第四十五話 準列強国の転落6
今回も、戦闘は無しです。
クローネル帝国 ライマ
会議は、いきなり凶報から始まった。
「先程、新たに入って来た情報によりますと、国境線より300キロ地点で第一近衛騎兵大隊が全滅したとの報告であります。」
トライヌスの機嫌が目に見えて悪くなり、他の者達は慣れた凶報に眉一つ動かさない。
「更に、ハデリウス団長の行方も依然として知れず、戦死されたと判断するのが妥当と思われます。近衛騎兵の全滅後、我が軍にまともに運用できる部隊は、フロンド方面軍を除いて皆無となっております。」
ハデリウスは、撤退直後の追撃戦で抵抗の素振りを見せた為に、文字通り消滅していた。
その後も被害は増え続け、軍は捕虜と戦死者が40万人を超えていた。
近衛はもっと悲惨で、ライマに残っている千人程度の隊員を除けば、全員が捕虜か戦死となっていた。
最早、組織的な抵抗は不可能であり、フロンド方面軍も拠点であるメリノが堕とされた事で、風前の灯火となっていると思われた。
「それで、これからどうするつもりなのだ?」
トライヌスは、総司令官を睨む。
総司令官は、しどろもどろになりながらも答える。
「ざ、残存戦力を搔き集め、再編が済み次第反撃を」
「不可能です!」
軍事大臣が声を上げる。
「既に武器が底をついています。新規に生産しようにも、工業地域の大半が大きな被害を受けており、碌な補充が出来ません。」
陸軍の進撃と並行し、各地では空爆が行われていた。
クダラ王国の時の様な無差別爆撃では無いが、特殊作戦連隊が集めた情報に基づき、武器の製造工場を中心に生産拠点を痛め付けていたのである。
「何故だ!?何故、その様な事に!?」
その事を知らされていなかったトライヌスは、怒鳴り始めた。
「貴様等、揃いも揃って蛮族如きに弄ばれおって!貴様等は、我が帝国の恥晒しだ!」
(いい加減、現実を認めるんだな。でなければ、どうなっても知らんぞ?)
スぺキアは、トライヌスの怒鳴り声を聞き流しながらそんな事を考える。
「もうよい、貴様等の顔などももう見たくも無い!貴様等全員処刑してやる!」
動揺が場を支配した。
「へ、陛下、それは」
バンッ
「失礼致します!」
「貴様ァ、此処を何処だと思ってる!?帝国の品位を貶める愚か者めェ!」
品位を貶めるトライヌスの怒鳴り声に官僚は竦み上がるが、構わずに報告を始める。
「我が軍の主力艦隊が、暁帝国艦隊と遭遇し全滅したとの情報が入りました!」
「な、何だと!?」
「そんな・・・」
スぺキア以外の者達は、衝撃のあまり言葉を失う。
「更に、コロネ公国に暁帝国の地上部隊が上陸、進撃を開始しております!これを受けて、コロネ公国は我が国の保護国から脱退し、敵側へ寝返る事を表明致しました!」
絶句
あまりにも深刻な事態に言葉が出ない。
「おのれェー!役立たずの分際で裏切りおって!今すぐに討伐隊を送れ!」
トライヌスは、更に猛り狂った。
「陛下、討伐の前に接近している暁帝国軍を何とかしなくては」
「やかましい!討伐のついでに蹴散らせば良いだけだ!蛮族共が調子に乗りおって!皆殺しだ!一人残らず殺せ!」
「陛下、なりません!どうか冷静に」
「私の命令に背く愚か者は必要無い!衛兵、この愚か者を始末しろ!」
「な・・・!」
ヒュガッ!
