第十七話 海戦の後
今回は戦闘ではありません。
ハンカン王国 シーエン
「そんな馬鹿な事があるかァ!」
ハンガンは荒れ狂っていた。
自慢の艦隊が全滅したと言う報告を受けたからである。
とは言え、荒れ狂っているのはハンガンだけではなかった。
口にこそ出さないが、周囲に控えている家臣一同も同じ心境であった。
ハンカン王国の戦力は、クローネル帝国から厚遇されている事もあり、一般的な大国よりも遥かに強力となっている。
更に350隻と言う数も、一般的な中小国を圧倒出来る数字である。
これ程の戦力を以て挑んだ末に喫した大敗北は、多くの武勲に恵まれて来たハンカン王国の名誉を墜とすには十分過ぎる失態である事は素人にも理解出来る。
このままでは、クローネル帝国から何らかの誹りを受けてもおかしくない。
「それで、これからどうするつもりだ?」
ハンガンは何とか衝撃から立ち直り、報告を行った軍務卿を睨み付ける。
「ハッ!まずは、上陸して来るであろう敵部隊を陸上戦によって退けます。その後、消耗した敵を追撃し、大損害を与えた所で残存する50隻の艦隊と輸送艦を伴い敵本土へ上陸、制圧致します。」
「辺境の未開人如きに我が領土を踏み荒らさせるのか!?」
ハンガンは、声を荒げる。
「陛下、どうか冷静に。現在、我が国にはクローネル帝国の竜騎兵もおります。万全の態勢で迎え撃てば、敵は海岸から一歩も進む事は出来ません。我が軍の猛攻の前に、屍を積み上げる事となるでしょう。」
飛竜の存在するこの世界では、制空権の確保が重要となる。
しかし、空母に該当する艦が存在しない為、海上で利用する事が出来ない。
それならば、上空からの支援が期待出来る陸上戦で圧倒しようと言う訳である。
「飛竜が相手ならば、敵艦隊がどれ程強力であろうとも意味を成しません。陸上、海上共に圧倒出来るでしょう。陛下、お気持ちは分かりますが、此処はご辛抱を。」
「・・・やむを得んな。その方針で行くが良い。未開人如きが、よくもやってくれたな・・・!だが、いくら貴様等が強くとも、空からの攻撃は防げんぞ!」
艦隊は壊滅的打撃を受けたが陸上、航空戦力は無傷であり、上陸して来るであろう暁帝国軍に対し準備を進める。
・・・ ・・・ ・・・
暁帝国 東京
「それでは、報告を始めます。先の海戦の結果、320隻の敵艦を撃沈し、40隻の敵艦を鹵獲、乗員4800名を捕虜としました。我が軍の損害はありません。ですが、敵の魔導砲の射程が此方の予想を上回っており、接近した妙高が被弾し掛けたそうです。」
「そうか・・・分かった。」
山口元帥の報告を聞き、敵が大きな犠牲を出した事に動揺しつつも、事務的に返事をする。
「佐藤、敵の魔導砲だが」
「はい。スマレースト沖で使われた物は、恐らくモンキーモデルでしょう。近世の火砲は地球では2キロの射程がありましたから、今回の事も有り得ない話ではありません。ただ、精度は極めて悪いので、そこまで神経質になる必要も無いと思いますよ。それと、陸上戦用の魔導砲もあると思います。」
言い切る前に全ての質問に答える佐藤のマイペースぶりに疲れを覚えるが、気持ちを切り替えて次へ移る。
「次は上陸戦だが、大丈夫か?」
「はい。現在、王国東部にある港湾都市サンカイに上陸を敢行する予定です。しかし、敵戦力は陸上、航空戦力が無傷で残っており、上陸占領には少々時間を要すると思われます。上陸後は、第一旅団を先頭に一気に首都へ進撃を行い、国王ハンガンを確保します。」
「国王の確保か・・・上手く行くかな?」
「万一に備えて、特殊作戦連隊を別ルートから潜入させます。」
特殊作戦連隊とは、陸軍所属の特殊部隊である。
敵奥地への潜入を得意としており、敵情の収集を主にこなす他、警戒の厳しい施設や要人への襲撃も行う。 藍原の報告を聞いて納得し、次へ移る。
「それと、捕虜はどうなってる?」
「今の所は大人しくしております。ただ、我々がこの先どの様な扱いをするか不安に思っている者が多い様です。」
ハーベストには、捕虜の扱いを規定した戦時条約等は勿論存在しない。
拷問の末に殺されるか、奴隷として連れ去られるか、そのまま野垂れ死ぬ事が大半である。
その様な事が当たり前だと思っている所に、暁帝国による怪我人の治療、食事の提供と言った所謂人道的扱いを受け、「後でどんな目に遭わされるのか・・・」と不安に思っているのである。
「・・・会ってみるか」
・・・ ・・・ ・・・
西部諸島 捕虜収容所
モウテンは、大いに困惑していた。
降伏した後、彼等は暁帝国領だと言う小さな島へ連行された。
そこへ建設された捕虜収容所へ入れられたのだが、見た事も無い建材で建てられた立派な建造物であった。
入ると、収容所とは思えない快適な空間であり、高い技術で建てられている事が窺えた。
