第七十二話 きのこ雲
現実で、こうならない事を願います。
センテル帝国 セントレル
皇城の一室を間借りし、暁帝国と神聖ジェイスティス教皇国の大使が向かい合っていた。
と言うよりは、睨み合っていた。
罵り合いにならないのは、スマウグが監督しているからである。
「さて、顔合わせはもう良いだろう。そろそろ始めようか。」
スマウグが進行役を務める。
「まずは、この場の用意を求めた暁帝国側から、事の経緯の説明を頼もうか。」
指名を受け、暁帝国側の大使である白洲が口を開く。
「我が国は、ハレル教圏の無法な行いに対し、激しい憤りを覚えています。」
「・・・!」
早速、怒鳴り返そうとする大使となった大司教だが、スマウグに睨まれ渋々収める。
「何故、ハレル教圏を名指ししているかですが、我が国の元首を誘拐しようとした無法者がおりましてな。捕えて尋問した所、貴国の工作員である事が判明したのですよ。」
「出鱈目だ!」
遂に我慢出来なくなった大司教が怒鳴り出す。
「貴様等の様ないい加減な宗教観しか持たない野蛮人共が言う事など、誰が信用すると言うのだ!?証拠など何も無い癖に、我等と敵対しているからこそ貴様等の犯した大罪を我等に押し付けたいだけだろう!」
「証拠なら、いくらでもありますよ。」
白洲は、全く動じずにあくまで冷静に返す。
そして、工作員の拠点から押収した証拠品を提示して行く。
加えて、工作員の尋問映像も公開した。
本気で神罰が下ったと思い込んでいた大司教は、この顛末に絶句した。
「そ、そんな・・・そんな馬鹿な!こんな事があってたまるか!いや、ある訳が無い!これは偽物だ!我等を貶める為に貴様等が作った紛い物だ!そうに決まっている!」
大司教と共に訪れた使節の一人が、耐え切れずに叫ぶ。
「落ち着かれよ。此処は、会談の場だ。あまり目に余る言動をするならば、直ちに退出して貰う。」
外交官とは言え、竜人族であるスマウグに勝てる訳が無い。
大人しく引き下がる以外の選択肢は無かった。
「そちらは、我が方に対し証拠を求めた。否定するならば、此方も証拠の提示を要求します。」
白洲の追撃に、何も答えられない。
当然ながらそんな物などある訳が無く、何よりも無い事の証明は困難を極める。
「今回の蛮行は、常軌を逸していると言っても過言では無い。」
白洲の言葉遣いが、突然変わった。
「我が国は、ハレル教圏を世界の敵と認識した。この様な蛮行を平気で行える貴様等は、徹底排除すべきと結論した。」
白洲を取り巻く空気が変わり、大司教達は恐れ慄く。
「どの様に排除しようとしているのか、此処で公開しよう。」
そう言うと、核戦力に関する映像を見せる。
神話でさえ語られた事の無い圧倒的な力に、畏れの感情以外出て来なかった。
「だが、この力は本来、決して開放してはならない力だ。そちらから何らかの形で誠意ある謝意が表明され、あらゆる威圧的行為を停止するならば攻撃を中止しよう。この事を、必ず伝えろ。」
有無を言わさぬ気迫に、頷く事しか出来なかい。
まともな会話が成立しないと判断したスマウグは、此処で会談を終了した。
大司教以下は、そそくさと帰り支度を始めた。
「御協力、感謝します。」
白洲は、スマウグへ頭を下げる。
「いや、この程度ならば御安い御用だ。平和を尊ぶ貴国には、学ぶべき事が多い。」
その後は、終始和やかな空気で雑談が行われた。
・・・ ・・・ ・・・
暁帝国 飛山山脈北部 核サイロ
核戦力の情報収集を命じられたシモンは、暁帝国へ核戦力の視察を求めた所、あっさりと了承された事に驚いた。
そして、核サイロへと案内され、その圧倒的な技術力にまた驚いた。
核爆発による詳しい被害や放射能に関してまで説明が行われ、その圧倒的な破壊力に眩暈を覚えた。
「大丈夫ですか?」
「・・・すみません。少し、外の空気を吸って来ます。」
