第八十六話 救出作戦
前置きが長くなってしまいましたが、戦闘開始です。
ノーバリシアル神聖国沖
ハルの沖合約60海里地点に、強襲揚陸艦対馬が鎮座していた。
「哨戒艇位はいるかと思っていたが・・・」
「レーダーにも、それらしき反応は確認出来ません。」
艦長と副長は、艦橋で暢気に話す。
テセドア事変により、大きな被害を被ったノーバリシアル艦隊ではあるが、周辺海域の警戒程度の力は残していると予想していただけに、いささか拍子抜けしていた。
「此方にとっては有り難い話だ。準備が出来次第、出撃するよう通達してくれ。」
「了解しました。」
「これで、100キロも飛んで行けるのか?」
「倍の距離でも余裕で往復出来ますよ。」
(ほ、ホントに大丈夫だよな・・・?)
出撃が間近に迫り、フェイは甲板で待機しているUH-60へ乗り込む。
一度経験しているとは言え、慣れない乗り物で空を飛ぶのは大きな不安を駆り立てられる。
「あ、ちょっと待って下さい!」
振り返ると、軍医がやって来た。
「念の為、もう一度舌を見せて下さい。」
「んあ?アガ・・・!」
やや強引に口をこじ開けられ、口内を覗き込まれる。
「・・・大丈夫みたいですね。次は気を付けて下さいよ。」
そう言うと、さっさと艦内へ戻って行った。
(本当に、コイツ等は極悪非道な敵なのか・・・?)
暁帝国は、世界支配の為に最も対立しているハレル教徒を殲滅しようと大破壊を行った。
暁帝国に滅ぼされたクローネル帝国は、国民の多くが家畜の餌として惨殺された。
暁勢力圏の民は、洗脳によって殺戮機械か奴隷と化している。
ハレル教圏で語られている暁勢力圏は、この様なものである。
元々、ハレル教を信仰しようとしない勢力を極悪非道としてありもしない事実を並べ立てる事はよくある話ではあったが、暁勢力圏に関する捏造は群を抜いて酷い内容となっている。
フェイも、核攻撃までされてしまった事でその大半を信じてはいたが、実際に触れ合う事で何処までが本当なのか判断が付かなくなり始めていた。
(それに、あの証拠とやらは・・・)
それ以上にフェイを慄かせているのは、総帥拉致未遂事件と地獄送り計画である。
あの様な事を本当に実行していたとしたら、どちらが極悪非道なのかは言うまでも無い。
大きな不安とハレル教に対する疑問を抱きつつ、フェイを載せたUH-60は僚機と共に離艦した。
・・・ ・・・ ・・・
暁帝国 東京
「今の所、例の異常な魔力を持つ五人組が最有力です。」
東郷は、山形の報告を聞く。
特殊作戦連隊より上がって来た勇者情報を重視した東郷は、ハレル教圏に関する情報収集に於いて、最優先で調査をさせているのである。
この姿勢を疑問視する声は多く上がっているが、この様なプロパガンダ的存在は軽視出来ないと結論していた。
勇者と呼ばれる存在のみで戦略的な影響を与える事態となる可能性は低いが、不利な情勢に立たされている勢力は極一部の強大な存在が先頭に立つ事で士気を盛り返す例は無数に存在する。
それによって逆転される心配は無いとは言え、強硬な姿勢を維持される事は好ましいとは言えない。
「確か、その内二人が制裁に参加してるんだったな?」
「その通りです。ただし、あくまでも派遣軍司令官を名乗っているだけでありまして、勇者かどうかまでは判別出来ません。」
スノウとフェイは、世界情勢を探る目的もあり、自身が勇者一行である事を徹底して伏せさせていた。
また、その事を表沙汰にすれば、配下の一般兵が暴走する事も危惧している。
ただし、一般兵の暴走は止める事が出来ず、度々衝突が引き起こされている。。
「現状、それらしき実力を発揮した例はありません。報告を見る限り、どちらかと言えば協調的な態度を取っている様です。」
「そっちはそれでいいとして、居残り組は?」
「アウトリア王国に、聖教軍と共にいる事は確実です。特殊作戦連隊の内、最も近い班に対して監視を開始するよう指示を出しました。それと、定期的に偵察機による監視も行います。万が一の場合には、対地ミサイルによる支援を実行します。」
