第百四十八話 汚れ仕事
裏の仕事みたいなものって殆ど分からない
映画の一つでも見とけばよかったと今更後悔しています
とある貴族家の屋敷にて、
この屋敷の主のいる部屋へ、商人の格好をした男が入室する。
「お待たせ致しました。」
「随分遅かったではないか。どうしたのだ?」
「実は、移動中に西進中の軍と鉢会わせてしまいまして・・・」
「なるほど、道から弾き出されて動けなくなった訳か。」
「左様です」
「まぁ良い、そう言う事情ならば仕方無かろう。」
「ありがとうございます」
肥満体系の主は、目付きを鋭くする。
「それで、どうだ?」
「残念ながら、締め付けは厳しくなる一方でして・・・」
「クッ・・・!」
凶報を聞き、拳を握り締める。
「今後は如何致しましょう?」
暫く沈黙した後、口を開く。
「・・・下民共に金を握らせ、暴動を起こさせよ」
「宜しいので?」
「後方が脅かされれば、外部へ目を向けている場合では無いからな。戦時下である以上、武力鎮圧など出来まい。」
「なるほど。そうなってしまえば、後は締め付けを無かった事にするしか無くなると言う訳ですな。」
「ああ、その通りだ。すぐに取り掛かれ!」
「畏まりました」
・・・ ・・・ ・・・
ガリスレーン大陸
メイジャーへの反撃を成功させ、アルテルを奪還した人類連合軍
その勢いのままに快進撃を続けているが、水面下では早くも団結に亀裂が入り始めていた。
少し前まで続いていた不利な戦況、それに対応した徴兵、及び物資の徴発、更には各種規制の強化
一般人が入手出来る情報はそれ程多くは無いが、身近に起きる変化が状況の苦しさを物語っており、それに呼応する様に徐々に苦しくなって行く生活に、少しずつ不満を蓄積させていた。
そして遂に、反撃が始まったこのタイミングで暴動が発生したのである。
規模自体は大した事は無いが、問題は戦時下であると言う事。
戦力の多くを外部へと向けざるを得ない関係上、武力鎮圧は非常に難しい。
そうで無くとも、力づくでの鎮圧は大きな反発と怒りを呼ぶ
国内へ向けられる戦力が少ない状態でやってしまえば、その後も連鎖的に発生するであろう各地の暴動を抑え込めなくなってしまう。
かと言って、巨大な敵を抱えているこの状態で放置など有り得ない。
各国は、この事態に頭を抱える事となった。
モアガル帝国 西部
秩序立った列を成して西進する一団。
人類連合軍の一員として、後方支援の為の要員となるべく派遣されているモアガル帝国軍の一隊である。
「「「「「♪~♪~♪~♪~」」」」」
騎馬の扱いに長けた民族に相応しく、全員が馬に乗っての迅速な行軍である。
そして、軍歌を口ずさみながら陽気に進み続ける。
彼等の後方には、物資を満載した荷馬車が続く。
「士気は高い・・・良い事だな。」
部下の様子を眺め、隊長は呟く。
「・・・・・・ん?」
同じ頃、同隊の露払いとして先行している騎兵小隊は、中規模の人混みを見付けた。
近付くと、未非武装の民間人である事が判った。
「お前達、此処で何をしている?」
小隊長が代表して話し掛けると、一斉に顔を向ける。
訓練されている訳でも無いにも関わらず、妙な統率性を感じさせる動き、やや前景になりつつ緩慢なその姿勢、そして胡乱げな表情。
何とも言えない不気味さに、思わず怯む。
(何か妙です・・・警戒した方が良いかと)
隣にいる副官が、アイコンタクトで危険を訴える。
「もうじきこの道を我が軍の大規模部隊が通りかかる。悪いが道を開けてくれ。」
警戒しつつも言うべき事は言わなければならない。
だが、直後にその集団の目付きが変わった。
「おまえらがあぁぁぁぁぁ!!」
「息子を返せ!夫を返せ!」
「何も渡さんぞォ!死んでも渡してなるものか!」
突然の変容
その剣幕に、馬も恐怖で暴れ出す。
「くっ・・・何だ、何なのだ!?」
「やめんか!大人しくしろ!」
彼等は、一般人相手に武器を振るう事を良しとはしていない。
何とか止めようと怒鳴るが、まるで効果が無かった。
「お、おい、やめろ!うわあああ!」
遂には、馬上へ飛び掛かり引き摺り下ろされる者まで出始めた。