此処まではただ驚いてばかりであった一同だが、収容所生活が始まってからは驚きを通り越して不気味さすら覚える事となる。
当初、不潔極まり無い環境で過酷な境遇に置かれるものとばかり思っていた彼等は、特に不自由する事も無く日々の生活を送る事となった。
モウテンに至っては、公開処刑される覚悟をしていた程である。
だが、時折尋問を受ける事はあるものの想像していた過酷な拷問などは無く、ただ淡々と聞かれるだけであった。
それどころか、毎日三食の食事が付く好待遇である。
しかし、それ故に後でどんな扱いが待っているのかと誰もが不安を露わにし、モウテンへ相談を持ち掛ける者が後を絶たずにいた。
一般的な捕虜の待遇とは、過酷な環境で馬車馬の様に働かせた末に打ち捨てられるものである。
負傷者などは治療すら受けられず、その場で間引かれる事も珍しくない。
その様な、生きてさえいれば幸運と言える環境を常識と認識していれば、現状の待遇を不気味に思っても無理は無かった。
心配は無いと励ましているモウテンであったが、彼自身も不安を抱き続ける毎日を送っていた。
快適な環境と矛盾する心境で日々を過ごす中、職員がモウテンを呼び止めた。
「モウテン殿、所長がお呼びです。御足労願えますでしょうか?」
(・・・遂に来たか)
「分かりました、すぐに行きます。」
モウテンはの脳裏には、磔にされて剣を突き立てられる自身の姿が映し出されていた。
指揮官クラスの末路は、大抵が兵士の士気を鼓舞する為の公開処刑である。
モウテンは、悲壮な覚悟を胸に職員の後を付いて行く。
所長室に着くと、見た事の無い青年が座っていた。
「態々ごめんなさいね?此方の方がお会いしたいとの事だったから。」
(随分丁重な扱いを受けているな・・・王族か何かだろうか?)
「突然申し訳無い。自分は、東郷武尊。暁帝国総帥です。」
「私は、ハンカン王国艦隊の大将をしておりました、モウテンと申します。」
王族か何かと思っている為、丁寧な挨拶を返す。
「東郷殿、一つお聞きしたいのですが。」
「何でしょう?」
「総帥とは、どの様な地位なのでしょうか?」
「ああ、我が国のトップです。」
「エ・・・?」
サラッと告げられた衝撃の事実に唖然とする。
(この様な青年が一国の頭とは・・・この国は大丈夫なのか?)
当然の心配である。
「そ、それは、お会い出来て光栄です!」
動揺を隠し切れないまま言う。
暫く後、
話が終わり、モウテンは元の部屋へ戻った。
一国のトップと会話をしたなどと言う実感は、まるで無かった。
名称こそ違うが、王と呼ばれる人種は尊大な態度を取るものである。
例外は存在するが、ただの一軍の長に過ぎないモウテンはその例外には当て嵌まらない。
様々な事を聞かれたが手荒な真似をされる事は無く、むしろ紳士的とすら言える印象を受けていた。
(あんなに若いが一国の主だな。彼等は、決して蛮族などではない。我が国も、クローネル帝国ですら勝てないかも知れん。)
戦力的に圧倒されている事は勿論、収容所一つ取っても一目で敵わないと解る建築技術、捕虜でさえ厚遇する何らかの矜持すら感じさせる人間性・・・
あらゆる面で劣っている事を実感し、いつの間にか滅亡の瀬戸際に立たされている祖国の推移に思いを馳せた。
「色々聞けたな。」
一方、東郷はモウテンから聞いた話を振り返る。
ハンカン王国は、クローネル帝国の保護国の中で最大の国家である。
準列強国の後ろ盾の元で成長した大国と言う事もあり、国民は総じてプライドが高く、周辺国の人間を見下しがちである。
ただし、ハンカン王国へ直接やって来るクローネル帝国の官僚や使節は傲慢な態度を取る事が多い為、王国内でも良く思われていない。
今回の派遣艦隊司令官も例外ではなかったのだが、先の海戦で溺死した様である。
通常、クローネル帝国が保護国や属国の戦いに援軍を派遣する事は滅多に無く、それだけを見ても彼の国が今回の戦いに高い関心を持っている事が解る。
「これは、占領後が大変だな。」
見下している相手に占領、支配されたらどの様な反応を示すか、想像に難くない。
新たな不安要素の出現に、東郷は憂鬱になる。
・・・ ・・・ ・・・
クローネル帝国
「これ程の失態を犯すとは・・・!」
皇帝 トライヌス は、拳を握り締めながら体を震わせる。
その様子を見て、周囲に控える家臣は恐怖していた。
やがて、トライヌスは顔を上げた。
「ハンカン王国の処遇を考え直さねばならんな・・・軍事大臣、今の内に2個軍団の遠征準備を進めよ!奴等で対処し切れぬ様なら、我が軍が動かねばならぬ!辺境の蛮族共をこれ以上付け上がらせぬようにしろ!」
「ハハッ!」
軍事大臣は、直ちに編成に取り掛かった。
しかし、戦況は彼等の想像を超えた速度で進行して行く事となる。
次回、上陸戦




