第二十二話 一年
やっと一年経過です。
ハンカン王国陥落
その知らせは、インシエント大陸全体に瞬く間に広がり、それに留まらず更に西の大陸にも届いた為、暁帝国の存在が広く認知される事となった。
事態を重く見た暁帝国は、国防戦略をこれまで以上に具体化する事を迫られた。
これまでは硫黄島を本土防衛の要と捉えていたが、広大な海域に睨みを利かせるには不足と判断され、スマレースト大陸を巻き込む事となった。
既に建設していた特別工廠を稼働させ、イギリス製エンフィールドライフルの輸出を行う事を決定したのである。
更に、一部の領土を租借して在スマレースト基地を建設し、部隊を常駐させる事となった。
在スマレースト駐留軍
陸軍
第二十旅団
海軍
第二十八戦隊 第七沿岸警備隊(ミサイル艇)
空軍
第六航空団(ローテーションで一個飛行隊が駐留)
海上保安庁
第七管区隊(常駐では無い)
土地を借り受ける見返りとして、エンフィールドライフルの初期輸出分は無償提供する事が決定された。
更に、ハンカン王国戦の教訓から道路網の整備を行う事が計画されている。
同時に、先の海戦の展開から予想外の攻撃で大損害を受ける危険性が指摘された為、全艦を装甲艦へ更新する事が決定された。
まだ召喚可能な時期であった為、佐藤を中心とするメンバーで大急ぎで設計を行い、全艦の更新を短期間で完了させた。
一方のインシエント大陸同盟は、軍の共同運用を前提とする為の各種整備を進めている(NATOやワルシャワ条約機構に類似した組織)。
西は硫黄島、北西はスマレースト大陸によって守られる事となるが、南は拠点となる有力な陸地が存在しない。
そこで、巡潜型潜水艦を常時一個戦隊(4隻)張り付けておく事となった。
ただし、全く陸地が存在しない訳では無く、小規模な島がいくつも存在している。
人が住んでいる島もあり、そこにはコーヒーやバナナと言った南国の特産品があった。
彼等と貿易を行う事で友好関係の構築に成功した結果、安全保障条約を結ぶ事にも成功した。
狭過ぎて常駐は出来ないが、いざと言う時には拠点として活用出来る事となった。
更に、ハンカン王国は暁帝国領として併合する事が決定した。
硫黄島は海流の関係で帆船で辿り着くのは極めて困難であり、スマレースト大陸を通しての接触は大陸同盟が良い顔をしなかった(商業的な接触は別)。
そこで、ハンカン王国を帝国の窓口とする事としたのである。
インシエント大陸のすぐ近くにある為に接触し易く、同時に睨みを利かせる事も出来る。
大陸の各国は、フロンド共和国を除いて良い顔はしなかったが、クローネル帝国の保護国の中で最も厄介な国であったハンカン王国の圧力が無くなる事もあり、特に文句は言わなかった。
現地住民は暁帝国に対する恐怖感もあり、この決定に口を挟まなかった。
ただし、モウテン コウヨウ リュウショウと言った生き残りの指揮官達は多少の抗議をして来たが、その優秀さを見込んで要職に就かせた結果、沈黙した。
捕虜となっていた指揮官達が五体満足で帰って来た上に要職を歴任する事となった為、民衆の間では安心感が漂い、安定化に寄与する事となった。
一方、国王ハンガンは宣戦布告を行って膨大な犠牲者を出した元凶の手先として刑務所入りとなった。
その後は、ハンガンや捕虜の証言等から元凶はクローネル帝国と認識されており、ひとまずクローネル帝国との話が着くまではハンガンの処分は保留とする事が決定された。
その後、ハンカン王国は昭南島と改名され、大々的な開発が始まった。
明らかにこれまでとは一線を画す生活水準を手に入れた民衆は、自分達が蛮族と見下していた者達の力を正確に知る事となり、今度は畏怖の念を抱いた。
これを機に、外交以外の商業的な接触も積極的に推進して行く方針となる。
同盟国以外の船舶へは臨検を行うが、商売を目的とするならば条件付きで国内への入国を許可する事となったのである。
そして、クローネル帝国に対してはフロンド共和国との連携を取る事が決定されたが、それ以外の国々からは連携を取る事を拒否されてしまった。
あまりにも圧倒的な戦果に、「我々も滅ぼされてしまうのでは無いか!?」と警戒する声が多く、積極的に友好関係を結ぶ事を躊躇していたのである。
更に一部では、この期に及んで敗残者の国と辺境で魔術を持たない蛮国と言う偏見を持っていた為に、これまでの戦績で両国が強力であると認識しつつも、自身の方が上であると言うプライドから強烈な嫉妬心を振り撒いていた。
冷静な者達はこの判断に頭を抱えたが大勢を覆す事は出来ず、個人的に暁帝国とフロンド共和国へ接触して行くしか無かった。
・・・ ・・・ ・・・
暁帝国 東京
