第四十話 準列強国の転落
大陸戦争が再開しました。
これって、フィンランドで言う継続戦争みたいなものかな?
パルンド王国 国境砦
クローネル帝国軍撤退後、この砦は暁帝国軍工兵隊によって再建されていた。
いや、再建と言うよりは全面的な作り直しと言った方が良いだろう。
かつて、立派な石造りであったこの砦は、塹壕と鉄条網とコンクリート製のトーチカを張り巡らせた、無骨な近代的防衛線と化していた。
此処では、暁帝国軍第一師団とパルンド王国軍第一軍団、計2万の兵力が集結している。
「この程度の陣地で、本当に防ぎ切れるのか?」
塹壕戦を知らないパルンド王国側の武官達は、その見た目のみすぼらしさに暁帝国が建設資材をケチったのでは無いかと勘繰っていた。
「藍原将軍、本当に大丈夫なのですか?」
「補給が滞り無く進めば、何の問題もありません。」
藍原の回答に、武官達はムッとする。
此処でのパルンド王国軍の仕事は、主に補給と残敵掃討となっている。
先の戦いから、クローネル帝国軍には全く敵わない事が判明したからこその役割ではあるが、現場に立つ者がそれで納得するかどうかは別問題であった。
第一軍団は、これまで暁帝国と直接会った事が無い。
更に、近衛に次ぐ精鋭である事からプライドも高く、未だに暁帝国に対する旧来の偏見を持ったままである
加えて、初めて見る塹壕に対する不安と前線に立てない不満から、藍原に対してしつこく不安を口にしていた。
あまりのしつこさに、日頃丁寧な態度を崩さない藍原でさえ、素っ気ない返事をする様になる程である。
相手の心証を悪くする事は間違い無いが、塹壕戦について懇切丁寧に説明しても一向に態度が改まらないのだから、打つ手無しと判断されて放置されているのである。
(クッ、他国の軍人が我が国でデカい顔をするとは・・・!)
連合結成からまだ日が経っておらず、こうした状況に馴染むにはまだ時間を要していた。
・・・ ・・・ ・・・
首都 ピルスカ
「クローネル帝国が動き出した様です。」
派遣軍総司令官となっている田中大将は、面会している国王へ報告する。
「何と・・・して、敵の規模はどの程度のものですかな?」
国王は、落ち着いた様子で尋ねる。
「偵察機からの情報によりますと、兵力は60万を越えている様です。」
「ろ・・・」
国王は絶句した。
旧クダラ王国よりは少ないが、あの様な烏合の衆とは訳が違う。
「た、田中殿、それ程の大兵力を相手にして、貴軍は勝利出来ると?」
準列強国の本気に、国王は恐れ慄いた。
「御心配無く。全て返り討ちに出来ます。」
「そ、それは心強い。」
自信満々の断言に少し安心感が漂うが、完全に不安が払拭された訳では無い。
「陛下、今は吉報を待ちましょう。それよりも、問題は敵の撃退後です。」
田中は、話題を変える。
「ふむ・・・確か貴軍は、敵軍を撃退後にそのまま攻勢に出られるのでしたな?」
「その通りです。しかし、我が軍はその戦闘力を維持する為には、何処よりも盤石な補給体制を維持しなければなりません。更に、我が派遣軍の兵力だけでは、広大なクローネル帝国の占領維持が極めて困難となります。」
「つまり、貴軍が戦い続けられるかどうかは、我が国を含む大陸連合の協力に懸かっていると言う事ですな?」
「その通りです。」
田中は、笑顔で答える。
(此度の戦いは、殆ど後方支援になりそうだな。将軍達が煩くなるな、これは・・・)
国王は、今も第一軍と行動を共にしているエリート達を思い浮かべ、憂鬱な気分になる。
「田中殿、貴軍の背中は我々がお守りする。安心して進んで下され。」
「感謝致します。」
