第七十四話 再始動
ハレル教圏の再始動です。
ネルウィー公国
きのこ雲は、この国からも目視出来ていた。
ネルウィー公国と国境を接しているアウトリア王国への核攻撃は、ネルウィー公国とフェンドリー王国へ見せ付ける狙いも存在した。
核攻撃の実行が決定して以降、移民政策は大規模に行われている。
これまでは、数隻ずつの船団を組んで察知されない様に行われていたが、察知されても特に問題無くなったと判断され、大規模な船団を度々組む様になっていた。
現時点で、約30万人がインシエント大陸へ移っている。
それまでは、移民に対する拒否反応は大きなものであったが、核攻撃を直に見せられて以降、危機感を募らせて移民へと傾く国民が大幅に増えていた。
とは言え、600万人もの移民は一朝一夕には行かない。
インシエント大陸側も、受け入れ準備でてんてこ舞いの毎日を送っている。
「ハレル教圏は、軍勢を北へと差し向けている動きが確認されています。」
暁帝国の駐在官が、長老達を相手に話し始める。
「こ、こんな時に何をして・・・!」
内部が大混乱な状態で外征するなど、度を超えた馬鹿な行いとしか言えない。
「兵力は、5万程度との事です。恐らく、国境線の警戒の為でしょう。万が一攻撃を仕掛けて来ても、此方に損失は出ないでしょう。」
移民は、ハレル教圏との境界線に近い住民から実行している。
間近に脅威が存在する分、一刻も早い移民を強く求めていたからである。
また、聖教軍が攻撃を開始した場合に備えての意味合いも存在する。
近世以前の軍勢は、現地徴発しなければ補給が追い付かない。
しかし、移民によって物資も事前に根こそぎ持ち去られている為、補給も現地民の虐殺や奴隷化なども出来ない。
これでは、まともに進軍など出来よう筈も無く、無理に進軍すれば戦う前から大幅に弱体化し、手酷い反撃を受ける事となる。
「ところで、スマレースト大陸はどうなったのだ?」
「既に、ほぼ沈静化しております。後数日で、完全に沈静化出来るでしょう。」
「そうか。騒動を知った時は肝を冷やしたが、大したものだな。」
「恐縮です。」
ネルウィー公国民の人間族不信は、徐々に解消され始めていた。
・・・ ・・・ ・・・
ハーレンス王国南端
ゾンビ騒動は、最終局面へと突入していた。
『此方第二中隊、ゾンビを殲滅した。』
「第二中隊より入電!ゾンビの殲滅を完了したとの事!」
「後は、第五中隊だけだな・・・」
統合軍第一連隊は、騒動の始まりとなった王国南端の海岸沿いの掃討を行っていた。
第五中隊
タタタン… ダンッ ダンッ
「フゥ・・・まだ、こんなにいるなんてな・・・」
「50位いたか?」
「左から来るぞ!」
ダダダダダダダダ
一息ついたと思えば、直後にゾンビの小集団が襲い掛かると言う事態が数回続き、徐々に疲労が溜まっていた。
「今度こそ殲滅したろう!?もう出て来るなよ!?」
「また出て来たら、眉間にブチ込んでやるからな!」
いい加減戦い疲れた兵士達は、座り込みながら殺気立つ。
バタタタタタタタタタ
音に気付いて上を見ると、暁帝国軍の戦闘ヘリが見えた。
「あ、おーーい!」
気付いた兵士達は手を振るが、
「ん?・・・ちょ!?」
呑気に手を振っていると、此方へ向かって来た。
ドガガガガガガガガ
座り込んでいる彼等の少し後ろに着弾する。
「!・・・まだいたのか!」
気を抜き過ぎた為に、ゾンビの接近に全く気付かず冷や汗を流した。
『此方アパッチ、周辺を捜索したが今の集団で最後の様だ。』
無線手の無線に通信が入る。
「了解した、支援感謝する。」
この瞬間、ゾンビ騒動は収束した。
・・・ ・・・ ・・・
暁帝国 東京
「スマレースト大陸の騒動は、完全に収束しました。」
山形が、東郷へ報告する。
「それで、被害は?」
「まず、建造物の被害ですが、砲撃によって極一部の民家と道路が損壊したのみとなっています。そして、人的被害なのですが・・・」
一拍置いてから報告する。
「軍の被害は、我が軍は0です。大陸同盟各国は、戦死者5500程となっています。」
これは、当初の混乱による戦力の逐次投入が招いた結果であった。
「そして、民間人の被害は、30万を超えます。」
「さ・・・」
想像を超える被害の多さに、東郷は絶句した。
「被害は、やはりハーレンス王国に集中しています。主要都市は、城塞都市になっている為に無事ですが、それ以外の被害が予想以上に酷く、特に南端部の生存者はいないとの報告です。」
この被害が、暁勢力圏の成長へ悪影響を及ぼす事は想像に難く無い。
「とにかく、復興支援に全力を挙げてくれ。それで、ハレル教圏の動きは?」
「それにつきましては、私から。」
