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第八十二話  出師準備

 勇者一行の動向を描くのが難しい。

 アウトリア王国



 核攻撃を受けたこの国は、ネルウィー公国と国境を接している為に周辺国に対して与えた衝撃も他の比では無かった。

 教皇庁に於いても重大な危機であると捉えられた事により、暁帝国に察知された聖教軍5万が派遣されていた。

 

「・・・これで大丈夫です。」

「おお、さっきまでの痛みが嘘の様だ!」

 スノウの治癒により、怪我をしていた信者が飛び上がる。

「いよっと・・・こんなもんか?」

「十分です!有難う御座います!」

 フェイは、核攻撃後の混乱によって破損した建造物の瓦礫の撤去作業を行っていた。

「そう、それでいい・・・。」

「ああ、こうすれば良かったんですね。」

「そこ、それじゃあダメよ!」

「イエス、マム!」

 シルフィーとカレンは、自警団や軍に対する訓練を行っていた。

「それにしても、酷い状況ね。」

 カレンの呟きは、ネルウィー公国警戒の為に派遣された聖教軍に対してのものである。

 大混乱の中で5万もの大軍を派遣出来たのは相当なものだが、その実態はただの寄せ集めである。

 教皇庁の命令により、被害の小さい領地や国から戦力が抽出されたのだが、大半は予備兵力や民間人の志願者から成る部隊ばかりであり、二線級かそれ以下でしか無かった。

 まともに訓練を受けていない為に規律の問題も存在し、各地から寄せ集められただけに指揮系統の問題も存在していた。

 通常、聖教軍は教皇庁から派遣される上位の聖職者によって統括される。

 しかし、現状では復興と混乱の抑制に掛かり切りであり、聖教軍の統括にまで手を回す余裕は無かった。

 そこで、爆心地の調査を終えた勇者一行に白羽の矢が立った。

 聖教軍の惨状は、勇者一行を激怒させるに十分であった。

 近隣住民に対する暴行等を行っていた者は例外無く心身共に打ちのめされ、素人に毛が生えた程度の実力しか持たない一般兵には、徹底した訓練を行っていた。

 その過程で生じる負傷者に対し、治癒魔術を行う事で実働兵力の減少を防ぎつつ、同時に一帯の地域の復興を行う事で防御態勢を整えて行った。

 その甲斐あり、まともな運用可能な体制が整いつつあったが、この期に及んで新たな問題が発生していた。

「レオン、上手くやってよ・・・」

 カレンは、レオンに望みを託す。



 聖教軍司令部



 勇者の仲間達が着々と成果を上げる中、肝心の勇者本人は不機嫌の渦中にあった。

「勇者殿が音頭を取って下されば、我等はすぐにでも動きましょう!」

「左様、勇者様の御命令に従わぬ愚か者など、此処にはおりませぬぞ!」

「さあ、出陣の御命令を!」

 レオンを取り囲む指揮官達は、しきりに出陣を求めていた。

 勿論、ネルウィー公国へ向けての出陣である。

 末端が素人ならば、その上に立つ者もほぼ素人であった。

 今回の兵力派遣は、何処の国も戦力の出し惜しみを行っていた。

 未曽有の大混乱の中で優秀な人材を国外へ流出させるなど、そう簡単に許容出来るものでは無い。

 その結果、指揮官でさえ失っても痛くない無能が蔓延る事となっていた。

 更に、無能な為に冷や飯を食ってきた者達が集まった事により、何とかして手柄を得ようと躍起になる事で、醜い足の引っ張り合いすら発生して来たのである。

 勇者一行の着任により足の引っ張り合いは鳴りを潜めたが、今度は勇者に言い寄って手柄を得ようとこぞって動き出す有様であった。