(全ては、国境砦の戦いに懸かっている。此処で圧勝してくれれば、将軍達も黙るだろう。)
暁帝国との連携を重視する国王は、暁帝国軍が国境砦で敵を完膚無きまでに叩き潰す事を祈った。
・・・ ・・・ ・・・
クローネル帝国軍
「間も無く、国境に差し掛かります。」
「此処までは何も無しか・・・」
ハデリウスは、国境線まで見渡せる高台を登りながら呟く。
「先の攻勢で、奴等も余力が無いのでしょう。」
副官が、楽観的な発言をする。
「まあ、そうだろうな。」
南部方面軍が焦土作戦を行った事を把握していた為、ハデリウスも同意する。
そうこうしていると、高台の頂上へ到着した。
「何だアレは?」
「奴等、相当に参っている様ですな。」
彼等が目にしたのは、かつての国境砦の跡と塹壕と鉄条網とトーチカである。
その見た目から、砦の一つも建てられない程に疲弊し切ってしまっていると判断する。
「あんなモノで我が軍を止めようとは、御笑い種ですな。」
副官は失笑した。
「そうだな。だが、堀の前に設置されている仕切りはいいアイディアだ。」
ハデリウスは、鉄条網を指差す。
「短時間で用意出来る上に、特に騎兵を抑えるのに効果がありそうだ。」
「では、今回は騎兵は前に出さない方針で?」
「そうだ。追撃戦に入るまでは後方に下げておく。」
その後も、目に見える範囲で敵についての分析が行われ、その分析に基づいて部隊を展開した。
暁帝国軍
「敵の展開が完了した模様!正面兵力、約15万!」
「魔導砲、射撃準備に入りました!計200門を確認!」
「高射連隊より報告、レーダーで飛竜の接近を探知!数、50を超過!」
次々と入る報告に、武官達は顔面蒼白となっていた。
「あ、藍原殿、とても勝ち目はありません・・・!」
口々に敗北を悟った発言をする。
「ハァ・・・では、今からでも逃げますか?」
「な、何たる暴言!貴方は、目の前の現実が見えていないのか!?」
藍原の挑発的な言動に、激昂する武官達。
「確かな事は、此処で敵を食い止めなければ、先の戦禍よりも悲惨な光景が各所で再現されると言う事です。我々は、それを防ぐ為に此処にいるのでは?」
「・・・グッ・・・」
戦う目的を忘れていた彼等は痛い所を指摘され、言葉に詰まる。
「司令官、戦闘準備完了しました。」
「よし、直ちに攻撃を開始する。」
藍原は、武官達をその場に置いて司令部へ戻る。
彼等は、その様子を後ろから睨む。
「奴等の様な一般兵如きが、我々精鋭部隊の者より大きな顔をしているとは許せんな・・・」
「何、すぐに泣き着いて来ますよ。戦力差も分からない愚か者ですから。」
「我等は、魔術も扱えない哀れな弱兵の足掻きを、此処でゆっくり見物しましょう。」
国境砦後方 砲兵隊陣地
国境砦から10キロ後方に、FH-70を元にした一式榴弾砲を装備した第一砲兵連隊が布陣していた。
『砲撃命令受領 距離12キロ 弾種、榴弾 照準合わせ!』
指示に従い、一斉に動く火砲。
『砲撃よぉーーい・・・撃て!』
ドッオォォォォーーーーーン
砲撃音の後、静寂に包まれる。
『だんちゃーーーく・・・今!』
遅れて、着弾音が聞こえて来る。
『初弾命中 効力射、始め!』
ドッオォォォォーーーーーン
何度か同じ光景が繰り返される。
『最終弾、砲撃よぉーーい・・・撃て!』
ドッオォォォォーーーーーン
『最終弾、だんちゃーーーく・・・今!』
『命中 撃ち方、待て!』
第一撃が、淡々と終わった。
国境砦
「な・・・な、何が、起きた、のだ・・・」
武官達は、開いた口が塞がらなかった。
上空から甲高い音が聞こえたかと思うと次の瞬間、展開していた敵軍が突然吹き上がった巨大な爆炎に呑み込まれてしまった。
