第二十三話 クダラ王国の過ち
かなり苦労した・・・
昭南島 シーエン 帝国総督府
「クダラ王国?聞いた事が無いな・・・」
「フロンド共和国から提供された情報にありましたよ。しっかり確認して下さい。」
総督である 伊藤 文博 と秘書は語り合う。
伊藤は常時気が抜けており、頻繁に書類の確認や予定を忘れている。
その分秘書が割を食っているのだが、どの様な相手にも一切動じずに対応できる胆力がある為、諸外国との接触が多い昭南島の総督に任じられた。
「あー・・・フロンド共和国の資料って何処に置いたっけ?」
「そ・う・と・く?」
「ハイッ!?」
秘書の絶対零度の眼光に射抜かれた伊藤は、背筋を伸ばす。
「使節の対応をした後に、少しお話ししましょうか?」
「え・・・そ、それはちょっと・・・」
「何か?」
「イ、イエ!オハナシシマショウネー」
茶番が終わり、二人は応接室へと向かう。
ガチャ
「・・・お待たせしました。」
応接室へ入ると、足を組んであからさまに見下した目付きをしたクダラ王国の使節が座ったままでいた。
(うわー、今まで見た中でも最悪だな・・・)
伊藤は、ビンルギー公国の大使館に勤めていた事もある為、此方を見下した者達を何人も見て来ていた。
しかし、それでも一国の代表としての最低限の礼儀は弁えており、辛うじてその国の尊厳を傷付ける事は無かった。
だが、目の前の使節はまるで違った。
「遅いぞ!一体、どれだけ待たせる気だ!?たかが最果ての蛮族共を相手に我々が出向いてやったのだぞ!にも関わらず、この様な狭い部屋に押し込めおって!最恵国待遇も取れんとは、我等を馬鹿にしておるのか!?」
想像以上の酷さに、流石の伊藤も眉間に皺が寄る。
「これはこれは・・・我が国は、礼には礼を以って返す事を是としております。貴国の礼とは、その様にあからさまに見下し、怒鳴り散らす事を言うのですかな?」
「な・・・な・・・!」
まさか言い返されるとは思っていなかった使節は、二の句が継げなかった。
「我が国では、その様な態度を失礼と言います。最恵国待遇などあり得ません。」
(普段から、これ位しっかりしてくれればなぁ・・・)
全く動じずに言い返す伊藤を見ながら、密かに溜息を漏らす秘書。
「き、貴様等、我等をその辺の小国と一緒にするな!我等は、反クローネル帝国国家一の大国であるぞ!」
「ええ、よく知っています。戦いもせずに威張り散らしてばかりの御山の大将だとか。」
「貴様ァ!未開の蛮族の分際で、何処までわが国を侮辱する気だ!?」
「失礼な蛮族に対して遠慮などする気はありませんよ。」
伊藤は、三人の使節を相手に一人で渡り合っていた。
使節達は怒りで顔を真っ赤にしつつも矢継ぎ早に反論されてしまい、それ以上何も言えなくなってしまう。
「話が進みませんから、そろそろ本題に入りましょうか。」
伊藤は、すかさず話を進めに掛かる。
「クッ・・・」
更に言い募ろうとするが、伊藤と秘書の「さっさと要件を言え」と言う空気に押され、仕方無く話を進める。
「ならば言おう。貴様等のこれまでの無法な行いを、我が国は一切認めない。」
「無法な行いとは?」
「分からんのか?全く、これだから蛮族は・・・」
使節の主張は、以下の通りであった。
一 旧ハンカン王国領は、古来よりクダラ王国に正当な領有権がある。よって、直ちにクダラ王国へ引き渡す事。
二 フロンド共和国と暁帝国の同盟関係の構築は、反クローネル帝国国家の安全を脅かすものである為、一切認めない。
三 スマレースト大陸に於ける暁帝国の活動は、不当に暁帝国の影響力を外部へ伸ばす行為であり、断じて認められない。これ以降も行う場合は、クダラ王国の統制下で行うものとする。