 軍を率いている立場上、実戦で勝利する事が一番手っ取り早く手柄を立てられる。

 勇者一行による鍛え直しにより、軍全体の技量が上がっている事も尚更欲を掻く原因となっていた。

「勇者殿、今ならば忌々しい亜人共を根絶やしに出来るでしょう。」

 無根拠に調子の良い事ばかりを言う指揮官達を見るレオンは、いつの間にか無表情となっていた。

「・・野郎・・・」

「?」

「何と仰いました?」

 レオンの小さ過ぎる呟きに、首を傾げる。


 「馬鹿野郎!!」


 突然の怒鳴り声に、その場にいる全員が震え上がった。

「何が出陣だ!お前等は、今の状況が分かって無いのか!?」

 盲目的な一般の信徒と変わらない無能達は、この様な状況への対応力など持ち合わせていなかった。

 ネルウィー公国出陣は、レオンの鶴の一声によって握り潰された。


 司令部を後にしたレオンは、早速仲間達と合流する。

「どうだった?」

 カレンが問う。

「一発怒鳴ったら、すぐ終わった。」

「当然・・・。怒鳴られて反論するなんて、あのメンバーの誰も出来ない・・・。」

 レオンの返答に、シルフィーは冷めた表情で返す。

「へッ、ザマア無ぇな。」

 フェイは、嘲笑した。

「しかし、これでは此処を動けませんね。」

 スノウは、他の地域へ赴けない事を憂慮した。

 ハレル教圏の中でも敵対国と近い北部の国々は、取り分け混乱の度合いが大きい事が分かっている。

 聖教軍の元へやって来るまでに、僅かながら各地へ出向いて民衆を落ち着かせたものの、その効果は現状では不十分としか言い様が無い。

「失礼致します。」

 今後の展開に頭を悩ませる五人の元へ、明らかに格の高い騎士がやって来た。

「私は、教皇代理の使者であります。」

「教皇代理の?」

 その言葉に、全員が不安を露わにする。

 態々この様な真似をするなど、余程の事態が起こったとしか思えない。

「教皇代理より、これをお預かりして参りました。この場で御読み頂き、直ちに返答を聞くようにとも仰せ付かっております。」

 使者は、一通の手紙を取り出す。

 見ると、その内容はノーバリシアル神聖国制裁への協力要請であった。

「・・・」

 一通り読み終えると、全員が難しい顔をする。

 手紙の通りの横暴を働いているのならば、見過ごす事は出来ない。

 しかし、現状では此処を動く事は出来ない。

「レオン様、一つ案があります。」

 沈黙を破り、スノウが口を開く。

「今回は、パーティーを二つに分けては如何でしょう?」

「え!?」

 予想もしていなかった案に、驚愕する。

「待って!それは、いくら何でも」

「この件は、無視すべきではありません。」

 反論しようとするカレンを遮り、ハッキリと断言する。

「そうは言うがなぁ・・・」

「フェイ、貴方は私と一緒に来て頂きたいのですが。」

 まさかの申し出に、フェイは大きく狼狽える。

「どうしてそこまで・・・?」

 シルフィーも、戸惑いを隠せないまま尋ねる。

 スノウは、単なる正義感から言っている訳では無かった。

 これを機に、大陸外の各国の反応を確認しようとしていたのである。

 核攻撃まで受けた以上、各国が高いレベルで警戒している事は想像に難くない。

 しかし、この様な国際協力の場ならば、安全に懐へ入り込む事が出来る。

「ノーバリシアル神聖国へは、私とフェイで行くべきと考えます。」

 スノウは、博識であるだけに現状のハレル教圏の行いに対し疑問を持っていた。

 ハレル教以外の教えが本当に間違っていると言えるのか?

 亜人族は排除しなければならないのか?

