第八十三話 真相
遅くなりました。
イウリシア大陸北部沖
『レーダーに、アルーシ連邦及びピルシー帝国艦隊と思しき反応を探知。』
「合流するぞ。」
指示を出すのは、暁帝国海軍第二艦隊司令長官の 小沢 治 中将 である。
彼は、機動部隊運用の第一人者であり、今回の様な遠征に於ける適任者とも言える。
『艦隊を目視』
見張り員の目には、100隻を超える近代艦の姿が映っていた。
「アレの御守をしろと・・・?」
小沢は、予想以上に多い物量に、早速及び腰となる。
(アルーシ連邦の物量を舐めていた・・・)
現在、アルーシ連邦の造船業界は海軍戦力更新を最優先しており、近代艦の保有数は200隻を超えようとしていた。
それに伴い戦列艦が400隻程退役している為、全体の保有数は減少している。
尚、退役した戦列艦は、民間や周辺の中小国へ売却されている。
しかし、いくら強化した所でセンテル帝国や暁帝国には大きく劣っており、航洋性もそれ程高い訳では無い。
その様な艦が、100隻以上も付いて来るのである。
ただでさえ運用の難しい多国籍軍となるだけでは無く、圧倒的な技術格差から来るギャップも埋めなければならない。
此処からの巡航速度は10ノットとなり、暁帝国側はやきもきしつつ北上する。
アルーシ連邦艦隊
「な、何と言う・・・!」
味方の誰もが暁帝国艦隊に驚く中、最も狼狽していたのは艦隊司令官である ノシフスキー である。
彼は、海軍の近代化に最も力を入れて来た功労者であり、誰よりも今回編成された艦隊の実力を理解している。
勿論、暁帝国やセンテル帝国には遠く及ばない事は理解していたが、それでもある程度は差を縮められたと考えていた。
しかし、単なる情報では無く実物を目で見た事で、その様な考えは単なる願望に過ぎない事を見抜けてしまったのである。
ノシフスキーは先見の明があるだけに、暁帝国艦の装備の用途は殆ど理解出来なかったが、想像も付かない程圧倒的な性能差がある事を理解した。
戦列艦と蒸気フリゲート艦は、数値化すれば数倍の差が存在する。
しかし、その両者を同列視出来てしまう程に、暁帝国艦は飛び抜けて優れている。
「これまでの努力は、一体何だったのだろうか・・・」
その事を理解出来てしまったノシフスキーは、何とも言えない虚脱感に襲われた。
しかし、いつまでもそうしている訳にも行かず、何とか気合を入れ直す。
・・・ ・・・ ・・・
ドレイグ王国
「族長、緊急事態で御座います!」
「何だ!?何をそんなに慌てておる!?」
アンカラゴルは、いつもと違い過ぎる若手の反応に動揺した。
「先程、東の海域を航行する大船団を発見して御座います!」
「大船団だと!?」
「その船団の中には、商船の数十倍もの巨大な船も含まれており、軍艦と推測するが妥当と存じます!」
その場にいる全員が仰天した。
彼等は、世界会議の案内に来るセンテル帝国の船舶を除けば、殆どが一般的な帆船しか見た事が無い。
「何処ぞの艦隊が、此方に攻めて来ると言うのか!?」
「いえ、艦隊は北上しており、ズリの領地も通過するものと思われます。しかし、艦隊の数は100隻を超えており、どの様な気紛れを起こすかも知れませぬ。警戒を強める必要があるかと存じます。」
「・・・よし、これより部族全員を三交代で臨戦態勢へと移す!我が領地へ近付く輩は、たとえ旅人であろうとも油断せず構えよ!それと、此度の動きについて、ズリの民へ情報収集を依頼せよ。」