「総員、抜剣!強行突破する!」
最早、形振り構ってなどいられない。
明確な危害が加えられた事で敵と認識し、交戦許可を出す。
「ウグアッ!」
「やりやがったぞ!囲め囲めェーー!」
「殺せ、みなごろギャッ!」
少数とは言え、訓練された正規軍に非武装で挑むのは蛮勇に過ぎた。
包囲されかかっていた小隊は、あっという間に脱出に成功した。
「ハァ…ハァ…何人やられた!?」
「4人です!」
「クッ・・・何だと言うのだ!?」
味方である筈の国民の突然の凶行に動揺を隠せない。
「どうしますか?」
「・・・とにかく、本隊に至急報告を。このまま進むのは危険過ぎる。」
小隊長の脳裏には、人間の集団とは思えないあの表情がこびり付いていた。
・・・ ・・・ ・・・
暁帝国 国防省
「・・・以上が、ガリスレーン大陸各所で発生している異常になります。」
反功が本格化したこのタイミングでの凶報に、誰もが動揺の色を隠せない。
モニターに映る空撮映像には、暴れ回る一般市民の姿が映し出されていた。
つまる所、暴動が発生しているのである。
複数国を跨いでの同時多発的な暴動は、瞬く間に大陸内に於ける軍の移動を阻害する要素となり果ててしまった。
むしろ、その点に関しては最前線となっているイズラン公国の方が安全である程であり、難民の一部が戻り始めている程となっている。
「いずれはこうなるだろうと思ってはいたが、予想よりもかなり早い。」
「それに、暴徒の凶暴化、大規模化も異常な速度だ。」
本来の予想では、一ヶ所ないし二ヶ所、何処かの市街地でデモ行進に近い程度の小規模な暴動が自然発生し、その噂に乗じる形で徐々に広がりを見せると見積もられていた。
ところが蓋を開けてみれば、武装した(短剣や木の棒)数十人規模の暴徒が数十ヶ所で暴れ回る所から始まった。
「いくら何でも異常過ぎます。人為的に引き起こされたと見るべきでしょう。」
「既に対外情報局が動いている。状況によっては、此方で事に当たる必要があるだろう。」
「特殊作戦連隊へ非対称戦準備を下命します。」
情報省
同じ頃、
「現地潜伏員より、確認の取れた暴動の詳細が上がっています。」
暁帝国の政府機関の中でも、文字通り情報を司る情報省。
その傘下には、二つの機関が存在する。
国内の防諜を主とする<内部情報局>
国外での諜報を主とする<対外情報局>
それぞれの管轄は、おおよそ暁勢力圏とそれ以外で分けられている。
例外は勢力圏外に存在する大使館等の政府機関や進出した民間施設であり、これは内部情報局の管轄となっている。
今回は、対外情報局の諜報員から入って来た情報が主となっている。
「結論から言いますと、特定の扇動者がいるのは確実です。」
「戦争を口実に国民を締め上げる横暴を許すな」「敵の蹂躙を許す無能を叩き出せ」「民を苦しめている真犯人を引き摺り下ろせ」
暴徒が叫んでいるのは、揃いも揃ってこの様なモノである。
全く関連性の無い場所から同時多発的に火の手が上がり、しかも共通の主張をしているのは、どう考えても不自然でしか無い。
また、暴動を直接撮影した映像も送られており、その中には暴徒の間を精力的に駆け回り、敵愾心を煽り立てている人物が映っていた。
『君達は何か悪い事をしたか?ただいつも通りに生活するのが悪い事なのか?国の役人はこう言った「此度の戦いの為の協力を拒む者は人類の敵である」そう言って何をした?食料を持ち去った 衣類を持ち去った 金を持ち去った 何が人類の敵だ!民を苦しめている奴等こそが敵だ!民から奪うしか出来ない無能が偉そうな口を利くな!安全な場所で寝惚けているお前達が戦って敵を追い出せ!西から逃れて来る民に苦しみながら手を差し伸べて来た皆にとんでもない横暴を働いておいて何が人類の敵だ!これ以上の横暴など我慢出来ん!』
イズラン公国以外のガリスレーン大陸諸国の近況は以下の通りである。
鎮定軍による侵攻が始まってから発生した難民が東部へ逃れ、頼れる親戚のいる者はそこへ落ち着いたが、それ以外はそうも行かなかった。
戦時下と言う事もあり、軍事に関わる端仕事ならばいくらでもあったが、住まいを追われているだけにそれだけでは生活出来ない。
