第七十話 決断
もしゾンビが走れる様になったら、絶望ですな。
ハーレンス王国 レンヌ
ハーレンス王国の北部と南部を結ぶ交通の要衝となっているこの街に、スマレースト大陸統合軍の主立った面々が集まっていた。
全員の表情は、憤怒に満ちていた。
「ハレル教とは、この様な凶行を良しとする集団なのか!」
「やはり、奴等との和解は不可能だな。」
誰も彼もが、ハレル教圏に対する憎悪に満ちていた。
「皆さん、御気持ちはよく分かりますが、まずは目の前の問題の解決が先決です。」
随行している、暁帝国軍の連絡員が口を挟む。
「・・・それで、貴軍の状況はどうなっておいでで?」
「あと一時間で、作戦開始となっています。」
「ならば、我等は一足先に行動を起こすとしよう。」
「レンヌ司令部より指令が入った!攻撃を開始せよ!」
前衛を担当している統合軍第一連隊が、前進を始めた。
逸早く大型トラックによる自動車化を始めた連隊であり、全員にライフルが支給されている事で、大陸同盟近代化のモデルとなっていた。
ブオオオオオオオオオ
一斉にエンジン音を鳴り響かせ、暁帝国の支援によって整備されたアスファルト製の道路を前進する。
「右前方、標的15!」
ダダダダダダダダダ
移動中、出くわしたゾンビの小集団を導入したばかりのM2で薙ぎ払う。
出動開始から20分後、5000に達するゾンビ軍団と遭遇した。
「下車!」
大型トラックから、歩兵が一斉に下車する。
「戦列を組め!隊から決して離れるな!」
ゾンビ相手には、装備の揃っていない統合軍では近代的戦術は逆に危険と判断された。
その為、近世さながらの戦列が組まれた。
「目に付いたゾンビは、片っ端から撃ち殺せ!躊躇うと味方を危険に晒す!迷うな!前進!」
前進命令が下り、複数の戦列が大型トラックに搭載されたM2の援護を受けつつ前進する。
タァンッ タタタァンッ ダンッダンッ
連隊の接近に気付いたゾンビが寄って来るが、手の届かない距離から一方的に撃ち倒されて行った。
「ウッ・・・クソ・・・!」
終始優勢に戦局を進める第一連隊だが、ゾンビの見た目の不気味さと、元は守るべき国民であったと言う事実から、次第に神経を擦り減らされて行った。
『左翼から新手が接近!数、およそ2000!』
無線機から、絶叫に近い報告が入る。
『左翼の援護に向かえ!』
直ちに、大型トラックが動き出す。
『此方車両隊、これより援護を開始する。迂闊に動くなよ。』
ダダダダダダダダダダダダ
新手のゾンビは瞬く間に数を減らし、脅威でも何でも無くなった。
機関銃の威力は、目の当たりにした兵士達を慄かせた。
戦争が、一人ひとりがあらん限りの技量を発揮するものから、一人で大勢を効率的に撃ち倒すモノへと変化を始めていた。
一時間後、
その後も集まって来たゾンビの増援も全て片付け、一段落した頃には戦闘開始から一時間が経過していた。
この戦いで、1万3000のゾンビを殲滅し、味方の被害はゼロであった。
「もっと苦戦するかと思ったが・・・」
連隊長は、圧倒的な近代兵器の力を身を以て体感する。
(だが、これでは前進出来ない。)
戦局は終始圧倒的で迅速であったが、その展開に兵士達が全く付いて行けていなかった。
そこかしこで酷く疲弊した兵士達が座り込んでおり、中には嘔吐している者までいる始末である。
(暁帝国が、精神ケアの重要性を説いていた意味が漸く分かった。)
それまで、戦いが名誉と栄光に彩られたものであると考えていた連隊長は、此処に来てその考えを改めざるを得なくなった。
レンヌ
「第一連隊より連絡が入った。」
その報告に、全員が耳を傾ける。
「前進命令から20分後に、総数5000のゾンビ集団と遭遇。その後も集まって来たゾンビ集団も合わせ、計1万3000を殲滅したとの事だ。」
全員が、大きくどよめく。
「して、損害は?」
「損害は皆無だ。見掛け上はな。」
「それは、どう言う意味で?」
言われている意味が誰も分からず首を傾げる。
「戦局は圧倒的だったそうだが、その戦局に兵達が付いて行けていないそうだ。大して消耗している訳でも無いのに、酷く疲弊していると。」
