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第八十一話  テセドア事変

 事変と呼んで大丈夫かな・・・

 センテル帝国  小ウォルデ島



 世界会議を行っている大会議堂は、蜂の巣をつついた様な騒ぎとなっていた。

 ノーバリシアル神聖国が艦隊を差し向けて来た事が、スマウグの口から知らされたのである。

「あわわわわ、は、早く避難しないと・・・!」

「艦隊に連絡を取れ!直ちに脱出するぞ!」

「こうなったら、陸路で逃げましょう!」

 嫌われ者とは言え、ハイエルフ族の実力は本物である。

 加えて、その容赦の無いやり口から、襲撃を受ければどうなるかは火を見るより明らかである。

 殆ど全員がパニック状態となっていた。


「落ち着かれよ!!」


 大会議堂全体に響き渡る大音響により、全員の動きが止まる。

「迂闊に動かれると、却って危険だ!此処は、このまま待機して貰う!」

 スマウグの指示に、一斉に抗議が殺到した。

「落ち着かれよ!既に、艦隊が交戦状態に入っている!心配せずとも、撃退可能だ!」

 そう言って諫めに掛かるが、その言葉を真に受けて受け入れる者は少数しかいなかった。




 ・・・ ・・・ ・・・




 テセドア運河  西側入り口付近 ノーバリシアル艦隊



「どうなっているんだ、これは!?」

 マルコは、目の前で繰り広げられる惨劇に猛り狂っていた。

 敵艦隊を目視した時、味方の誰もが嘲笑した。

 此方よりも巨大な艦が見えるが、たった11隻で500隻の大艦隊へ挑もうと言うのである。

 常識的に考えれば、正気の沙汰では無い。

 しかし蓋を開けてみれば、此方の装備の射程を圧倒的に越える遠距離から、一方的にアウトレンジされていた。

 一発の威力も尋常では無く、攻撃を受け始めてからたった10分で70隻が海の藻屑と化してしまった。

「とーりかーじ!」

 マルコは、艦隊左翼をすり抜けようとする敵艦隊を射程圏内へ捕らえる為、全艦を左旋回させる。

「敵艦隊、面舵を切ります!」

「今更、逃げようとしても無駄だ!我等の使用する魔道具は、劣等種族共のそれとは比べ物にならんぞ!」

 変針している間にも被害は増すが、意に介さず接近を試みる。

「・・・どうなっている!?敵が遠ざかっているぞ!」

「何故、追い付けんのだ!?」

「劣等種族共が!大人しく殴り倒されるべき劣等種族共が・・・!」

 いくら他国よりも質の高い魔道具を製造出来るとは言え、最大15ノットの足では鈍足の旧式戦艦にさえ追い付けない。

 増して、センテル以前の艦の中では最新鋭のソーラが相手である。

 「ハイエルフ族こそが、最も優れている。」と高を括り、まともな情報収集を行って来なかったツケが、此処に来て噴出していた。



 キュァァァァァァァ・・・



 砲撃による風切り音が、マルコの頭上から近付いて来る。



 ドォォォォォン



 砲弾は艦隊のド真ん中へ着弾し、マルコの座乗する旗艦は着弾の波に煽られて転覆した。

 同時に、20隻の味方艦が粉砕された。



 センテル艦隊



「転舵!取り舵15度!」

 一時接近されそうになったが、冷静に転舵を行い10キロの距離を保ったまま攻撃を続けた。

 そして、敵艦隊の最後尾から10キロの距離へ到達し、敵艦隊後方を舐める様に航行する。



 ドォォォォォォン



 砲撃音が鳴り響き、砲口から砲煙が吐き出される。

「5 4 3 2 1 弾着!」

「狭叉です!」

「よしっ!」

 連続して狭叉弾を叩き出し、艦長は御機嫌であった。

『敵艦隊、半数が撃沈されました。』

 見張り員からの報告が入り、この後の展開を考える。

「敵艦隊から、降伏の意思はあるか?」

『・・・確認出来ず。』

(だろうな・・・)