「誤射の心配は無いよな?」
「ありません。仮に標的と密着していたとしても、味方に被害を出さない範囲に着弾し、敵にのみダメージを与える事も出来ます。」
特殊作戦連隊に先行配備された装備には、IFFの発展型が内蔵されている。
これにより、ミサイルの様な高威力の兵器を至近距離に打ち込んでも、味方に被害を与えずに済む着弾地点を自動で算出し、敵にのみ損害を与える事が可能となっている。
とは言え、着弾の衝撃によって飛散する瓦礫にまでは対処し切れないのが現状であり、更なる研究が必要となっている。
「分かった。とにかく、今は情報が欲しい。必要な物があれば、すぐに送る様にしてくれ。」
「了解しました。」
・・・ ・・・ ・・・
ノーバリシアル神聖国 ハル近郊
一般人ならば既に寝静まっている深夜、
バタタタタタタタタタ
やたらと大きな音を立てる飛行物体が、森の中にある小さな草原へ着地した。
ガラッ
胴体横が開き、黒を基調とする服装をした面々が素早く降りる。
「・・・ップハァーーーー!」
フェイは、ヘリから降りると同時に大きく息を吐く。
「不用意に声を上げないでくれますかねぇ・・・」
隊長が、苦言を呈する。
「また、舌を噛んで騒ぎになるよりはいいだろ。」
フェイは、ヘリに乗っている間は、一切口を開かなかった。
そして、着陸態勢に入ると息を止めて誰よりも入念に衝撃に備えていた。
その甲斐あり、今回は舌を噛まずに済んだが、周囲に無駄に緊張感を煽る羽目となっていた上に、その緊張から解放された事で早速お喋りとなっていた。
「我々の任務は、隠密行動を基本とするんですが・・・」
「堅い事言うなって。どうせ、この辺には誰もいないんだしさ。」
雑談を交えつつ、拠点を整えて行った。
・・・ ・・・ ・・・
アウトリア王国 聖教軍司令部
「ハルーラ様が味方して下さいます!我々が敗北するなど有り得ません!」
「勝つか負けるかじゃない!今は、それよりも先にやる事がある筈だ!」
「ハルーラ様の御加護を受けているのです。心配せずとも、じきに復興を成し遂げます。」
レオンは、此処最近同じ様なやり取りを繰り返していた。
アウトリア王国と同じく、ネルウィー公国と国境を接している周辺国から、度々使者が訪れているのである。
先の偵察行動の際に発覚した事態は瞬く間にハレル教圏全体へと広まり、多くの国家が胎動する事態となっていた。
特に、周辺国は自国内の混乱を放置して攻勢準備を始める始末であった。
同時に、丁度近くにいる勇者一行を担ぎ上げようとしていた。
ハレル教圏に於いて、求心力を得るのに勇者以上に便利な存在はいない。
レオン達はまともに取り合わなかったが、それだけで諦める様な相手では無かった。
入れ替わり立ち代わり使者が訪れては出陣を迫り、三人を辟易させていた。
「ハァ…こんな事に時間を割きたく無いんだがなぁ・・・」
あまりのしつこさに、レオンと言えども苛立つ余裕すら無くなっていた。
「・・・」
「カレン、どうしたの・・・?」
カレンは、街の外を睨む。
「何か、誰かに見られてる気がする・・・」
その言葉に、シルフィーとレオンも真剣な表情をする。
二人も此処数日の間、何処からか視線を感じていたのである。
聖教軍司令部から離れた丘の上に、彼等はいた。
「あそこが司令部で間違い無さそうだな。」
「ああ。指向性マイクで拾った音声からも、裏は取れてる。」
「それにしても、何処にこんな魔力を仕舞ってるんだ?」
特殊作戦連隊の面々である。
彼等は、レオン達の監視を行っている最中である。
見た目は一般人と変わらないが、ディスプレイシステムに表示される魔力の大きさに、驚きを隠せずにいた。
「おっと、名前らしき声が聞こえたぞ・・・」
指向性マイクを向けていた隊員が声を上げる。
「カワイ子ちゃんの名前か?」
他の隊員が、興奮気味に聞く。
