第八十九話 ノーバリシアル制裁2
少し遅くなりましたが、明けましておめでとうございます。
ノーバリシアル神聖国 ハル
先遣隊の襲撃以降、ハルは混乱の渦中にあった。
サティリエル島襲撃の報を皮切りに、あらゆる島から次々と襲撃の報せが舞い込んで来たのである。
更に、救援要請が引っ切り無しに舞い込んでおり、誰がどう見ても劣勢に立たされている事は明らかであった。
「何なんだこれは!?揃いも揃って、劣等種族如きに弄ばれおって!」
荒れ狂っているのは、国王 ガルド である。
クリスタルの父親でもあり、ハイエルフ族の中では最も魔術的才能に恵まれている。
ガルドは、この騒動の発端となった崩壊したもう一つの王城を見つめる。
「クリスタルめ、ハイエルフの恥晒しが・・・!」
父親としての愛情が無い訳では無いが、明らかに魔術的に劣っている他種族に敗れ去ったのである。
加えて、生死不明の有様である事が、尚更怒りを増大させていた。
最早、クリスタルは愛娘などでは無く、忌々しい落ち零れであった。
「報告!」
怨嗟の声を上げていると、伝令が駆け込んで来る。
「襲撃の報告を受けていた全島との交信が途絶致しました!」
「何だと!?何故だ、何が起きている!?」
ガルドの疑問に答えられる者は、その場にいなかった。
しかし、外部の存在がその疑問に答えた。
ドゴォォォォォォォン
凄まじい轟音が街全体を揺らし、街外れの軍事拠点が爆炎に包まれた。
この瞬間、ハルの残存戦力は半減した。
・・・ ・・・ ・・・
サティリエル島
真っ先に占領されたこの島は、当初の混乱から落ち着いて来た事で、新たな問題が浮上していた。
「だから、止めろ!」
「離せ、離さんか!」
至る所で、占領軍同士の衝突が起きていたのである。
その原因は、現地のハイエルフ族の処遇である。
ハイエルフ族に対する恨みは相当なものであり、虐殺、略奪を行おうとする者があまりにも多かったのである。
センテル兵でさえ多くが加わっており、如何に恨まれていたかが分かる。
一方、この状況を良しとしない者も多く、暁帝国軍を中心に事態の鎮静化を図っていた。
特に、世界会議で可決された国際法に違反している事が、穏健な者達の癪に触っていた。
「いい加減にせんか!自らを律する事が出来ぬ者が、軍人たる資格は無い!」
「しかし、こうでもしないとまた何をするか分かりません。」
センテル帝国軍の大隊長が一喝するが、それだけで止まる程ハイエルフ族に対する憎悪や不信感は生易しくは無い。
ブオオオオオオオ
そこへ、エンジン音を響かせながら暁帝国軍の一式装輪装甲車がやって来る。
(何なんだこれは!?何故、奴等がこれ程のモノを!?)
あからさまな示威行動である事は誰にでも察しは付くが、特にハレル教圏の面々は心中穏やかではいられなかった。
だが、その様な喧騒の隅には、更なる脅威が存在した。
(いい的だな。我等を愚弄した罪の重さを自覚させてやろう。)
バァァァァァァン!
赤い閃光が兵士達の間を潜り抜け、一式装輪装甲車へ命中すると同時に爆発を起こした。
付近にいた者達は、爆発の衝撃を受けて扇状に倒れる。
「フハハハハハ、劣等種族如きが何をしようとも、我等ハイエルフ族に敵う訳が無いのだ!」
騒ぎを引き起こした張本人であるハイエルフの男は、高笑いをして罵倒を始めた。
あまりにも突然の凶行に、付近の兵士達は咄嗟に動けない。
そうこうしていると、周辺のハイエルフ達が男の周囲へと集まって来た。
「此処は、劣等種族の軍勢如きが居座って良い場所では無いぞ!その罪、万死に値す」
ダダダダダダダダダ
前口上を堂々と唱えつつ攻撃態勢を整えていると、連続した発砲に晒された。
その威力は尋常では無く、男の周囲を囲んでいる集団は忽ち胴体が真っ二つとなって行き、驚愕に彩られている内に永遠に意識を閉ざして行った。
騒動の主犯である男も例外では無く、瞬時に四肢の欠損したオブジェへと成り下がった。
それでも辛うじて即死しなかった男の目は、先程の攻撃を受けた一式装輪装甲車が何事も無かったかの様に動き出す光景を映し出していた。
驚愕と憤怒が胸中を支配する中、男の意識も永遠に閉ざされた。
それを目撃した者達は、例外無く身震いする。
今の惨劇に参加していなかったハイエルフ達も、恐怖に支配され声を上げる事すら出来なくなっていた。
同時に、同じ武器を保有しているセンテル兵達も、自身の持つ武器の恐ろしさを実感して言葉を失った。
(クソッ!一体、何処の悪魔が奴等に力を貸したんだ!?)