暁帝国とその周辺が目まぐるしく変化を続ける中、ハーベストへ転移してから一年が経過した。
「長かった様な、短かった様な・・・」
そう言いつつ、東郷はこれまで起きた事を振り返る。
「遂に、これも使えなくなるんだなぁ・・・」
そう呟いてタブレットを見る。
その瞬間、タブレットが光り出した。
「こ、これは・・・!」
東郷は、既視感を覚えた。
転移初日と同様の現象である。
『少年よ、久しぶりだな。』
聞き覚えのある声が聞こえて来る。
『このメッセージが流れていると言う事は、まだ死んではいない様だな。・・・しぶといガキだ。』
「あのクソジジィ・・・!」
怒りで拳を握り締めながら、怨嗟の声を上げる。
『本題に入ろう。忘れてはいないと思うが、今日でお前に与えた能力が使えなくなる。今後は自力で頑張ってくれ。ああ、一つ言い忘れていたが、お前とお前が召喚した者達は魔術が一切使えん。いくら研究しても無駄だぞ?理由については、神聖なる機密事項だから聞くな。』
「・・・・・・先に言えやあああああああーーー!!」
相変わらず重要な事を後に言う‘自称‘神に怒鳴り声をあげる。
「もしかしたら、俺達も魔術を使えるかも」と期待していた東郷は多大な精神的ダメージを受けた上に、これまで投じて来た予算と時間が殆ど無駄となった事を思い知る。
『どうせ理不尽な怒りを此方に向けているだろうから、一つ有益な情報をやろう。』
「お前が理不尽だ!」と怒鳴りそうになったが、聞き逃しがあってはいけないので必死に堪えて聞き耳を立てる。
『その世界の住人の間でも、神話として語り継がれているメイジャーについてだ。』
「メイジャーだと!?どう言う事だ?」
神話では、ハルーラによって生み出された人の祖先となっている。
今更、どんな情報が隠されているのか見当も付かない。
『メイジャーは、神話で語られている人の祖先では無い。』
「!!」
『詳しくは話せんが、世界中に奴等の遺跡が残されている。調査すれば、詳細が分かるだろう。少数ながら生き残りもいる様だ。問題はその生き残りだ。近々、動き出す恐れがある。』
「・・・」
何も言えずに固まる東郷。
『儂が話せるのは此処までだ。口を滑らせた駄女神に感謝するんだな。』
「駄女神?・・・ああ、あの‘自称‘女神の事か。」
東郷は察した。
確かに‘自称‘女神は、転移前の空間でメイジャーと言う単語を喋った。
恐らく、やってはいけない事だったのだろう。
しかし、やってしまった為にメイジャーに関して話さざるを得なくなり、‘自称‘女神は駄女神の烙印を押されてしまったのだろう。
『さて、儂が話せる事は全て話した。』
「本当だろうな?」
前科があり過ぎる為、簡単には信じられない。
『・・・・・・よし、全て話した。』
「オイ」
‘自称‘神の余計な一言のせいで、余計に不安が募る。
『これ以降、儂とお前とのコンタクトは一切取れない。まあ、依頼を達成すれば話は別だがな。儂は神だから祈るなどと言う事はしないが、期待はしておこう。』
「随分と上から目線だな。」
『また会えるのを楽しみにしているぞ。・・・死ぬなよ』
メッセージが終わり、その瞬間、タブレットが消えた。
「・・・・・・」
黙って佇む東郷の耳には、最後の真剣な声が残っていた。
「死んで堪るか」
この日、プロローグが終わり、東郷は決意を新たにする。
・・・ ・・・ ・・・
クダラ王国
この国は、クローネル帝国と敵対している反クローネル帝国国家と呼ばれる国の中でも、最大の国力を持った大国である。
しかし、直接国境を接していない事を良い事に他国へ物資面での支援だけを行い、「支援してやってるんだからありがたく思え。」と言う傲慢な態度を取り続けている為、周辺国から疎ましく思われている。
とは言え、この国からの支援が無くなれば滅亡を早めるだけあり、各国は嫌々ながらに頭を下げざるを得ない状況が続いている。
その様な背景がありながらも、反クローネル帝国国家の頭目としての存在感を放つこの国に、危機が迫っていた。
暁帝国によるハンカン王国制圧と言う事件が、クダラ王国の立場を揺るがせつつあったのである。
各国は、警戒しつつも何らかの形で暁帝国と接触しようと動き出しており、この先暁帝国の存在感が増す程にクダラ王国の影響力が大幅に減じて行く事となると思われているのである。
「クソッ!蛮族共が、調子に乗りおって・・・!」
玉座に座った男が罵倒する。
「全くですな。大人しく最果てで引き籠もっておれば良いものを・・・」
脇に控える大臣が同調する。
「・・・周辺の小国共の動きは?」
「今の所は目立った動きはありません。しかし、一部では接触を図ろうとする動きもある様です。」
「裏切り者共め・・・誰のお陰で今まで生き延びて来れたと思っておる!」
