第十五話 開戦
今回は、開戦直前の各国の動きです。
ビンルギー公国 暁帝国大使館
スマレースト大陸同盟から要求を拒否されたハンカン王国にて開戦準備が進む中、本来の目的である暁帝国に対して別途に使者が派遣されていた。
「本当に魔力を持たんとは驚いたな・・・まぁいい。では、用件を伝える。」
明らかに見下した態度で語り出す。
「ビンルギー公国を含むスマレースト各国は、我が国に対して多額の負債を抱えている事はもう知っていると思うが、奴等はこの負債の返済を断って来た。我が国は、これを重大な問題と捉えている。もし、このままこの態度を取り続ける様なら、軍の派遣を含めた対応を検討しており、同盟国である貴国もその対象に含まれる事となる。」
此方を格下認定している言い種に大使は不快感を覚えるが、おくびにも出さずに先を聞く。
「だが、国王陛下はその様な愚かな国と心中する運命にある貴国に、生き残るチャンスを与えて下さるそうだ。」
使者の提示した条件は、以下の通りであった。
一 暁帝国は、スマレースト大陸同盟との同盟を破棄する。
ニ 暁帝国は、硫黄島の領有権をハンカン王国へ譲渡する。
三 暁帝国は、クローネル帝国へ隷属を誓う。
四 暁帝国は、クローネル帝国及びクローネル帝国の保護国へ本土の資源を安値で提供する。
五 以上の条件が満たされた場合、暁帝国はクローネル帝国の保護国としての権利を得る。
保護国と銘打ってはいるが、事実上の植民地化要求であった。
「ちなみに、この要求は我が国の宗主国であるクローネル帝国の意思でもある。」
要求の内容からしてそうとしか思えないが、暁帝国側からすれば不可解極まり無い事である。
「何故、クローネル帝国が我が国を相手にこの様な事をするのか、その辺りを説明して貰えませんかね?」
「・・・何だと?」
「我が国は、クローネル帝国と関係を持った事が無い。にも関わらず、何故これ程までに敵愾心を燃やされなければならないのか、全く以って理解出来ない。」
ビンルギー公国が把握していたのは、強硬派がハンカン王国に対して多額の負債がある事と、その負債によってクローネル帝国から魔導砲を購入していた事だけである。
その魔導砲が役に立たなかった事が原因でこの様な事態に至ったなど、イリスと言えども予想出来るものでは無かった。
(く、下らない・・・)
一連の説明を受けた大使は、その程度の事で軍事行動に及ぼうとしているクローネル帝国を危険視すると同時に、この様な事に付き合わされているハンカン王国を哀れに思う。
「既に、貴国の軍艦によって魔導砲搭載艦が撃沈された事は把握している。これは、明確な敵対行為だ。だが、先の要求を呑めば滅ぼさずにいるどころか、保護国として遇する言っているのだ。これは、考えられない程の厚遇なのだぞ?」
「訂正すべき点がいくつかありますね。まず、魔導砲搭載艦を撃沈したのは事実だが、それは正当防衛に過ぎない。」
「正当防衛だと!?」
「その通りだ。向こうが撃って来たから、身を守る為に反撃したに過ぎない。それと、撃沈したのは軍艦では無く、巡視船だ。」
「何だそれは?」
ハーベストの国家には専用の治安維持機関は存在せず、軍や騎士が担当している。
故に、巡視船と呼べる船舶は存在しない。
「海上保安庁と言う、海の治安維持を目的とした専用の組織に所属している船だ。我が国には、警察と呼ばれる治安維持専門の機関が存在する。海上保安庁も、軍では無く警察に該当する。」
「治安維持の為に軍以外の組織を創設したのか?何とも効率の悪い・・・まあいい、それはともかくその様な詭弁に耳を傾ける気は無い。軍艦を撃沈出来るだけの戦闘力を持っておきながら、治安維持だけを目的にしているなど信じられる話では無いからな。」