唯一違う反応をしていたのは、ハレル教圏の面々である。
とは言え、訓練された軍人達が直にこれ程の物を見せ付けられてその威力が分からない事などある筈も無く、この場で行動を起こす事は無かった。
だが、敵対勢力に関する重要な情報収集の場となったのは確かであった。
・・・ ・・・ ・・・
サティリエル島沖 神聖ジェイスティス教皇国艦隊旗艦
スノウは、現在此処にいた。
勇者一行に過酷な船旅を強要する為、ハレル教圏では最も居住性の良い枢機船が旗艦として貸し出されていた。
尚、フェイは王族確保の為、センテル艦隊と共にハルへ向かっている。
帰還したスノウを見て、枢機船の乗員達は驚愕した。
外傷は無いが明らかに疲弊しており、何らかの過酷な目に遭ったことが窺えた。
「クソッ!やはり、我等も同行すべきでした・・・!」
「スノウ様、今度こそ貴方を御守り致します!奴等が、どの様な邪悪な手段を執って来たかは分かりませんが、邪教徒如きに後れを取る我等ではありません!」
勇者の称号に擦り寄って来るいけ好かない人種は確かに多いが、そこにいるのは敬虔なハレル教徒であり、心底勇者一行を敬服している騎士達である。
それ故、今のスノウには受け入れ難く、ある疑問を口にした。
「貴方達は、ハレル教の存在意義をどう思っていますか?」
突然の疑問に困惑する一同だが、自信満々に答える。
「勿論、この世界を正しく導く唯一無二の存在です!」
「左様、力だけならば強力な存在は他にもおります。ですが、正しさを兼ね備えた真の意味で強い存在は、我等だけなのです。そして、その正しさの根幹を成しているのが、他でも無いハレル教なのです。」
自身に満ち溢れている彼等の瞳は、頼もしさすら感じさせる程に真っ直ぐであった。
かつてのスノウならば微笑み掛けていたであろうその答えも、今のスノウには何の慰めにもならず、むしろ憂鬱にさせるものでしか無い。
「変な事を聞いてしまいましたね・・・どうやら、気を張り過ぎていた様です。少し休ませて貰います。」
それを聞き、取り巻き達は退散した。
「正しさがハレル教ですか・・・」
一人になったスノウは、自問自答を繰り返す。
・・・ ・・・ ・・・
ハル沖 センテル帝国艦隊
此処には、派遣された4隻の戦艦が揃い踏みしていた。
センテル級:一番艦 センテル
二番艦 ハーク
ソーラ級:一番艦 ソーラ
二番艦 ゾネス
最新鋭艦と前弩級最新鋭艦が派遣された事からも、如何に大きな意気込みかが分かる。
4隻は単縦陣を組み、ハル周辺へ艦砲射撃を実行している最中である。
流石に首都近辺には兵力が多く、徹底した砲撃を行う必要があった。
「最初に破壊した敵拠点には、半数程の兵力が集中していたと言うが、本当かね?」
砲撃開始から、既に40分が経過していた。
暁帝国からの情報である為、確度は高いと判断しているが、スペルアントは不安そうに呟く。
「念は入れておいた方が良いでしょう。防ぎ切れるとは思えませんが、地の利は敵にあります。」
参謀が進言する。
揚陸艦隊
その頃、揚陸艦では上陸前の最後の準備が行われていた。
「装備の最終点検、終了しました!」
「抜かりは無いな?戦場で命を守るのは、自分の装備だ。」
上陸が刻一刻と近付き、兵士達は緊張を紛らわせる為に口数が多くなる。
先頭にいる揚陸艦の甲板では、フェイが砲撃の様子を眺めていた。
「うーわー、あんなの防げるワケ無いだろ・・・」
他人事の様に気楽そうに呟くフェイだが、背中からは冷や汗が止まらなかった。
それは、これまでに散々センテル兵達から聞かされた話も無関係では無い。
今、目の前で繰り広げられている光景でさえ勇者一行でさえ手に余る程だが、センテル兵達は更に脅威的な存在を語って聞かせた。
それが、暁帝国である。
確かに、フェイが直に目にした暁帝国の力は突出していた。
だが、目の前のセンテル帝国の力とどう違うのかが判別出来ずにいたのである。
