第十八話 上陸戦
ハンカン王国上陸戦前編です。
ハンカン王国 サンカイ
先日の艦隊の出撃を目撃した市民達は、未だに興奮が冷めなかった。
「すごかったなー・・・」
「俺も乗りたかったぜ!そして、未開の蛮族共を打ち倒すんだ!」
「我が国は、インシエント大陸でもトップクラスの大国なんだ。他の中小国共も驚いてるだろうよ。」
「クローネル帝国が援軍を寄越してくれるなんてな・・・我が国が素晴らしい国である証拠だ。」
モウテンの証言通り、傲慢で他を見下す発言が相次いで吐き出されていた。
海戦で惨敗した事は知らされておらず、自国が敗北するなどとは微塵も思っていない。
信じているのは、圧倒的勝利のみである。
市民が興奮する傍ら、港では後続する陸上部隊を出撃させる為の準備が続けられていた。
だが突然出撃中止命令が発令され、つい先日までの騒がしい雰囲気が嘘の様に静まり返っていた。
出撃する筈の部隊は、サンカイの警備 海岸線の防備 要所の防衛に回されており、市民達とは違い兵士達の間には疑念が生じていた。
「何で急にこんな事になったんだ?せっかくの準備が無駄になったじゃないか・・・」
「何でも、敵の別動隊を発見したとか言う話だ。その対応の為に俺達が駆り出されてるんだ。」
「ハァ!?そんなの艦隊で何とか出来るだろう!?所詮は未開人なんだから、多少の策を弄した所ですぐに蹴散らせばいいだけじゃないか!」
「そう言うな。未開人如きに沈められた哨戒艇の身にもなって見ろ。俺達が敵を取ってやろうじゃないか。」
出撃中止命令を発した軍務卿以下は、士気の低下を恐れて今回の配置変更を「敵の別動隊を哨戒艇が発見した。既に、艦隊が急行しても間に合わない地点にいる。そこで、地上戦で迎え撃つ。敵は、哨戒艇を沈めて我が本土へ接近している。哨戒艇の仇を取るぞ!」と言う事にしていた。
しかし、敵の具体的な規模などは一切不明な上に、サンカイへ設置された司令部にすら事の真相を知らされなかった事もあり、全軍を迎撃へ回す今回の命令には不満や抗議の声が相次いでいた。
無論、その様な声は全て黙殺されているが、現場指揮官にとってはまともに統率が取れるかどうかの瀬戸際となっており、このまま戦わずして敗ける可能性を真剣に考える者すら現れ始める始末となっている。
それでも、防衛態勢自体は順調に整えられており、サンカイの南北沿岸には大規模な防衛線が構築されている。
「ん?何だ、アレは?」
北部沿岸で見張りの任に就いている兵士の一人が、水平線の彼方に何かがいる事に気付いた。
「どうした?・・・!何だアレは!?」
隣の見張りがつられて同じ方向を見ると、上空に見慣れな物体を認めた。
「あれは・・・飛竜?」
更に近付いた物体をよく観察すると、翼の様な部分が見える事から飛竜ではないかと考える。
「ッ、速いぞ!」
二人は、完全に目測を見誤っていた。
飛行物体のサイズは彼我の距離を誤認させる程に巨大であり、その速度も彼等の常識を遥かに超える高速であった。
「司令部へ連絡しろ!いそ」
ドドドドドドドドオオオオオオン
言い切る前に、爆発が海岸を覆った。
「ウ・・・ク・・・な、何が起こったんだ・・・?」
奇跡的に生き残った少数の兵士が起き上がる。
「な、何なんだこれは!?」
彼等の目の前には、ついさっきまで人であったモノと陣地の残骸が転がっていた。
ゴオオオオオオオオオオ
突如、上空から聞こえて来た轟音に驚いて上を見ると、先程の飛行物体が東へと飛んで行く様が目に入った。
軍司令部
サンカイに設置された司令部は、大混乱に陥っていた。
街の南北の海岸で謎の大爆発が連続して起き、そこにいた部隊がほぼ全滅してしまったのである。
「何が・・・何が起きたんだ!」
司令官は、思わず叫んだ。
「将軍、北部海岸線の生存者より、途轍も無い速度で飛ぶ飛竜の様な物を見たと言う証言があります。」
