェイの胸中は晴れなかった。
それだけに留まらず表情も曇ったものとなり、あからさまに場の空気が重くなる。
「スノウ殿、フェイ殿、どうされましたかな?」
リウジネインが遠慮がちに問い掛け、スノウが答える。
「申し訳ありません。私達は、長い船旅に慣れていないものですから・・・」
「おお、そうでしたな。西部地域にまで赴いて頂いた上に、帰還されて早速この様な騒ぎですから無理もありませんな。気付かずに申し訳ない。」
官僚の案内の元、ひとまず応接間へと移動する。
「「フゥ・・・」」
様々な権力者の攻勢から逃れられ、漸く一息つく。
事の真相を知ってしまった二人には、見慣れた筈のこの地が全くの別世界に見えていた。
「今すぐにぶちまけたい気分だ・・・」
「気持ちは分かりますが、駄目ですよ。」
事の真相を今すぐに公にしたい気持ちに駆られるが、迂闊な事をしてマークされてしまえば亡命が不可能となる。
スノウが亡命を申し出た理由は、現在の教皇庁の求心力を落とす狙いが存在する。
勇者一行が此処まで中心的な存在となれたのには、シェイティンを中心とする巧妙なプロパガンダに依る所が大きい。
シェイティンは、布教に関する一切を統括する関係上、勇者一行を含むあらゆる宗教的影響力を誰よりも理解しており、ハレル教圏の纏め役となっている。
それだけに留まらず、現在ではリウジネインと共に教皇代理の座に就いてしまっている為、強硬策へ走ろうとしているハレル教圏の現状を止める事は、事実上不可能である。
この様な状況では、いくら二人が声高に反対意見を述べようとも、それをダシに更なる強硬姿勢を堅持するとスノウは予測していた。
今回の出征でハレル教こそが致命的な間違いを犯していると気付かされ、これ以上の犠牲を防ぐ為にも何らかの行動を起こされる前に姿を消した方が良いと判断するに至ったのである。
「スノウ殿、フェイ殿、御気分は如何ですかな?」
一通りの雑務を終えたシェイティンがやって来て訪ねる。
「はい。大分良くなりましたが、心配事が無くなった訳ではありません。」
「と、申されますと?」
「いや、そう言う事では無く、レオン達の様子を早く見に行きたいと言う事ですよ。」
「おお、そう言う事ですか。此方の都合で御二人を引き離してしまい申し訳無い。すぐに、馬車を用意させましょう。」
二人は、思ったよりも早くこの場から離れられる事に安堵する。
暫く後、
「「・・・」」
移動中の馬車で、無言のまま顔を見合わせる。
故郷である筈のこの地が、あまりにも居心地悪く感じられていたのである。
「御二方、アウトリア王国へ入りました!」
御者が声を掛ける。
「・・・どうにかして、三人を説得するぞ。」
「ええ。私達は、影響力が大き過ぎます。信徒達が致命的な間違いを犯す前に、姿を消す必要があります。」
「おお、スノウ様とフェイ様だ!御二人がお帰りになられたぞー!」
道中で通過する集落では、姿を見せた瞬間にお祭り騒ぎとなった。
「此処で、本当の事を話してみるか?」
「止めなさい、余計な混乱を招くだけです。」
どうにかしたいが、どうにも出来ない現状に歯痒さを感じつつ、残留組をどう説得するかに頭を悩ませる。
・・・ ・・・ ・・・
暁帝国 東京
「次から次へと・・・」
東郷は、帰投した第二艦隊が持ち込んだ新たな面倒事に愚痴を零す。
「ドレイグ王国との接触は、センテル帝国の外交官僚の協力を得た方が良いでしょう。」
「そっちはそれでいいとして、根回しは間に合うか?」
「小沢中将に飛び回って貰っていますので、何とかなりそうです。」
吉田は、事も無げに言う。
小沢がゴルナーに対して行った提案により、外務省はてんてこ舞いとなっていた。
見た目こそいつもと変わらない吉田だが相当にフラストレーションが溜まっており、その全てをぶつける勢いで小沢を扱き使っていた。
「何でこんなタイミングでこんな事になるんだろうね・・・」
東郷は、目の前に置かれた地図を見る。
それは、星の裏側の地図である。
随分掛かったが、遂に魔力の計測が完了したのである。
その量は、大陸一つを一撃で吹き飛ばせる程に膨大であり、現在も徐々に増え続けている。
原因は相変わらず不明だが、計測を続けて行く内に奇妙な現象が起こり始めた。
