第五十七話 センテル帝国御一行様
世界の中心からやって来た彼等は、何を見るのか!?
暁帝国 佐世保沖
センテル帝国の船団は、暁帝国艦隊の案内の元、佐世保港を目指していた。
使節団は、甲板で見えて来る陸地を眺める。
「漸く到着か。やはり遠いな・・・」
スマウグは、長かった船旅が漸く終わる事を静かに喜んだ。
「いやー実を言いますと、これからどんな物が見れるか楽しみで仕方ありませんよ、総監。何せ、あれだけの魔導船を作れる位ですからねぇ。」
シモンの部下の一人が、話し出す。
今回、情報部から派遣された者の大半は、暁帝国の実態を信じていない者達が占めている。
「・・・・・・」
完全に観光気分の部下の様子に、内心嘆息するシモン。
「あ、総監、どちらへ?」
よりにもよって、自身の直属の部下までもが碌な危機感も持ち合わせていない事に閉口せざるを得ず、黙って集団から離れた。
しかし、過半の者達は同じ様な気分であった。
案内役の魔導船から高度な技術を持つと認識しながらも、自国が優位であると信じて疑っていないのである。
やがて、佐世保港の全容が見えて来た。
「!・・・こ、これは・・・!?」
いつもは表情を全く変えないスマウグが、驚愕の表情に彩られた。
目の前に広がる佐世保の街並みは、センテル帝国のあらゆる都市を凌駕する先進的なものであった。
港湾も、全く勝負にならない程であると一目で理解する。
行き交うタンカーは見た事も無い程に巨大であり、それが1隻や2隻では無く当然の様に多数動き回っている。
「何と言う事だ・・・」
スマウグを含む外交部の面々は、屈辱的な気分を味わっていた。
世界最強である筈のセンテル帝国が、東の果てにある島国に劣っていると言う事実を突きつけられて心中穏やかではいられない。
一方の情報部の面々は、驚愕した物のすぐに興味津々に佐世保の街並みを眺め始めた。
情報を扱う者として、未知の光景を前に好奇心を爆発させているのである。
しかし、同時に自身の認識の甘さを痛感した。
繰り返しシモンから忠告されたにも関わらず頑なに信じて来なかった彼等は、これまで絶対の自信を持っていた自身の情報分析が全く役に立たなかった事にプライドを破壊されてもいた。
(効果覿面だな・・・)
その様子を陰で見ていたシモンは、上陸前に何とかこれまでの認識をひっくり返せた事に安堵した。
暫く呆然としていた一同だが、上陸準備をしなければならない事に気付き、慌てて動き始める。
上陸後、
使節団は、硬直していた。
目の前の道を、車が走り回っているからである。
センテル帝国にも車は存在するが、公的に使用している物を除けば、一部の金持ちしか保有していない。
しかし、彼等の目の前には千を越える車が引っ切り無しに往来している。
更に、その車が通っている道路網にも驚愕した。
地上だけで無く、空中にも橋の様な構造物によって道路網が縦横に伸びているのである。
上陸したばかりだと言うのに、早速国力の違いを見せ付けられた一行は、冷や汗を掻きながら進む。
「センテル帝国の皆様、ようこそお越し下さいました。心より歓迎致します。」
出迎えたのは、吉田以下外交官僚達である。
使節団の様子を見た吉田は、密かに留飲を下げていた。
先のセントレルでの会談では丁寧な対応を受けてはいたものの、言葉の端々に此方を見下す言動が見え隠れしていたのである。
「うむ、歓迎感謝する。吉田殿、久しいな。」
「確か、スマウグ殿でしたかな?またお会い出来て光栄です。」
吉田は、外交官としてのスマウグを高く評価している。
態度こそ大きいものの、国益を守ると言う事に関しては常に一貫しており、果敢に攻め込む姿勢は畏怖の念すら覚えるものであった。
「此方こそ、また会えて嬉しく思う。ところで、此度も貴殿が我等の担当と言う認識で良いのかな?」
「ええ。首都に到着するまでは、我々があなた方の案内を務めます。」
「そうか。それならば、今の内にいくつか渡しておきたい物があるのだが。」
「それは?」
「うむ、あの輸送船に乗せて来たのだ。品目は、此処に書いてある通りだ。」
スマウグの脇に控えていた使節の一人が、品目の書かれた紙を吉田へ手渡す。
「これは、我が国から貴国への贈り物だ。友好の証として受け取って欲しい。」
派遣先に対しての贈り物など、目的は一つしか無い。
自国の技術力の誇示である。
「御心遣い感謝します。詳細については、後程確認させて頂きます。さぁ、立ち話も何ですから、移動しましょう。」
吉田に促され、一行は用意された車へ乗る。
その乗り心地の良さに、一行はまた驚いた。
暫くすると、目的地であるホテルへ到着した。
「長旅お疲れでしょう。本日は、ゆっくりお休み下さい。明日から御案内を致します。」
使節達は、それぞれ用意された部屋へと入り、一息ついた。
「実際に目にすると、違って見えるものだな。」
シモンは、部屋へ入ると呟いた。
「いやー、凄いものですね。好奇心が抑え切れませんよ。」
シモンと同じ部屋となった部下が、興奮した様子で語る。
「あまり羽目を外すなよ?何か問題を起こしても、助けてやれんぞ。」
