第三十一話 大陸動乱3
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ここまでになるとは
パルンド王国 国境砦
此処は、クローネル帝国との国境線付近に設置されている国境砦である。
「あー、俺も行きたかったなー。」
「文句言うな!俺達の仕事も大事なものだぞ!」
「それはそうだけどさー・・・」
見張り達が話しているのは、クダラ王国についてである。
クローネル帝国と国境を接しているこの国も、対クダラ王国の為に軍を派遣している。
総兵力80万人と言う物量は、それ程までに大きな衝撃を与えていたのである。
同時に、これまで溜まりに溜まっていたクダラ王国に対する不満が爆発したと言う事でもあった。
流石に「クローネル帝国と国境を接してるんだから、此処は自重してくれ。」と言う声が方々から出てはいた。
しかし、「クローネル帝国は、ハンカン王国滅亡と連合結成で混乱しているから大丈夫。それよりも、クダラ王国との騒動が収まらない内に奴等が態勢を整える方が怖い。時間が経てば経つ程、そのリスクが高まる。動くのは今しか無い。」と言い張るばかりであった。
暁帝国とフロンド共和国以外は、クダラ王国を攻撃したがる気持ちが分かる事もあり、あまり強くは出られずに押し切られてしまっていた。
押し切られていない両国にしても、所詮はタダの強力な一国家に過ぎず、強制的に制止させる程の影響力は持ち併せていない。
いくら口で言おうとも、聞く耳を持たれる事は無かったのである。
「全く、いくらこっちも重要だからって、何も無い景色を眺め続けるのはキツイぜ。」
「だから文句言うなって・・・ん?何だアレ?」
見張りは、遠くの違和感に気付く。
「どうした?」
「いや、アレは何だ?」
「アレ?」
目を凝らすと、そこに絶望的な光景が広がっていた。
「そんな・・・クローネル帝国軍だ!」
ブォォォーーーーーー・・・・
アラートである角笛の音が響き渡り、砦にいる兵士達が配置に着いた。
ザッザッザッザッザッザッ
近付く毎に、クローネル帝国軍の足音が大きくなる。
その音は戦乱が近付いている事を意味し、誰もが恐怖で体を震わせる。
ただの塊に見えていた戦列は、いつの間にか一人ひとりを目視出来る程に近付いていた。
「何だアレは?」
「変なモノを持ってるな。」
「先端に刃が付いてる。槍みたいだが、随分歪だな。」
暁帝国の人間が見れば、それが銃である事が一目で分かっただろう。
しかし、銃を持っている国は準列強国以上ばかりであり、それ以外は銃の存在そのものを知らない国が多い。
そのお陰もあり、銃を持ちながらも鎧が有効に使えると言う奇妙な事態となっている。
銃を装備した、奇麗な戦列が行進を続ける。
その後方からは、馬によって牽引された魔導砲も付いて来る。
戦列は、矢が届くか届かないかの距離で停止した。
魔導砲は、約1.2キロの距離で砲撃準備を開始する。
「奴等、何がしたいんだ?」
隊長は、困惑する。
(魔導砲の射程は、確か900m程度だった筈だ。だが、明らかに此処から1キロ以上離れた位置で構えている。そして、あの歩兵の装備・・・)
帝国が輸出した魔導砲がモンキーモデルとしているのは、本当の性能を欺瞞する意味もある。
大陸連合の各国は、その欺瞞情報に見事に引っ掛かっていた。
暁帝国が本当の性能を伝えてはいたが、各国も独自に情報収集を行っており、その情報を信じる者も多かったせいで全体の情報共有は上手く行っていなかった。
そして、歩兵が持っている銃は魔石を利用したマスケットに近いものである。
前装式を採用しており、底部に火の魔石を設置している。
この魔石が装薬の代わりであり、魔力を注ぎ込んで衝撃を与えて爆発と同じ現象を引き起こす。
この世界に火薬は存在しないが、火薬と違い同じ魔石を複数回使い回せる為、装填の手間が地球の物より少し楽となっている。
ただし、密閉空間で強い圧力を連続して受ける事となる為、定期的な魔石の取り換えが必要である。
銃身も、魔石を利用している。
世間一般では、魔道具以上の存在価値を持たない魔石だが、極一部ではこの魔石の精製技術が存在し、鉄と同等かそれ以上の強度や耐久性を持たせた素材へ昇華させる技術を持つ。