ミサイルは搭載していないが、治安維持だけと言う事を考えれば有り得ない程の重武装である事は間違い無い。
問答無用で攻撃を受けた事を考えれば重武装化の方針は間違っていないが、この時ばかりは裏目に出ていた。
「此方は事実しか言っていない。」
「何が事実かはどうでもいい。重要なのは、此方の要求を受け入れるかどうかだ。」
(結局はこうなるか・・・)
どうにか弁明して躱そうとしたが、ハンカン王国が考えているのは開戦だけである事がハッキリした。
「ではお答えする。貴国の要求を拒否する。」
使者は一瞬面喰ったが、すぐに表情を元に戻す。
「フン、どれだけ抵抗出来るのか見物だな。」
それだけ言うと、使者は帰って行った。
「至急本土に連絡を、ハンカン王国が動き出した。」
・・・ ・・・ ・・・
ハンカン王国 港湾都市 サンカイ
今、首都の次に大きいこの街では、軍関係者達が慌ただしく動き回っていた。
スマレースト大陸侵攻の為の準備を進めているのである。
港には、多くの軍艦が停泊している。
その中に、一際大きい軍艦が10隻いた。
「スゲーなー、これがクローネル帝国の戦列艦かぁ!」
「これなら我が国が負ける事は絶対に無いな。」
「愚かな選択をした辺境の小国共が哀れだよ。」
市民は、港に集まって戦列艦の雄姿を見ながら口々に賞賛する。
そして、この街で最も大きい建造物である軍司令部に、軍の主立った指揮官が集まっていた。
会議室の一番奥にいる派遣軍司令官となったモウテンが話し出す
「先程、外交部から連絡があった。暁帝国は、我が方の要求を拒否したそうだ。」
一斉にざわつきだした。
「何と無謀な・・・」
「所詮は最果ての蛮族共ですな。」
「妄想と現実の区別が付かないと言う話は本当の様だ。」
そんな部下達を、モウテンは諫める。
「気を抜くな。我々の命令一つで兵達の命が消え行くのだ。敵が増えたと言う事は、それだけリスクも高まったと言う事でもある。」
「そんな弱気では、先が思いやられますな。」
水を差したのは、クローネル帝国派遣軍司令官の イサーク である。
彼は、無能と言う訳ではないが、優秀とも言えない扱いに困る人種であった。
「辺境の未開国如きに優秀な指揮官を割くまでもない。」と言う判断が上層部で為されたのだが、万が一にも失態があってはならない為、無能ではないイサークが司令官に選ばれた。
イサークは続ける。
「モウテン殿、そこまで不安ならば我が艦隊が先鋒を務めましょう。敵艦隊が現れたら、正面から堂々と突撃して蹴散らします。貴艦隊は我が艦隊の後方に陣取り、我が艦隊の撃ち漏らしを片付けて欲しい。」
「待たれよ、イサーク殿。いくら辺境の小国が相手とは言え、無策で突っ込むのは如何なものか?」
(たかが保護国の軍人が調子に乗りやがって・・・お前等は俺の言う通りにしていればいいんだ!)
(援軍は有り難いが、こんな奴が指揮官とはな・・・)
表向きは比較的丁寧にやり取りしているが、内心は互いを罵り合っていた。
「モウテン殿、我が軍の派遣は皇帝陛下の御意志だ。即ち、私の言葉は皇帝陛下のそれと思って戴きたい。貴官も帝国へ忠誠を誓う国の一員なら、お聞き入れ願いたいものですな。」
モウテンの眉間に皺が寄る。
「・・・分かりました。では、貴艦隊が先頭に立ち、我が艦隊は撃ち漏らしを狙います。」
とは言え、こう言われてしまっては聞き入れるしか無い。
味方同士とは言え、手柄の奪い合いは存在するのである。
(こんな連中に手柄を取られて堪るか!何としても、こんな僻地から抜け出してやる!)
