第五十六話 暁帝国を目指す国々
セイキュリー大陸ですが、アフリカ大陸と同程度の面積です。
インシエント大陸北部沖
この海域を、見慣れない装甲艦が航行していた。
センテル帝国の使節団を乗せた艦隊である。
無駄に時間が掛かってしまったが、外交部と情報部の共同で今回の件に当たる事となり、シモンは情報部側の代表となっている。
「スマウグ殿、暁勢力圏に入ったご感想は?」
シモンは、外交部の代表となった竜人族である スマウグ へ話し掛ける。
「治安は良い様だな。だが、この様な辺境にまで足を運ばねばならん事を考えると、あまり気分は良くないな・・・」
スマウグは、復帰した外交幹部の一人である。
竜人にありがちな尊大な態度を取るが、国民へ負担を掛けない事を心掛けており、国益に反する行動を取った事が無い。
その一方で、自身の仕事に絶対の自信を持っている事もあり、自国以外への見下し具合が少し酷い所がある。
そして、幹部と言う立場にいると言う事もあり、自分が格下(と思っている)の国家へ出向くと言う扱いに不満を隠そうともしなかった。
「まぁ、位置的には確かに辺境ですが、きっと驚く物が沢山見られますよ。」
「確か、今回の件は貴殿が積極的に働き掛けた結果だと言う話であったな。」
シモンに対し、恨みがましい視線を向ける。
「我が国は、間違い無く世界最強だ。だが、最強の座にいる者こそ、自らの立ち振る舞いに気を付けねばならん。」
スマウグの眼は、過去へと向けられる。
「世界大戦が物語っている通り、徒に武力を振りかざす行為は世界を滅亡させる行為に外ならぬ。だが同時に、弱者へ遜る行為は周辺国へ与し易しと言う誤った認識を持たせる事にもなる。その結果、我が国は他の列強諸国から宣戦されてしまった。戦乱を納める為の行為が、逆に戦乱を拡げてしまったのだ。」
シモンは、黙って聞いていた。
だが、一切賛同していなかった。
スマウグは、その空気を察して語気を強める。
「我が国は、世界の安定に最も重い責任を負っているのだ。そして、世界の安定は我が国の国益に直結する。我は、帝国内に於いて国益に反する存在を決して許さぬ。」
殺気の篭った眼光に射抜かれたシモンだが、飄々と躱して反論する。
「この使節団が、国益に反するかどうかはこれから分かります。その目で直接見て貰えれば、考えも変わるでしょう。」
「フン・・・」
スマウグは、何も言わずその場から立ち去った。
「やれやれ・・・」
シモンは、暁帝国に関する情報を使節団全員で共有してなどいなかった。
見せた所で信じない者が大半であり、そもそもまともに見もしない者も多いだろうと言う判断もあった。
情報部内でさえ、信じない者が多過ぎるのである。
自国の優位性が揺るぎ無いものだと考えている者が多いと言う証左でもある。
何をしても無駄だと判断したシモンは「百聞は一見に如かず」と判断し、敢えて事前情報を与えずにいるのである。
(実物を見れば、此方に優位性が無い事が嫌でも分かるだろう。)
艦隊には、1万5000トン級の一等戦艦もいる。
シモンの脳裏には、暁帝国と交戦した末に目の前の戦艦が爆沈する映像が浮かんでいた。
・・・ ・・・ ・・・
スマレースト大陸西岸沖 巡視船 しきしま
暁勢力圏の海域は、平穏そのものであった。
以前の様に頻繁に別管区からの応援を要請する事は無くなっていたが、暁勢力圏の急拡大によって担当海域も急激に広がり、フレンチェフに指摘された通り巡視船不足が発生していた。
既に増産を行ってはいるが竣工は当分先の話であり、現場の職員の忙しさは大して変わっていなかった。
「もー!何で、いつもいつもワシ等が厄介な海域に駆り出されるんですかぁ!?」
「黙って職務に集中しろ!」
一人称のおかしくなった副長に、船長は一言だけ返す。
「だぁってー、ビンルギー派遣船団に始まって、昭南島沖、インシエント大陸北部沖と来て、今度は此処ですよ!?」
スマレースト大陸西側の海域は、セイキュリー大陸やその間の諸島との交易路となっている。
しかし、最近は状況が大きく変わっていた。
神聖ジェイスティス教皇国が暁帝国を目の敵にしている事もあり、度々挑発行為を繰り返して来るのである。
更に、間にある諸島を味方へ引き込もうとする動きも確認されている。
大陸同盟はこの動きに抗議を行ったが、「暁勢力圏から脱退し、暁帝国撃滅の先兵となれ。」と要求されてしまう有様であった。
当然拒否したのだが、その結果は暁帝国との同盟以降も細々と続いていた貿易の全面禁止であった。
