第三十六話 消えない火種
クローネル帝国の大陸統一って、ピュロスの勝利だと思う。
クローネル帝国 ライマ
「諸君、私は非常に不愉快だ。」
トライヌスが、静かに語り出す。
「このインシエント大陸に於いて、我が国に歯向かう蛮族がいるだけでも我慢ならんと言うのに、その蛮族に大敗した愚か者いると言うでは無いか!」
トライヌスの声は、どんどん大きくなって行く。
「軍は、一体何をしておる!?高の知れた蛮族の軍勢如きに後れを取るとは何事だ!?」
全員が震え上がる。
トライヌスが機嫌を損ねる事は、これまでに何度もあった。
だが、此処まで怒り狂った事はかつて無い。
クダラ王国の軍事行動に端を発したこの騒動は、<インシエント大陸戦争>と命名された。
クダラ王国の突然の侵攻により、インシエント大陸連合は大いに混乱した。
隣国は国境の突破を許し、急激に被害を拡大してしまう。
直ちに各国が援軍を準備するが、その動きに乗じてクローネル帝国が大規模な侵攻を開始した。
標的となったのは、フロンド共和国とパルンド王国である。
完全に不意を突かれたパルンド王国は、国土の七割を占領されて首都目前まで侵入を許した。
フロンド共和国も、これまで以上に兵力の多いクローネル帝国軍に苦戦を強いられた。
ところが、優勢と思われたクローネル帝国は大敗を喫した。
その背景に暁帝国の存在がある事は、この時点であまりど知られていない。
一応、暁帝国の存在自体は知られていたが、大陸連合諸国の要人を除き「大した事は無い。」と眼中にも無かったのである。
パルンド王国では、南部方面軍を除いた部隊がほぼ全滅して敗走した。
それを受け、鹵獲された銃火器によって強化されたフロンド共和国軍を攻めあぐねていたフロンド方面軍も撤退した。
クダラ王国は、更に悲惨であった。
兵力だけで見れば、クローネル帝国の投入兵力よりも多かったにも関わらず、指揮系統が貧弱なせいで侵攻は上手く行かず、反撃を受けて逃亡してばかりであった。
業を煮やした国王キメイダは、根こそぎ動員を行い事態の打開を図ろうと画策した。
しかし、全ての国民が戦闘員と見做され、暁帝国軍による全土の空爆を誘発する事態となる。
空爆により、クダラ王国のあらゆる街は首都を含む全てが焦土と化した。
この爆撃によって抵抗力が完全に削がれ、侵攻していた筈の隣国から逆侵攻される事態となってしまう。
そのまま大陸連合にされるがままとなり、キメイダが行方不明となった事も相まってクダラ王国は国としての体を成さなくなり、滅亡へ向けてまっしぐらとなっていた。
こうして、インシエント大陸連合が勝利したが、トライヌスはその流れを認めようとはしなかった。
「蛮族共に敗北した役立たずは何処だ!?」
マキシマスとカエルムの事である。
「御二人共、行方が知れません。恐らく、戦死されたのでしょう。」
副総司令官のスぺキアが答える。
パルンド方面軍は、上級指揮官の殆どが行方知れずとなっていた。
それ以外の被害も非常に大きく、生還したのは総兵力25万人中5万人弱であった。
フロンド方面軍は、無事な者が多かったがスぺキアが匿っており、表向きは戦死扱いとなっている。
生還者は、総兵力11万人中9万人程である。
「無能共め・・・」
不満の捌け口を失い、呟く事しか出来ない。
「それで、この損失の埋め合わせはどうするつもりだ?」
トライヌスは、総司令官を睨む。
「そ、それは・・・」
総司令官は、答えに窮する。
「陛下、近衛軍団を動かしては頂けないでしょうか?」
スぺキアの進言に、全員が衝撃を受ける。
近衛軍団は、皇帝の守護を第一の目的としている。
その皇帝を放置して敵に当てるなど、本末転倒もいい所である。