「多分、あの長身の女の子の名前だな。カレンだと。」
「「「おぉーー!」」」
歓声が上がるが、指向性マイクはすぐに真剣な表情に戻る。
「おい、視線を感じるとか言ってるぞ。気付かれてるんじゃないか?」
「そんなまさか。いくら何でも無理があるぞ。」
「きっと、街中に覗きがいるんだろ。あれだけいい感じの見た目をしてりゃぁ、注目を集めちまうのも無理無いぜ。」
勇者メンバーが気を引き締める反面、監視メンバーは気が緩み始めていた。
・・・ ・・・ ・・・
ノーバリシアル神聖国 ハル上空
『此方陽動班、作戦開始まで残り10分。救出班、準備は宜しいか?』
『此方、救出班。準備は万端、いつでもいいぞ。』
周辺の地理を把握したと特殊作戦連隊から連絡が入り、作戦の第一段階を始める為、F-35がハル上空へとやって来た。
胴体内にはJDAMが満載されており、翼下には対空ミサイルが吊り下げられている。
『なになに、何処にいるんだ?大鷲に見付からないのか?墜落しないでくれよ?』
突然通信に割り込んできたフェイに、全員が顔をしかめる。
『いきなり割り込まないで下さい。我々は、大鷲の上昇限度を大きく超える高度にいます。多分、目視では見付けられませんよ。』
『魔術も使わずに、どうやってそんな真似が出来るんだよ?』
『科学技術を使ってます。』
『だから、そのかがくぎじゅつって何なんだよ?』
『今使ってる無線機がそうですけどね・・・間も無く時間なので、準備して下さい。』
そう言うと、旋回しつつ高度を落とし始める。
救出班
王城の裏手にいる特殊作戦連隊は、空爆を今か今かと待ち構えていた。
ゴォォォォォォォ・・・・
F-35の編隊が、轟音を響かせながらハル上空をフライパスする。
その音の大きさに、フェイも身を竦ませた。
ハル全体が、にわかに騒がしくなる。
「警備兵の誘い出しに成功。」
王城を眺めていた隊員の一人が、慌てて出撃する警備兵の集団を確認した。
『投下コースに乗った。間も無く投下する。』
通信が入ると、全員が潜入の為に身構える。
『5 4 3 2 1 投下!』
ヒュゥゥゥゥゥゥ・・・・
投下の掛け声と共に、甲高い音が上空から聞こえて来る。
「・・・弾着、今!」
ドォォォォォォォォン
投下されたJDAMは、街の数ヶ所へ分散配置されていた兵舎を吹き飛ばした。
「全弾命中を確認した。これより、作戦を開始する。」
『了解、幸運を祈る。』
悲鳴や怒号が飛び交う中、特殊作戦連隊とフェイは悠々と王城へと潜入した。
上空へ居座るF-35を迎撃しようと破壊を免れた大鷲が次々と離陸し、城内の警備は益々手薄となって行く。
「ザマァ無ぇな・・・」
想像以上に思い通りに敵が動いてくれている現状に、フェイは思わず呟く。
多くの人員が表に飛び出した事により、城内は閑散としていた。
外からは、ミサイルや機関砲を乱射する音が響き渡り、時折大鷲が地面へ激突する音も聞こえて来る。
「地下は、この先か。」
暫く進むと、地下への階段を見付ける。
石煉瓦で出来た螺旋状の階段を降りて行くと、如何にも地下牢がありそうな木製の扉が目に付いた。
「・・・」
ハンドシグナルによって陣形を整え、扉の前へと集まる。
(スゲーな)
最後尾でその様子を眺めるフェイは、洗練された動きに舌を巻いた。
バンッ
「何だ!?何のさ」
バスッ バスッ
突然開いた扉に驚いた見張りは、その驚きから抜け切る前に無力化された。
「クリア」
「随分ザルだな。」
見張りは二人しかおらず、他に誰かが来る気配は無い。
「それに、この臭いは・・・」
それは、明らかに死臭であった。
奥にもう一つの扉があり、そこから漂って来ている様であった。
「此処からは、あたしが行く。」
フェイが先頭に立ち、扉を開ける。
「こ、これは・・・!?」
そこには、救出対象である商人が閉じ込められていた。
しかし、全員が傷だらけであり、既に息絶えている者も大勢いた。
控え目に見ても、街の外へ歩いて連れ出せる程良好な状態では無い。