地図上に、陸地の様な影が浮かび始めたのである。
東郷の目の前の地図にもその影があり、詳細な調査の準備を行っている最中であった。
小さな島一つ存在しない星の裏側へ向かう為、念入りな準備と大規模な編成を行う必要があり、あらゆる省庁が絡んでいる関係上、今回の根回しはその為の余力を大きく削ぐ事となっていた。
「本当にどうなってるんだろうねぇ、この世界は・・・」
東郷は、今後の展開に不安を露わにする。
・・・ ・・・ ・・・
ドレイグ王国
暁帝国が駆け回る原因となったこの国では、アンカラゴルを中心とする赤竜族の代表者が集まっていた。
「族長、これはあまりにも勝手過ぎでは御座いませぬか!?」
「同感ですな。今回ばかりは、賛同致しかねます。」
小ウォルデ島への人員派遣に関し、アンカラゴルに対して批判の声が殺到していた。
ドレイグ王国の意思決定は、基本的に族長の判断に委ねられている。
ただし、世界大戦の様な対外的な行動や部族全体での行動が必要な場合は、代表者を集めての合議によって方針が決定される。
今回の件は対外的な行動に当たる事から、代表者が集められている。
しかし、アンカラゴルが独断でウムガルとゴルナーヘ対応を命じた事により、合議の場は事実上事後承諾の場と化していたのである。
「族長、納得の行く説明をして頂きたい!」
その言葉に同調する様に、鋭い視線がアンカラゴルへ集中する。
「皆の不満は尤もだ。故に、説明しよう。皆も知っての通り、先日我等の領域の東の海域を大艦隊が通過した。」
アンカラゴルは、ノーバリシアル神聖国制裁について説明する。
「・・・そしてゴルナーに対し、ハイエルフ共の処遇について我等の参加を求めて来たのだ。」
代表者達は、想像を大きく超えるスケールに少しの間唖然とした。
「おい、しっかりせんか。」
「・・・ハッ!」
アンカラゴルの呼び掛けで我に返ったものの、経験の無い事態に意見が割れた。
「うーむ、これ程までに世界が激しく動いているとは・・・これは、積極的に情報を集める必要があるかも知れん。」
「何を言う!?その様な要らぬ好奇心が、後に災いを呼び寄せる事となるぞ!」
「そうは言うが、我等もこれ以上世界に関し無知と言う訳にも行かん。ズリの民の情報もこれ以上当てに出来ん以上、我等が直接動くより他はあるまい。」
「直接動いた結果、騙し討ちにでも遭ったらどうするつもりだ!?我々は、他種族と比べて人口が致命的に少ない!その様な事になったら防ぎ切れる保証は無いのだぞ!?」
「先の大戦でその様な姿勢で臨んだ事が、アルーシ連邦の上陸を許す事となった。同じ過ちを繰り返す気か?」
「ッ!」
この問い掛けには、反対派も口を噤んだ。
世界大戦でアルーシ連邦がズリ領へ接近した時、その様子を察知していながらすぐには動かなかった。
モアガル帝国を退けた直後の油断から、「此方に来る筈が無い。」と高を括ってしまったのである。
また、世界大戦へ発展していた事を知らなかった事も一因である。
その結果、一日で駆逐したとは言え、僅かながらズリ族に被害が出る事となってしまったのである。
「まだ、反対の者はおるか?」
議論が途切れた事でアンカラゴルが問い掛けるが、反対の声は上がらなかった。
「では、小ウォルデ島への人員派遣を正式に決定とする。」
不安定さを増す世界情勢に、赤竜族と言う特大の火種が投入された。
・・・ ・・・ ・・・
???
「準備の方は順調か?」
「順調です。ですが、もう暫くの時間が必要となります。」
「何、構わんよ。前回、あれだけの苦汁を舐めたからな・・・念には念を入れねばならん。」
「ところで、もうそろそろ仕入れた情報を更新した方が宜しいかと。」
「ん?ああ、それもそうだな。更新頻度を大分下げたから忘れていた。当時と違い、今は変化の度合いが緩やかだからな。まぁ、何か変化があったとしても、重大な影響を及ぼす程では無いだろう。」
「しかし、一握りの天才によって版図が大幅に塗り替わった例はいくつもあります。技術面でも、同じ事が無いとは言い切れません。」
「神経質に過ぎないか?まぁ、用心するに越した事は無い。恐らく、この更新が最後になるだろうな。具体的な戦力も含めて、念入りに調査させよう。」
陸地の影ですが、南極付近の魔力の塊にはありません。




