第八十五話 不協和音
今進めている部分は、やたらと描くのが難しい・・・
暁帝国海軍第二艦隊 旗艦 龍驤
「タイミングが悪い!」
小沢は、艦橋でそう毒付いた。
先程、本国から「センテル帝国と連携し、移民政策の承認を得よ。」との命令が下ったのである。
しかし、現状では出来よう筈も無かった。
肝心の代表者の一人であるスノウが不在なのである。
更に、スノウとフェイを欠いたハレル教圏の面々は、度々各国との衝突を繰り返し始めていた。
ハレル教圏には妥協を知る人間は殆どおらず、他者の主張を認める事も無い為、大声で自身の主張を押し通そうとする光景が繰り返されていたのである。
その様な態度を取られて気分を良くする者などいる訳も無く、各国を取り巻く空気は悪くなる一方であった。
この様な状況下で移民政策を公開すれば、火に油を注ぐだけでしか無い。
(個別に根回しをやるしか無いか・・・)
小沢の心労は、加速度的に増して行く。
・・・ ・・・ ・・・
先遣隊旗艦 強襲揚陸艦対馬
艦橋では、スノウを交えて作戦会議が開かれていた。
「先の協力者の証言から敵首都を重点的に監視した所、商人らしき反応を発見しました。」
レスティは、捕えた商人を首都へ集める旨を聞いており、その情報をリークしていた。
そして、モニターに偵察機から撮影されたハルが表示される。
その中にある、巨大な建造物がマークされた。
「これは、二つある王城の内の片方です。恐らく、地下牢に閉じ込められていると思われます。」
画像が観測衛星の物に切り替わり、魔力反応が表示される。
常人を大きく超える反応に取り囲まれる様に、マークされた王城の一部に小さな反応が集まっていた。
(情報収集の段階から、これ程の差があるのですね・・・)
ハレル教圏とあまりにも隔絶した実力差に、流石のスノウも動揺を隠せない。
「問題は、捕われている商人の数です。反応を見る限り、100人を超えている事は確実です。これ程の人数ですから、一切察知されずに救出し切るのは至難の業です。」
「では、救出は不可能と言う事ですか?」
「不可能ではありません。しかし、リスクは少ないに越した事はありません。」
「リスクから逃げ出して、どうやって救い出すと言うのですか?」
スノウを含む五人は、危険地帯へ自ら飛び込む事によって活路を見出して来た。
それだけに、リスクを回避する様な行為を見過ごせない一面がある。
「捕えられている商人は、恐らく衰弱しているでしょう。敵に察知された状態で、衰弱している救助対象を守りながらの救出は、あまりにも困難です。」
「私達は、その困難に立ち向かわなければならないのでは無いでしょうか?」
「我々が申しているのは、確率の問題です。やる以上は、必ず成功させなければなりません。目的を達成する為には、どの様なやり方をするのが最も適しているのか。それを模索しているのです。」
「リスクから目を背ける為の方便にしか聞こえませんね。私達は、あのハイエルフ族に制裁を加えに来たのですよ?高いリスクを覚悟せずに立ち向かえる相手で無い事は、既に理解されていると思っていましたが・・・」
(どうして、正面から立ち向かおうとしないのでしょう?)