「・・・・・・」
損害無しで勝ったにも関わらず、高揚するどころか逆に進軍出来ない程に疲弊してしまうなど、想像の埒外であった。
「長引きそうだな、この戦いは・・・」
誰かの呟きに、全員が同意した。
・・・ ・・・ ・・・
神聖ジェイスティス教皇国 ジェイスティス
リウジネインとシェイティンは、派遣した工作員からの報告を今か今かと待っていた。
「失礼致します。」
連絡員がやって来た。
「おお、待ちかねたぞ!どうなった?」
「まずは地獄送り計画ですが、大陸班は計画通りに遂行し、帝国班は中止したとの事です。」
「中止だと!?まさか、感づかれたのか!?」
「いえ、計画遂行直前に、極めて激しい嵐が直撃したそうです。本大陸では記録にも無い程の嵐だそうで、その状況下で強行しても失敗する可能性が大きかったとの事です。また、その嵐だけで地獄送り計画を上回る被害が発生する公算が大とも報告されております。」
「ふ、ふふ・・・そうか・・・クク・・・」
地獄送り計画の首謀者であるリウジネインは、漏れ出す笑いを抑え切れなかった。
「それで、もう一方の計画はどうなった?」
シェイティンが、待ち切れない様子で尋ねる。
「失敗しました。」
「・・・何?」
「失敗です。潜入した工作員、5名とも連絡が取れません。恐らく、既に・・・」
「そんな馬鹿な話があるか!あ奴等は、精鋭中の精鋭なのだぞ!」
東郷拉致の為にシェイティンが送り出した5名の工作員は、ハレル教圏が動員出来る工作員の中でもトップの実力者であった。
「そう申されましても、連絡が途絶している以上は失敗したと判断するより他はありません。」
連絡員の報告は、何処までも無慈悲であった。
「シェイティン殿、これは試練です。この先、暁帝国と言う巨悪が我等の前に立ちはだかるでしょう。それを我々が信徒を導く事で退け、勝利せねばなりません。」
リウジネインの言葉に、シェイティンは気を取り直す。
「そ、そうですな。では、まずやるべき事は、暁勢力圏で起こった神罰の発表です。」
後日、スマレースト大陸の騒動と暁帝国を襲った台風の情報は、ホノルリウスの耳にも届いた。
この時点では、この情報の裏にリウジネインとシェイティンがいる事を知らず、本物の神罰が下ったと判断して大いに喜んだ。
そして、この一件をハレル教圏の勝利として大々的に喧伝した。
悪の権化の様に言われていた暁勢力圏が大混乱に陥っている事に、一般の信徒は歓喜の声を上げた。
「耐えて、待ち続けた甲斐があったな。」
ホノルリウスは、上機嫌で部下へ話し掛ける。
「そうですな。これで、教皇様が真にハルーラ様のお導きを承っている事が、広く認識されたと思われまする。」
「我等は、この機を逃さず世界へその影響力を拡げなければならん。」
「全く以ってその通りで御座いまする。ですが、その前に一つ御耳に入れておきたい事が・・・」
「?・・・何だ?」
いつもならば、自分の方針を忠実に実行に移す筈の部下が珍しく進言して来た事に首を傾げる。
「暁帝国なのですが、ネルウィー公国と接触していると思われる動きが確認されておりまする。」
「何!?」
「具体的にどの様な動きかはハッキリしておりませんが、暁帝国の物と思われる巨大船がネルウィー公国周辺で目撃されておりまする。」
「!!」
人間族至上主義を掲げるハレル教徒としては、見過ごせない蛮行である。
(だが、これでやり易くなった。)
この事実を公表すれば、ホノルリウスを中心にハレル教徒が一つに纏まる。
宗教組織と言えど、権力闘争は存在する。
暁帝国とネルウィー公国の連携は、ホノルリウスを貶めようとする内部勢力を黙らせる格好の材料と言える。
ハレル教圏は、更なる勢力拡大の為の準備を始める。
・・・ ・・・ ・・・
ビンルギー公国 ハーレンス王国国境線付近
ドォン ドォン ドォン
タタタタタタタタ
シュパァーーーーー・・・・・・ドォォーーン
ビンルギー公国方面は、暁帝国軍第二十旅団が担当している。
