第二十六話 束の間の平和
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ビンルギー公国
クダラ王国との騒動から二ヶ月が経過した。
「凄いわね・・・」
「そうだね・・・」
そう呟いたのは、かつて暁帝国で遭難したアイラとアイナである。
二人が見ているのは、ただの道である。
しかし、かつての石造りでは無く、暁帝国によって整備されたアスファルト製の道であった。
「まだ二ヶ月ちょっとしか経ってないのに・・・」
アイラが呟く。
公国が何十年もかけて整備したであろう道を、それ以上に質の良い材料を使い二ヶ月強で国土の過半を整備されていた。
ハーベストの住人の中で最も暁帝国の技術に触れて来た二人でさえ、驚きを隠せない。
スマレースト大陸の開発は、順調に進んでいた。
道路網は過半の整備が終わっており、地方の土を踏み固めただけであった道さえも整備した事に驚きの声が多数上がった。
その結果、これまでとは比較にならない程に流通が発達し、隅々にまで道路網を整備したお陰で、これまで貧しい暮らしを強いられていた住民達の暮らしもかなり豊かなものとなり始めている。
更に、鉄道網の整備も計画されており、現在は発電所の建設地を何処にするかで揉めている。
電力が確保出来れば電化製品の導入が可能となる事もあり、各国は全面的に協力体制を敷いているが、真っ先に恩恵を受けたい各地の領主の対立が激化してしまい、頭を抱える事態となっていた。
「お偉いさん達は大変ね。」
他人事の様にアイラが呟く。
一応、暁帝国と国交を結べたのはアイラとアイナの存在あっての事でもある為、二人は公国内では重要人物と言う事になっている。
その為、暁帝国から輸入したエンフィールドライフルも渡されている。
暁帝国曰く「かなりの安値で提供している」らしいが、それでも大陸同盟からすれば十分に高額である為に気軽に使う事は出来ず、ギルドを通して国からの高難度な依頼を受ける様になっていた。
「お姉ちゃん、早く依頼達成の報告に行こうよ。」
アイナはそう言うと、謎の回想に浸っているアイラを置いて先に行こうとする。
「あ、ちょっと待ってよ!」
アイラは、慌ててアイナを追い掛ける。
・・・ ・・・ ・・・
港湾都市 メイハレン
この街の郊外では、アクーラの視察の下で防衛隊の訓練が行われていた。
前から 軽歩兵 重装歩兵 弓兵 の順で並んでおり、側面を騎兵が守っている。
先頭にいる軽歩兵は、エンフィールドライフルを装備していた。
この訓練は、ライフルを有効に使う為の試験を兼ねている。
「構えー!」
グリンの合図を受け、一斉にライフルを正面へ向ける。
「敵軍、距離700メートル!・・・撃てー!」
ダダダダダダダダダダ
戦列歩兵の一斉射撃の様な光景が繰り広げられる。
非常によく訓練されている様で、ボルトの操作も装填作業も慣れた手付きで行っていた。
「敵軍、距離200メートル!後退始めー!」
軽歩兵が一斉に後退を始め、重装歩兵が前に出る。
その間、弓兵が援護する様に射撃する。
「重装歩兵、戦闘始めー!」
重装歩兵が戦闘のを開始する。
「騎兵隊、前進始めー!」
騎兵隊が左右から前に踊り出し、重装歩兵と戦っている敵軍を包囲する。
「見事だ」
訓練の様子を見たアクーラは称賛した。
「よーし、全員よくやった!休憩だ!」
グリンは、満足そうに声を上げた。
・・・ ・・・ ・・・
フロンド共和国 ハルセインキ
首都であるこの街では現在、暁帝国の特使と同盟締結を行っていた。
既に調印式は済んでおり、現在は軍事パレードを行っている。
美しい光沢を放つ鎧に身を包んだ共和国軍の軍人達が、一糸乱れずに行進する。
(練度は高そうだな)
マインヘイム首相に託された孤立派の軍人達が威信を賭けて準備しただけあり、行進に参加している者達は共和国の中でも精鋭揃いである。