「スぺキア殿、御自分の言っている事がどう言う意味を持っているのか分かっているのか!?」
声を上げたのは、近衛軍団長の ハデリウス である。
彼は、家柄は良くないが努力家であり、先代皇帝に気に入られて近衛軍団へ入隊出来た。
それ故、皇帝に対する忠誠心は誰よりも強く努力も怠らなかった為、今代で遂に軍団長に就任した。
その実力は誰もが認める所だが、家柄の関係で無作法な所があり、言葉遣いによく表れている。
「我が近衛軍団の第一の任務は、皇帝陛下の守護にある事は貴方も知っているだろう。第一、近衛の指揮権は軍には無い。越権行為は止めて頂きたい。」
「そんな事は分かっている。だからこそ、皇帝陛下に進言申し上げているのだ。」
一触即発の空気となる。
近衛と軍の仲は、お世辞にも良いとは言えない。
近衛からすれば、軍は実力の劣る数だけの烏合の衆である。
対して軍から見れば、近衛は後方でふんぞり返っているだけの机上のエリートに過ぎない。
命令系統が異なる事もあり、互いを敵視する理由としては十分である。
更に、軍が国を守る事を目的としているのに対し、近衛は皇帝の守護を目的としている。
この認識の違いも、相互の対立を助長していた。
「スぺキアよ、分かった。近衛を出そう。」
「な・・・!」
「感謝の極み。」
スぺキアは、内心ほくそ笑んだ。
これで、目論んでいる近衛の排除を実現出来ると考えたからである。
しかし、皇帝の次の言葉でその目論見は破綻する。
「とは言え、近衛だけでは数が少ない。軍は、近衛の指揮下に入って貰う。」
スぺキアは驚愕し、ハデリウスも困惑する。
「へ、陛下、それは・・・」
「先の戦いで、あれ程の大失態を犯しておきながら異を唱えるのか?」
こう言われてしまっては、黙る以外に無かった。
実は、トライヌスも近衛と軍の対立には密かに頭を悩ませていたのである。
両者の指揮系統を一つに纏めて運用する事を考えていたが、その場合自身に絶対の忠誠を誓う近衛が上に立つ方が都合が良い。
そして、今回の大敗北である。
軍の信用は地に落ち、近衛を上に立たせるには絶好の機会となっていた。
「これより先は、近衛が指揮を執る。異存はあるまいな?」
「・・・畏まりました。」
(この違和感は何だ?皇帝の自信は、ただの過信では無い。何か、決定的な何かを握っている気がする。)
様々な思惑が絡み合いながらも、皇帝の元で継戦が決定された。
暫く後、
「フゥ・・・ひとまず、問題の一つを解決出来る目途が立った。」
誰もいなくなった皇帝の間で、トライヌスは一息吐く。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ
気を抜いていると、荘厳な皇帝の間の扉が重々しく開いた。
「失礼致します。」
現れたのは、エルフ族の魔導士である。
「急にどうした?」
「申し訳御座いません。ですが、急ぎお伝えする事が御座いまして・・・」
トライヌスは、また凶報を持って来たかと身構える。
「遂に、完成致しました。」
魔導士は、小さな筒状の物体を取り出した。
「おお、遂に出来たか!これが<魔力ケース>か・・・よくやってくれた!」
地球人が触れば、プラスチックの様な感触だと思うだろう。
魔力ケースとは、各属性毎に魔力を封入出来る魔道具である。
同サイズの魔石よりも、多くの魔力を入れる事が可能である。
ただし、魔力ケースへ魔力を入れるには専用の装置が必要となる。
その装置へ魔力を供給し、セットした魔力ケースへ魔力を供給する事で準備が完了する。
手間は掛かるが魔石よりも安定感に優れ、いずれはより高度な魔道具の作成へ繋がる事が期待される。