諫めようとした軍事大臣は、その場で近衛に首を刎ねられた。
「よいか、死にたくなければこの状況を早急にどうにかしろ!」
「・・・・・・」
暴君と化したトライヌスに半ば呆れながら、家臣達は仕事に就く。
「もう、駄目だな・・・」
スぺキアは、ライマのスラム街を進みながら呟く。
目的の家屋へ入ると、そこには現代的な服装をした者達がいた。
「頃合だ。皇帝を守る者は、近衛を除いて誰もいなくなった。」
「追い詰められて狂ったか?」
「そんなトコだ。諫めようとした軍事大臣の首を、その場で刎ねた。」
「それはそれは・・・そこまでの暴君となったからには長くは無いな。」
「君達の国が羨ましいよ。私も、そちらの人間として生まれたかったね。」
スぺキアにしては珍しく、感情の籠もった言葉を口にする。
「お褒めに与り光栄だな。だが、これからそうなるだろう。」
「そうかもな。祖国が敗れるのと引き換えに・・・」
自嘲気味に呟くその顔には、諦めの表情が見て取れた。
だが、すぐに気を取り直して本題に入る
「今、この街には千人程の近衛がいる。こいつ等を無力化すれば、不満分子はほぼ一掃出来る。」
「正確な人数と場所は?」
「人数は1021人だ。場所については私にも分からん。同じ近衛にしか知らされていないらしいから、聞き出してみたらどうだ?」
「聞いても答えてくれるとは思えんが・・・」
厳しい訓練を耐え抜き、トップの座に付いた実力者達である。
拷問で口を割るとは思えない。
「まあ、その辺は頑張ってくれ。それで、カエルム殿は?」
「此処へ向かっている最中だ。俺達が皇城を制圧したら、街を制圧する手筈だ。」
「指揮系統を真っ先に寸断して、一気に制圧か・・・やられたく無いな。」
「ハハハ、こんなマネされたら、どんなに強力な軍もイチコロだな。」
一通りの打ち合わせを終えると、スぺキアは帰って行った。
・・・ ・・・ ・・・
暁帝国 東京
クローネル帝国制圧は、最終段階へと入っていた。
此処では、東郷達が大詰めとなるライマ占領について最終確認を行っていた。
モニターには、ライマの空撮写真が写っている。
「それでは始めます。」
最初に、太田が説明を始める。
「まずは、空軍による制空権確保を行います。街の上空には黒竜が常時警備に当たっており、展開する部隊の障害となります。更に、飛竜基地に対する空爆を実施し、増援が飛び立てない様にします。」
絵に描いた様な航空撃滅戦である。
「民家と間違える様な事は無いか?」
東郷が問う。
「ありません。特殊作戦連隊によって、敵基地の所在は明らかになっております。今回は、JDAMによる精密爆撃を行いますので、流れ弾が民家に当たる心配もありません。」
「・・・よし、分かった。」
「では次に、空爆後について説明します。」
東郷の反応を見て、山形が引き継ぐ。
「空爆によって敵の戦意を挫く事が出来れば良いのですが、残念ながら期待は出来ません。更に、空爆によって市民に大きな動揺が走る事は間違い無く、不用意に市内に侵入した場合、市民に対して発砲せざるを得ない状況が頻発する恐れがあります。」
ライマの人口は約50万人である。
それ程の非戦闘員を殺傷したら、後の関係に致命的な亀裂が入り、兵士達の精神も持たない。
「そこで、申し出のあったカエルム将軍貴下のクーデター軍によって、街の制圧を行って貰います。」
「それで纏まるのか?」
「問題は、皇帝と近衛軍団です。情報によれば、皇帝は相次ぐ敗戦で狂人と化している様です。諫めようとした大臣クラスを、その場で処刑したとの情報もあります。」
東郷は、唖然とする。
「この行為によって人心は急速に離れてはいますが、相変わらず近衛は皇帝に付き従っており、街の制圧には皇帝と近衛の排除が絶対条件となります。」
「どうするんだ?」
「空軍の空爆と同時に、特殊作戦連隊を皇城へ潜入させます。目に付いた近衛を全て排除し、最終的に皇帝を捕らえます。そして、可能ならば偽の降伏宣言を行います。」
あまりにも大胆な作戦に、流石に不安になる。
「ただ、近衛の配置が正確に判明していない為、街を制圧しても相当数が潜伏したままとなる恐れがあります。」
「それ、マズく無いか?」
「恐らく、市民にも犠牲者が出るでしょう。近衛は、皇帝に対する忠誠心が抜きん出ているそうなので、クーデター軍を受け入れる市民も攻撃対象とする恐れがあります。」
テロと何ら変わらない行為を行う恐れがあると言う事である。
「ですが、これは好機です。」
「好機?」
「はい。近衛が下手に動けば動く程、市民の旧体制に対する目線は厳しくなります。そうなれば、我々が主導する新体制への移行がスムーズに進みます。」
「・・・・・・」
民間人の犠牲を前提にした結論である。
東郷は、大きく動揺する。
(いや、必要なのは大きな被害を起こす可能性を潰す事だ。これは、目を瞑るべき問題だ。)
そう自分に言い聞かせ、首肯する。