想像以上に恐ろしい兵器が満載されている施設に留まっている事実を認識し、一刻も早く地上の景色を見たくなっていた。
外に出ると、青い空が一面に広がっていた。
「景色は、先程と変わらないが・・・」
そう言いつつも、核の恐ろしさを知る前と全く違った景色に見えてしまう。
一歩間違えば、あの青い空が真っ赤に燃え上がり、生きとし生ける者を焼き尽くす業火となる。
そして、鎮火した後も目に見えない破壊を長期に渡り撒き散らす。
「天から齎される神の怒りであれば、どれ程救われただろうか・・・」
だが、現実は彼と同じ人間が作成した人工の炎に過ぎない。
人が制御出来ない力を、人が保有してしまった。
少なくとも、暁帝国は必死にその力を制御しようとしている。
だが、この世界は手に入れた力を弱者へ振るう事を良しとする。
核を手に入れたら、どうなるかは想像に難くない。
人は、火と言葉を武器として戦い続けて来た。
人は、やがて寄り添い合い身を守る事を学んだ。
だが、武器を捨てる事は無く、そのまま人を傷付け始めた。
人の歴史は、此処で止まっている。
核も、武器の一つとして認識するだろう。
センテル帝国も例外では無い。
一歩間違えば、世界が滅亡する。
シモンは、核が実戦で使用される事が無いよう神に祈る。
・・・ ・・・ ・・・
神聖ジェイスティス教皇国
「聞いたか?暁勢力圏を直接攻め滅ぼすなんて話があるみたいだぞ!」
「ホントか!?」
「ワハハハ、それはいい!神罰が下っても改心しない邪教徒共なんぞ、滅びる以外の選択肢は無い!」
相変わらず、一般の信徒の間では景気の良い話で持ちきりであった。
しかし、一部では雲行きが怪しくなっていた。
教皇庁
「何なんだこれは!?」
声の主は、ホノルリウスである。
怒鳴り声を上げている理由は、センテル帝国で行われた会談結果を聞いての事である。
ホノルリウスは、此処で初めて暁勢力圏の騒動の原因を知ったのである。
「このままでは・・・」
同席していたトーポリも、顔面蒼白となっていた。
いくら暁帝国を毛嫌いしていても、二人は彼我の力の差が分からない程に盲目的では無い。
仮にこのまま開戦したら、自身が敗ける事をよく理解していた。
「・・・枢機卿を大至急招集しろ。」
ホノルリウスは、絞り出す様に命じた。
「教皇様、緊急とのお話ですが、もしや暁勢力圏へ聖戦の布告をなさるおつもりで?」
「おお、それは目出度い!とうとう、邪教徒共の最後が近付いたと言う事ですな!」
枢機卿達が都合の良い事をワイワイと騒ぎ立てる中、ホノルリウスは口を開こうとしない。
「・・・教皇様?」
ドンッ
勢いよく机を叩きつけると、全員が静まり返る。
「諸君、私は非常に不愉快だ。」
全員が、かつて無い事態に戦慄した。
ホノルリウスは、場を納める為に怒鳴り付ける事はあるが、自身の不機嫌を持ち込んだ事は無い。
「この中に、教皇庁の存在を無視した愚か者がいる。」
「そ、それは、どう言う意味でしょう?」
教皇庁は、ハレル教を統括する以上の意味は無い。
全員が敬虔な(狂信的な)ハレル教徒である以上、教皇庁を無視するなど起こり得ないと考えるのが当然である。
「聖戦の布告が、何故教皇の名に於いてのみ行われるか、知らん訳は無いだろう。」
神聖ジェイスティス教皇国が成立したばかりの頃、ハレル教徒の暴挙は加速度的に凄惨さを増していた。
その原因は、個々が神の加護を語り聖戦と銘打っていたからである。
聖戦を免罪符として、時には味方にも牙を向いた。
ハレル教圏が広がりを見せると、内紛と呼べる程にまで事態は悪化した。
この事態を憂慮した当時の教皇庁は、個人による聖戦の布告を固く禁じ、教皇の名の元に結束する事を求めた。
「だが、かつての過ちを再び犯した愚か者が現れた。」
静まり返り、唾を飲み込む音が響く。
「リウジネイン、シェイティン、貴様等は何か身に覚えがあるだろう。」