「何!?どうやってそんな事を!?」
今回のハンカン王国軍の行動は総じていい加減な部分が目立ち、まともに情報収集を行っていなかった事から、航空戦力による攻撃を受けると言う予測すら立てられていなかった。
流石に、飛竜を持たないとまでは考えていないが、「クローネル帝国の援護があれば、飛竜を繰り出して来たとしても恐るるに足らず」と言う楽観論が蔓延していたのである。
「だが、途轍も無い速度とはどの程度のものなのだ?」
「目撃者の証言によれば、毎時700キロは出ていたとの事です。」
「そんな馬鹿な話があるか!」
「はい、私も見間違いであると考えています。しかし、敵は我が本土へ直接飛竜を投入可能な能力があると見るべきではないでしょうか?」
副官の問いに、司令官は渋々頷いた。
「・・・そうだな。忌々しいが、手強い相手であると認めざるを得ん様だ。しかし、飛竜は船から飛ばす事は出来ん。一体、どうやって飛んで来たのだ?」
「付近に、我々の知らない島があるのかも知れません。そこから飛んで来た可能性があります。」
いくら魔術によってある程度安定した航海が出来るとは言え、命懸けである事に変わりは無い。
地球でも、近代に入るまで認識されていなかった島などいくらでもある。
それどころか、つい最近になって硫黄島と言う実例が出来てしまっているのである。
「有り得るな。だが、我等が本気を出せばあっという間に返り討ちに出来るだろう。」
「その通りです。しかし、先程の爆発は一体・・・」
問題はそれであった。
サンカイの建物の陰に隠れながらも、その更に上まで爆炎は吹き上がり、街の何処からでも目撃出来たのである。
彼等は、噴火しかそれに類する現象を知らない。
「司令官殿、先程の爆発は一体何なのでしょうか?」
彼等の思考を邪魔するかの様に、クローネル帝国から派遣された竜騎兵達が押し入って来た。
「・・・調査中だ。」
司令官は、忌々しそうに答える。
「調査中?司令官殿、何か隠しておられますな?あれ程の事が起こってしまった以上、隠し通す事は出来ませんぞ?」
「何も隠してなどいない。我々も、突然の事で戸惑っているのだ。」
「ハァ・・・どうせ、事故か何かでしょう。司令官殿、我々は辺境の未開人共を叩き潰す為に此処にいます。地上で訳の分からない事故で叩き潰される為ではない。そこで、我々はこれより独自に動く事にします。」
先程の爆発で、サンカイに配備されていた筈の竜騎兵は全滅してしまった。
彼等は、この近辺に配備されている中では、事実上唯一の残存部隊なのである。
司令官は、驚いて声を上げる。
「何だと!?お前達は何を考えている!?このタイミングで指揮系統を混乱させる様な真似など」
「我々は竜騎兵です。地上で戦う前からやられる愚は犯したくはない。先程の爆発を受ければ、黒竜と言えども無事では済みません。貴方に、その責任が取れるのですかな?」
クローネル帝国では、黒竜と呼ばれる飛竜を品種改良した竜を使用している。
一般的な飛竜が灰色を基調とした色をしているのに対し、黒を基調とした色となっている為、黒竜と呼ばれている。
最高速度は250キロ/時にもなり、鱗も非常に硬い為、この世界ではバリスタしか有効な攻撃手段が存在しないと言われている。
その高い性能故に運用経費も高く、準列強国以上でなければまともに運用出来ない。
「・・・」
その事を指摘された司令官は、何も言い返せなかった。
「それでは、我々はこれよりサンカイから移動します。逃亡はしませんので御安心を。」
そう言うと、竜騎兵達は立ち去った。
「・・・クソッ!」
司令官は、怒りのあまり吐き捨てる。
此処でも、宗主国と言う立場を利用した傲慢な態度が現れてしまっていた。
派遣された竜騎兵は、二個中隊24騎である。