これは、製鉄技術が未熟だからこそ採用された技術である。
これも、準列強国以上の国しか持たない技術であり、その国の中でも一部の者しか知らない最高機密である。
「よし、準備は全て整った。」
そう呟いたのは、パルンド方面軍司令官の マキシマス である。
非常に慎重な性格をしており、決まって補給や事前準備を念入りに行ってから攻撃を行う。
その様子は、<マキシマス方式>と呼ばれる程に徹底したものであり、非常に効果的だが実行には高度な計算と統率力が必要でもある為、マキシマス以外にやろうとした者は結局上手く行かずに作戦の遅延を招いてしまっていた。
「攻撃開始!」
マキシマスが叫ぶと、砲撃が始まった。
轟音が響く度に砦の一部が瓦礫と化して宙を舞い、耐久限界を超えた箇所が周囲の兵士を巻き添えにしつつ崩落する。
彼等は砦の弓兵の射程外にいる為、一切の反撃を受けず一方的に破壊の限りを尽くした。
「隊長、被害甚大です!此処は退くべきです!」
副官が意見具申する。
戦術的に見れば、副官の意見は最善であった。
彼等の目の前には、砲撃を受けてバラバラとなった体の一部や砦の瓦礫が散乱しており、こんな状態で戦闘を続ける事など出来る筈が無い。
しかし、撤退した後に各地で起こるであろう悲劇を想像した隊長は逡巡する。
「敵歩兵、前進を開始!」
見張り台にいた兵士が叫ぶ。
♪~♪~♪~
ザッザッザッザッザッザッ
軍楽隊の音楽と、それに合わせた規則的な足音が聞こえて来る。
本能的に恐怖を掻き立てるそれ等の音に、全員が硬直した。
「停まれー!」
戦列の中央にいる士官が叫ぶと、一子乱れぬ動きで綺麗に行進が止まり、同時に音楽も止まる。
砦の生存者は恐怖が和らぐのを感じたが、本当の恐怖は此処からであった。
「構えー!」
再度士官が叫ぶと、一斉に銃が正面へ向けられる。
「撃てー!」
ダダダダダダダダダダダ
轟音が鳴り響くと同時に、戦列が煙に包まれる。
「ウグッ!」
「グアッ!」
敵の行動の意味を図りかねていると、突然周囲の兵士が血を吹き出して倒れた。
見ると鎧に穴が開いており、敵の攻撃によって貫通したと理解するのに時間は掛からなかった。
「ッ、撤退だ!急げ!」
碌な抵抗も出来ないと悟った隊長は、決断した。
此処で無駄死にするよりは、再起を図る機会を得る選択をした方が良いと判断しての決断である。
だが、これが地獄の始まりでもあった。
敵へ背を向ける撤退が、最も多くの被害を受ける時である。
「蛮族共め、逃がさんぞ!」
後方から、騎兵が容赦無く追撃に掛かる。
この追撃により殆どの生存者が狩られてしまい、国境砦の戦力は全滅状態となった。
だが、隊長を含む極僅かな生存者がおり、敵軍の情報を持ち帰る事に成功した。
しかしながら、パルンド王国にはその情報を活かせるだけの力は存在せず、その後も一方的な蹂躙を許す事となったのである。
・・・ ・・・ ・・・
フロンド方面軍
「先が思いやられる・・・」
そんな愚痴を言っているのは、カエルムである。
彼等は、フロンド領へ入って早速奇襲攻撃を受けてしまったのである。
フロンド共和国の立地は、鎌倉の様に山と海に囲まれている。
陸路で進むには、山越えをするしか無い。
しかし、一応道が整備されているとは言え、険しい山の間を縫う様にして造られた狭い道しか無く、大軍を進めるのに向かない。
その道中のあらゆる場所で待ち伏せ用の隠れ家(大半は洞穴の様なモノ)が設置されており、第一の隠れ家からの奇襲を受けてしまったのである。
「カエルム様、如何致しますか?」
副官が尋ねる。
「進軍するしかあるまい。被害が大きくなるのは、この際目を瞑ろう。何処から攻撃を受けようとも数で押し切る。」
そして、進軍を再開を命じた。
本音を言えば、カエルムは今回の開戦に断固反対である。
国内問題が深刻な事に加え、暁帝国の介入を恐れているのである。
ハンカン王国の滅亡によって暁帝国の情報収集を始めたカエルムだが、当初は「大国の中でも突出した力を持つ国の様だ。」と言う認識に過ぎなかった。
しかし、情報が集まれば集まる程、恐怖に支配されて行く事となった。
鉄で出来た巨大船、百発百中の精度を持つ魔導砲、黒竜を圧倒する性能を持つ鉄の飛竜、どうやって倒せば良いかも分からない鉄の馬車・・・