四 硫黄島の領有は、クダラ王国の正当な領有権を犯すものであり、一切認めない。よって、直ちにクダラ王国へ引き渡す事。
五 暁帝国は、今後反クローネル帝国国家の傘下へ入り、要求に応じて兵力及び物資を供出する。拒否は認めない。
六 以上の要求が認められない場合、軍の派遣を含めたあらゆる措置を取る。
(ハンカン王国以上の暴論だな・・・)
ハンカン王国の要求には少なくともメリットが提示されており(暁帝国にとってメリットと言えるかどうかは別だが)、真面目に交渉を行う一定の姿勢が存在していた。
しかし、今回はどちらかと言えば命令としか取れない一方的なものである。
「先程も言ったが、我が国は反クローネル帝国国家最大の大国だ。貴様等の様な最果ての蛮国如きには、想像も及ばない程の高みにいる。これは、貴様等の様な礼儀知らずに対する最後の慈悲だ。」
使節は、ニヤつきながら言う。
その様子を見て、今度は伊藤がニヤつき始める。
「では返答しましょう。寝言は寝て言え。」
「な・・・!」
驚愕の表情をした使節を見て、遂に笑い声を上げた。
「ハハハハハハ、傑作だなそのカオ! wwwwww」
「き、き・・・き・・・さ・・さ・・・ま・・・!」
あまりの怒りで、言葉にならない言葉を切れ切れに吐く使節達。
その様子を見て大草原な伊藤と、頭を抱える秘書。
だが、使節の一人が通信魔道具を取り出すと、主導権を得たとでも言うかの様な嫌らしい笑みを浮かべた。
「蛮族共、自分の立場を弁えたらどうだ?」
「ハァ?」
もの凄く馬鹿にした態度で伊藤は聞き返す。
すると突然扉が開き、使節と同じ顔立ちをした集団が市民を拘束して押し入って来た。
「何をしている!?」
秘書が怒鳴る。
「動くなよ?拘束しているのは、こいつ等だけでは無いからな。」
「まさか、此処までのクズだったとはな・・・」
「口の利き方に気をつけろ!貴様等の様な蛮族など、いくら死のうと構わんのだからな。」
使節の一人が、隠し持っていたナイフを取り出す。
(クソッ、金属探知機位は優先して取り寄せておくべきだった・・・!)
元々開発が進んでいる首都と言う事もあり、あらゆる面で後回しにしていたツケが回ってきた事に、秘書は歯噛みする。
「伊藤とか言ったな。貴様だけはこの場で私が直々に殺してやろう。我等をあそこまで侮辱した事を悔いながら死んで行け。」
そう言いつつ、足を前へ出す。
「撃て」
バァン
発砲音が聞こえると、ナイフを持った使節の手が吹き飛んだ。
「ウギャアアアアアアアアア!!」
周囲の者は、無くなった手を抑えながらのたうち回る使節を驚愕を以て見つめるが、事態はそれだけに留まらない。
ダンダンダンダンダンダンダン
連続した発砲音と同時に、市民を拘束していた者達は全員が血を流して倒れた。
「な、なに・・・が・・・」
残った二人の使節は、恐怖で顔が歪む。
「よーやった。」
伊藤は、天井へ向かって親指を立てた。
すると、天井裏から常人とは明らかに動きをした違う集団が降りて来る。
彼等は、特殊作戦連隊の隊員である。
伊藤は、終戦直後の大幅な治安悪化を最も懸念していた。
特に、組織的な奴隷狩りや正規軍の装備で武装した野盗の存在が懸案事項であった。
どちらも、通常の警察力では手に余る脅威である。
昭南島では警察組織はまだ準備中であり、代わりに軍が治安維持を行っているが、ただの盗賊である後者はともかく、前者は市民に紛れて行動する事から見分けを付ける事は難しい。
そこで、非正規任務に慣れている特殊作戦連隊に白羽の矢が立った。
彼等は市民に紛れて活動しており、警察組織の整備が間に合っていない昭南島の治安悪化を防ぐ為に、犯罪組織の排除を積極的に進めている。
「しっかし、今回は失態だったな。まさか、こうもあっさりと市民の拘束を許すとは思わなんだぞ?」