指名された二人は、冷や汗が止まらない。
「何を仰りたいのか、全く分かりませんぞ。」
「左様。濡れ衣を着せるのはやめて戴きたい。」
表向きは平静を装っているが、心臓の高鳴りを抑え込む事は出来なかった。
「先日、センテル帝国が暁帝国との会談を仲介して来てな・・・」
ホノルリウスは、ゆっくりと語り出す。
「艦隊まで派遣して来たものだから、受諾したのだ。そうしたら、こんなモノが出て来おった。」
そう言うと、紙の束を投げて寄越す。
それは、地獄送り計画と東郷拉致計画の命令書であった。
「この様な計画が、教皇である私の与り知らぬ所で進められていたのだ。暁勢力圏の騒動は、本物の神罰などでは無く、神罰を騙った卑しい独断専行だったのだ。」
いくら敵対勢力に対してダメージを与えたとは言え、神罰を騙るなど有り得ない程の重罪である事は間違い無い。
「それだけでは無い。此方から誠意ある謝意が無い場合、報復措置を取るとも警告して来おったのだ。」
そう言うと、もう一枚の紙を投げて寄越す。
「この大陸が、そうなると言っておる。」
その紙には、核爆発で無ければ起こり得ない巨大な爆煙が映し出されていた。
「教皇様は、この様な邪教徒共の戯言を真に受けておいでなのですかな?」
一通りの話を聞き終え、リウジネインが口を開く。
「これ等は全て、暁帝国より提示された物でしょう。奴等は、我等と敵対するが故に我等を攻撃する機会を窺っていた。そして、今回の神罰を利用する事を思い付いた。そして、手の込んだ証拠を偽造し、それを大義名分として攻め込むと同時に、我等の結束を乱そうとしているのです。教皇様、この様な邪悪な陰謀に乗せられてはなりませんぞ。」
大きく動揺していた枢機卿達はこの演説で平静を取り戻し、ホノルリウスに対して若干の不満を溜めた。
「既に、裏は取れているのだ。」
此処で、トーポリが口を挟む。
「その命令書にある5名の工作員だが、内3名が生きて捕らえられていたのだ。先の会談で、その内1名が此方に引き渡された。入念な調査の結果、本物だとの結論が出た。そして、間違い無く貴様等の命令によるものだとの証言を得ている。」
最早、表面上の平静を装う事すら出来なかった。
工作員は、既に全員死亡している前提で話を進めていたにも関わらず、この期に及んで生きて現れてしまったのである。
言い逃れなど、出来よう筈も無かった。
「貴様等は枢機卿に相応しくない。信徒を正しく導く立場にも関わらず、徒に信徒を惑わせた罪は重い。衛兵、連れて行け!」
リウジネインとシェイティンは、衛兵により地下牢へと連れて行かれた。
「きょ、教皇様、お許しを!教皇様ぁー!」
耳障りな叫び声が聞こえなくなると、枢機卿の一人が意見した。
「教皇様、とは言うものの、このまま邪教徒共を野放しにしては・・・」
「分かっている。だが、何事にも順序と言う物がある。まずは、報復への対策を考えねばならん。」
「しかし、この様な戯言を真に受ける意味があるとはとても・・・」
「確かに、これは脅しだろう。この様な人知を越えた攻撃を奴等が出来るとは思えん。だが、艦隊による沿岸砲撃や、上陸戦程度なら十分有り得る。」
ホノルリウスでも、核攻撃の様な桁外れの攻撃を受けるとは夢にも思っていなかった。
あくまでも常識的な範疇での攻撃を想定し、対策を打つ。
「それと、声明を出さねばならんな。センテル帝国も出張っている以上、流石に沈黙を貫くのは拙い。」
「まさか、謝意を表明するので!?」
その様な事をすれば、ハレル教の威信は地に堕ちる。
その問いに対し、ホノルリウスは自信満々に答えた。
・・・ ・・・ ・・・
暁帝国 東京
「決まりだな・・・」
東郷は、静かに呟いた。
東郷の目の前には、軍と政府の重鎮が勢揃いしている。
全員が、顔色を悪くしている。