 また、核攻撃を受けた事により、世界にはどの様な強敵が存在するのかも気になっていた。

 今後、かつて無い強敵と出会い、仲間が倒れるかも知れないと考え、並々ならぬ危機感を募らせているのである。

 説明を終えると、反論の声は聞こえなかった。

「分かった・・・だけど、必ず帰って来いよ。」

「勿論です。私の帰る場所は、レオン様の元だけですから。」

「ん、俺だけか?カレンとシルフィーとフェイもいるだろ?」

 この返答に、四人は呆れ顔で返す。

「本当に、乙女心が分からないんだから・・・」

「鈍感・・・。」

「慣れたけど、今回はどうかと思うぞ。」

 レオンは、訳が分からないまま針の筵となっていた。

「それでは、私は直ちに教皇庁へ戻ります。準備が出来次第、教皇庁へお越し下さい。」

 使者はそれだけ言うと、一足先に立ち去った。

「フェイ、私達も急いで準備しますよ。」

 スノウはそう言うと、フェイと共に遠征準備を整える。




 ・・・ ・・・ ・・・




 暁帝国  東京



 東郷達は、ノーバリシアル神聖国制裁に関して話し合っていた。

「取り敢えず、航空戦力は必要でしょう。とすれば、主力艦隊を一個艦隊派遣すべきかと。それと、揚陸艦も派遣した方が良いでしょう。」

「そうだな。」

 山口の進言に、東郷は頷く。

「陸上戦力は、一個旅団を予定しています。今回は多国籍軍となりますので、大きな戦力を持ち込むと却ってトラブルを呼び寄せてしまいます。」

 山形が続ける。

「統制は取れるかな?」

「センテル帝国が音頭を取る以上、そこまで酷い事にはならないと思われます。テセドア事変によって、大幅に減じていたセンテル帝国の影響力は回復傾向にありますから。」

 今回の制裁には、暁帝国 センテル帝国 アルーシ連邦 神聖ジェイスティス教皇国 ピルシー帝国 エンディエ王国 モフルート王国 が参加し、一旦ガリスレーン大陸へ集合する都合上、事実上ガリスレーン大陸の中小国も参加国となる。

「ところで、世界会議で持ち込んだ議題はどうなった?」

「それでしたら、スムーズに合意に至りました。テセドア事変に後押しされた側面はありますが・・・」

 吉田は、多少の複雑さを見せながら答える。

 暁帝国が持ち込んだ議題とは、国際条約の制定である。

 ハーベストの法とは、国内法規以外の取り決めは、国交を結んだ国同士の間でのみ有効な物が大半であり、全世界共通の取り決めは存在しない。

 この状況を危険視していた為、世界会議の場で提案したのである。

 これまでに無いやり方の為、大きく揉めると予想していたが、テセドア事変の影響により優先順位が大幅に下がってしまい、まともな議論が殆ど行われないまま制定の流れとなった。

「正直、どこまで守られるか分かりません。ただでさえ覇権主義が横行しているのですから、定着させるのは困難でしょう。」

「でしたら、我が軍が模範を見せれば宜しいかと。」

 吉田の懸念に、山形が気楽に答える。

「我が軍が先頭に立ち、世界の手本となれば追随せざるを得んでしょう。」

「先頭に立って、補給は追い付くのか?」

 山形に対し、東郷が問う。

「先頭に立てば、消耗し易いだろう。そこまでの余裕があるとは思えんがなぁ。」

 暁帝国軍の物資は、自国内でしか生産出来ない。

 となれば、必然的に補給戦が伸び切ってしまう。

 しかも、空母を伴う以上寸法的にテセドア運河は使えない。

 北ルートも、センテル帝国との協議の結果、自重する事となっていた。

 尚、アルーシ連邦艦隊とピルシー帝国艦隊をエスコートすると言う事情も存在する。

 指摘された山形は、黙りこくった。

「総帥、今回はセンテル帝国を前面に押し出してみては?」

「センテル帝国を?」

 吉田の提案に、首を傾げる。

「センテル帝国の実力ならば、ノーバリシアル神聖国を圧倒出来る事は先の海戦からも実証されています。此処は、センテル帝国の名誉回復を優先し、手柄を譲ってみるのも手でしょう。」

 センテル帝国の影響力が元に戻れば、暁帝国にとっても多大な利益となる。

「待て、そうすると我が軍の立場はどうなる?」

 山口は、我慢を強いられる部下の立場を案じた。

「事前の制空権の確保と、占領地の秩序維持を行うべきでしょうな。それと、ヘリや高台に狙撃兵を配置し、味方の援護も行うべきでしょう。そこまで派手な活躍ではありませんが、決して無視出来ない役割です。他国軍が順調に行動を起こせるのは、我が軍の強力なバックアップがあってこそと言う印象を定着させるのです。」