感心した様子の使節を見た孤立派は、得意そうな顔をする。
「首相、続いて暁帝国軍の行進です。」
「そうか。では、噂が本当かどうか見せて貰おう。」
今回の軍事パレードでは、一個歩兵連隊と一個戦車連隊が派遣されている。
マインヘイムは、荒唐無稽な噂話が流布する暁帝国の実力に興味津々であった。
ザッザッザッザッザッザッ
歩兵がやって来る。
「・・・」
その姿は、誰も想像もしていないものであった。
何の飾り気も無い地味でゴテゴテした服を着込んでおり、ただ丸いだけの兜を被り、武器と思われる黒い棒は何に使うのか全く分からない。
見た目の印象は、蛮族であった。
孤立派は、失笑すらしている。
しかし、その練度は先程の精鋭達にも劣らないものである事が見て取れた。
「一応、実力はあるようだが・・・」
「あんなナリで戦えるのかね?」
「やはり、同盟するべきでは無かったんじゃぁ・・・」
そこかしこから批判的な声が聞こえて来る。
だが、歩兵の行進が終わると誰もが黙った。
ブオオオオオオオオオオオ
数十の巨大な鉄の塊が向かって来たのである。
「な・・・な・・・」
「アレは・・・一体・・・」
「ば、化け物・・・」
歴戦のマインヘイムも、唖然とした。
「えーと、大丈夫ですか?」
使節が声をかける。
「し、使節殿、あれは一体何なのですか!?」
「あれが戦車です。先端の筒が主砲で、魔導砲に類似した兵器となっています。この一〇式戦車は、重量が44トン程ありますが、最高速度は70キロ/時にもなります。」
何もかもが想像を超えており、どうリアクションすれば良いかも分からない。
(驚かせ過ぎたかな?)
戦車のお披露目を境に、孤立派も暁帝国との同盟に不満を持つ事は無くなった。
代わりに、帝国軍について質問攻めをしてくる様になり、いつかの官僚が言った通り驚かせ過ぎたせいで余計な苦労を背負う羽目となる。
ともあれ、暁帝国とフロンド共和国との同盟関係は、非常に強固なものとなった。
・・・ ・・・ ・・・
暁帝国 昭南島北岸沖 巡視船しきしま
『十二時の方向に、国籍不明船を確認』
「またか・・・」
船長は、何度目か分からない溜息を吐く。
「まーた溜息なんかついてー、幸せが逃げてっちゃいますヨ♡」
「気持ち悪いぞ。」
いつにも増しておかしい副長のテンションに、再度溜息を吐く。
「そんなバッサリと・・・」
船長の無慈悲な言葉に、副長は涙目になる。
そうこうしていると、不明船は元来た道を戻って行った。
クダラ王国に対する攻撃を実行してからと言うもの、大陸側から旗も掲げずに接近する国籍不明船の出現数が急増していた。
この海域を担当している第九管区隊だけでは追い付かず、本土に所属している巡視船まで動員する始末であった。
クローネル帝国の嫌がらせでは無いかと言う声が多く上がったが、偵察機で追跡してもクローネル帝国から船がやって来る様子は無く、追跡中に何処かの港へ入る姿を捉える事も殆ど無かった。
「船長、此処より南西で国籍不明船が発見されたとの報告です。」
船員が報告する。
「うあー・・・またですかー?」
お気楽な副長でも、最近の不明船の出現頻度に音を上げていた。
「文句を言うな。それが我々の仕事だろう。」
船長は意に介さず指示を飛ばすが、副長と同じくかなり疲れが溜まっている状態であった。
「それにしてもおかしいですよー。何でこんなに不審船が出てくるんですかー?入港してもまともに休めもしないしー・・・」
「海賊の活動が活発化しているか、反クローネル帝国国家が嫌がらせをして来ていると上層部は考えているらしい。実際、偵察機で追跡したら海賊の拠点を発見したそうだ。」
列強国周辺でも無ければ、ハーベストの海の治安は非常に悪い。