更に、「暁帝国と同時に、貴様等にも聖戦を行う。」と脅しを掛けて来る始末であり、全く話にならなかった。
尚、この対応を指示したのは、リウジネインとシェイティンである。
セイキュリー大陸との貿易は様々な利益を齎して来たが、あれこれと理屈を付けて布教も行おうとする厄介な存在でもあった。
それでもメリットも大きかった事もあり、商業に限定されながらも関係が続いて来た訳だが、暁帝国との関係構築がそのバランスを大きく崩していた。
最早、セイキュリー大陸との関係には何のメリットも無くなり、貿易を全面禁止されても大陸同盟側は全く困らなかった。
「その内、音を上げて擦り寄って来るだろう。」と高を括っていたリウジネイン達の目論見は大きく外れてしまい、若干の暴走を始めた彼等は「聖戦の前準備」と称してスマレースト大陸の交易路を荒らし始めたのである。
現時点では直接的な被害は出ておらず、挑発行為しか行ってはいない。
しかし、この様な状態がいつまでも続く筈は無いと誰もが考えており、緊迫の度合いは嫌でも高まっていた。
そんな厄介な海域に、しきしまはまたも動員されていたのである。
「大変な海域に派遣されると言う事は、それだけ頼りにされていると言う事だろう。」
「頼りにされた結果が、休みナシのオーバーワークですか・・・へー・・・」
その台詞に、船長の鋼鉄のハートもダメージを受ける。
「ワシ等って、いい加減表彰されてもいい程に働き詰めだと思うんですよねー。」
船長のハートに、亀裂が入る。
「もしかしたら、後数日の命かも知れませんねー。(訳:過労死寸前じゃね?)」
船長の顔が、引き攣り始めた。
「せんちょー、やすみちょーだい♡」
バキッ!
「ん?」
おかしな音に、副長は首を傾げる。
「ちょ、ちょっと船長!?」
見ると、船長の座っていた椅子の手すりがへし折られていた。
「少し、黙ろうか・・・」
「ヒィッ・・・!」
副長は、地獄を見た。
『此処より西50キロの海域に、不明船を探知!』
「急行する。」
静かになった艦橋で、船長は淡々と指示を出す。
巡視船の忙しい日々は、まだまだ続く。
・・・ ・・・ ・・・
アルーシ連邦
「うーむ・・・」
フレンチェフは、報告書を読んで唸っていた。
暁帝国によるインフラ整備は急ピッチで進んでおり、鉄道網は開通には程遠いが道路網は順次開通している。
これにより、以前と比較して明らかに流通が活発化していた。
景気もかつて無い程に良好な状態が続いており、暁帝国との国交開設を推進したフレンチェフの支持率は鰻登りとなっていた。
(このままでは、マズい・・・!)
しかし、当のフレンチェフは現状を良しとはしていなかった。
確かに、暁帝国との関係維持は必要だが、このままでは暁帝国の経済的植民地へと成り下がってしまう。
そうなれば、自国の産業が崩壊しかねない。
その先にあるのは、暁帝国に依存した極めて貧弱な産業構造である。
「幸いな事に、技術供与はまだ途上だ。彼の国の技術に依存し切る前に、独自の利用法を模索するべきだな。」
フレンチェフは、列強国の意地を見せる。
・・・ ・・・ ・・・
スマレースト大陸北部沖
「うー、こんな恐ろしい海域を通んなきゃいけないなんて・・・」
「今更、何言ってんだよ。」
ジンマニー王国に近いこの海域を、数隻の帆船が航行していた。
スマレースト大陸よりも北側の高緯度海域には、<海獣>と呼ばれる海の化け物が生息している。
見た目は羽根の無い竜であり、海中から襲い掛かって来る事からセンテル帝国でさえ対抗出来ない。
その為、この海域を訪れる者はまずいない。
その様な海域を通る者は、身を隠さなければならない者だけである。
「それにしても、本当にこの進路であってるのかね?」
「間違ってたら終わりだよ。」
「お前は、ホントに情の無い奴だな。少しは、気の利いた事でも言ってみろよ。」
「大きなお世話だ。」
彼等は、目を皿の様にして陸地を探す。
暫く後、
「ん?・・・おい、右舷に陸地だ!」
船員の一人が叫ぶと、全員が同じ方向を見る。
「本当だ!」
「建造物の様式からして、ハレル教圏の物では無いな。」
「じゃあ、暁帝国なのか?」
「それは分からない。」
誰もが、歓喜に満ち溢れていた。
「とにかく、上陸するぞ!」
彼等が上陸した場所は、ジンマニー王国の最北端であった。
・・・ ・・・ ・・・
モアガル帝国
西部地域に存在する列強国であるこの国も、暁帝国を注目し始めていた。
「皇帝陛下、大まかにではありますが、暁帝国の情報がある程度集まりました。」
側近が皇帝に報告する
「そうか。では、早速聞かせて貰おうか。」