あまりにも圧倒的で荒唐無稽な情報が次から次へと上がって来た為、流石のカエルムも「諜報員が狂ったか?」と本気で思う程であった。
だが、上がって来た情報を精査すると事実らしいと言う結論しか出ず、開戦は命取りにしかならないと考え、更なる情報収集を行おうとした。
しかし、このタイミングで開戦が正式決定してしまい、開戦を回避する機会を失ってしまったのである。
ただし、情報収集自体は継続している為、入って来た情報を元に上手く立ち回ろうと考えていた。
「それにしても、これ程の兵力を回してくれるとは・・・総司令部は、漸く我々の働きを正当に評価してくれた様ですな。」
副官は、今回の戦いを大分楽観視していた。
実際、これまでは<軍の流刑地>と言われる程にフロンド方面軍の扱いは悪かった(現地軍の主観)。
敵の実力に対して少な過ぎる兵力(それでもかなり多い)と少ない予算でやりくりしており、「これでは、敵の突破を許しかねない。」と何度も具申する程であった。
この具申は、スぺキアの「フロンド共和国は、防衛の機会に恵まれた国土を利用した防衛線に長けているが、突破力は皆無に等しい。」と言う判断によって無視されていた。
同時に「フロンド共和国への侵攻は、リスクの高さの割に得るモノは殆ど無く、侵攻される危険性も低い以上は放置が最善。」と判断されていた。
この判断は、上層部のトラウマもあり大いに推進された。
だが、此処に来て180度方針転換され、鬱憤の溜まっていた副官を含む大勢の者達が喜んだ。
その喜びもあり、楽観論が全体を支配しつつあったのである。
「総司令部が我々をどう評価するかはどうでも良い。それよりも、この山岳地帯をどう抜けるかを考えろ。」
「先程、カエルム様が仰った通りに数で押せば良いのでは?」
「その過程で出る被害を抑えるのが上に立つ者の務めだろう。ただ進むだけで良いのなら、指揮官など要らん。」
カエルムは部下の気を引き締めようとするが、余程浮かれているのか中々上手く行かない。
(あれ程優秀だった副官がこのザマとはな・・・暁帝国が攻撃して来たらどうなる事やら・・・)
カエルムの脳裏には、一方的に蹂躙される自軍の惨状を目にした副官が、発狂して逃げ惑う姿が映し出されていた。
「報告、前衛部隊が敵の奇襲攻撃を受けました!」
伝令が報告を行う。
「敵に与えた被害は?」
「混乱しており正確な所は分かりませんが、恐らく被害は与えられていないかと・・・」
淡々としたやり取りが終わる。
他の戦線ならば怒鳴り散らす者がいてもおかしく無いが、此処ではいつもの事である。
フロンド共和国軍は、見通しの悪い地形と機動性を重視した軽装での一撃離脱を徹底しており、反撃は困難を極める。
「再編が済み次第、進軍を再開するよう伝えよ。」
「ハッ!」
伝令は、カエルムの指示を各所へ伝える。
本来ならば、伝令が配置される事は有り得ないのだが、あまりにも急激に軍の規模が増えた事で通信魔道具の供給が間に合っていないのである。
そして、諜報に優れたフロンド共和国が、この情報を得ていない筈が無かった。
・・・ ・・・ ・・・
フロンド共和国 ハルセインキ
「首相、最初の大規模攻撃が成功致しました。」
「被害は?」
「負傷者は多数出ましたが、戦死者はおりません。」
「それは良い知らせだ。」
クローネル帝国軍の前衛が受けた攻撃は、いつものゲリラ的な攻撃では無かった。
一個大隊を投入した大規模な反撃であり、1000人以上の被害を敵に与えていたのである。
更に、多数の銃の鹵獲にも成功し、自軍の強化を可能とした。
これ等の情報は、伝令を介した簡易的な報告内容には入らず、暫くの間見逃される事となる。
フロンド共和国では、諜報によって一部の者が銃の存在を突き止めていた。
その性能と扱い易さに驚愕した彼等は、直ちに自軍でも取り入れようと動き出した。
ただし製造技術は持たない為、小競り合いの度に極少数の鹵獲品を得て研究と訓練を密かに行うに留まり、製造技術の習得も上手く行っていない。
しかし、今回の奇襲によってその状況は一変した。
これまでの研究から効率的な訓練方法を編み出しており、短期間で銃兵の編成が整えられたのである。