口調は軽いが、伊藤にしては厳しい物言いである。
「申し訳ありません。市内を警戒している部下からの連絡で、使節の乗った船に市民を拉致しようとしている者達を発見した為、そちらを優先して当たっておりました。」
「・・・・・・」
流石の伊藤も、あまりの暴挙に言葉が出ない。
「拘束しておけ」
秘書がそう言うと、三人の使節を連れて行く。
その後の調べで、クダラ国王の命令により将来暁帝国を属国化するにあたり、奴隷となる市民の質を確認する事を目的として拉致を行おうとしていた事が判明した。
更に、使節の乗って来た船とは別にシーエンから離れた場所に上陸した船があった事も判明した。
慌てて調査した所、この船は既にクダラ王国へ帰還している事が確認された。
加えて、その過程で総督府の職員と民間人に死傷者が出てしまった事も確認された。
この事件はすぐに本土へ報告され、対クローネル帝国戦略を考えていた東郷達は、クダラ王国をクローネル帝国以上の危険な国と認識した。
「クローネル帝国は、曲がりなりにも自分の力で勢力を伸ばして来た。なのに奴等はどうだ!?盗人猛々しいとはこの事だ!」
拘束した使節の証言を聞いた東郷は、荒れ狂っていた。
使節達は、「我が国が欲しい物を我が国に差し出すのは当然だ」「我が国の奴隷になれるのが、如何に幸せか分からないとは嘆かわしい」「蛮族を攫うのは、我等の当然の権利だ」等と暴言を連発し、拘束されている事にも「貴様等蛮族如きがやって良い事では無い!さっさと我等に従って解放しろ!」と喚き続けている。
「総帥、お気持ちはよく分かりますが、まずは拉致被害者の救助が優先です。」
藍原に諫められ、東郷は落ち着きを取り戻す。
「そ、そうだったな。だが、どうする?クローネル帝国の事を考えると、反クローネル帝国国家に対する大規模な軍事行動は拙いぞ?」
その通りであった。
クローネル帝国の保護国であるハンカン王国を制圧した事で、本格的にクローネル帝国と対立する事となってしまっているのである。
此処で長らくクローネル帝国を相手にして来た反クローネル帝国国家最大の国と全面戦争にでもなれば、他の反クローネル帝国国家の不興を買い、フロンド共和国を除いたインシエント大陸に存在する全ての国家と対立する事態となりかねない。
負ける事は無いだろうが、大陸一つを丸ごと相手にする事は、如何に現代国家と言えども途轍も無く重い負担となる。
「御安心下さい。偵察機を派遣した所、幸い拉致被害者の所在は判明しております。」
本当に運の良い事に、偵察機が拉致被害者の船を発見したのは、入港する直前であった。
そのお陰もあり、拉致被害者の連れ去られた先が何処かなのかを詳細に追跡出来ていた。
その上で藍原は、作戦を説明する。
一 特殊作戦連隊を派遣、輸送機により空から追跡、HALO降下(高高度降下低高度開傘)によって潜入、拉致被害者がいる施設を急襲する。
ニ 拉致被害者を救助後、回収用のヘリ部隊を白昼堂々呼び寄せて撤収させる。
三 これ等と同時並行で<敵>首都への爆撃と警告用のビラを撒く。
四 その後、外交ルートから敵に対して断固とした措置を行い、他の反クローネル帝国国家を味方へ引き入れる。
「以上が、本作戦の大まかな流れとなります。」
「回収を昼にやるのか。いくら何でもリスクが高すぎないか?」
当然の懸念ではあるが、藍原は鋭く反論した。
「白昼堂々で無ければ意味がありません。我々を怒らせるとどうなるかを知らしめる必要があります。」
東郷は、見た目は大して変わらない藍原も、相当頭に来ている事を悟った。
「・・・分かった。だが、誰も死なせるなよ?」
勿論、味方限定の話であり、敵は含まない。
「お任せ下さい!」
次回は特殊作戦になりますが、どう描こうかな。