スノウは、艦長達へ軽蔑の視線を向け始める。
「どうやら、貴方との共同歩調は無理そうですね。今作戦の指揮は、我々だけで執りましょう。」
流石のスノウも、顔色を変えた。
「な、何を言っているのですか!?その様な身勝手な行為など許されませんよ!」
ハレル教圏であれば誰もが慄くスノウの怒鳴り声も、暁帝国の優秀な将校相手には通用しなかった。
「目的と手段を履き違えた貴方の身勝手な主張の為に、部下を無意味な危険に晒す訳には参りません。」
「な、何を言って・・・」
「貴方は、リスクに飛び込む事が目的になっている。我々の目的は、商人の救出です。何の為に我々が先行しているのか、貴方はお忘れの様だ。」
納得はしなかったが、言われている事に説得力がある事は理解した。
黙ったままのスノウに対し、艦長は続ける。
「ハイエルフ族が冷酷非道である事は、これまでの経緯から嫌と言う程理解されている筈です。であるならば、救出作戦を行っている事が奴等に察知された場合、どの様な事態が発生するのか理解出来る筈です。」
スノウは、今度こそ何も言えなかった。
もしも途中で敵にバレてしまえば、救出を行う筈の部隊も、救出対象である商人も、その場で皆殺しの憂き目に遭う事は容易に想像出来る。
そして、その様な事態を回避しようにも、あのハイエルフ族が相手である。
スノウやフェイであればどうにかなるだろうが、それ以外はどうなるか分からない。
どうにかなったとしても、自分の身を守るだけで精一杯となる事は、容易に想像が付く。
増して、非戦闘員である商人に至っては、どうにもならない。
「理解して頂けた様ですね。」
スノウの様子を見た艦長は、話を進める。
その後の協議の結果、作戦の概要が決まった。
一 敵首都へ夜間接近を行い、UH-60により救助要員を潜伏させる。
ニ ある程度現地の地形等を把握した後に、F-35による空爆を実施する。
三 空爆による混乱に乗じ、王城内へ潜入、救出を行う。
四 潜入成功と同時にAH-64による王城周辺の制圧を行い、脱出支援を行う。
五 王城脱出後、CH-47へ商人を載せ、揚陸艦へ帰還する。
「・・・」
宛がわれた船室で、スノウとフェイは顔を見合わせる。
「さて・・・これからどうするか?」
憎き相手であった筈の暁帝国の実態を直に見せ付けられ、フェイは判断が付かなくなっていた。
「スノウ?」
しかし、スノウは全く反応しない。
(ハレル教は、間違っている?間違っているの?なら、今まで私達のしていた事って・・・)
「ああ・・・ああああああ・・・・」
「スノウ!?おい、しっかりしろ!」
作戦会議に於いて完全論破されたスノウは、精神的な限界を迎えていた。
これまでの自身の行いを全否定されるかの様な事実が次々と白日の下へ晒され、正しいと思っていた自身のやり方さえも一蹴されてしまったのである。
人生を掛けて取り組んで来た事が全て無駄となってしまった事を理解してしまい、無意識の内に涙が溢れ続けた。
「誰か、誰か来てくれ!」
この後、スノウは医務室へ搬送された。
最早、戦闘も指揮も出来る状態では無く、フェイが後を引き継ぐ事となった。
・・・ ・・・ ・・・
モアガル帝国 派遣軍本部
「突然申し訳無い。」
小沢の目の前には、スペルアント ノシフスキー アガリオ がいた。
彼等が話しているのは、移民政策に関してである。
「い、いつの間にその様な事をやっていたのですか!?」
「流石に、この様な場で承認を得る事は難しいと思われますが・・・」
「既に、話は通してあります。」
「!・・・確認します。」
暫く後、
確認の取れた三人は、本格的に移民政策に関しての話に加わった。
「・・・と言う訳です。」
小沢が事の経緯を話し終えると、スケールの巨大さにスペルアントまでもが呆然とした。
「あの、大丈夫ですか?」
「・・・ハッ!失礼しました。ですが、これ程の事業を何故黙っていたのですか?貴国へ協力する事は吝かではありませんが、流石にこの様な対応は・・・」
アガリオの苦言に、二人も頷く。
「御尤もです。ですが、私も此処へ到着してから承認を得るよう命令を受けておりまして・・・それに、この件を早い内から公にしてしまっては、間違い無くハレル教圏による軍事行動を誘発してしまいます。」
この意見には、流石にぐうの音も出ない。
「ふーむ・・・とは言うものの、何故今なのでしょうか?」
「本国によりますと、移民は既に200万人程が完了しているとの事です。つまり、三分の一も進んでいると言う事になります。ハレル教圏による反発を抑え込む為に、世界会議の場で承認を得ようと言うのが狙いでしたが、諸事情により未だに実現出来ていません。」
スペルアントは、密かに目を逸らす。