彼等は、南北へ分かれて爆発現場へと向かう。
「全く、あんな奴等の指揮下に入る事すら屈辱的だと言うのに、あの様な事故まで起こすとは・・・」
竜騎兵は、飛竜の数が少ない事もありエリートである。
特に、彼等は準列強国の黒竜を乗りこなすエリート中のエリートである。
この様な場所へ派遣される事自体が不満なのである。
「しかし、一体何をしたんだ・・・?」
爆発現場の真上を飛行しながら呟く。
地面は黒く変色しており、いくつものクレーターが見える。
更に、酷く損傷した人体の一部と思われるモノも散見された。
「・・・」
あまりの光景に、ハンカン王国を見下している彼等でさえ、その惨状に巻き込まれた者達を哀れんだ。
『此方第二中隊、南岸の爆発現場上空へ到達した。』
通信魔道具から連絡が入る。
「此方第一中隊、そちらの状況はどうだ?」
『酷いものです。バラバラになった死体が大量に散乱しています。そちらはどうですか?』
「此方も同じだ。」
互いに沈黙する。
『・・・この後はどうしますか?』
「一度、海上へ出て哨戒飛行を行う。その後、王国西部の何処かへ着陸しよう。そちらは、そのまま南部を哨戒してくれ。合流地点は追って知らせる。」
『了解』
通信が終わり、二つの中隊は東へ進路を取る。
(そう言えば、司令部で敵の飛竜が目撃されたとか言っていたな・・・)
中隊長は、司令部へ押し掛けた時の事を思い出しす。
(いや、ある訳無いか。ハンカン王国にも劣る未開人共に、海を越えての飛竜の運用など出来る訳が無い。)
何故か気になったが、すぐに否定して哨戒に集中する。
「隊長、いい景色ですね。本当に蛮族共はこっちに近付いてるんでしょうかね?」
「コラァ、集中せんかァ!」
「す、すすいません。」
だが、確かに敵が近付いているとは思えない程に穏やかな景色である。
見える範囲には島陰一つ見えず、戦時中とは思えない。
そう思っていた時、突然通信が入った。
『こ、此方第二中隊、第八小隊がやられた!』
あまりにも突然の報告に、思考が追い付かない。
「落ち着け、何が起きた!?」
『突然、小隊が3騎とも爆発したんです!』
「爆発だと!?」
中隊長の脳裏に、先程のサンカイでの爆発事故がよぎる。
(アレは、事故ではなかったのか?)
だが、考察に耽っている暇は無かった。
『な、何だアレは!?』
「どうした!?」
『何かが、凄いスピードで近付いて来る!』
「正確に報告しろ!何が近付いてるんだ!?」
『光る槍の様な物が・・・ダメだ、避けられない!付いて来る!急いできゅうえ ガガガガ・・・ザッ・・・・・・』
そこで通信が途絶えた。
「オイッ、何があった!?」
「隊長、南を見て下さい!」
部下の声につられて南を見ると、黒煙が見えた。
「そ・・・そんな・・・!」
そこは、第二中隊がいた筈の場所であった。
12の黒煙が空中に浮いており、何かにやられたとしか思えない。
(光る槍と言っていたな・・・付いて来る?避けられない?攻撃を受けたのか?いや、しかし・・・)
全く経験の無い事態に、どう対処すれば良いか全く判断出来ない。
「隊長、前方から何か来ます!」
前を見ると、太陽光を反射して輝く何かが猛スピードで接近していた。
「!・・・回避、回避ーーー!」
通信にあった光る槍だと直感した中隊長は、必死に叫んで回避行動に移る。
「何てスピードだ!」
「追い掛けて来るぞ!」
「ぶつかる!」
「もうだめだー!」
ドドドドドドドドドドドドォォォン
12騎の黒竜はミサイルの餌食となり、空中に黒い花を咲かせた。
しかし、中隊長は被弾直前にサンカイへ連絡を入れる事に成功していた。
この報告を受け、サンカイは直ちに厳戒態勢にへ移行する事となる。
暫くすると、東から彼等の常識を大きく超える多数の巨大船が出現した。
やりすぎたかな?




