第五十九話 分析
遅くなりました。
暁帝国 東京
東郷は、センテル帝国の分析について報告を受けていた。
「これまで得た情報によりますと、センテル帝国の戦力は、概ね明治40年代に相当する事が判明しました。」
「この世界の中では突出してるな。」
それから、陸海空に分けて解説が始まる。
陸軍は、ボルトアクション式のライフルが広く普及している事が判明した。
騎兵にもライフルが支給されており、戦術も近代的なものとなっている様である。
少なくとも、地球で言う18世紀以前の奇麗な陣形を組んでの戦い方は、通用しない可能性が高い。
加えて、砲兵器は他国の魔導砲を大きく引き離す性能を保有していると思われる。
ただし、駐退機を装備していない事は確実であり、速射性と言う観点から見れば大した事は無いと思われる。
更に、迫撃砲やロケット砲の類は全く確認されておらず、全体的な砲火力は低いと思われる。
陸軍装備で驚愕すべきは、ガトリング砲の存在である。
元々は、歩兵砲と同規模の重量とサイズであった物を、2~3人で利用可能な規模に改良しているのである。
これは、機関銃の開発がされていないからこその動きであったが、つい最近になり設計に着手しようとしている事が明らかとなった。
補給体制については鉄道を主体としており、未開拓地への補給体制はかなり貧弱であると思われる。
一部では、自動車化を推進する動きも確認されている。
海軍は、前弩級艦が主体となっている。
サファイア級を含め、全艦が30.5センチ連装砲を二基装備している。
一等戦艦は、サファイア級より大型化している分、副砲 速射砲の装備数、装甲防御、居住性が向上していると思われる。
機関関連の技術も高いと推測され、最大18ノットの発揮を確認した。
現在建造中の艦も全て前弩級艦であり、弩級艦への移行の兆候は確認出来ない。
巡洋艦は、防護巡洋艦と装甲巡洋艦が確認された。
装甲巡洋艦は、戦艦に次ぐ主戦力と位置付けられており、20~25センチ連装砲を装備している。
装甲防御は戦艦よりも貧弱ではあるが、その分航洋性が高く21ノットの発揮を確認している。
防護巡洋艦は、地球と同じくその価値が疑問視されているのか、地方艦隊にのみ配備されている様である。
主砲は、15~18センチ単装砲となっている。
ただし、他国と比較すればその戦闘力は突出しており、戦艦と比較して費用対効果が高い事は疑いようも無い為、使用頻度はサファイア級よりも高い。
同時代の地球には無い特徴として、対空戦闘能力が存在する。
速射砲の仰角が非常に大きく取れる様になっており、ガトリング砲も装備されている。
空母戦力は確認されていないが、構想は存在する様である。
しかし、現状では運用に耐え得る航空機が存在しない事から、実用化がいつになるかは不明である。
水雷兵器と潜水艦戦力は、大きく立ち遅れている現状が確認された。
水雷兵器は、未だに機雷が試作の段階であり、魚雷は一部で構想が練られ始めたばかりである。
その為、水雷艇や駆逐艦は存在しないが、速射砲を複数搭載した初期の駆逐艦に近い小型艦を多数保有しており、フリゲート艦に分類されている。
潜水艦は、タートル号に酷似した黎明期の潜水艇が存在するのみである。
センテル帝国に、空軍は存在しない。
と言うより、ハーベストに空軍は存在しない。
しかし、使節団への紹介動画の影響により、空軍創設の動きが生じる可能性は否定出来ない。
センテル帝国の航空戦力は、偵察にフィーストを使用している以外は、他国の竜騎兵とほぼ同一である。
物量は、セイキュリー大陸やアルーシ連邦に劣るものの、世界有数である。
加えて、白竜の実用化により近い将来、竜騎兵の戦闘力は大幅に強化されると思われる。
竜騎兵は、近接航空支援が第一であり、制空戦闘は優先順位が低いのが一般的となっている。
しかし、センテル帝国は制空戦闘を重視している傾向が見受けられ、提供された白竜へ試乗した結果、黒竜と比較して制空能力を大幅に向上している事が判明した。
竜騎兵にもライフルを配備している事が確認されたが、戦果が芳しくないのか配備数は伸び悩んでいる。
今後は、新型航空機の開発により、竜騎兵は減勢して行くと思われる。
しかし、航空技術は黎明期へ差し掛かったばかりであり、本格的な戦力化の時期は不透明である。
「単独で、此処まで出来るのか・・・」
報告が終わり、東郷は嘆息する。
地球では、列強国が互いに対立しながら試行錯誤を重ね、相手の技術を真似つつ実現して来た道である。
ライバルとなる国すら存在しない独走状態である国が単独でこれ程の発展が可能とは、それだけでも脅威的と言える。