今度は、太田が口を開く。
「先の核攻撃により大混乱となっておりますが、教皇庁で政変が起こったとの事です。」
「クーデターでもやった奴がいたのか?」
「はい。枢機卿の中でも、ホノルリウスと仲の悪かったリウジネインとシェイティンが実権を握ったとの事です。」
「よりもによって・・・」
命令書の公開により、リウジネインとシェイティンの存在は広く知られていた。
同時に、暁勢力圏では要注意人物と見做されている。
「先日潜ませた特殊作戦連隊によりますと、ホノルリウスは異端審問に掛けられている様です。」
「出来レースで死刑確定か。」
確かな手腕の持ち主である事は把握しているが、不思議な程に同情の念が浮かばない。
「それと、軍をネルウィー公国近辺へ移動させている事が判明しました。」
「はあ!?いくら何でも馬鹿過ぎるだろ!」
「いえ、規模からして単なる警戒の為だろうと思われます。それと、これを。」
太田は、モニターを準備する。
「・・・これは?」
映し出された映像は、シーペン帝国の爆心地付近であった。
「此処を見て下さい。」
そこには、謎の五人組が映っていた。
「おいおい、平然と歩いてるが、大丈夫なのか?」
「その様です。」
その五人組は、そのまま爆心地を離れ、平然と人混みへと紛れた。
「観測衛星で魔力を観測した所、常人の500倍程の魔力を内包している事が判明しました。」
「500倍って・・・」
「恐らく、極めて高い免疫があるのでしょう。」
魔力を多く内包すればする程、代謝が活発化し身体能力も向上する事が判明している。
同時に、免疫機能も向上する。
また、極僅かながら有害物質を遮断可能である事も確認された。
暁帝国の人間には縁の無い事だが、それでも少量では放射能を防げる程では無い。
同時に、内包出来る魔力にも限界がある。
この内包出来る魔力量を、<魔力受容量>と呼ぶ。
魔術師として鍛えればある程度は拡大可能ではあるが、化物と呼ばれる程の実力者でさえ常人の40倍程度と言われている。
「古い文献によれば、この魔力受容量を無理矢理拡大する人体実験を行っていた時期もある様です。しかし、受容量を大きく超える魔力を吸収させると急激に体が膨れ上がり、最後には窒息死していた様です。」
食べ過ぎで、肥満体系になってしまう様な物である。
そして各種器官を圧迫されてしまい、呼吸すらままならなくなる。
「その魔力受容量は、どうやって調べてるんだ?」
「受容量を超える魔力が吸収されると、直ちに自覚症状が出る様です。しかし、何処に魔力を保存するキーがあるかも分かっておらず、数値化も出来なかったとか。」
佐藤を中心とする暁帝国の研究により、漸く数値化が可能となる有様であった。
とは言え、魔力受容量に関しては旧来の方法以外に測りようが無かった。
測定出来るのは、あくまで魔力そのもののみである。
「この五人は、継続的に監視する必要がありそうだな。」
「はい。特殊作戦連隊には、迂闊に近付かないよう指示を出す必要があると考えます。」
「分かった、その辺は任せる。」
山形と太田は、部屋を出る。
「フゥ・・・」
話がひと段落し、東郷は一息ついた。
バァン
「失礼します。」
乱暴に扉が開き、思わず身構える。
「な、何だ、佐藤かよ。」
「失礼ですね。久しぶりに顔を合わせたのに・・・」
古代遺跡の研究や観測衛星の打ち上げ等で立て込んでいた佐藤は、長い間東郷と顔を合わせていない。
「ノック位しろよ。」
「そんな事はどうでもいいんです。それより、古代遺跡に関して進展がありました。」
自身の文句が流された事に不満を持ちつつも、聞き耳を立てる。
「現在、インシエント大陸以外に、イウリシア大陸とガリスレーン大陸でも調査を行っています。出来れば、ウォルデ大陸でも行いたいんですが・・・」
「後にしろ」
何処までもマイペースだが、流石に今は構っていられなかった。
「・・・それでですね、両大陸の資料を解読して行くと、インシエント大陸がメイジャーの本拠地だったみたいなんです。」
「本拠地?と言う事は、インシエント大陸を中心に国でも造ってたのか?」
「かも知れませんね。そして、各大陸毎に支部の様な物を作って、それぞれ統治させてたみたいです。被征服民もいた様で、圧政を敷いていたっぽいですね。」
「・・・確か、技術レベルは近代だったよな。」
「ええ。新たに、戦車と思しき設計図も見付かっています。それと、航空機を量産していた事は確実です。」
佐藤は、写真を提示する。
「多砲塔戦車じゃん。使えるのか?」
「まぁ、同じ近代文明が無ければ、無双出来るでしょう。」
