第四十四話 準列強国の転落5
今回は、交渉回です。
コロネ公国
この国は、インシエント大陸の北西の半島に存在する非常に小さな国家である。
クローネル帝国の元の領土とかなり近かったが、他の敵対国への対応で忙しかった事もあって放置されていた幸運な国家でもある。
クローネル帝国の真の力を知った後に、隷属を誓い保護国となった。
しかし、狭過ぎる国土は支援を受けても大した国力の増強を期待出来ず、少な過ぎる人口は有事の際の兵力としても期待出来ない。
クローネル帝国にとっては、お荷物と言えた。
更に、国土の狭さと人口の少なさが幸いし、宗主国であるクローネル帝国よりも一般国民や国土が裕福である事もクローネル帝国の不満を増長させていた。
そして、クローネル帝国に近いと言う地理的条件から、小国でありながらも攻められないと言う美味しいポジションにいる。
そんなコロネ公国の存在を暁帝国が知ったのは、つい最近の事であった。
首都 テルス
コロネ公国唯一の港湾都市でもあるこの街に、海からの侵入者がやって来た。
「陛下、公王陛下、一大事で御座います!」
「騒がしいぞ、何事だ?」
いつも口やかましい宰相が、いつにも増して騒がしい事に辟易しながら公王 バルサ は尋ねる。
「港を見て下され!信じられない光景で御座います!」
「落ち着かんか!港が何だと言うのだ?」
全く要領を得ない宰相の言葉に、首を傾げる事しか出来ない。
「とにかく、外を見て下され!」
訳の分からないままテラスへ出る。
「全く、外を見たからと言って何かある訳もな・・・」
そこまで言って固まった。
「な、な、な・・・」
バルサの目には、港の沖合で待機する異形の船団が映っていた。
「アレは・・・アレは一体何だね!?」
「不明です。とにかく、刺激しない様に注意を呼び掛ける必要があるかと」
バンッ!
「失礼致します、宰相殿は此方でしょうか!?」
官僚が飛び込んで来る。
「貴様ァ、陛下の御前で何たる無礼を!」
「申し訳御座いません!ですが、緊急事態で御座います!」
「そんな事は分かっておる!あの異形の船団は、この街でなら何処からでも見えるわ!」
「いえ、その船団より使者が訪れて御座います!」
怒鳴り散らしていた宰相が固まる。
「その使者が申すには、会談の場を設けたいとの事で御座いまして・・・」
「・・・解せんな。」
バルサは呟く。
弱肉強食が当たり前なこの世界では、弱小国へ態々交渉を持ち掛ける事はまず無い。
あれ程の船団で押し掛けておいて、交渉を持ち掛ける理由が理解出来ない。
「それで、あの船団は何処の国からやって来たのだ?」
宰相の問いに、官僚は言い辛そうに答える。
「その・・・暁帝国を名乗って御座います。」
「何だと!?」
クローネル帝国を構成する一員として、その名前を知らない筈が無かった。
「益々解せんな・・・」
宰相が顔を赤くする中、バルサは疑問を呈する。
クローネル帝国が暁帝国と敵対している以上、コロネ公国も自動的に暁帝国の敵対国となる。
それならば、攻撃を受けても何ら不思議は無い。
むしろ、取るに足らないと言える程の小国であるコロネ公国は、絶好の獲物であるとすら言える。
「・・・会ってみるか。」
考えても埒が明かず、退ける事も出来ない彼等に他の選択肢は無かった。
応接間
暫く後、此処にはバルサと宰相と数名の官僚がいた。
彼等の正面には、角田を初めとする艦隊の幕僚が揃っている。
挨拶を済ませると、早速本題に入る。
「さて、我が国が貴国と敵対的立場にある事は知っているだろう。何用で来られたのかな?」
バルサが問う。
「我が国とクローネル帝国が交戦状態にあると言う事は、既にご存知だと思われます。そして我々は、クローネル帝国制圧の為の作戦の一環として、不躾ながら貴国に参上致しました。」
(ホウ、随分と礼儀正しいな。だが・・・)
バルサは、角田の態度に感心しつつも、聞き捨てならない一言に神経を尖らせる。
「聞き間違いかな?クローネル帝国制圧と聞こえたが?」
「間違いではありません。我々は、最悪クローネル帝国全土を制圧するつもりで作戦を展開しております。」