「そして、現状の進捗具合を鑑みますに、後三年も待ってなどいられないでしょう。加えて、ハレル教圏はネルウィー公国との国境沿いに早くから兵力を集結させています。あくまでも警戒の為と思われますが、人数が増えればそれだけ感付かれる危険も高くなります。」
「そうですか・・・」
三人の反応は、好ましいとは言えなかった。
この件は殆ど暁帝国の内政問題と言っても良く、これまでひた隠しにされて来たのだから当然の反応と言える。
「取り敢えず、本国からは協力する様にとの指示を受けています。我々は、移民に賛同しましょう。」
「有難う御座います。」
小沢は、それだけ言うと速やかに移動を始めた。
根回しをしなければならない相手は、まだまだいるのである。
「ん?」
何となく窓から外を眺めると、ある光景が目に留まった。
「全く、よくそんな小汚い格好で出歩けるモノだ。」
「身嗜みも整えられん連中が主要国に名を連ねるとは、世も末だな・・・」
騎士階級と思われる複数の男が、暁帝国軍に対し罵声を浴びせていた。
「そんな事をやっているから、ハレル教の布教は失敗してばかりなんだよ!」
「そうだ!自分と主張が違うだけで、不当に他者を貶める事を良しとする宗教なんぞ誰が信じるか!」
そこへ、センテル兵がやって来て煽り立てた。
忽ち大騒ぎとなり、上官が怒鳴り付ける事態となっていた。
(移民政策は、間違い無く火に油を注ぐな・・・)
小沢は、胃の痛みを感じつつ奔走する。
・・・ ・・・ ・・・
アウトリア王国 廃村
王国中部に存在する廃村に、特殊作戦連隊が潜伏していた。
「物資収容終わりました。」
「よし、出るぞ。」
C-17からの補給物資を仕舞い終えた彼等は、周辺地域の偵察を開始する。
「それにしても、不気味な程に静かですね。」
「嵐の前の静けさかも知れんぞ?」
「余計な事を言うんじゃない!本当にそうなるぞ!」
「お喋りはそこまでにしておけ。」
定期的に偵察を行っているがあまりにも代わり映えしない為、雑談が多くなっていた。
「お、2時の方向に魔力反応複数。」
左目に装備されたディスプレイシステムには、衛星から送られる付近の情報が映し出されていた。
「巡回と言う訳では無さそうだな。」
「農民か?」
「だろうな。」
映像を見る限り、統率された動きでは無い為、農民と判断して身を隠す。
暫くすると、10人程の農民が通過して行った。
「やれやれ・・・聖教軍の連中は、俺達に飢え死にしろとでも言うのかね。」
「今回で、何度目の徴発だったかな?」
「まあ、少し前に比べれば大分マシにはなったけどさ。」
「それなんだけど、勇者様が監督してくれているからだそうだぞ?」
「勇者様だって!?」
「ああ。聞いた話じゃあ、聖教軍の状況を見た勇者様は、大層お怒りになられたそうだ。それから厳しく監督して、今位にまで持ち直したとか。」
聞き取れたのは、此処までであった。
「久しぶりに、実のある偵察になりましたね。」
帰り掛けに、隊員の一人が呟く。
「そうだな。ハレル教圏には、勇者と呼ばれる有力な戦力が存在する事が分かった。」
「大層な呼び名だが、どの程度のモノかね?」
「誰が勇者と呼ばれてるかが分からんと、判断のしようが無い。」
ほぼ同じ頃、神聖ジェイスティス教皇国付近に潜伏している別動隊に於いても、勇者の存在が察知された。
直ちに本国へ連絡を行い、勇者に関する本格的な調査が始まる事となった。
・・・ ・・・ ・・・
ズリ領 アウレンディ
合同艦隊が東の海域を通過して以来、ドレイグ王国と同じくズリ族も大騒ぎとなっていた。
「どうやら、その船団は海軍艦艇と見て間違い無さそうです。」
シーカは、ウムガルへ報告する。
「具体的に、何処の国かは分かるか?」
「あなた方が発見された船団が、何処の国の所属かは分かりません。ですが集めた情報によりますと、世界の主要国を一ヶ所に集めた合同艦隊なるものを編成している模様です。」
「主要国全てをか!?」
「その通りです。」
(だとすれば、拙い!)
人口の少ない赤竜族にとって、物量戦は最も恐れる事態である。
世界大戦に於いても、戦死者こそ出さなかったものの、30万対5000と言う物量差から体力的、魔力的消耗は激しく、世界を一度に敵に回してはならないと認識する契機となった。
「シーカ殿、既に我等は臨戦態勢を整えているが、この先どうなるか分からん。そちらも、警戒を怠らぬ様にしておいてくれ。」
「了解しました。全軍に警戒態勢を取らせ、予備兵力の動員も開始しましょう。」
世界大戦での経験から、ズリ族では予備役を導入しており、有事に於ける兵力は9万人を数える。
この動きに触発され、北方部族も少ないながら警戒を強め始めており、世界の激しい動きに応じるかの様にエイハリーク大陸も徐々に緊張の度合いを増し始めていた。
開戦までに、時間が掛かり過ぎてますね。