「最大の問題は、近代に達していると言う事です。」
「と、言うと?」
「これまでの国は、我が国が突出して強いと言う程度の認識しか持ち合わせておりませんでした。しかし、センテル帝国は此方の脅威度を正確に分析する能力があると見るべきです。」
行き過ぎた化学は、魔法と同じ。
有名な言葉ではあるが、突出し過ぎて訳が分からないから魔法に見えると言う事である。
逆を言えば、そこまで突出していなければ解析も模倣も可能と言う事となる。
「そうは言うけどなぁ、向こうは魔術的な技術を発展させて此処まで来たんだ。科学とはまるで違う原理だから、与える影響は限定的だと思うぞ。」
「そうとも限りません。原理は違いますが、概念は地球と非常に似通っています。我が方の技術や概念を、魔術的な物に応用する事は可能でしょう。」
センテル帝国以外ならばどうやっても不可能であるだろうが、古代遺跡の技術の原理にまで踏み込んで技術を習得したセンテル帝国ならば、十分可能性はある。
「百数十年の開きがあるのでそう簡単には行かないとは思われますが、油断しない方が良いでしょう。」
「なら、どうする?」
「合意事項の通りに、此方から技術をある程度開示するべきでしょう。」
「・・・大丈夫かな?」
東郷は、戦前の日本の様な急激な追い上げをされないかを危惧していた。
「何とかして、上手くやるしか無いでしょうな。センテル帝国の技術発達を、我が国でコントロールするのです。下手に出し惜しみしては、警戒されて逆効果となるでしょう。」
一抹の不安を感じながらも、東郷は頷くしか無かった。
その後、開示する技術について侃々諤々の議論が交わされた。
・・・ ・・・ ・・・
センテル帝国 セントレル
暁帝国と同様、此方でも暁帝国に関する分析が行われていた。
「暁帝国は、我が帝国を大きく上回る恐るべき国であります。」
シモンは、大帝以下の最高幹部の前で、またしても説明を求められていた。
シモンの隣には、スマウグも座っている。
そして、陸海空に分けて説明を始める。
陸軍は、アサルトライフルと呼ばれる連射可能な銃を一般歩兵へ配備している。
ガトリング砲は存在しないが、センテル帝国では設計段階の機関銃を実用化し、大量に配備している事が確認された。
更に、大半の歩兵部隊が自動車化されており、機関銃を装備して装甲化された装甲車と呼ばれる車両も配備されている。
装甲車は、直接的な戦闘能力が極めて低いとされている自動車両の問題を全面的に解決しており、戦闘に特化した車両の存在も確認されている。
特に、戦車と呼ばれる車両は機関銃と大口径砲を装備した上で分厚い装甲を持つ為、巡洋艦級の主砲でも撃破は困難と推測される。
航空戦力は、ヘリコプターと呼ばれる航空機を実用化している。
飛竜と比較して空戦能力は低いが、空中静止可能と言う他には無い特性を持っている。
その特性を利用し、空からの迅速な兵員輸送を可能としている。
加えて、飛竜よりも効果的で継続的な対地支援も可能としている。
砲兵火力は、驚異的の一言である。
射程が100キロに達する砲弾も実用化している様である。
更に、面制圧に特化したクラスター爆弾と呼ばれる榴散弾に似た弾薬を実用化しており、最大100メートル×200メートルの範囲を一度に焼き払う事が可能となっている。
補給体制は、詳細は不明だがこれまでの情報から高度に機械化されている可能性が高く、極めて盤石な体制を敷いていると思われる。
海軍は、巡洋艦と駆逐艦が主力となっている。
巡洋艦は、ミサイル巡洋艦と呼ばれる艦を使用している。
駆逐艦は、フリゲート艦に類似した艦と思われる。
戦艦を保有している事が判明したが、4隻しか保有していない事が判明している。
その戦艦は、大和級と呼称されている。
集めた証言によると、46センチ砲を装備している様である。
しかし、これは例外であり、戦艦以外の艦は130ミリ級の主砲を一門しか装備していない。
これは、ミサイルと呼ばれる兵装が原因である。
ミサイルは誘導可能な砲弾であり、1000キロを超える射程を持つ物もある様である。
ミサイルの圧倒的な射程を生かす為に、索敵及び通信手段も非常に高度化されている。
対空用のミサイルも装備されており、陸軍でも運用されている。
大陸戦争に於いて、飛竜の大半を撃墜したのが対空ミサイルである。
また、魚雷及び機雷を実用化している事も確認されており、魚雷は全ての巡洋艦、駆逐艦へ搭載されている。
更に、潜水艦を実用化している事も確認された。
一隻当たり数十人以上が搭乗出来る程の大型艦であり、魚雷を主兵装としている。
その為か、対潜水艦用のミサイルも保有している。