「分かっています。これ程の物を見せ付けられて、力の差が分からない程馬鹿ではありませんから。」
真剣な表情で返す。
これまでとは打って変わって、情報部の者達は暁帝国の正確な国力と技術力の根底の分析に全力を上げ始めた。
「これ程とはな・・・」
一方のスマウグは、部屋の中で外交官僚を集めて話し合っていた。
「いえ、まだ全容は分かっておりません。そこまで悲観する必要は無いかと思われます。」
「その通り。これまで通り、強気の姿勢で臨みましょう。」
情報部の人間とは違い、外交部の面々は目の前の現実を受け止め切れずにいた。
これまでは、上からモノを言うだけで良かった彼等は、初めて対等以上の相手と向き合わなければならなくなったのである。
しかし、世界最強の国家に所属していると言うプライドが、彼等の正常な判断を邪魔していた。
しかし幸いな事に、スマウグはそれ程現状維持には拘っていなかった。
「此度は、絶対に失敗は許されない。最悪、世界大戦への引き鉄を我等が引く事になるかも知れないのだ。」
全員が、戦慄した。
「な、何を言われますか?!滅多な事を口にされては」
「いつまで過去の栄光に縋っているつもりだ。」
静かに、だがハッキリと言う。
「貴様等は、我が帝国を滅ぼしたいのか?上から目線で要求するだけで事足りるならば、外交官など要らぬ。一度、冷静になれ。」
それだけ言うと、解散させた。
翌日、
使節団は、新幹線に乗っていた。
(信じられんな・・・まさか、地上を飛竜よりも高速で走行出来るとは・・・)
300キロ/時で走行する新幹線に、流石のスマウグも放心状態となる。
「こ、こんな・・・!」
「何をどうしたらこんなマネが出来るのか・・・」
「外も凄いな・・・」
「クッ、何故、こんなに・・・」
驚愕する者、興奮する者、絶望する者、嫉妬する者・・・
様々な反応を見せつつ、一行は東へ向かう。
・・・ ・・・ ・・・
東京
東郷達は、いつも通り会議を行っていた。
「センテル帝国からの贈答品ですが、品目は手元の資料の通りとなります。」
工芸品、車、魔道具、銃火器等々・・・
「航空機まであるのか!?」
「はい。とは言いましても、複葉機ですが。」
「そうか。それで、白竜って何だ?」
センテル帝国では、飛竜よりも安定した航空戦力として航空機の開発に力を入れている。
その記念すべき最初の正式機となったのが、<フィースト>である。
最高速度200キロ/時であり黒竜に劣るが、生物である飛竜よりも量産が利く点で優れていると判断された。
しかし、センテル帝国には機関銃が存在しない。
未だに設計の段階でしか無く、代わりに後部座席へガトリング砲を配置している。
地球では、その重量と構造の複雑さからあまり活躍出来なかったが、センテル帝国では機関銃の実用化が出来ていない事もあり、継続した小型軽量化と構造の単純化を行っていた。
そのお陰もあり、航空機への搭載が可能な程の小型化に成功したのである。
だが、飛竜を上回る程のアドバンテージは無く、その用途は偵察に限られている。
しかし、将来性は見込めるとの声が大きくなっている事も確かである。
竜騎兵達はその声に危機感を覚えており、必死に竜騎兵隊の存続を図っていた。
その成果が、白竜である。
黒竜を更に品種改良した結果、320キロ/時の最高速度と高い機動性を併せ持つ新たな空の覇者を誕生させた。
胴体が白を基調とした色をしている事から、白竜と名付けられた。
ただし繁殖力が低く、未だに100頭程しか配備されていない。
それでも、当分の間は竜騎兵の優位は揺るがない見込みとなっている。
「両方共、センテル帝国の最高機密って事じゃ無いか。」
「そうなります。」
圧倒的な優位を見せ付けたい思惑があってこその措置ではあるが、此処までやっても全く優位性が無いのが現実である。
使節団の思惑を大きく外れ、暁帝国側は余裕のある姿勢を崩さなかった。
その後、各地を案内された使節団は、遂に東京へ足を踏み入れた。
「・・・・・・」
最早、言葉も無い。
これまでにも散々驚愕すべき物を見せ付けられて来たが、東京は文字通り格が違った。
スカイツリーと同様の建造物が存在し、使節団はその展望台から東京の町並みを見下ろす。
センテル帝国で最も暁帝国に精通している筈のシモンも、この光景には恐怖を覚えていた。
「シモン殿、大丈夫か?」
スマウグが、話し掛ける。
「ああ、スマウグ殿。本国へ帰ったらどの様に報告すれば良いか考えていましてね。」
「それは、我も同じだ。外交部の者共は、情報部と違って堅物が多い。ありのままを話しても、誰も信じぬだろうな・・・」
二人して、憂鬱な気分に陥っていた。
尤も、他の者達も同様であったが・・・
「これは、強気に出たら我が国の息の根は止まるな。」
「我が国が世界最強であったのは、過去の話か・・・」
「相手が強硬な要求を行って来たら、果たして我々で跳ね除ける事が出来るのだろうか・・・」
彼等は、これから東郷を含む首脳陣と相対せねばならない。
彼等の展望は、ひたすら暗かった。
困った。
会談内容がなかなか纏まらない。