儀式魔術であっても、これ程の惨状を引き起こすモノは存在しない。
「暁帝国には、魔術が存在しないのでは無かったのか!?」
目の前の光景を見ると、嘘としか思えない。
地面は真っ黒に変色し、そこかしこで中途半端に生き延びた敵兵の苦しむ様子が見える。
そこに、彼等が想像する誇り高い戦いの様相など無く、ただ効率的に耕される栄光とは無縁の惨状が広がっていた。
クローネル帝国軍
ハデリウスは、立ち尽くしていた。
いや、彼だけでは無く全員が固まっていた。
「!・・・いかん、兵を退かせろ!」
我に返ったハデリウスは、慌てて指示を飛ばす。
クローネル帝国軍は、砦から10キロ下がった。
夜、陣地を築いたクローネル帝国軍の中心の天幕で、会議が開かれていた。
「集計した所、我が軍の被害は 死傷者9万9千名 魔導砲105門 となりました。」
重苦しい空気に包まれる。
「あれは、一体何だったのだ?」
幕僚の一人が言う。
「それが分かれば苦労は無い。」
「そもそも、敵の攻撃なのかも不明だ。」
「新たな儀式魔術では?」
議論が続くが、結論は出ない。
ハデリウスが手を挙げると、議論を続けていた全員が静まり返った。
「いくら議論をしても結論は出ない。だが察するに、あの攻撃は陸上部隊の攻撃を目的としていると考えていいだろうな。」
ハデリウスは、突撃寸前まで行った竜騎兵に被害が出ていない事からそう結論付けた。
「ならば、次は竜騎兵を核とした攻勢を行う。」
この決断に、多くの者がが動揺した。
「だ、団長殿、マキシマス将軍指揮下の竜騎兵軍団が既に敗北しているのですぞ!」
彼等を最も慄かせていたのは、不敗を誇る竜騎兵軍団が全滅していた事である。
だからこそ、失敗の危険が高いと思われる方法に反対する。
「分かってる。そこで、未明の出撃とする。夜間の出撃は不可能だが、日の出直前の明るさがあれば十分可能だろう。」
航空機と違い生物である飛竜は、視界の悪い夜間の離着陸がほぼ出来ない。
飛竜が夜間飛行するのは、余程の緊急事態と言う事である。
「明後日の未明に再度攻撃する。準備に掛かれ。」
クローネル帝国軍の陣地は、慌ただしく動き始める。
・・・ ・・・ ・・・
クローネル帝国 メリノ
「始まりました・・・」
重々しく呟いたのは、カエルムである。
此処には現在、カエルムとスぺキア以外にも多数の士官がいる。
彼等は、停戦派の軍人達である。
「更に、我が軍にも艦隊の動きに呼応して攻勢を開始せよとの事です。」
今回の攻勢には、神聖ジェイスティス教皇国から返還された艦隊がフロンド方面へ投入される事となっている。
それにより、フロンド共和国を海と陸から挟み撃ちにしようと言う事である。
「いくら数を増やしても無駄だ。死地と分かっていながら、部下を送り込む真似は出来ん。」
若手士官の一人が、忌々しそうに呟いた。
「その通りだ!」
「カエルム様、無視するべきです!」
他の士官も、口々に騒ぎ出す。
「諸君、落ち着き給え。」
スぺキアが諫めに掛かる。
「私もカエルム殿も、君達と同意見だ。攻勢には出ない。」
安堵する一同。
「我々が此処に集まっている理由は分かっているだろう。私は、ライマに戻って虚偽の報告を行い時間を稼ぐ。その隙に君達は準備を進めてくれ。」
ガタッ ガタッ ガタッ
全員が立ち上がり、スぺキアへ敬礼する。
スぺキアは敬礼を返した後、自身の仕事場へと戻って行った。
補足
陸戦兵力の定員を以下の通りにします。
暁帝国
一個師団 約1万5000名
一個旅団 約6000名
一個海兵師団 約1万2000名
大陸同盟・大陸連合
一個軍団 5000~6000名