「御意に」
指示を受け、ウムガルがズリ領へと飛び立った。
・・・ ・・・ ・・・
ガリスレーン大陸沖
「暁帝国、アルーシ連邦、ピルシー帝国艦隊を確認!」
「本部へ打電せよ。」
大陸周辺の警戒を行っているセンテル帝国駆逐艦が、やって来た三ヶ国艦隊と合流した。
「暁帝国巡洋艦より発行信号![此方、巡洋艦比叡。出迎エ感謝ス。誘導願ウ。]以上!」
「返信せよ。[了解シタ、我ニ続ケ。]」
駆逐艦の誘導を受け、モアガル帝国沖へと向かう。
モアガル帝国 港湾都市 ウレブノテイル
この街は、モアガル帝国最大の港湾都市である。
それだけに、暁帝国との国交樹立直後から真っ先に手を加えられ、大型船舶の出入港に支障の無い体制が築かれていた。
しかし、電力整備が順調とは言えない為、整備体制は高くない。
それでも、出入港するだけならば空母にも可能である。
「暁帝国の手が入った国は、恐るべき勢いで様変わりするのだな・・・」
そう呟き、恐怖を感じているのは、センテル艦隊司令官を務める スペルアント である。
頭脳明晰であり、常に冷静沈着な彼は、直接暁帝国を目にせずともウレブノテイルを視察しただけでその国力を正確に予測出来てしまった。
「提督、残り三ヶ国の艦隊が到着したとの事です。」
「分かった、すぐ行こう。」
部下の報告により直ちに頭を切り替えたが、その足取りは若干重くなっていた。
ウレブノテイルは、今回の派遣軍のガリスレーン大陸駐留の玄関口として機能している。
その為、港には戦列艦から空母まで様々な時代の艦が所狭しと並んでおり、全体を統括する派遣軍本部が設置されていた。
その戦力は、以下の通りである。
センテル帝国 司令官:スペルアント
陸上戦力:3万4000人 その他
海上戦力:戦艦4隻
装甲巡洋艦8隻
軽巡洋艦6隻
駆逐艦32隻
空母1隻
揚陸艦10隻 その他
暁帝国 司令官:小沢治
陸上戦力:6000人 その他
海上戦力:ミサイル巡洋艦3隻
ミサイル駆逐艦2隻
汎用駆逐艦6隻
空母1隻
強襲揚陸艦1隻
輸送揚陸艦2隻 その他
アルーシ連邦 司令官:ノシフスキー
陸上戦力:1万2000人 その他
海上戦力:3000トン級蒸気フリゲート艦20隻
1000トン級蒸気コルベット艦100隻 その他
神聖ジェイスティス教皇国 司令官:スノウ
陸上戦力:2000人 その他
海上戦力:戦列艦50隻 その他
以下、準列強国軍が続く。
流石に、これ程の外国軍をモアガル帝国一国に押し込めるのは不安が大きく、周辺の中小国にも少数ずつ駐留している。
尚、モアガル帝国は派遣軍受け入れの負担の大きさと復興の途上にある事から、周辺警備と後方支援に徹する方針となっている。
派遣軍本部
全派遣軍が揃った事で、司令官達が本部へ集った。
各国の陣容は、司令官及び助手(副司令官)の二名ずつとなっている。
集まったは良いものの、非常に悪い空気に誰一人声を上げない。
ハイエルフ族の横暴に対する怒りに加え、内二ヶ国が顔を合わせた事による気まずさも手伝っていた。
核攻撃に関する警告以来、二度目となる暁帝国と神聖ジェイスティス教皇国の公式の顔合わせである。
(あれだけの事をしておいて、一切顔色を変えませんね。いえ、だからこそあの様な事が出来たのでしょうか・・・)
(クソッ、憎たらしいツラしやがって・・・!)