二人は、ひたすら怨嗟の声を上げ続ける。
「陛下、奴等はハンカン王国に居座るつもりの様です。これを放置しておきますと、我が国にとっても都合が悪い事になりかねません。」
「何だと!?反クローネル帝国国家一番の功労者である我が国を差し置いてその様な事を!?何たる暴挙だ!断じて許す訳には行かん!」
キメイダ と名乗るこの男は、全てが自分と自国を中心に回っていると思わなければ気が済まない男である。
それだけに、自身の思惑に逆らう存在を許さない。
「すぐに使いを出せ!それと、役に立ちそうな者を我が国に<招待>しろ。」
「畏まりました。」
二人は、嫌らしい笑みを浮かべた。
彼等は知らない。
決してやってはならない最悪の選択をした事に。
・・・ ・・・ ・・・
フロンド共和国
此処では、暁帝国との同盟についての議論が交わされていた。
「何を考えておられる!?レティ殿、これは売国行為ですぞ!」
議論と言うよりは、反対派の説得と言った方が良い。
フロンド共和国首脳部の多くは暁帝国との同盟に賛成しているが、長い間孤立していた事からイギリスの栄光ある孤立に近い思想も生まれており、この<孤立派>が反対していた。
事前協議で対クローネル帝国で連携して行く事が決定されていたが、これまで単独で退け続けていた実績が災いし、「我々だけで十分」「足手まといはいらない」と言った意見が孤立派から噴出しているのである。
「落ち着きなさい。」
「これが落ち着いていられますか!貴方は、我が国を滅ぼすおつもりか!?」
「止めんか!!」
一際大きな怒鳴り声に、全員が黙る。
彼は、共和国首相の マインヘイム である。
クローネル帝国を相手に指揮を執った事もある元軍人であり、レティとはパートナーとも言える関係である。
「君達は、我が国の状況を分かっているのかね?味方内で争う余裕は全く無いぞ!それに、これ以上我が国単独でクローネル帝国を退ける余裕も無い!」
「しゅ、首相・・・」
いくら強気な発言が目立つ孤立派でも、長い間前線に立ち続けて多くの功績を打ち立てたマインヘイムに言われては、強くは出れなかった。
「孤立派の諸君の言わんとする事もよく分かる。だが、此処は辛抱して欲しい。」
「・・・分かりました。」
周辺国から悉く見下されて来たからこそ、彼等は自らを奮い立たせて来た。
そして、前線に出ていたマインヘイムは、その様な周辺国の態度を幾度と無く身を以て体験して来た。
だからこそ、孤立派の意見に一定の理解を示しているのである。
そして、孤立派もその事を理解しており、マインヘイムに対する信頼もあって引き下がった。
彼等も、自国の為に殉ずる愛国者なのである。
「とは言え、我が国は他国からの支配や隷属を受け入れる事は無い。我等が小国でありながら、断固として独立を死守して来た理由を示さねばならん。その時は、君達の出番だ。」
マインヘイムは、孤立派をただ押さえ付ける様な真似はしなかった。
誰にでも得意、不得意があり、活躍出来る時と、待つべき時がある事をよく理解している。
だが、血気に逸る者達をただ待たせる事は困難を極める。
活躍の場がある事を示す事で、軽挙妄動を止めたのである。
他国よりも強い団結力を持つフロンド共和国だからこそ出来る事であり、その中でも確かな実績と信頼を持つマインヘイムだからこそ出来る事である。
「お任せ下さい!必ずや、示して見せます!」
こうして、孤立派も暁帝国との同盟締結の動きに同調して行く事となった。
・・・ ・・・ ・・・
昭南島 シーエン
「フフッ、無様だな・・・」
この街には、クダラ王国の使節団が訪れていた。
彼等は、暁帝国の支配下に入った市民を眺めて嘲笑する。
反クローネル帝国国家の人間からすれば、真っ先にクローネル帝国へ隷属したハンカン王国は何処よりも憎らしい相手である。
だからこそ、元首都であるこの街の市民は嘲笑の的となっていた。
だが、この様な結果となった原因が反クローネル帝国国家とは全く関係の無い国家であると言う事実が、彼等(クダラ王国のみ)を苛立たせてもいた。
「蛮族如きが余計な真似を・・・いずれは、この街を我が物とする筈だったのに・・・!」
昭南島は大規模な開発が行われているが、シーエンは後回しとなっている。
その為、彼等は暁帝国の正確な力を把握していない。
「よし。お前達は、我が国にとって有益な者を何人か<招待>するのだ。くれぐれも、誰かに見つかる様なヘマはするな。」
指示を受けた者達は、使節と別行動を始めた。
「さて、気は進まないが、蛮族共と面会するとしようか。」
そう言うと、今は総督府となっている元王城を目指す。
次回から、新たな火種が投下されます。