「馬鹿な、そんな事が出来る訳が無い。」
宰相が話に割って入るが、バルサがそれを制する。
「失礼だが、我等は貴国の事を何も知らない。あの船を何処で手に入れたのか、或いは造ったのかもな・・・だがそれ以上に分からんのは、何故交渉の場を設けたのかと言う事だ。こう言っては何だが、我が国は弱い。クローネル帝国はともかく、我が国では貴国に敵わん事はよく分かった。ならば、さっさと我が国を潰せば良いだけでは無いのか?」
これは、バルサの賭けであった。
この問い掛けによって、「では、潰しましょう。」となる危険もある。
だが、返答によっては好条件での生き残りに成功する可能性があると踏んだのである。
宰相と官僚達はこの問い掛けに顔を青くしたが、バルサは黙って次の反応を待つ。
「御尤もな疑問と考えます。」
角田は、バルサの意志の強さに感服する。
「では、お答え致します。我が国は、平和を愛しております。平和とは、ただ単に争いが無い事を言うのでは無く、国や人種に関係無く豊かな暮らしを共有出来るものだと考えております。」
バルサ達は、驚きのあまり固まってしまう。
「圧倒的な武力を背景に服従を迫る行為は、その理念に反する蛮行であると考えます。話が通じるならば、話し合いでの解決が最良の手段です。」
「ならば何故、貴国はクローネル帝国と戦っておる!?平和を尊ぶと言うのならば、クローネル帝国とも話し合いで解決すれば良いだけでは無いか!」
宰相が反論するが、角田は慌てずに答える。
「無論、話し合いで解決出来るならばそれに越した事はありません。ですが、それは自身の身を守る手段を放棄する事を意味しません。戦いを嫌うが故に、自国民が強国の搾取に苦しむ状況を許すなどと言う事を認めてはならないのです。」
宰相がさらに言い募ろうとするが、角田はそれを許さない。
「今回は、不本意ながら戦端を開く事となってしまいました。先程も申し上げましたが、平和とは豊かな暮らしを共有出来る事であると考えております。クローネル帝国の行いはそれに反しており、我が国と共に平和を享受していた友好国に対しても牙を向きました。これまでのクローネル帝国の行いを考慮すれば、制圧された各国は飢えに苦しむ毎日を送る事になるでしょう。それを見過ごす訳には行きません。更に、話し合いも通じません。ならば、残された手段は戦うしか無い。我々にとって戦争とは、理不尽な搾取から己を守る為の最終手段なのです。」
「・・・・・・」
バルサ達は、未知の価値観に触れて言葉を失う。
強国ならば、弱小国へ戦争を吹っ掛けて自国を繁栄させる行為は当然の行為に過ぎない。
しかし、暁帝国の考えはその様な常識とは180度異なっている。
だが、バルサは敢えて更に踏み込んだ。
「だとするならば、もし我が国が貴国と友好関係を結びたいと言ったら、受け入れるのか?」
「無論です。友好関係を求める相手を断る理由はありません。」
(決まりだな・・・)
バルサは、角田の即答を聞いて決断した。
「では、貴国は我が国に何を求める?」
宰相達は驚愕してバルサを見るが、バルサは意に介さない。
「此方、我が国の条件になります。」
角田は書状を渡す。
条件は以下の通りである
一 本大陸戦争に於いて、コロネ公国は暁帝国軍の領内無害通行を認める。
二 暁帝国は、大陸戦争終結後にコロネ公国に対して通行料を支払う。(要交渉)
三 一、二の条件を認めるに当たり、コロネ公国はクローネル帝国の保護国から脱退する。
四 三の条件を認めるに当たり、コロネ公国はインシエント大陸連合に加盟し、加盟国及び暁帝国、スマレースト大陸同盟と対等な同盟を結ぶ事とする。
五 一~四の条件を認めるに当たり、コロネ公国は暁帝国との安全保障条約を結ぶ。
六 五の条件を認めるに当たり、コロネ公国は暁帝国軍の領内駐留を認める。
七 六の条件を認めるに当たり、暁帝国はコロネ公国の近代化を行う義務を負う。
この内容に、バルサ達は仰天した。
現体制からの脱退は想定内としても、他国軍の駐留は植民地化と変わらない要求としか思えなかった。
「こんなバカげた要求が認められるか!軍の領内駐留を認めろだと!?出来る訳が無いだろう!」