「クソがッ!とんでも無い外道共だな!」
「これでは、予定を変更するしか無いな・・・」
「何をどうするんだ!?」
フェイが喚くが、隊長は冷静に通信を行う。
「此方、救出班。回収班へ、聞こえるか?」
『此方回収班だ、どうした?」
「商人を発見した。だが、状態は予想以上に悪い。回収予定地点まで連れて行く事は不可能だ。王城前まで来てくれ。」
『ま、マジか・・・ちょっと待っててくれ、掃討班と連絡する。』
通信が一旦切られ、変更内容を察した隊員は迅速に動き出す。
フェイも戸惑いつつ牢屋を開けて行く中、新たな通信が入る。
『此方掃討班、随分と無茶を言ってくれるな。』
「此方救出班、それだけ無茶な状況だって事だ。既に、死後かなり経過している者もいるが、出来れば一人も残したくない。」
『どれだけ時間を稼げばいいのやら・・・了解した。』
気だるげな了解の返事を受け、商人の遺体を運び出し始める。
回収班
6機のCH-47が回収予定地点を離陸し、ハルへと向かっていた。
『此方陽動班、大鷲を全て撃墜した。上空に脅威無し、制空権を確保。これより帰投する。』
『此方掃討班、了解した。後は、此方が引き継ぐ。交戦開始ィ!』
その掛け声と共に、遠方に見えるハルの王城周辺から爆炎が上がり始めた。
『此方回収班、間も無く到着する。LZの確保は大丈夫か?』
『此方、掃討班。回収班へ、王城正面へ着陸してくれ。そこ以外にスペースが無い。』
『了解した。これより、着陸態勢に入る。』
ドガガガガガガガガ
着陸態勢にあるCH-47を狙おうとする敵が弓を構えるが、目敏く見付けた掃討班が機関砲で周辺ごと抉り取る。
「着陸完了、警戒体制へ移れ!」
後部ハッチが開き、乗員が銃を構えつつ待機する。
救出班
『此方回収班、王城正面に着陸した。急いでくれ。』
「了解した、すぐに向かう。皆さん、急いで上へ上がって下さい!王城正面に脱出手段を用意してあります!」
商人達は、よろけつつも階段を昇り、外へと向かう。
弱ってはいたが、その表情は明るかった。
「さて、問題は・・・」
全ての商人が牢獄から出ると、後には30人にもなる遺体が残された。
「何回か往復しなければならんな。」
(敵である筈のコイツ等の方が信用出来るなんてな・・・)
フェイは、暁帝国へ気を許し始めていた。
隊長は、王城前まで一人目の遺体を運ぶと、回収班の一人と話す。
「何人か一緒に来てくれ!まだ遺体が残ってるんだ!」
「後、何体なんだ?」
「26だ!」
その返答に、げんなりする。
かと言って放置も出来ない為、手伝う以外の選択肢は無かった。
何度も往復し、次々と遺体を運び出す。
『此方掃討班、まだ終わらないのか?そろそろ、残弾がキツくなって来たぞ!』
「後、二往復で終わりだ。もう少し耐えてくれ。」
そう言いながら、城内を走る。
「ッ!」
突如、顔色を変えたフェイが先頭を走っていた隊長を突き飛ばした。
ヒュゴッ
右から風切り音が聞こえたかと思うと、謎の閃光が一瞬前まで隊長のいた位置を通過した。
ズゴゴゴゴゴゴゴゴ
閃光が命中した左の壁に大穴が空き、王城の一部が崩れる。
右へ目を向けると、鬼の形相をしたクリスタルが仁王立ちしていた。
「下等な獣共が、よくもやってくれおったな・・・!」
(常人の150倍の魔力か・・・)
隊員達は、ディスプレイシステムに表示されているクリスタルの魔力にばかり注目し、怒りの大きさや前口上には注意を払っていなかった。
(オイオイ・・・)
それに気付いたフェイは、何処までも洗練された対応力に呆れと感心が入り混じった表情をする。
「・・・!」
「フウッ!」
無言の怒りを魔力へ込めるクリスタルだが、その攻撃をフェイは軽くいなす。
「此処はあたしが引き受ける。一人で十分だ。」
「任せた!」
隊長はそう言うと、全員を引き連れて地下へと急ぐ。
(お手並み拝見だな。)
通信ばかりで、戦闘は殆どありませんでしたね。(汗