「はい。では、まずは軍事力についてですが、我が軍では全く歯が立ちません。」
「な、な・・・に・・・?」
あまりにもあっさりとした断言に、皇帝は思考が追い付かない。
「暁帝国も、銃火器を使用している事が判明致しました。しかし、我が国を含む列強諸国が使用している物とは大きく異なります。」
「どう異なるのかね?」
「センテル帝国のガトリング砲は御存知ですね?」
「勿論だ。あれのせいで、我が騎馬軍団が大きな被害を被ったと言うのは有名な話だ。」
皇帝は、世界大戦での出来事を語る。
「暁帝国の銃は、一般歩兵に支給している物でさえガトリング砲の様に連射出来ると言います。しかも、毎分650発の速射性を誇ります。」
「そ、そんな馬鹿な話があるか!」
皇帝は、思わず怒鳴る。
「これすらもほんの一例に過ぎません。暁帝国には魔導砲も存在する様ですが、一般的な魔導砲の数十倍の速射性を誇ると言います。」
「す、数十倍だと!?それが本当だとしたら、戦いにならんでは無いか!」
「それだけではありません。暁帝国は、ミサイルと呼ばれる追尾する弾丸を実用化していると言います。」
「それは、どう言う事だ?」
皇帝は、あまりにも飛躍し過ぎた話に付いて行けない。
「逃げても、方向を変えて追い掛けて来ると言う事です。このミサイルに狙われて、黒竜も一方的に墜とされたそうです。」
皇帝は、絶句する。
「更に、戦車と呼ばれる巨大な鉄の塊を動かしているとも言います。これにも魔導砲が搭載されており、まともに近付く事は難しいでしょう。」
皇帝は、頭痛を覚える。
「次に航空兵戦力ですが、暁帝国は飛竜を持たない代わりに飛竜の数倍の速度を出せる飛行物体を多数保有していると言います。飛行機とも呼ばれているそうですが、ミサイルを搭載して攻撃するそうです。」
皇帝は、深く考えるのをやめた。
「海上戦力は更に脅威です。未確認ですが、潜水艦と呼ばれる海中に潜れる艦が」
「ま、待て!・・・すまんが、また今度聞こう。」
皇帝は、クローネル帝国の二の舞にならない様に、細心の注意を払う事を決めた。
・・・ ・・・ ・・・
硫黄島西岸沖
「そろそろ、邂逅予定海域ですが・・・」
センテル帝国の船団は、暁帝国の迎が来る予定の海域に入っていた。
「擱座して沈んでいなければ良いがな。」
スマウグは、相変わらず見下した発言をする。
シモンは、そんなスマウグを見て肩を竦める。
バタタタタタタタタ
「ん?」
奇妙な音に気付いた船員達が、音の出所を探る。
その音は徐々に近づいており、やがてハッキリと視認出来る位置にまで来た。
「な・・・何だアレは!?」
誰もが、驚愕の表情をする。
「お迎えの様ですね。」
シモンだけが、落ち着いた様子で呟いた。
「お迎えだと!?まさか」
「対空戦闘!!」
スマウグがシモンへ詰め寄ろうとした瞬間、護衛の為に引き連れていた艦隊が戦闘体制へ移行し始めた。
「!・・・マズい!」
それに気付いたシモンは、慌てて止めに入る。
「馬鹿者!接近中の飛行物体は敵では無い!戦闘態勢を解け!」
直後、各艦から抗議が殺到した。
『では、アレは何なんだ!?』
『あの様な化物を放っておけと言われるのか!?』
『シモン総監、我々に護衛の義務を放棄しろとでも言うのかね!?』
「あれは、暁帝国所属のモノだ!」
『『『!!』』』
ギリギリの所で衝突は回避された。
その後、暁帝国艦隊と合流した船団は、本土を目指して航行を続けた。
スマウグは、呆然とした様子のままシモンへ尋ねる。
「シモン殿、暁帝国は何処から魔導船を購入したのだ?」
「あの艦は、暁帝国が独自に建造した艦です。しかも、魔術由来の素材を一切使用していないとか。」
「そんな事が有り得るのか!?」
「情報部では、その辺りが目下最大の関心となっています。」
シモンの解説に、スマウグは眩暈を覚える。
(何故だ!?どうして辺境の小国がこれ程の物を・・・)
だが、同時に疑問も浮かぶ。
「しかし、何故砲が一門しか無いのだ?あれだけでも並の国家ならば圧倒出来るが、あの様な奇妙な形にした意味が分からん。」
「その辺りについても、調査中です。」
ミサイルの存在は掴んでいたが、それが海戦に於ける主兵装となっているとは想像も出来ていなかったのである。
「海戦のやり方も分からぬただの馬鹿か、それとも・・・」
いずれにせよ、近代レベルの技術を保有している。
それだけでも、スマウグにとっては驚異的な事実であった。
スマウグに限らず誰もが驚愕する中、船団は本土を目指す。
次回、使節団到着