 あのハイエルフ族が、此方に降る事など考えられない。

 艦長に限らず、全員が予想された反応に肩を竦めた。



 ドォン…



「ん?」

「防護巡洋艦が砲撃を開始しました。」

 有効射程外であった為、これまで大人しくしていた防護巡洋艦も遂に砲撃に加わる。

「・・・散布界が広いですね。」

「仕方無いだろう。元々、防護巡洋艦はこの距離での戦闘を想定していない。」

 防護巡洋艦は、センテル帝国では通商路の保護を主目的として建造された艦である。

 平時に於いては見回りを行い、戦時に於いては偵察や補助任務をメインにしつつ戦闘も行う。

 それ故に性能もそこそこ良く、使い勝手の良い艦種ではあるが、直接的な戦闘力は抑えられている。

 しかし、いくら性能が低いとは言え、木造の帆船が耐えられる訳が無い。

 精度は低いが、これまで以上の勢いで敵艦が沈み始めていた。

『敵艦隊、面舵を切ります!』

 見張り員の声に目を凝らすと、此方から遠ざかる進路を取っていることが分かった。

「我が艦隊から逃げたいのか、沿岸への攻撃を優先したいのか・・・」

「判断に悩みますね。」

 そんな事を話している間にも、敵艦は減り続ける。

『敵艦隊、残像数100を割り込みました。』

「我が艦隊、敵艦隊右翼10キロ地点へ到達しました。」

 報告を聞いた艦長は、仕上げに入る。

 艦隊は再度取り舵を切り、敵艦隊を右翼から追い上げ並走を始めた。

「減速、速力15ノット!」

 同航戦へと突入し、射撃精度が更に上がる。

「また、直撃です!」

 艦橋では、連続して出る直撃弾に、歓声すら上がり始めていた。

「あれ程まばらになった敵艦にも当てるとはな・・・」

 狭い範囲に密集していた敵艦は大半が撃沈された事により、広範囲にポツポツと点在する状況となっていた。

 この状況に於いても的確に敵艦を沈めており、艦長は部下の練度を頼もしく思った。

「敵艦隊、殲滅!」

 間も無く、全ての敵艦を撃沈し終え、ノーバリシアル艦隊は消滅した。

「小ウォルデ島へ打電、[我、敵艦隊ヲ殲滅ス。我ガ方ニ被害無シ。]以上だ。」



 故ノーバリシアル艦隊



「ば、馬鹿な・・・」

 マルコは、目の前の惨状に理解が追い付いていなかった。

 動員出来る艦を全て動員し、民間船の一部まで加えた艦隊を編成して実行された襲撃。

 その威容は無敵艦隊と呼ぶに相応しく、劣等種族の軍勢など取るに足らない筈であった。

 しかしその結果は、たった11隻の敵艦隊に文字通り全ての艦を沈められると言う惨憺たるものとなってしまった。

 彼の周囲には、同じ様に漂流している味方が多数漂っているが、砲撃を受けてバラバラとなった死体から流れ出た血により、海面が赤黒く染まっていた。

 地獄と呼ぶに相応しい光景が広がっているが、誰一人としてその光景に意識を向ける者はいない。

「何でだ!?どうして、我々が負けたんだ!?」

「下等な獣共が!俺達をこんな目に合わせておいて、許されると思ってるのか!?」

「クソッ!クソ、クソクソ、クソーーッ!」

 自分こそが最優秀と思い込み、負ける事など考えてもいなかった彼等は、プライドを完全に破壊されて狂乱状態となっていた。

 そして、この惨状を作り出したセンテル艦隊を血走った目で睨み付ける。

 しかし、何をどうした所で敗北の現実を変える事など出来ず、後に救助された者達は全員が精神に異常を来しており、生き永らえさせるよりも一刻も早く楽にさせてやる方が良いと判断された。