圧倒的な戦力を前に、ゾンビ集団は実弾演習の的と化していた。
『ゾンビ第十群を殲滅した。弾薬不足により、進軍を停止する。至急、補給を行いたい。』
『了解した、すぐに向かわせる。」
第二十旅団の輜重隊は、この方面の統合軍と共に前線へと向かう。
その指揮官は、グリンである。
グリンは、万全の体制が整っていたと思っていた自軍と暁帝国軍との間に、未だに大きな差がある事を実感していた。
あらゆる状況を想定し、あらゆる訓練を積んで来たにも関わらず、出来る事は補給作業の支援だけであった。
暁帝国は、頼もしい味方であると同時に、高い壁でもあった。
『補給作業完了。進軍を再開する。』
第二十旅団は、ハーレンス王国へと侵入した。
・・・ ・・・ ・・・
ハーレンス王国 ケイラ
ケイラは、ハーレンス王国最南端の城塞都市である。
ゾンビが出没して以降、この街は包囲されていた。
ダンッ ダンッ ダンッ
内陸に位置し戦略的に重要度が低い為、この街の軍は近代化が後回しにされていたが、断続的に銃声が聞こえていた。
「どれだけいるのよ!?一人で100以上はやってるわよ!?」
喚いているのは、最初に暁帝国と接触したアイラである。
「お姉ちゃん、口より手を動かして!」
アイナが、アイラを叱り付ける。
依頼受注の為にこの街を訪れた所、ゾンビ騒動に巻き込まれてしまったのである。
ビンルギー公国の人間ではあるが、その身軽さから他国の依頼も請け負う身となっている。
その代償として、弾薬を含む支援を各国より受けており、備蓄されている弾薬のお陰で継続した戦闘を可能としていた。
「ヤバ、もう弾が無くなるわ。アイナは?」
「こっちも。」
とは言え、最も長く包囲が続いているだけに、消耗も激しかった。
城壁を突破される心配は無いが、このままでは全員仲良く城壁内で餓死するだけである。
「どうすれば・・・」
タタタタタタタタタタタ
進退窮まりつつある中、遠くから聞き慣れた音が聞こえて来た。
「銃声!?じゃぁ、救援が来たって事!?」
銃声はどんどん近くなり、遂に装甲車の姿を目視する。
「救援よ!助かったわ!」
感極まったアイラは叫ぶ。
「良かった・・・」
安心したアイナは、その場に座り込んだ。
救援に訪れた第二十旅団の圧倒的な火力により、ケイラを包囲していたゾンビは短時間で殲滅された。
ケイラの解囲以降、ゾンビ騒動は急速に鎮静化を始めた。
・・・ ・・・ ・・・
暁帝国 東京
「スマレースト大陸は、落ち着きを取り戻しつつあります。ですが人的被害は甚大であり、特にハーレンス王国南部は暫くの間荒れるでしょう。」
東郷は、藍原の報告に静かに耳を傾ける。
迅速な対応により、ゾンビの殲滅は時間の問題となりつつあった。
しかし、ゾンビを殲滅しても犠牲者が戻って来る訳では無い。
ハーレンス王国は、経済規模の縮小が予想された。
「問題は、ハレル教圏への対応です。」
今度は、吉田が口を出す。
「此処までやる連中です。交渉による妥結は不可能でしょう。」
外交官である吉田は、悔し気な表情をする。
「総帥、如何しましょう?」
全員が東郷を見るが、東郷は何も言わない。
「総帥?・・・!」
少しして、全員が理解した。
東郷は、かつて無い程に激怒していた。
何も言わず、表情も乏しいが、荒れ狂っていた。
暫くすると、口を開く。
「奴等には、誰に楯突いたかを知って貰う・・・」
静かだが、激しい怒りを湛えた言葉に全員が固まる。
「核を使う。」
「「「「「!!!」」」」」
驚かない筈が無い。
禁じ手の中でも、最もやってはならない禁じ手である。
「奴等は、越えてはならない一線を平気で越える事が分かった。どんな手段を使ってでも抑え込むべき相手だ。容赦無く抑え込まなければ、理不尽な犠牲が増える事となる。奴等は、世界の敵だ。」
口調すらも大きく変わった東郷からは、同じ人間とは思えない恐ろしさが滲み出ていた。
「もう一度言う。奴等は、世界の敵だ。一切容赦するな。」
斯くして、暁帝国はこれまでに無く大きく動き出した。
坂を転げ落ちる様にとは、この事かな。