イサークは、左遷されてこんな場所へ送り込まれたと思い込んでおり、誰よりも手柄を独り占めしようと躍起になっていた。
実際には、帝国に泥を塗った野蛮人共を葬り去った英雄として祭り上げる事が本国で決定していたが、イサーク本人には知る由もない。
方針が決まった事で、クローネル帝国の指揮官は会議室から出て行った。
「クソッ!イサークの奴め、お高く留まりやがって!」
「俺達は飾りじゃねぇんだぞ!」
「何で奴等の尻拭いなんぞをしなきゃならないんだ!」
(出撃前からこれでは、先が思いやられるな・・・)
目に見えて部下の士気が下がって行くのを、モウテンは苦々しく眺めた。
・・・ ・・・ ・・・
暁帝国 硫黄島
本土とインシエント大陸の中間にあるこの島では、ハンカン王国の侵攻に備えて準備が進んでいた。
「此処までやる必要があるんですかね?」
「敵艦隊を撃滅したら、そのまま上陸作戦をやるそうだ。」
二人の作業員が話す。
「要求を拒否したのは昨日だと言う話ですけど、それにしては準備を始めるのが早かったですね。」
「衛星で敵が要求を突き付ける前から準備をしていたのに気付いたらしい。まあ要求の内容からしても、元から殺る気満々だったんだろうなぁ・・・」
例の植民地化要求は広く知れ渡り、国民を激怒させていた。
「ホントにふざけた内容でしたね。」
そう言うと、肩を怒らせながら作業に戻る。
東京
此処では現在、開戦前の最後の会議が行われていた。
「それでは説明致します。現在、ハンカン王国東岸の都市に、艦隊が集結しております。数は300隻に上り、全艦に魔導砲が搭載されていると思われます。更に、集結中の陸上兵力は10万に達します。」
予想以上の兵力に、全員が驚く。
「これに対し我が軍は、三個師団 一個旅団 一個海兵師団 二個艦隊 一個航空団(戦爆連合)を派遣します。」
「かなり出すんだな。」
「はい。ハンカン王国を占領後、大陸からの攻撃に備えて駐留させる必要があります。」
「クローネル帝国か・・・」
東郷は、忌々しそうに呟く。
スマレースト大陸を含めた一帯に、争いの種をバラ撒いた元凶とも言える国である。
そして今回、ハンカン王国を裏で動かしている国でもある。
更に、争いの種はスマレースト大陸のみならず、暁帝国にまでバラ撒かれた。
「現在、大陸から増援と思われる戦列艦が10隻、ハンカン王国へ向かった事が確認されました。」
「増援!?」
「そうとしか考えられません。既に合流しており、間も無く出撃するでしょう。」
例の植民地化要求から積極介入して来るだろうとは思っていたが、想像以上に積極的に動いて来た事に驚愕する。
「そこまで、俺達が目障りか?」
・・・ ・・・ ・・・
クローネル帝国
「皇帝陛下、先程ハンカン王国へ派遣軍が到着致しました。」
「そうか。これで、最果ての未開国に思い知らせてやる事が出来るな。」
「ハッ!辺境の未開人共など、恐るるに足りません!我等を愚弄した未開人共に死を!」
未だに敗北を知らない彼等は、吉報が来るものと思い込んでいた。
・・・ ・・・ ・・・
ビンルギー公国
王城には現在、イリスを含むビンルギー公国首脳部と、暁帝国大使がいた。
彼等の目の前には、再度訪れているハンカン王国の使者がいた。
「貴様等は、我が国とクローネル帝国を舐め過ぎた。よって、武力を以ってその代償を支払わせる。」
「あの様な要求を出されれば、誰でも拒否するでしょう。」
大使も負けじと反論する。
「フン、皇帝陛下の慈悲も理解出来ん未開人が。」
「あれは慈悲とは言わない。野蛮人の戯言だ。」
「何だと!?貴様、恐れ多くも偉大なるクローネル帝国皇帝陛下を野蛮人呼ばわりするか!?」
使者は怒鳴り出す。
「何度でも言う。お前達は野蛮人だ。」
大使は、全く動じずに言い返す。
「不本意だが、武力行使を宣言された以上、此方も武力を以って答える。降伏する時は白旗を掲げる様に伝えておけ。」