センテル帝国では構想段階の航空母艦を実用化している事も確認された。
排水量9万トンを超える超大型艦であり、艦載機の性能も白竜を大きく上回る。
暁帝国には、空軍と呼ばれる第三の軍が存在する。
暁帝国の航空兵力は、飛竜とは比較にならない程強力で専門性が高い為、専用の軍が必要となったと思われる。
暁帝国に飛竜は存在せず、航空機のみで成り立っている。
空軍の役割は、主に対地支援と制空戦闘であり、竜騎兵と大して変わらない。
ただし、主力となる航空機は音速の二倍以上の最高速度を有し、ミサイルや爆弾を多数搭載可能である為、戦闘能力が飛竜では全く太刀打ち出来ない程の次元となっている。
他にも、輸送専用の大型機や索敵用の機体等も配備されている。
海軍にも専用の機体が多数存在するが、大体が空軍と同じ役割となっている。
圧倒的な戦闘力を持つ反面、総数が3000機程度とあまり多くない。
これは、一機当たりのコストや技術的難度の高さが原因と思われる。
それでも、あまりにも圧倒的な性能を有している事もあり、迎撃は事実上不可能である。
「他にも色々とありますが、大まかにはこの様な感じでしょうか。」
「「「「「・・・・・・」」」」」
想像の斜め上どころか、文字通り異世界へと跳躍してしまったかの様な内容に、誰一人声も出せない。
横で説明を聞いていたスマウグも、改めて暁帝国の恐ろしさを認識し、顔色を悪くする。
「すまんが、とても信じられん。」
ロズウェルドが、漸く口を開く。
「た、確かに。あまりにも飛躍し過ぎた内容だ。」
「全くですな。」
「連中に、一杯食わされたのでは無いですかな?」
他の者も、同調し始める。
しかし、シモンは追い打ちを掛けた。
「信じ難い内容とは思われますが、更に信じ難い事実が明らかとなりました。」
「何?」
全員が、聞き耳を立てる。
「暁帝国は、異世界からやって来た国家であるとの事です。」
「「「「「・・・・・・・・・ハァ?」」」」」
思考が追い付かず、間抜けな声を出してしまう。
その後も沈黙が続いたが、いつまでもそうしている訳には行かない。
「残念ながら、暁帝国が異世界からやって来た証拠は提示されませんでした。暁帝国側も、転移の原因は分からないとの事です。しかし、明らかに我が国を上回る国力と技術力を持つ事は、紛れも無い事実です。」
そして、暁帝国の都市の写真が配布される。
誰もが、目を奪われた。
「暁帝国には、100メートルを超える高層ビルが多数存在します。セントレルと同規模の都市は、暁帝国では小さ目の地方都市に過ぎないのです。最も高い建造物は、600メートルを超えます。」
先程とは、別の意味で全員が沈黙する。
此処から、スマウグが口を開く。
「幸い、暁帝国は平和主義を是としております。クローネル帝国やクダラ王国の事例が物語っております通り、敵対者に対しては容赦有りませぬが、そうで無い限りは友好的であります。加えて、交渉により暁帝国製の装備の輸入が可能となります。また、我が国の各種装備の発展に於いて、助言をするとの確約も得ております。」
この言葉に、多くの者が渋い顔をする。
世界で最も進んだ技術を保有している筈のセンテル帝国が、他国の後塵を拝した上にその国の助言の元で発展して行くと言う構図が気に食わないのである。
だが、その様なプライドを優先する愚か者は、此処にはいない。
「スマウグ、シモンよ、よく分かった。朕は、お前達の意見を受け入れよう。そして、これを帝国の総意とする。」
ロズウェルドは、迅速に結論を出した。
誰一人反論する事は無く、暁帝国とセンテル帝国は蜜月関係を築いて行く事となった。
「さて、第一の関門は突破したな。」
皇城の廊下を歩きながら、スマウグはシモンへ話し掛ける。
「そうですね。しかし、次が問題です。」
トップが決断したからと言って、末端までもが同じ結論を出すとは限らない。
これから、各部署の意思統一を速やかに行わなければならない。
「情報部は大した苦労は無いだろう。新たな情報を得る為に、思考が柔軟だからな。」
スマウグは、珍しく嫌そうな顔をする。
「外交部の堅物ぶりは、それはもう酷いぞ?」
「ははは、此方からも色々と情報を提供しますよ。」
対するシモンは、乾いた笑みを浮かべるしか無かった。
案の定、外交部に限らずあらゆる部署で反発の声が噴出した。
暁帝国の実態が周知される毎に徐々にその様な声は小さくなって行ったが、そこに至るまでには多大な労力と長い時間を必要とした。
一般の国民に至っては、大多数の考えが改まるのは世界会議以降まで待たなければならなかった。
センテル帝国に関する疑問は解けたかな?