 ・・・ ・・・ ・・・




 小ウォルデ島  大会議堂



 そこでは、大きなどよめきが巻き起こっていた。

「スマウグ代表、その報告に間違いは無いので?」

「間違い無い。つい先程、交戦していた艦隊から直接齎された報告だ。」

 再度、大きくどよめく。

 先程まで、ハイエルフ族の軍勢がいつ雪崩れ込んで来るかと戦々恐々としていた代表団の面々は、まさかの大勝利に驚愕の表情を露わにする。

 同時に、存在感の薄まっていたセンテル帝国の力が、以前から全く衰えていない事を認識した。

「さて、予想外のトラブルで時間を浪費してしまったが、引き続き世界会議を執り行いと思う。宜しいか?」

 スマウグの問い掛けに、全員が賛同した。

 その表情には安堵感が漂っており、センテル帝国に対する信用が回復しつつある証左でもあった。




 ・・・ ・・・ ・・・




 セントレル  皇城



 ノーバリシアル艦隊襲来の報は、迅速に大帝の元へも届けられた。

 かつて無い事態にあらゆる部署が大わらわとなり、情報収集に躍起になっていた。

 直ちに最高幹部が招集され、緊急会議が開かれた。

「何を考えているのだ・・・!?」

 流石のロズウェルドも、今回の暴挙には激怒していた。

「して、我が方の被害は?」

「艦隊からの報告によりますと、我が方の被害は皆無との事。」

「沿岸部への被害を警戒し、進入禁止区域を広めに取っていた事が幸いしました。」

 ロズウェルドは被害が無い事を大いに喜ぶが、今回の件はそれだけで済ませる訳には行かない。

「此度の件は、あまりにも度が過ぎていると言わざるを得ん。それに、あのハイエルフの事だ。敗北した事を知れば、逆上して来る事は目に見えている。そうなれば、彼の国の周辺国が被害を受けるだろう。全世界を危機へ陥れる存在を許す訳には行かん。」

 幹部達は、唾を飲み込む。

「で、では・・・」

「そうだ。此度は、武力を以って事に当たるより他あるまい。」

 平和主義を是とし、自ら武力を行使する事を戒めて来たセンテル帝国が、自らその枷を解こうとしていた。

「世界会議へ出席しているスマウグへ、直ちに報せよ。」




 ・・・ ・・・ ・・・




 小ウォルデ島  大会議堂



 世界会議は、途中までは滞り無く進んだ。

 事前に行う予定であった議題には、時間を掛けたくなかったからである。

 そして、突発的に上がった議題に入ると荒れに荒れた。

 今回の件でハイエルフ族に対する不満が一気に噴出し、ハレル教圏までもが一緒になり「ハイエルフ討つべし!」と叫んでいるのである。

 そこへ、スマウグに対し本国からの方針が伝えられた。

「先程、我が国はノーバリシアル神聖国に対する武力攻撃を決定した。」

 歓声が上がり、拍手喝采される。

「静粛にされよ!」

 何度目か分からない議長の諫めにより、ひとまず収まる。

「此度の事件は、何にも増して世界平和を乱す行為と言わざるを得ん。よりにもよって、各国の代表が集う世界会議を狙って襲撃して来たのだからな。」

「「そうだ!」」

 野次に近い合いの手が入り、更に続ける。

「ノーバリシアル神聖国は、全世界共通の敵である事を自ら告白したのだ。此度の蛮行は、全世界に対する宣戦布告と考えるべきだろう。そこで、全世界共同によるノーバリシアル神聖国制裁を提案したい。」