早速、宰相が怒鳴り出す。
「落ち着いて下さい。これは、我が方にとっても苦渋の決断なのです。」
「いけしゃあしゃあと何を言うか!?我が国を植民地化したいだけではないか!」
「それは誤解です。これは、貴国の安全を守る為の最善の手段なのです。」
「距離の問題か・・・」
宰相が更に怒鳴り出す前に、バルサが呟く。
「その通りです。貴国は、インシエント大陸の西端に位置し、我が国はインシエント大陸の東に位置しております。事が起こってからでは遅いのです。スマレースト大陸も同様にこの問題を抱えており、我が軍の駐留を認めております。」
「ならば何故、大陸同盟諸国には軍を駐留しておらんのだ!?」
「すぐそこに昭南島があるからです。事が起きても十分間に合う距離にあり、豊富な戦力が常駐しております。」
話を聞いたバルサは、長考に入る。
そして、一つの疑問が浮かんだ。
「一つ聞きたい。これ等の条件は、貴国がクローネル帝国に勝つ事を前提としている。だとすれば、貴国が勝たなければ我が国の息の根は止まる。確実に勝てると言う保証はあるのか?」
「御心配には及びません。」
角田の自信満々の言葉に、宰相は胡散臭い物を見る目を向ける。
「既に我が軍は、敵の主力を粉砕してクローネル帝国領内に深く食い込んでおります。更に我が艦隊も、先立って敵の主力艦隊を殲滅したばかりです。」
「な・・・!」
驚愕の一言が場を支配する。
「我々が貴国を訪れたのは、消化試合となりつつあるこの戦争の早期終結を図る為です。いくら戦況が圧倒的に推移しているとは言え、戦闘は可能な限り避けなければなりません。」
絶句するしか無いバルサ達。
(だとすれば、選択の余地は無い。)
クローネル帝国に勝つと言う前提が成り立つ以上、暁帝国が提示する条件はこの上無く良いものである。
バルサは決断した。
「分かった。我が国は、貴国の条件を呑もう。」
「!?」
「ご理解頂き、感謝致します。」
角田は頭を下げた。
「陛下、お待ち下さい!」
声を上げたのは、またしても宰相である。
「陛下、些か性急過ぎます!この者達の言う戦況など、でっち上げに決まっております!軽挙妄動はお止め下さい!」
「宰相、ならば何故この者達は此処にいるのだ?」
「は?」
「クローネル帝国は、敵軍を此処まで近付ける程間抜けでは無い。艦隊を撃破しなければ、我が国には近付く事も出来んのだぞ?」
宰相は黙るしか無かった。
「クローネル帝国が敗北していると言うのは真実と見て良いだろう。そして暁帝国は、本来ならば虫けらの様に踏み潰されている我が国に対し、会談の場を設ける程の理性的な国だと言う事も分かった。充分では無いか。これ以上の高望みは、己を滅ぼす事となる。」
コロネ公国は、暁帝国の条件を承諾した。
こうして、海兵隊の無血上陸が可能となった。
上陸した海兵隊は、現地住民とぶつかる事も無くコロネ公国領を抜け、クローネル帝国へ殺到した。
暁帝国の力を目にした宰相は、自身の判断の甘さを思い知り、恐れ慄いて引き籠もりがちとなった。
・・・ ・・・ ・・・
「よし、準備は整った。」
カエルムが言う。
「分かりました。ライマには、既に我が軍の情報要員が潜伏しております。可能であれば、連携を取って戴ければスムーズに行くでしょう。」
「分かった、スぺキア殿に連絡しよう。その情報要員の潜伏先について教えて貰えるか?」
「分かりました。」
カエルムはいくつかのやり取りを終えた後、配下の兵と共に暁帝国のトラックに乗り、ライマを目指す。
クーデターを始める為に。
・・・ ・・・ ・・・
クローネル帝国 ライマ
皇城の大会議室には、この国の重役達が集まっていた。
開戦以来、此処へ集まって来る報告は敗北の報せばかりである。
業を煮やしたトライヌスは、現状の打開を図る為に全家臣を招集した。
トライヌスは不機嫌さを隠そうともせず、他の者達の顔色も悪い。
唯一様子が違うのは、スぺキアだけである。
後に<覇権国家の末路>と呼ばれる、クローネル帝国最後の対策会議が始まった。
次回、大陸戦争は終焉に向かいます。




