第五十三話 センテル帝国
今回の話は、無理があったような気がする。
ハーベストの中心に存在する世界最強の国家。
それが、センテル帝国である。
あらゆる大陸の中央に位置する<ウォルデ大陸>を支配している。
このウォルデ大陸を<中部地域>と呼称し、それより西側を<西部地域>、東側を<東部地域>と呼称している。
これは、元々センテル帝国のみで使用されていた呼称であるが、現在では世界共通の呼称となっている。
かつては、覇権主義を掲げる何処にでもある大国の一つに過ぎなかった。
しかし、技術レベルは中世ながら勇猛な国民性と優秀な指導者の存在により、ウォルデ大陸有数の豊かさと強大な軍事力を誇っていた。
瞬く間に勢力を拡大したセンテル帝国であったが、征服地域で目にしたのは飢えた民衆であった。
センテル帝国の周辺国は圧政を敷いており、民衆は厳しい生活を余儀無くされていたのである。
センテル兵は、民衆へ手を差し伸べた。
民衆は、征服者であるセンテル兵に深く感謝した。
その様子を見たセンテル兵達は、「世界有数の国力と豊かさを有する我が国は、この様な光景を撲滅する為の義務を負うべきである。」と唱え始めた。
その動きは徐々に拡大して行き、遂には国是として力を振るい始めるに至る。
その様な動きが加速する中、古代遺跡の発見が全てを変えた。
センテル帝国は、大陸で唯一近世レベルの技術を手にした事で、これまで以上に向かう所敵無しの状態となり、大陸の三分の二を国土とする列強国となった。
だが、センテル帝国はそれで満足はしなかった。
その高度な技術の根幹を成す原理の解析まで行ったのである。
しかし、同じ頃に他大陸でも古代遺跡が相次いで発見され、先進的な技術を保有した列強国や準列強国が勃興して行った。
その大半が、覇権主義の下で敵味方を問わず多くの犠牲を出し続けていた。
この様な状況を憂慮したセンテル帝国は、列強国に対して覇権主義からの方針転換を呼び掛け出した。
しかし、当時のセンテル帝国は一列強国に過ぎず、誰一人として耳を貸す事は無かった。
その様な状況が続く中、西部地域が大きく動き出した。
これまでの戦乱は、その殆どが大陸内で収まるものであったが、列強国であるモアガル帝国が西部地域のもう一つの列強国であるドレイグ王国へ侵攻を開始したのである。
これが、ハーベストで発生した世界大戦の始まりとなった。
大陸を跨いだ列強国同士の戦争は前例が無く、全世界が注目した。
モアガル帝国は、「すぐに終わる。」と高を括って侵攻を開始した。
ところが、第一陣は壊滅的被害を出して敗走してしまったのである。
ドレイグ王国は、個々の戦闘力が突出して高い赤竜族の治める国家であり、纏まった赤竜族の攻撃に晒されてしまっては、いくら列強国の軍勢と言えども無事では済まなかった。
しかし、強力である一方で人口が少なく、逆侵攻などは殆ど望むべくも無い。
逆に、モアガル帝国は第二陣を派遣した。
列強国の国力は、並の国とは絶対的と言える差が存在する。
戦争は、長期化の様相を呈し始めた。
西部地域以外の多くの国家は、これを好機と捉えた。
あらゆる口実で介入を図り、火事場泥棒を企んだのである。
しかし、その様な事を許す筈も無く、すげも無く拒否されてしまう。
この態度を口実とし、列強国を中心とした各国は西部地域に対して宣戦布告を行う。
既に大きな被害が出ている事からそこまでの苦労は無いだろうと誰もが楽観していたが、大陸を跨いでの戦争である為、海戦が主となる。
物量差を思う様に生かせず、双方の被害は拡大し続けた。
センテル帝国は、この様な状況下でも双方に停戦を呼び掛け続けたが、どっち付かずの行動は全てを敵に回してしまう。
遂にはセンテル帝国も、宣戦布告される事態となってしまった。
それまでは安全地帯であった中部地域も戦場と化した為、世界に安全な場所は無くなった。
その様な状態が続いてタダで済む筈も無く、世界中の経済活動が停滞を余儀無くされた。
海賊でさえも苛烈さを増す戦況に付いて行けず、殆ど姿を見せなくなった程である。
そして、とうとう耐え切れなくなった中小国の崩壊が始まるに至る。
無政府状態の地域があちこちに現れ始め、各地の治安が急速に悪化して行った。
更に、難民も急速に増加した事で、そちらの対応にも追われる事となった。