その様なフェイの疑問に対し、センテル兵達は懇切丁寧に説明した。
フェイが目にした力は、ほんの片鱗に過ぎなかった事を思い知らされ、背筋が寒くなった。
更に、イウリシア大陸も暁帝国の手によって大きく発展しており、最早ハレル教圏では対抗出来なくなっているとも知らされた。
確かに、個々の戦闘力では勇者一行は世界トップクラスである。
だが世界トップクラスの国々は、その様な個の力ではどうにも出来ない段階へと移っている事を思い知らされた。
「間も無く上陸を開始する。艦内へ戻ってくれ。」
揚陸艦の副長がやって来て、フェイへ話し掛ける。
「はいよ。」
一言だけ返事をすると、さっさと艦内へと戻って行った。
今回の作戦は、王族の確保が絶対条件である。
しかし、ハイエルフの王族ともなれば魔術的素養は通常のハイエルフ族よりも高く、いくら近代的な軍勢であっても生け捕りはほぼ不可能である。
そこで、特に戦闘力の高いフェイに白羽の矢が立ったと言う訳である。
(今回が、存分に活躍出来る最後の機会になりそうだな・・・)
フェイは、ハル上陸戦が個の力を発揮出来る最後の場となる事を予感した。
旗艦 センテル
「もう十分だろう。作戦参謀、上陸開始だ。」
「ハッ!揚陸艦隊へ、上陸開始を発令致します!」
参謀の命を受け、連絡員が駆け足で消えて行き、暫くすると揚陸艦隊が前へ出た。
「第二次攻撃隊の準備は?」
「先程、準備完了との報告が入りました。」
ラングレイの第二次攻撃隊は、発艦直前に先頭の機体がエンジントラブルを起こしてしまい、今の今まで発艦不能となっていた。
尚、第二次攻撃隊はデイビーによる爆撃隊となっている。
センテル帝国軍の現状では戦爆連合の編成は不可能であり、大鷲の襲来を警戒して念入りな艦砲射撃が行われていた。
その甲斐もあり、砲撃開始から現在に至るまで大鷲は全く確認されていない。
「直ちに発艦させよ。」
制裁の大詰めとなるハル上陸戦は、爆撃隊の初陣の場ともなった。
揚陸艦隊
揚陸艦隊は、順調に浜辺へと近付いて行く。
「上陸地点まで、後1キロ!」
その叫びと同時に、砲撃音が止む。
『此方狙撃部隊、配置完了した。いつでも援護出来る。』
通信を寄越したのは、暁帝国の部隊である。
彼等は、これまでの戦いでも味方の被害を最小限に抑える貢献をして来た。
それだけに、この通信は全員の緊張を解す役割を果たした。
「残り500メートル!」
全員が、武器を構えて前屈みになる。
「残り100メートル!」
ドザザザザザザザザザ
突如、艦が大きく揺れ動き、乗員が揺さぶられる。
浜辺へ乗り上げた事を全員が理解した。
ガガガガガガガガガガ
揺れが収まると、正面のランプが開き始めた。
ゆっくりと開き始めるランプに、全員が焦れて早くも動き始める。
「慌てるな!すぐに開く!」
隊長の一喝により落ち着きを取り戻し、適度な緊張感を保ったままその時を待つ。
ガコン
全開となったランプから、ギーグを先頭とするセンテル兵達が勢いよく飛び出した。
この日の為に訓練を積んで来た彼等の実力は確かであり、瞬く間に海岸線を確保した。
(何つー手際だよ・・・)
上陸を行った兵力は3000に達する。
抵抗が一切無かったとは言え、一度にこれ程の兵力を上陸させながらも見た事の無い手際で成功させた光景に、共に上陸したフェイは身震いする。
一切消耗していない為に直ちに再編が行われ、終了すると同時に進撃を開始した。
「・・・」
ハル周辺はまばらに木が生い茂っており、やや見通しが悪い。
その為、警戒しつつの進撃となった。
ヴゥゥゥゥゥゥゥゥゥ・・・・
上空からの音に気付いて上を見ると、丁度デイビーの編隊が真上を通過した所であった。
ハル上空へと到着すると、搭載していた100キロ爆弾を投下する。
ヒュゥゥゥゥゥゥゥ・・・・
ドォン ドォン ドォン