 この提案に対し、大きな歓声が上がった。

「静粛に、静粛に!ただ今、センテル帝国より上がったノーバリシアル神聖国制裁案に対し、異論のある者は挙手を!」

 誰も挙げる者はいない。

「それでは、ノーバリシアル神聖国制裁を可決する!」

 歓声と拍手喝采が巻き起こり、誰もが興奮した。

 この後、各国で開戦準備が粛々と進められ、拠点としてガリスレーン大陸へと集結して行く。



 小ウォルデ島  桟橋



 世界会議が終わり、各国代表団が帰路へ着き始める。

「吉田殿」

 スマウグが、吉田を呼び止める。

「ああ、スマウグ殿。大変な事になってしまいましたな。」

「そうですな。これまでは、この様に世界会議が荒れる様な事は無かったのだが・・・」

「世界情勢と言うモノは、波の様に調子の良い時と悪い時が存在します。今は、波の底に近い位置にいるのでしょう。」

「ふむ、その様な考え方はした事が無かったな。中々面白い発想ですな。」

 仏頂面のスマウグが、笑顔を見せた。

「平和と言うモノは、維持しようとすれば高い代償を必要とします。待っていれば得られるものでは無い。」

「何故、この様な事になるのだろうな・・・」

「誰もが求めるからですよ。我が国では、平和とは豊かな暮らしを享受出来る事だと考えております。しかし、豊かな暮らしを送るには一定の富が無ければなりません。そして、富は有限です。平和を享受しようとすれば、限りある平和の奪い合いが発生します。」

「有限な平和か・・・」

「清貧に甘んじる事を平和と定義すれば、全世界が平和になるのでしょうな。」

 その様な事を良しとする存在など殆どいない事は、容易に想像出来る。

「結局の所、平和を得る為には戦い続けなければならんのか。」

「酷い矛盾ですな。」

「全くだ。」

 しかし、止める訳には行かない。

 彼等は、何よりも優先して自国民を守る義務を負っているのである。

「何にしても、まずは目の前の問題を片付けんといかんな。」

「その通りですな。我が国も、協力は惜しみませんぞ。」

 互いの関係を確認し合うと、それぞれ帰路に付いた。


「結果的に、此方の目的は達成されてしまったな・・・」

 アガリオは、事の推移を振り返りながら呆然とした様子で呟く。

 今回の目的であるノーバリシアル神聖国に対する弾劾は、予想もしない形であったとは言え達成された。

「・・・つくづく馬鹿な連中だな。」

 ハイエルフ族の常軌を逸した愚かさに、思わず吐き捨てた。




 ・・・ ・・・ ・・・




 ノーバリシアル神聖国  ハル



「これは、どう言う事かの?」

 クリスタルは、部下の持って来た報告書に目を通し、尋ねる。

「そ、そう申されましても・・・」

 尋ねられた部下は、答えに窮した。

 報告書の内容は、小ウォルデ島へ派遣した艦隊が連絡を絶ったと言うものである。

 軍が連絡を絶つ状況など、通信手段の不具合を除けば全滅以外に考えられない。

 しかし、質の高い通信魔道具を全艦が配備しており、不具合は有り得ない。

 とすれば、全滅したと判断するしか無かった。

 クリスタルは、立ち振る舞いはいつも通りではあるが、目は怒りで血走っていた。

「・・・まさか、我の部下がこうも情けない無能だとは思いもせなんだの。」

 この期に及んでも、敗因は部下の無能にあるとしか思っていないのである。

 無能である事は間違い無いが、一番の原因は相手がより強力であった事にある。

 しかし、彼女にその発想は無い。

(下種な獣如きが、つけ上がりおって・・・!)

 同時に、相手側がハイエルフ族の名誉に泥を塗ったと考える。

 完全な逆恨みではあるが、自身の行い=正義 である彼女には何を言っても通じない。

「サティリエル島には、下等種族の商人共はまだいるかの?」

「は?・・・はい。大勢おります。」

 部下は、問われている意味が分からなかった。

「では、全員捕えて参れ。」

「は?それは、どう言う・・・?」

 意味が全く分からず、部下は困惑するだけであった。

「多少力を付けた程度で調子に乗って我等に逆らう獣共に・・・」

 その言葉に驚いた部下であったが、すぐに笑みを浮かべ準備を進める。




 ハレル教圏が進んで手を取り合う程に、ハイエルフ族は嫌われています。

 やっている事を考えれば、当然とも言えますが。

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