戦争に割いていたリソースが一気に削がれる事となり、大戦は否応無く小康状態へともつれ込んだ。
しかし、この期に及んでもどの国も諦めておらず、次の為の準備を進めていた。
此処で、センテル帝国が本格的に動き出した。
それまでは、防衛に留める事で被害を抑制する事に努めていたが、各国が積極的な軍事行動を取れなくなった今こそが好機だと判断したのである。
中には、「徒に民衆を死に追いやる列強国を叩き潰せ!」と言った過激な論調も存在したが、大帝を初めとする首脳部は「列強国同士のぶつかり合いは悲劇を加速させるだけであり、速やかに停戦へ持ち込まなければならない。」と判断した。
その判断の元、列強各国へ艦隊を派遣した。
いくら大陸内のゴタゴタで攻勢に出る余力は無くとも、簡単に勢力圏内への侵攻を許す程列強国はヤワでは無い。
ところが、どの国もセンテル帝国艦隊に惨敗してしまう。
他国が戦列艦を主力としている中、センテル帝国の軍艦は地球で言う19世紀前半の外輪船に匹敵する物であった。
古代遺跡の発見に端を発するあらゆる原理の解明により、近世レベルの技術の再現が限界であった他国を大きく引き離し、近代へと差し掛かっていたのである。
更に、優秀な指導者の存在と相まって、独自の技術と新たな戦術の開発にも成功していた。
各国は、それまではセンテル帝国が防戦一方であった事から、「センテル帝国は、国土が広いだけの大国に過ぎない。」と甘く見ていたツケを支払わされる形となった。
それでも頑迷な国家は抵抗を続けたが、後装式のライフルを実用化して縦横無尽に動き回るセンテル帝国軍に陸戦で惨敗を喫した。
進退窮まった各国は、センテル帝国主導による停戦に応じる事となり、世界大戦は終結した。
この戦争で見せたセンテル帝国の実力は、明らかに他の全ての国家を大きく凌駕するものであった。
事此処に至り漸く理解した各国は、センテル帝国を世界最強と認識するに至る。
そして、センテル帝国は国是に従い、二度とこの様な大戦が起こらない事を目的として、第一回目の世界会議を開催した。
世界会議を開催した事で、戦後のギクシャクした各大陸の関係は修復に成功した。
この実績により、当初は一度のみの開催の予定であった世界会議は定例化し、平和を担う重要な場となったのである。
実際には、列強国と準列強国の利害機関と化していたが、世界大戦の齎した惨禍は尋常なものでは無く、センテル帝国は世界大戦の再燃を恐れて以前の様な積極的な行動を起こせなくなっていた。
勿論、不用意に大きな戦乱を引き起こす動きを放置したりはしないが、あらゆる場所で困窮している民衆を積極的に助けに行く程の行動を起こす事は無くなっていた。
その後も、センテル帝国の技術発達は加速して行き、近世で停止している諸外国との差は開く一方であった。
・・・ ・・・ ・・・
そして、現在
センテル帝国 東岸沖
シモンは、本日訪れる予定となっている暁帝国の使節団を海上で待っていた。
彼が搭乗している船は、戦艦 サファイア である。
サファイア級のネームシップであるこの艦は、春日型装甲巡洋艦に酷似した艦影をしている。
「・・・ウッ!」
多大なストレスで甚大なダメージを受けているシモンの胃は、船の揺れが大きな負担となっていた。
「シモン総監、医務室へお連れしましょうか?」
見かねた艦長が進言する。
「い、いや、もうすぐ合流時間だ。私は此処にいなければならん。」
大帝直々に頼まれたプレッシャーから、死んでも艦橋に居座るつもりである。
「そうは言いますが、使節団が時間通りに来られるとは・・・」
シモンが受けているプレッシャーの大きさなど知る由も無い艦長は、暁帝国が魔導船を有していると言う事前情報は誤報に違いないと思っていた。
そもそも、海上での合流は最も進んだ技術を保有しているセンテル帝国艦隊でさえ困難を極める。
時間を設定したからと言って、時間通りに到着する方がどうかしているのである。
「!・・・艦影を目視!」
見張りが声を上げる。
シモンを含む艦橋にいる者達は、一斉に双眼鏡を手にする。
「明らかに帆船では無いな。」
艦長は、自分の見ている光景が信じられずに思わず呟く。
「本当に、魔導船を実用化しているとはな・・・」
他の者達も、同じ思いであった。
最も情報を把握している筈のシモンも、実際に目にするのは初めてであり、少なからず驚いていた。
「しかも、時間通りだ。」