「第一ラウンドは我が軍の勝利に終わり、第二ラウンドを始める為の準備も整いつつある。」
マインヘイムは、遥か先を見据えて次々と手を打つ。
・・・ ・・・ ・・・
暁帝国 東京
現在、各方面が慌ただしく動いていた。
インシエント大陸の均衡が一気に崩れ、戦乱の渦中へ放り込まれたからである。
会議室では、東郷を筆頭としたトップ達が今日も会議を行っていた。
「現在、クダラ王国軍は進軍を停止しております。停止と申しましても、兵士達が勝手に持ち場を離れて好き勝手しているに過ぎませんが。」
山形が言う。
「頭から末端まで身勝手な奴等だな。」
東郷の言葉に、全員が同意する。
「しかし、奴等がいる地域では大きな被害が出ております。攻撃を加えれば即逃げ出すそうですので、動かせる偵察機に対地ミサイルを搭載して追い払っております。」
そう言うのは、太田 実 元帥 である。
彼は、空軍の最高指揮官であり、何でも自分で試さないと気が済まない気性の持ち主でもある。
空挺降下まで自分で試しており、部下達に散々叱られてしょぼくれた事もある。
後方にいる時は冷静沈着に事をこなすが、その二面性から部下に気味悪がられてもいる。
「そんな簡単に行くのか?」
「はい。各国の小規模なゲリラ攻撃を受けただけで、中隊規模の部隊が逃げ出したとの報告もあります。ミサイルの脅威に晒されては、逃げ出すどころかそのまま味方の司令部に襲い掛かるかも知れません。」
冗談はともかく、あまりの不甲斐無さに現地で会敵した兵士達と同じく怒りを感じる。
「じゃあ次に、クローネル帝国はどうする?」
「はい。現在、昭南島に駐留する部隊の準備を急ピッチで進めております。更に、硫黄島と本土からも部隊を向かわせるべく準備を進めております。」
山口が答える。
「規模は?」
「三個軍団(六個師団 三個旅団)、一個海兵師団、三個航空団(戦闘機二個 爆撃機一個)、四個艦隊(二個艦隊 一個潜水艦隊 第一〇一艦隊)となっております。」
「それで足りるのか?」
仮にも大陸国家が相手である。
当然の心配と言える。
「今戦いは、大陸連合との連携を前提としております。我が軍の役割は先鋒であり、後方の維持は航空隊と大陸連合に任せます。」
戦争は、金が掛かる上に見返りが少ない。
割に合わないからこそ、大勢を巻き込んで負担を減らしたいと言う本音があった。
「分かった。その通りに進めてくれ。それで、戦後だけど・・・」
「総帥、それについて少し意見があります。」
口を出したのは、佐藤である。
「珍しいな。どうした?」
「世界各地に存在すると言う古代遺跡です。インシエント大陸には、特にその遺跡が集中しているらしく、魔術研究の役に立つと思われます。この古代遺跡を我が国が優先的に研究出来る様に根回しをお願いしたいのです。」
「そ、そうか。それもそうだな。うん、そうしよう。」
いつものマイペースぶりは鳴りを潜め、「誰だコイツ?」と言いたくなる程に真剣な佐藤の様子に引きながらも首肯する。
その後も、いくつかの方針が議論されて会議が終わった。
誰もいなくなった会議室で、東郷は黄昏れる。
(俺の判断ミスで、多くの犠牲が出た・・・)
取り返しの付かない数々の事態。
その過程で出てしまった罪も無い人々の犠牲に胸を痛めた。
・・・ ・・・ ・・・
とある大陸
「クローネル帝国が、本格的な軍事行動を起こしたそうだ。」
「漸くですか。これで、あそこの遺跡の所有権は正式に我等の物となりまするな。」
「その通りだ。だが、その為にはクローネル帝国には元気でいて貰わねばならん。準列強国ですら無い異教の蛮国に神聖な遺跡が踏み荒らされるなど想像したくも無い。」
「御安心下さいませ。その為に大規模な投資を行ってきたのですから。今や、クローネル帝国は我等と志を同じくする信徒。これまで不当に神聖な遺跡を踏み荒らして来た罪を悔い改めておりまする。」
「フッフッフッ、その通りだ。敬虔な信徒への支援を惜しんではならない。それが、神聖な遺跡を多数擁しているとなれば尚更だ。愚かにも歯向かう者共に思い知らせてやる為にもな。」
「はい。我等とハルーラ様の怒りを思い知らせてやりましょう。」
次回、暁帝国軍が動き出します。