スノウとフェイは、心中穏やかではいられなかった。
とは言え、この様な場で怒鳴り散らす程に見境無くは無い。
いつまでも黙りこくっている訳にも行かず、スペルアントが口を開ける。
バンッ
「会議中、失礼致します!」
進めようとした所で、連絡員が突如飛び込んで来た。
「「「「「・・・」」」」」
「?」
まだ始まってもいなかった為、突然の乱入に誰も文句は言えない。
「気にするな。それで、何が起きた?」
連絡員は、微妙な空気を察して首を傾げたが、スペルアントが促す。
「先程、ノーバリシアル神聖国より民間の物と思われる帆船がやって来ました。臨検を行った所、亡命を希望しております。」
「「「「「!!」」」」」
暫く後、
「お連れ致しました。」
連絡員が、亡命希望者の代表を名乗るハイエルフ族の男を連れて来る。
全員が敵を見る目を向けるが、それを気にする様子は無い。
「御目通り頂き感謝致します。」
全員が、目玉が飛び出るのでは無いかと言う程に驚愕した。
「私は、レスティ と申します。早速ですが、この様な行動に至った経緯を説明したいと思います。」
レスティを含む亡命希望のハイエルフ達は、大多数のハイエルフ達の姿勢に嫌悪感を抱いている点で共通している。
その姿勢を何とか改めさせようと奮闘して来た彼等だが、つい先日から始まった凶行によって完全に愛想を尽かし、亡命を決意したのである。
その凶行とは、モアガル帝国攻勢とテセドア事変での失態を挽回する為、訪れている商人を見せしめに処刑する事で全世界へ脅しを掛けると言うモノである。
その事を逸早く察知したレスティは同志へ声を掛け、船を用意した上で商人を脱出させようとした。
しかし、予想よりも早く商人の駆り出しが始まってしまい、何とか呼び掛けに応じた一部の商人と共に此処までやって来たのである。
事の顛末を聞かされた一同は、想像の斜め上を行くノーバリシアル神聖国の横暴に言葉も無かった。
「見せしめを目的としている以上、未だ処刑はされていないでしょう。可能ならば、捕われの身となっている者達の救出を行いたいと思っております。しかし、我等だけではそれは適いません。どうか、力を貸して戴きたい。」
少しの沈黙が場を支配した後、一気に騒がしくなった。
「勝手な事を・・・!何故、我々が貴様等の不始末の尻拭いをしなければならんのだ!?」
「その通りだ!お前達が勝手にやって、勝手に死ねば良い!」
「イカれたハイエルフと共同戦線を張るなど、正気の沙汰では無い!」
これまで煮え湯を呑まされ続けて来た西部地域諸国が、一斉に罵声を浴びせた。
口にこそ出さなかったものの、それ以外も似た様な心境であった。
(クッ、想像以上だな・・・!)
レスティは、初めて他種族のハイエルフ族に対する認識を身を以て体感した。
「待って下さい。皆さんの仰る事は理解出来ますが、このまま囚われの身となっている商人の方々を見捨てるのは如何かと思います。此処は、救出作戦を実行すべきかと。」
スノウの意見に、全員が胡散臭い物を見る目を向ける。
「本当に、救出を考えているのか?」
ノシフスキーは、小さく呟いた。
しかし、スノウはその呟きを聞き逃さなかった。
「それは、どう言う意味でしょう?」
フェイも、ノシフスキーを睨み付ける。
「言葉の通りですが何か?異教徒と言うだけで虐殺を許して来たハレル教が、まさかその様な人道的な発想を持っているとは思いもしませんでしたな。」
世界会議での暁帝国の提案により、<人道的>と言う単語が周知されていた。
「何でそれをこっちに言うんだ!?」
「止めなさい!」
堪え切れなくなったフェイが声を上げるが、スノウが制止する。
「確かに、過去にハレル教徒による暴虐が存在した事は事実です。しかし、不完全ながらその状態を抑え込んで来たのも事実です。私達も、確実に変わっているのです。」
教皇庁でも、数代に渡って過度な破壊行動を抑え込んで来た経緯が存在する。
単に利用価値のある施設の有効活用を行いたかっただけではあるが、個人が勝手に聖戦を語っていた時代と比較すれば、かなりマシな状況と言える。
加えて、勇者一行は占領地域での略奪行為を厳しく監督していた。
その動きに触発され、同調する者も徐々に増えつつあった。