 これまでの暁帝国軍は、諸外国に正面装備ばかりが注目されて来た。

 しかし、吉田はその状況に危機感を覚えており、総合的に優れていると言う印象を定着させようとしていた。

「ふむ、確かに占領地の維持には相当な労力が必要だからな。我が軍以上の適任は無いか・・・」

 納得したのを見計らい、更なる問題へと話を移す。

「問題は、ハレル教圏の反応だな。表立って何かして来る事は無いと思いたいが・・・」

 これには、全員が難しい顔をする。

「誰が派遣されるかによりますな。話の通じる相手ならば良いのですが・・・」

「話が出来ても、此方の言う事に耳を貸すとは思えんな・・・」

「取り敢えず、連中に突っ掛かられた時の為に、用意だけはしておきましょう。」

 一抹の不安を抱えながらも、着々と準備は進んで行く。




 ・・・ ・・・ ・・・




 センテル帝国



「今制裁に於きまして、センテル級を含む新型艦を動員する事が決定致しました。」

 フレッツは、ロズウェルドに対し報告する。

 海軍は、暁帝国の支援を受けたセンテル級以外にも、様々な新型艦を建造していた。

 防護巡洋艦の艦形を大幅に変更し、主砲を一種類に統一した軽巡洋艦。

 排水量1000トンを超す、大型駆逐艦(フリゲート艦から名称変更された)。

 強襲上陸を可能とした、揚陸艦。

 現在、大々的な更新を行っており、既に纏まった数を運用している。

 しかし、性能が上がると同時に一隻当たりのコストが上がった事もあり、更新が終わった暁には総艦艇数は以前よりも減少する事が内々に決定していた。

 これは、ロズウェルドに発破を掛けられたケーディス以下の財務部が、寝る間を惜しんで戦力分析に明け暮れた結果であり、財務部の勝利とも言えた。

 その代わり、性能の高くなった艦艇は技術的難易度が上がった事もあり、工廠能力の強化を認めさせていた。

 陸軍も似た様な顛末を辿ったが、元々数が必要な陸上戦力だけに、海軍程絞られてはいない。

「陸軍も、ギーグを初めとする新戦力を結集させております。万に一つも敗北する事は有り得ません。」

「暁帝国大使からは、我が軍が先頭に立つ事を望むとの回答を頂いております。我が軍の威信に掛けまして、断固として成功させましょう。」

「そうか。過剰戦力かとも思ったが、暁帝国から背中を押されては引き下がる事も出来んな。フレッツ、アーノルド、任せたぞ。」

「「お任せ下さい!!」」




 ・・・ ・・・ ・・・




 ノーバリシアル神聖国  サティリエル島



「こっちだ、急げ!」

 商店から離れた茂みの中を、複数の商人とハイエルフ族が進んでいた。

「この先に、船を待機させてある。」

「それは有り難いが、こんな事をして大丈夫なのか?」

「バレたら、タダでは済まないだろうな・・・だが、別に問題は無い。この国には、ほとほと愛想が尽きた。」

 商人を先導しているハイエルフの男は、軽蔑の視線を祖国へ向けた。

「しかし、あんた達だけでは」

「我等の他にも同志はいる。別のルートで商人達を連れている頃だ。」

 そうこうしていると、遠方から悲鳴と怒号が聞こえ始めた。

「クソ、もう始まったか!」

 ハイエルフの男は、心底悔しそうに吐き捨てる。

「本当にこんな事を・・・」

 対する商人達は、悲鳴と怒号の渦中から逃れられた事に安堵しつつ、この国の異常さに恐怖する。

 暫く進むと、小さな入り江に辿り着いた。

 その入り江には、立派な帆船が一隻停泊していた。

 その帆船に乗り込むと、彼等以外の商人が50人程と、ハイエルフ族が20人程乗っていた。

「これで、全員か?」

「いやあと一組残ってる。」

「後10分して来なかったら、置いて行こう。」

「何を言ってるんだ、正気か!?」

「もう始まってるんだ!グズグズしてたら、我々も見付かってしまう!」

「な・・・そんな・・・!」

 集まったハイエルフ達は、絶望的な表情をする。

 事の詳細を聞かされていた商人達も、大きく動揺した。

 彼等は、紛れも無い危険地帯に停泊しているのである。

 重苦しい空気の中数分待っていると、最後の一組が姿を現した。

「良かった、無事だったか!」

「すまない、遠回りしていたら遅くなった。」

「早く乗り込め、すぐに出港するぞ!」

 全員が乗り込んだ事を確認すると、何の未練も無く速やかに出港した。

 忌々しい大地から離れた彼等の表情は、晴れやかなものであった。

「これから何処へ行くんだ?」

「ガリスレーン大陸だ。」

「理由は?」

「小耳に挟んだんだが、列強国の軍勢が集まって、あの馬鹿共を制裁するらしい。」

 それを聞いた彼等は、希望に満ちた表情でガリスレーン大陸を目指す。



 センテル帝国の活動が活発化します。

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