壁に掛けられている時計を見ると、丁度合流時間を差した所であった。
・・・ ・・・ ・・・
暁帝国使節団
『センテル帝国艦隊を発見!』
「本当に艦隊を引き連れてるな・・・」
見張りの報告に、井上中将が呟く。
今回の使節団は、井上中将指揮下の第一艦隊を初め、強襲揚陸艦1隻、補給艦1隻、巡視船2隻、客船1隻で構成されている。
艦隊運用を苦手とする井上中将を派遣したのは、センテル帝国の戦力を正確に分析する為である。
海軍一の理論家である井上中将以上の適任者は、いないと言っても良いだろう。
「明らかに、前弩級艦だな・・・」
井上は、前後の甲板に設置されている連装砲を見ながら呟く。
「通信魔道具の用意は?」
「大丈夫です。」
現在の暁帝国軍では、従来の無線機と共に通信魔道具を運用している。
暁勢力圏では暁帝国製の無線機を普及させているとは言え、完全に浸透している訳では無く、二度手間だが両方使用している状況にある。
暁勢力圏以外は、言わずもがなである。
誰もが煩わしく思っているが、現状ではどうしようも無かった。
「センテル帝国艦隊へ。此方は、暁帝国使節団である。出迎え感謝する。誘導願う。」
『此方、センテル帝国海軍第一地方艦隊。了解した。我に続け。』
短いやり取りが終わり、センテル艦隊が動き出す。
「聞いたか?」
「は?」
井上が、艦長へ話し掛ける。
「今の通信だ。地方艦隊と言ったぞ。」
「そうですね。それが何か?」
「あの艦を見ろ。前弩級艦とは言え、戦艦クラスだ。それが地方艦隊に配備されてると言う事は、主力艦隊にはもっと強力な艦がいると言う事だ。もしかしたら、空母も実用化しているかもな。」
此処まで言われて、その場にいる全員が事の重大さに気付く。
「見た所、1万トン級と言った所か・・・アレを地方艦隊に配備しているとなると、弩級以上の艦を実用化しているかも知れんな。」
現代を基準にすれば100年以上の開きがあるとは言え、この世界では突出して高い技術力である。
「まぁ、今回は喧嘩に来た訳では無いんだ。そこまで神経質になる事は無いだろう。」
その一言で、場は少し和んだ。
地方艦隊との距離は目と鼻の先であり、こんな距離で撃ち合いにでもなったら、装甲化しているとは言っても無事では済まない。
センテル帝国艦隊
一方の地方艦隊は、重苦しい空気に包まれていた。
「辺境の国家が、此処まで・・・」
「クソッ、美しい艦影だ。・・・悔しい!」
「我が艦隊に易々と付いて来る。いや、先程よりも明らかに遅い。巡航速度が此方よりも速いのか?」
彼等は、自国が誰も追い付けない程の圧倒的な優位性を持っていると思っていた。
それは、間違っていなかった。 ・・・今日までは。
センテル帝国以外は、帆船しか保有していないと言うのが全世界の認識である。
しかし、目の前の外国船に帆は張られていない。
彼等は、初めて自国に匹敵する、或いはそれ以上の相手と対峙した。
その衝撃は、半端なモノでは無い。
多くの者が呆然とする中、艦隊のトップの座に就いている者達は、冷静さを失ってはいなかった。
「ふぅむ、本当に魔導船を建造しているとはな・・・しかも、我が方の艦よりも巨大な艦が複数ある。」
「しかし、妙ですな。一切の魔力を感じませぬ。」
「魔力感知器にも反応はありません。」
「それに、あの艦体は鉄ですな。魔石精製技術は持たないとは聞いておりましたが、本当だとは・・・」
「しかし、装甲は薄そうですね。それに、主砲は130ミリクラスが1門のみ。セオリーを完全無視した武装ですね。」
最初こそ他の船員と同じく驚愕していたが、その驚愕が過ぎ去ると目に見える範囲で分析を行い、その不可解極まり無い造りに疑問ばかりが浮かぶ。
シモンも、どう結論を出せば良いのか全く分からなかった。
「一番解らないのは、あの2隻ですな。艦橋らしき構造物が端に置かれているだけで、後は何も無い。」
参謀が、空母と強襲揚陸艦を指差す。
「その割には、周辺の艦より突出して巨大です。」
全員が首を捻るが、結論は出ない。
「まぁ、それについては追々尋ねるとしよう。」
シモンは、そう結論した。
と言うよりは、分析出来ないので投げたと言った方が良いかも知れない。
その後、特に何のトラブルも無くセンテル帝国へと辿り着いた。
西部地域の地理が決まってない。
どうしよう。(泣)