「出来もしない事をペラペラと・・・今の言葉、国王陛下に伝えておくぞ。今の内に降伏の用意をしておけ。白旗を掲げたら、受け入れる様に言っておこう。」
そう言うと、使者は立ち去った。
そして、この宣戦布告は直ちに本土へ伝えられた。
・・・ ・・・ ・・・
ハンカン王国沖
宣戦布告から間を置かず、シーエンに集結していた艦隊は出港した。
350隻のフリゲート艦と10隻の戦列艦からなる艦隊は、堂々たる威容を市民へ見せ付けつつ、一路スマレースト大陸へ進路を取る。
風送りの魔道具を使用している為、7ノットの高速(帆船としては)で航行が可能となっている。
尚、7ノットは巡航速度であり、最高速度は10ノットである。
「大きいな」
モウテンは、クローネル帝国の戦列艦を眺めて呟いた。
イサークの事は気に入らないが、これ程の物を作るクローネル帝国の技術力と国力を内心では称賛していた。
「これ程の戦力が揃っているのです。我々だけで決着が着いてしまうかも知れません。」
参謀が語る。
陸上戦力は、徴用された民間船に乗せられて後続する事となっている。
飛竜は滑走する必要がある為、海上では使えないので陸上戦力と一緒に送られる。
「気を抜くな、失敗は許されないのだからな。」
国の威信を賭けた戦いである。
失敗すれば、死刑は免れないだろう。
「・・・そうですね。以後気を付けます。」
そう言いながらも、参謀は勝利を疑っていなかった。
「全く、何でこんな僻地へ送られねばならんのだ!」
戦列艦の甲板で愚痴っているのは、イサークである。
今回の派遣は、ハッキリ言えば面倒事以外の何物でも無い。
ただでさえ、保護国中最大の国力を持つハンカン王国が全力出撃しているのである。
たかの知れた辺境の未開国を相手に此処までするなど、異常としか言えない。
結果が最初から見えている(と思っている)戦いに派遣されるなど、左遷としか考えられなかった。
「蛮族共め、この私に余計な手間を掛けさせおって・・・命を以って償わせてやらんと気が済まん。」
ただの逆恨みを口にしながら、東の水平線を睨む。
艦隊が出港した事は、上空のグローバルホークを通じて即座に硫黄島基地へ報告された。
・・・ ・・・ ・・・
暁帝国 硫黄島
「錨あげー!」
「舫い解けー!」
威勢の良い命令を受け、乗員が出港作業を進める。
対ハンカン王国の為に編成された、<第一合同艦隊>である。
主力艦隊である第一、第七艦隊を一つに纏めた連合艦隊であり、補給艦を含めて28隻にもなる。
「いよいよだな。無事に済めばいいが・・・」
司令官である 角田 元治 大将 が呟いた。
砲雷科の重鎮である彼は、どの様な攻撃をすればどれ程の犠牲が出るかを知り尽くしている。
それだけに、犠牲者を出さない戦い方を心得ており、艦隊司令官として最も適していると判断された。
尚、この決定に際して山口元帥が激しく嫉妬した事は別の話である。
そして、今回の戦いでは捕虜や戦死者を出す事は許されていない。
二度と此方を侮って宣戦布告して来る様な事が無い様に、圧倒的な力を示す為である。
「無茶を言う。」
角田は、誰にも聞こえない様に悪態を吐いた。
東京
東郷は、自室で座り込んでいた。
遂に、一国を相手にする戦争が始まってしまった。
スマレースト紛争とは訳が違う。
明確な敵意を持って向かって来る者達ばかりでは無く、軍人とは言え罪も無い者達をも犠牲にしなければならない。
そして、その決断を下したのは、他でも無い東郷自身である。
(俺の指示で、大勢が・・・)
だが、立ち止まる訳には行かない。
東郷の脳裏に、ある言葉が浮かぶ。
『平和な国で生まれ育ったお前に耐えられるのか?』
「・・・耐えて・・・見せる・・・!」
そう口にして、覚悟を決める。
そして後日、戦端が開いた。
次回から、戦端が開きます。