多砲塔戦車は、その巨体とコストの割に見た目の力強さ以外の長所が無く、ソ連以外では量産化すらされていない無駄飯喰らいである。
「他にも、被征服民の物と思しき記録も確認出来ました。それによると、セイキュリー大陸に何かある様です。」
「セイキュリー大陸かよ・・・」
セイキュリー大陸の古代遺跡は、ハレル教の求心力の元と言える存在であり、教皇庁の元で厳重に管理されている。
特殊作戦連隊による秘密裏の情報収集も、非常に難しいとの結論が出ている。
「出来れば」
「無理に決まってるだろ。」
「セイキュリー大陸を調査させろ。」と言い出すと考えた東郷は、先手を打って遮る。
「違いますよ!いくら私でも、流石に今の情勢下でセイキュリー大陸の調査を願い出る訳が無いでしょう!?」
「日頃の行いだ。」
「日頃からこんなに貢献してるのに・・・」
目に見えて落ち込む佐藤だが、道行く人全員に東郷と同じ反応をされていたのである。
「私が言いたかったのは、ウォルデ大陸の調査ですよ。」
「何だ。まぁ、それなら何とかなるかも知れないが・・・」
外務省が確実に煩くなる為、あまり関わりたく無かった。
「・・・何ですか?」
その空気を察した佐藤は、身構える。
「外務省に根回ししとけよ。」
国交を維持しているとは言え、現状の関係は気まずいものとなっている。
事前の調整も無く遺跡を見せろなどと言えば、関係が拗れる事間違い無しである。
「後で好き放題出来るなら、その程度は苦労の内に入りませんよ。」
対する佐藤は、嬉々として答える。
「好き放題はさせんぞ。外交問題になる。」
「そこまで無節操なワケ無いじゃないですか!」
(何処がだ!?)
文句の一言でも言ってやろうと思ったが、その前に佐藤は出て行った。
「ハァーー・・・」
漸く落ち着きを取り戻し、先程よりも長い溜息を吐いた。
・・・ ・・・ ・・・
神聖ジェイスティス教皇国
「敬虔なる信徒よ!我々は、此度の混乱の元凶を見付け出した!」
リウジネインは、教皇庁前に集まった信徒に対し、演説を始める。
「教皇ホノルリウスである!彼は、憎むべき邪教徒と共謀していた事が明らかになったのだ!」
聴衆は、驚き騒めく。
共謀とは、センテル帝国との会談の事である。
これにより、リウジネインとシェイティンの悪巧みが明るみに出たのだが、これを全否定したのである。
そして、これを公表した上で自身を罷免したホノルリウスこそが、諸悪の根源であるとした。
「背教審理を執り行った結果、ホノルリウスの行いは欺瞞に満ちている事が証明された!この様な愚か者の為に、我々はかつて無い罰を受ける事にまでなったのだ!犠牲者の数は、今以って判然としない。だが、膨大な数に上るであろう事はハッキリとしている!」
話が進む毎に、聴衆のボルテージが上がって行く。
「また、この機に乗じて北の亜人共が攻め込む構えを見せているとの情報もある!既に、防衛の為に軍を派遣した!だが、この未曽有の事態に直面しては、十分な兵力を送れない事は信徒諸君も理解しているだろう。そして、迅速に対応せねばならぬ事も理解していると思う!しかし、ハレル教のトップたる教皇の座を空席には出来ぬ!だが、今は悠長に選挙などを行っている暇などは無い事は、信徒諸君も理解している事だろう!そこで、我々が臨時に教皇代理として聖務を執り行う事が、枢機卿の全会一致によって決定された!」
聴衆はどよめく。
「この様な前代未聞の行いには、不安を示す者もいるだろう。だが、案ずる事は無い!我等は、真にハルーラ様の御遺志を継ぐ者である事を、此処に宣言する!そして、この宣言に基づき、迅速にハレル教圏を復興させ、邪教徒共を根絶する事を約束する!」
どよめきは、歓声に変わる。
「諸君、聖戦の時は近い!一刻も早く復興を成し遂げ、我等と共に栄光の時を歩もうぞ!」
「「「「うおおおおおおおおお!!」」」」
この演説の後、ホノルリウスは公開処刑された。
死に際の彼の表情は、失望と軽蔑に彩られていた。
現実を把握しているからこそ、彼は直接的な行動を避け続けていた。
しかし、彼の元に集まる信徒の大半は、盲目的に行動を起こそうとする者達ばかりであった。
その姿は、最後の最後まで変わる事は無く、ホノルリウスは救う価値無しと見て失望した。
自身に浴びせられる罵声の滑稽さに笑みすら零れ、心底軽蔑した。
そして、八面六臂の活躍を見せた過去が嘘の様に、あまりにも呆気無く彼の人生は終わった。
ホノルリウスに追随して来たトーポリは、同じく追随していた僅かな信徒を束ね、神聖ジェイスティス教皇国から姿を消した。
ハレル教圏は、強硬論を振りかざす者達によって纏まり、激しく動き出す。
核攻撃の混乱が、描き切れて無いな・・・