「この魔力ケースを使用すれば、これまでよりも強力な魔導銃を開発可能で御座います。更に、面倒な魔石の交換も必要としません。戦闘効率は大幅に上がるでしょう。」
要するに、魔力ケースを薬莢に近い使い方をしようとしているのである。
「素晴らしい!早速開発を始めてくれ!」
トライヌスが太鼓判を押すが、魔導士は浮かない顔をする。
「既に、設計はほぼ完了しております。ですが・・・」
「どうした?」
「この新型は、旧来の魔導銃と比較して三倍近いコストが掛かる事が判明致しました。現在、量産体制から見直しを行っておりますが、それでも倍以上はするかと思われます。」
あまりの高値に一瞬言葉を失うが、すぐに気を取り直す。
「心配は要らん。このまま開発を続けて、近衛に配備してくれ。量産の為の財源は準備してある。」
「な、何ですと!?」
驚くのも無理は無かった。
彼も、帝国の財政がどれ程切迫しているかはよく知っているのである。
「驚くのも無理は無いが、今は魔導銃の完成に全力を注いでくれ。」
「は、ハッ!」
困惑したまま返事をすると、すぐに銃の試作に取り掛かるべく来た道を戻って行った。
「どの様にして財源を確保したかは、今の所は知られる訳には行かんからな・・・」
再び誰もいなくなった皇帝の間で、トライヌスは大きく息を吐く。
・・・ ・・・ ・・・
北方都市 メリノ
フロンド方面軍の司令部が置かれているこの街に、スぺキアの姿があった。
街の中でも貧民が住む一角に入り、誰も見ていない事を確認してから家屋へ入る。
中へ入ると椅子に座り、突然取り乱す。
「最悪だ!最悪な事になった!」
普段のスぺキアからは想像も出来ない程の乱れ様である。
「落ち着いて下され、喚くだけでは事態は好転しません。」
奥からカエルムが顔を出すが、まるで動じる様子が無い。
「これが落ち着いていられるか!何で我等が、近衛の風下に置かれねばならん!?」
「近衛の風下!?一体何の話を・・・」
スぺキアは、ライマでの一件を話す。
「な、何と言う事を・・・!」
これには、カエルムと言えども大きく取り乱した。
「これでは、我が国もクダラ王国と同じ末路を辿りかねん。」
現在、クダラ王国は全土が焦土と化し、大陸連合によって急激に人口を減らしている。
最早、国とは呼べない悲惨な状況であり、その二の舞となる事を想像した二人は血の気を失った。
「と、とにかく、打開策を考えましょう。」
「ああ、何としても我が祖国を守らねば。」
彼等と部下の協力の元、祖国の存亡を賭けた大博打の準備が進んで行く。
・・・ ・・・ ・・・
暁帝国 佐世保
インシエント大陸から帰って来た輸送艦が入港した。
その輸送艦には、二人のゲストが乗艦していた。
輸送艦を降りると、厳重な警備の中を移動する。
警備と言っても二人を守る為では無く、二人を逃がさない為の警備である。
港を出ると、用意された車に乗る。
窓には鉄格子が填められており、二人が要人などでは無い事を証明している。
窓から見える佐世保の街並みに、二人は驚嘆する。
(こ、これは・・・!俺は、こんな国を敵に回してしまったのか・・・)
(何なんだこれは!?蛮族如きがこんなモノを造ったと言うのか!?クソッ、愚民共が・・・大人しく私に従っていれば、この街も私のモノになったと言うのに・・・!)
一人は後悔の念に苛まれ、もう一人は見当違いの憎悪を吐く。
やがて、目的地へ到着した。
「キメイダ イサーク 両名を引き渡します!」
「御苦労、後は此方で引き継ぐ。」
インシエント大陸を戦乱に巻き込んだ二人の男は歴史の表舞台から消え、審判の時を待つ。
もうそろそろ他の大陸を描きたいですが、まだ続きます。