制圧した拠点は、旧ハンカン王国にとっても悩みの種であった連中の拠点であった様で、海賊対策の経験があるモウテンから感謝の言葉が寄せられていた。
「うがー!不審船なんか全部消えちゃえー!」
「お、おい、落ち着け!」
船長は、疲れが溜まる毎におかしくなっていく副長に付き合わされ、更に溜息を吐いた。
東京
東郷を筆頭とした帝国のトップ達は、定例会議を開いていた。
「大陸からの支援要請は増え続けております。特に、クローネル帝国と国境を接している国からの要請は無視出来ません。」
東郷は、クダラ王国への警告後の大陸情勢について頭を悩ませていた。
この二ヶ月間で、反クローネル帝国国家の暁帝国に対する警戒心は大幅に和らいでいた。
その原因は、クダラ王国である。
先の警告を切っ掛けとして軍拡を開始したクダラ王国であるが、その勢いは尋常なものでは無く、国内の全てのリソースを割いて行われている。
だが、その行動によって割を食っているのが、クダラ王国以外の反クローネル帝国国家である。
クダラ王国は、これまでその傲慢な態度から疎まれつつも、対クローネル帝国の為に各国へ支援を行って来ていた。
その支援は決して無視出来る規模では無く、クローネル帝国へ相応の被害を与える一翼を担っていた。
しかし、現在は軍拡を最優先してしまっている為に、その重要な支援が中断してしまっているのである。
クダラ王国へ再度の支援を要請しようにも無しの礫であり、新たな支援先として暁帝国が注目されているのである。
何とも身勝手な話だが暁帝国にとってもメリットがある為、要請に答えようとはしているのだが、近海の情勢がそれを躊躇させていた。
ハンカン王国を降した事でクローネル帝国との対立は確定しているが、昨今の不審船騒ぎが原因で反クローネル帝国国家を信用し切れないと言う状態に陥っている。
今の所、クローネル帝国が動く様子は無いが、いつまでこの状態が続くか分からない。
そして、大規模な軍備拡張を強引に推し進めて支援を怠っているクダラ王国の代わりが務まるのは暁帝国しかおらず、滅亡の瀬戸際に立たされている各国の支援要請は鬼気迫るものがあった。
「不審船の出所は分かったか?」
「一部だけですが、あの海域を荒らしていた海賊の拠点を制圧致しました。この事について、元ハンカン王国軍指揮官のモウテンから感謝の言葉が寄せられています。」
一部でも脅威を取り除けた事に、東郷は喜んだ。
「それは良かった。それで、残りはどうなってる?」
「衛星で調査を行った所、インシエント大陸の更に西にある大陸から多数やって来ている事が分かりました。恐らく、商船が大半を占めていると思われます。」
「そんなに遠くから・・・」
東郷は、暁帝国が広く認知された事を改めて認識した。
「けど、何で国旗とかを掲げないんだ?あんなにあからさまに怪しい真似をされたら、誰でも警戒するだろう?」
「今の所、不明としか言いようがありません。」
彼等には縁の無い話ではあるが、通常ハーベストでの大陸を跨いでの船旅では海の治安が悪い事もあり、わざと相手を警戒をさせて船の安全を確保している。
その一環として、わざと自身の所属を示す物を出さずにいるのである。
「ただ、これでインシエント大陸の各国が無関係である事が分かりました。」
「そうだな。大陸への本格介入も含めてあらゆる事態を検討しよう。」
その後、クダラ王国を除いた各国と通商協定を結び、クローネル帝国と国境を接している国へは本格的な支援を行う事が決定した。
フロンド共和国との同盟にも成功し、対クローネル帝国でインシエント大陸は纏まって行き、流石のクローネル帝国も警戒して動きを止めた。
戦乱が絶えなかったインシエント大陸に平和が訪れたのである。
だが、平和とは所詮、次の戦争への準備期間でしか無い。
両陣営共に、次の開戦へ備えて戦力を整えて行く。
次回は、クローネル国の紹介になります。