少し前、神聖ジェイスティス教皇国から声明が出された。
その内容は、リウジネインとシェイティンを解任した事、その理由が独断専行によるものである事、独断専行の内容も公開された。
ホノルリウスは、この行為を批判的に語りつつも暁帝国のこれまでの行いを背教的だと正式に非難し、改心しなければ今後も起こり得る独断専行を抑え切れないと語った。
結局の所、ホノルリウスも狂信的な信徒に過ぎなかったのである。
行為の間違いは認められても、ハレル教自体の間違いを認めると言う発想は存在しない。
その為、今回の騒動の主犯を吊し上げる事が誠意ある謝意になると判断した。
その一方で、この行為がハレル教自体へのダメージとなる事を恐れ、同じ様な独断専行を抑える事を示唆しつつも、暁帝国への対決的な姿勢は維持したままとなったのである。
これを、暁帝国は宣戦布告と同義であると判断した。
それは、核攻撃が正式決定したと言う事でもある。
「山形、予定通りにやるんだ。」
東郷の目は、かつて無い程に冷め切っていた。
「山口、第二波も予定通りに。」
その目に射抜かれては、歴戦の軍人達も黙らざるを得ない。
「太田、第三派の判断は任せる。」
第一波は、ICBMによる攻撃を行う。
第二波は、SLBMによる攻撃を行う。
第三波は、TU-160を出撃させ、第一波と第二波の戦果確認を行った上で攻撃の可否を判断する。
後は、実行するだけである。
飛山山脈北部 核サイロ
夜明け前の薄明かるい空が広がる山岳地
『最終点検完了 作業員は退避せよ』
その地下に眠る暴威が、目覚めようとしていた
『現地時間 11時20分 特別な動きは確認されず』
地獄送り計画と、総帥拉致未遂事件の怒りの代弁者として
『安全装置 解除確認 作業員 全員退避確認』
その力に似合わず、あまりにも静かに、あまりにも淡々と目覚めの時が近付く
『ブースター点火用意 カウント開始』
誰もが、不安気な視線を送る
『5 4 3 2 1 点火』
凄まじい轟音と光を発し、ICBMが撃ち上げられた。
『コース正常 オールグリーン』
賽は投げられた
・・・ ・・・ ・・・
セイキュリー大陸
昼食が始まる時間帯、
ハレル教圏は、平和そのものであった。
屋内で笑顔で談笑する様がそこかしこで見受けられ、大きな脅威に直面しているとは思えない。
ゴォォォォォォーーーーーー・・・・・・
そんないつもと変わり映えしない日常の喧騒の中、突如いつもと違う轟音が聞こえて来た。
「何だ?」
「何が起きた?」
誰もが窓から顔を出し、異常の元を探し始める。
「オイ、アレは何だ!?」
誰かが、空を指差して叫んだ。
「!!」
「あれは・・・」
「星が、落ちて来る?」
ぱっと見、流星にも見えるそれは、恐るべき速度で落下を続けていた。
「まさか、こっちに来る!?」
その一言に、住民はパニック状態となった。
誰もが逃げ出そうと一斉に屋内から飛び出す。
ドドドドドドドドドドドドド
流星は、その様な喧騒を丸ごと呑み込んだ。
ICBMによる第一波核攻撃は、神聖ジェイスティス教皇国の隣国である<リグルス王国>を直撃した。
首都を含む半径30キロが消滅し、高度20キロのきのこ雲が形成された。
その次に、SLBMによる第二波核攻撃が実施された。
SLBMは、シーペン帝国西部と大陸北部の大国であるアウトリア王国南部を焼き尽くした。
ゴォォォォーーーー
「・・・・・・」
爆心地付近を飛行するTU-160の機長は、開いた口が塞がらなかった。
セイキュリー大陸に、三つのきのこ雲が姿を現していた。
『此方司令部、状況を伝えよ』
「此方アトミック1、第一波、第二波共に攻撃成功を確認。第三波攻撃の必要無し。」
『了解した、帰投せよ。』
機長は、帰路で静かに呟いた。
「我々は今、クソ野郎になったのだ・・・」
ひと段落したので、また最初から見直します。