「分かった、その方針で行こう。それで、戦後処理については?」
「では、説明します。」
今度は、山口が引き継ぐ。
「未だに協議中の項目が多いですが、大まかには次の通りになります。」
一 クローネル帝国は政体を変更し、クローネル共和国となる。
二 クローネル共和国の第一代元首は、暫定的にスぺキアかカエルムとする。
三 クローネル共和国の領土は、覇権主義確立以前の規模に戻す。
四 クローネル帝国の保護国及び属国を独立させ、インシエント大陸連合へ加盟させる。
五 旧クダラ王国領と現クローネル帝国領をインシエント大陸連合の領土として編入し、大規模な国家再編を行う。
六 一~五を実行した後、暁帝国主導の元で大陸の開発を行う。
七 六と同時にスマレースト大陸同盟と同様の取り決め(相互防衛協定の締結、武器輸出等)を行う。
「以上になります。」
「国家再編か・・・かなり混乱しそうだな。」
「そうですね。特に、反クローネル帝国国家からの反発は大きなものとなるでしょう。ですが、クダラ王国の件である程度の理解は得られるものと思われます。」
クダラ王国は、既に事前の取り決め通りに大陸連合各国で分け合う為の協議が行われていた。
だが、国境を接した一部の国が総取りする形となりかけた為、大きな反発も生まれた。
結局、暁帝国の仲介でクローネル帝国が片付くまでは保留となったが、国毎にしこりが残っていた。
「この件を全面に出せば、反発を抑え込む事が出来ます。それでも尚反発する者は、大陸を再び戦乱に巻き込む首謀者として排除すれば良いだけです。」
かなり強引なやり方だが、イサークと言う前例がある以上否定も出来ない。
「それしか無さそうだな。」
度重なる非情なやり取りで、東郷にもある程度の耐性が付いて来ていた。
「ただし、慎重にやれよ?再編した国毎に大きな偏りが出る事だけは絶対に避けろ。」
「御心配無く。地形的な問題から多少の差は出てしまいますが、誤差の範囲で収まります。」
「分かった。万が一にもミスが無い様に、確認だけは怠らないでくれ。」
暁帝国の中枢で、インシエント大陸の一大方針が決定された。
・・・ ・・・ ・・・
クローネル帝国 ライマ
スぺキアは、自室でカエルムと連絡を取っていた。
「頼むぞ。お前達に、祖国の命運が懸かっている。」
『御心配には及びません。必ず成功させます。』
「フッ、頼もしいな。では」
「こんな所で何をやっておいでかな?」
声のした方を振り返ると、近衛兵が構えていた。
「それはこっちの台詞だな。こんな所まで何の用だ?」
スぺキアは、全く動じずに言い返す。
「貴方がスラムで怪しい集団と会っていると小耳に挟みましてね、真相を確かめに来たのですよ。連絡を取っているのは、スラムのお友達ですかな?」
「カエルム殿と連絡を取っている所だ。メリノは制圧されたが、フロンド方面軍がやられた訳では無い。それと、何の冗談かな?私がいつスラムに行ったと?」
内心舌打ちしながらも、淡々と答える。
「しらばっくれるのは止めて戴こう。我々の情報網を甘く見ない事だ。フロンド方面軍は、順調に進撃どころか出撃してすらしていない。それで何故、カエルム殿と連絡を取り合う必要があるので?」
(ちぃっ!)
スぺキアは、自身に死期が迫っている事を悟った。
「では答えよう。この国は、もう終わりだからだ。現実を見ようともせずに怒鳴り散らしてばかりのあの皇帝には、ほとほと愛想が尽きた。」
「貴様ッ!」
近衛兵は、柄に手を伸ばす。
「だが、頭がどんなに無能でも、私は祖国を愛している。祖国を救う為なら、どんな障害だろうと排除して進もう。」
「皇帝陛下が障害だとでも言うのか!?」
「そうだ。そして、そんな皇帝に盲目的に従うお前達も同類だ。敵を正しく評価しないお前達は、邪魔な存在でしか無い。」
「敗北主義者め、蛮族如きに恐れをなすとはな・・・貴様こそ邪魔者だァ!」
ザクッ!
目にも留まらぬ剣戟で、スぺキアの体は切り裂かれた。
スぺキアは、全身を走る激痛にも構わずに笑みを浮かべた。
「もう、遅い・・・準備、は・・・全て、終わ・・・って、いる、からな・・・」
ガッ!
スぺキアの笑みを気味悪く思った近衛兵は、首を刎ねて黙らせた。
そして、通信魔道具を手に取った。
「聞こえているか、裏切り者。我等はこれから蛮族共を返り討ちにする。貴様等の様な烏合の衆には出来ずとも、我等の様な選ばれた精鋭ならば造作も無い事を証明してやる。蛮族共の次は、貴様等だ!」
バキッ
言いたい事を言うと、通信魔道具を踏み潰して立ち去った。
後には、スぺキアの死体だけが残された。
その顔には、感情の無い笑みが浮かんでいた。
祖国の繁栄の為に感情を排除した決断を下してきた男の最後は、祖国を生き永らえさせる為の囮であった。
自分自身でさえ捨て駒にするその様は、最後まで祖国の繁栄を選んだ男の、正しく感情の無い決断であった。
笑って死ぬって、何処かの少佐を思い出しますねぇ・・・