所々で小規模な爆発が起こり、微かに悲鳴が聞こえて来る。
バスッ
付近から鈍い音が聞こえたかと思うと、すぐそこの木陰から頭部を撃ち抜かれた弓兵が倒れた。
『気を抜くな。此処は、奴等の庭先だぞ。』
狙撃部隊からの通信が入る。
「すまない、援護感謝する。」
その後も度々待ち伏せに遭うが、全て事前に片付けた為に被害は出なかった。
そして、とうとうハルへと辿り着く。
「此処からは、あんたの出番だ。」
「任せとけ!」
言うや否や、フェイが先頭へ躍り出た。
「来やがったな、劣等種族共め!」
民間人も含むハイエルフの一団が襲い掛かって来る。
「@^\\:^・。--@」
フェイは素早く詠唱すると、すぐに魔力を解放した。
魔力は小規模な竜巻となり、向かって来る敵を全員巻き込んだ。
何処かへと吹き飛ばされた一団を放置し、王城へと向けて更に歩を進める。
「死ねェ!」
突如、裏道から魔剣を持った敵兵が飛び出して来た。
ダァン
フェイの後ろにいた兵士が的確に撃ち抜き、あっさりと倒れる。
「助かった、いい腕だな。」
「いや、それよりも、このままのペースで王城まで行くのは骨だぞ。」
その通りであった。
彼等がいるのは街のほんの入り口であり、王城までの道のりはまだ遠い。
王城へ着くまでに今の様な奇襲が度々起こるのは目に見えており、その様な事に巻き込まれては消耗する一方である。
「なら、あたしは一足先に王城まで行く。あんた等は、街の制圧をやっといてくれ。」
「一足先にって、突出する気か!?命がいくつあっても足りないぞ!」
「大丈夫だって。じゃ、行くぞ。」
気楽に言うと、その場でスーパーマンの様な跳躍をした。
あっという間にフェイは点になり、誰もが呆然とする。
バスッ バスッ バスッ
周囲から鈍い音が聞こえ、同時に誰かが倒れる音が聞こえる。
『何突っ立ってる!?いくら何でも、フォローし切れんぞ!』
その通信に我に返り、慌てて進撃を再開した。
先行したフェイは、街の喧騒を見下ろしながら王城を目指す。
「いくら混乱してても、これは酷過ぎるんじゃないか・・・?」
そう言っている内に、王城へと辿り着く。
フェイの接近に気付いた者は、此処まで誰もいなかった。
手頃な窓ガラスを蹴破り、あっさりと王城への侵入に成功すると、直ちに王族を探し始める。
「まぁ、階段を探せばいいだろ。」
王族と言えば、最上階にいるのがセオリーである。
そう考え、フェイは階段を探して駆け回る。
「し、侵入者だー!」
広場らしき場所へ出ると、10人程の衛兵と鉢合わせた。
「お、階段見っけ♪」
衛兵が向かって来るが、フェイは眼中に無かった。
スパッ ザクッ ドスッ
斬撃も魔術攻撃も全て難無く躱し、階段を目指すついでにその場にいた衛兵を返り討ちにする。
階段を登ると、騒ぎを聞き付けて駆け付けて来た衛兵と鉢合わせた。
「劣等種族如きが、神聖なる王城を土足で汚すとはなにご」
スパッ ザクッ ドスッ
衛兵の前口上などに興味など無いフェイは、何も言わずに切り裂いて先を急ぐ。
暫く進むと、如何にも王族が構えていそうな扉が目に付いた。
ドガッ
扉を蹴破ると、数人の衛兵と憤怒の表情をしたガルドがいた。
「劣等種族如きが、何処まで我等ハイエルフをコケにする気だ!?」
「まーだそんな事言ってんのかよ。いい加減、ハイエルフが最強なんて幻想捨てちまえ。」
フェイは、何度も向けられて来た「劣等種族如き」と言うフレーズに飽きていた。
「黙れ!最強の魔力を有する我等こそが最強なのは自然の摂理だ!我等は、常に不敗だ!」
「現在進行形で負けてる癖によく言うよ。」
フェイは、退屈そうに欠伸しながら軽い調子で返す。
「貴様ァ、許さんぞ!劣等種族共を返り討ちにする前に、まずは貴様を血祭りに上げてやる!」
亡国寸前となっている事を理解しない国の最後の足掻きが始まった。
今年もよろしくお願いします。