「しかし、あの大破壊が全てを変えてしまいました。」
大破壊とは、核攻撃の事である。
スノウとフェイは、小沢を睨む。
「自業自得としか言えませんなぁ。」
声を上げたのは、スペルアントである。
スペルアントの言葉に、全員が頷く。
「何でそんな事が言える!?あの大破壊で、どれだけ犠牲が出たと思ってるんだ!?」
「だから、その犠牲が出た事も自業自得だと言っている。」
二人は、言われている事の意味が理解出来なかった。
「では、見て頂きたい物があります。こうなるだろうと思い、用意しておきました。」
小沢は、これまで散々公開されて来た証拠を提示する。
あまりの内容に、二人は唖然とした。
「こ・・・こんな紛い物を作って何を要求しようと言うのですか!?」
「既に、我々は周知の事だが・・・そちらでは、どの様な主張を行っているのか聞かせてはくれんか?」
スペルアントの追撃にスノウは更に動揺するが、フェイが質問に答える。
「教皇代理によれば、暁帝国は過剰な野心を掲げて世界征服をしようとしているから、一番の脅威になりそうなハレル教圏に大破壊を行ったとなってる。」
通常ならば、勇者一行であれば疑いそうな内容ではあるが、核攻撃はそれを信じてしまうだけの根拠となっていた。
フェイの説明を聞いたスペルアントは、更に続ける。
「我が国は、事の真相を把握する為にハーレンス王国へと調査隊を送り込んだ事がある。結論から言うと、暁帝国の主張が正しいと言う認識を持った。加えて、セイキュリー大陸外にいるハレル教徒は、徐々に暴徒化して治安に不安を与えているのが現状だ。」
スペルアントの信じたく無い告白に、顔色が一気に悪くなる。
更に、小沢が引き継ぐ。
「暴徒はまだマシでしょう。以前、インシエント大陸へ密入国し、住民の拉致、奴隷化を行おうとしたハレル教徒がいましたからな。幸いにも未遂に終わりましたが、大陸外のハレル教徒は暁勢力圏への大規模なテロ行為を画策していると言い残していました。」
現状では、一個人が暴発した破壊行為を除き、全て事前に鎮圧されている。
しかし、その内容は恐るべきものであり、一部では飛竜を育成して空から襲撃する計画を立てていた程であった。
「政府内には、大陸外のハレル教徒は完全排除すべしと言う強硬論すら存在すると言います。本当に実行するかどうかは不明ですが、いずれにせよ我が国はハレル教圏を相当に高いレベルで危険視している事に違いはありません。」
想像以上に深刻な事態に陥っている事を認識し、二人は茫然自失となった。
「これでは、会議どころではありませんね。一旦休憩にしたいと思いますが、如何ですか?」
小沢の提案は、賛成多数で受け入れられた。
・・・ ・・・ ・・・
ノーバリシアル神聖国 ハル
「殿下、劣等種族共は連合を組んでガリスレーン大陸へ集合している動きが確認されました。」
クリスタルは、部下の報告を聞いて嘲笑する。
「ほっほっほっ、我等に喧嘩を売ろうとは何処まで愚かなのかの?所詮は、学習能力の無い獣の集まりだの。」
「お陰で、先の苦労が無駄にならずに済みますな。」
「それもそうだの。同族の死を目の当たりにした獣共が、どの様な野蛮な声を上げるか楽しみだの。」
地下牢
クリスタルが笑い声をあげている頃、
「グ・・・ク・・・た、助け・・・て、くれ・・・」
「どうして・・・こんな・・・」
「しっかりしろ、こんな所で死ぬんじゃない」
数百人の商人達が、捕われの身となっていた。
捕えられる過程で重傷を負った者も少なくなかったが、一切の治療はされず、力尽きる者が後を絶たなかった。
無傷の者は慰める事しか出来ず、徐々に神経を擦り減らして行った。
加えて、看守による暴力行為も度々行われ、数人が犠牲となっていた。
この様な状況下にも関わらず、与えられるのは水だけである。
「チッ、煩いな・・・!」
「止めとけよ?お前は加減を知らん。奴等は見せしめで処刑をするんだから、此処で殺したら怒られるぞ。」
看守は、聞こえて来る呻き声に苛立ちを募らせるだけであった。
捕われた商人の救出は、派遣軍が考えている以上に急を要する事態となっていた。
無駄に時間が掛かった割に、大した内容になって無いな。