そんな中で、現地住民が善意で手を差し伸べる事態が各所で発生する事となった。
着の身着のままの難民に対して古着を提供し、定期的に炊き出しを行い、場合によってはちょっとした仕事を提供して僅かながら報酬を渡した。
そこまでならばただの美談で済むが、問題はそうした活動を行っている住民も余裕が無いと言う事である。
中世ないし近世レベルの国家での出来事である為、一般人は基本的に多くが上流階級に蓄えを持ち出されてしまう。
それでも最初は治安の悪化等を危惧して支援に動く者もいたのだが、本格的な戦時体制へと移行すると事情が変わった。
戦時下は大量の物資を消耗する事となる為、まず物流の統制が始まった。
これにより、まずは物価が高騰を始めてしまい市民生活を直撃した。
次いで、商人が自由な売買を大きく制限される事となり、取り扱っている商品の多くが国に買い叩かれる事態となった。
そして、本格的な軍の移動等が発生すると、今度は移動先での物資の徴発が頻発した。
これ等一連の動きは、世界中で見られるごく当たり前の光景であるが、難民の世話をしている光景がそこかしこで発生している今回に限っては悪手となった。
通常であれば「仕方無い」で済ます筈の一般人が、今回は不満の態度を露わにしたのである。
無論、君主国家がその様な声に耳を傾ける事は無い。
とは言え、不満は確実に溜まり出した。
そのまま時間が経過する中、とどめとなったのが人類連合軍の発足である。
各国は、これ幸いとこの件を大いに利用する事となる。
人類の為 人類の団結の為 と大手を振って強権的な収奪を開始した。
徴発を渋れば人類の団結を乱す敵と見做される
娘の供出を拒否すれば人類を守る戦士に仇為す敵と見做される
難民を優先すれば敵と通じた人類の敵と見做される
必要以上の横暴を働く輩が急増し、また国もそれを一切止めようとしない。
そして、富裕層も人類の団結の名目の元、より一層厳しい制限を課せられる事となった。
場合によっては、保有財産の八割を税として回収される例すらある始末である。
これ程の横暴を働いているにも関わらず、リターンは人類の守護などと言う抽象的なものでしか無い。
むしろ、直近の行いのせいで明日も無事に生きられるか怪しいのが実情なのだから、守っているなど笑止千万な話であった。
唯一、モアガル帝国だけは自前の国力のお陰でそうした行為もある程度抑える事に成功していたが、近代まで続く事となる軍事行動の宿命からは逃れられず、他より緩やかとは言えど不満は蓄積している。
そして、よりにもよって反攻が開始されたこのタイミングで爆発したのである。
だが、その不満の度合いや不満の大きい層は国によってそれなりの差があり、同時多発的な今回の爆発はどう考えてもおかしな話であった。
そうして送られて来た今回の映像は、疑惑を確信へと変えた。
「非常に拙いな・・・主張そのものは理不尽でも何でも無い。」
「はい。むしろ、彼等の置かれている境遇こそが理不尽です。」
「だが、このまま放置していては戦争の推移に影を落とす。」
「各国も放置はしないでしょう。ですが、やり方が問題です。」
君主制の人治国家のやり方を想像し、気が重くなる。
楽観的に見ても、暴力で頭から抑え付けた上で多数が収監される未来が見える。
悪ければ、多数の死傷者が発生する。
いずれにしても、ごく短期間しか効果が見込めないばかりか、火に油を注ぐ事となる。
「味方と闘う羽目になるのは御免だが、このままだと時間の問題か・・・」
「仕方ありませんねぇ・・・動かすしかありませんね」
その言葉に動揺が走る。
しかし、その動揺など何処吹く風で、事務次官 近藤 昇 は続ける。
「自主的な暴動であれば干渉する必要はありませんが、明らかな妨害行為である以上、座視しては此方にも飛び火するでしょう。それだけは避けなければなりません。」
人類の団結を名目とした横暴が元凶である以上、その矛先がいずれ連合結成の仕掛人である暁帝国とセンテル帝国へ向くのは想像に難くない。
そこまで辿り着いてしまえば人類対メイジャーの構図は脆くも崩れ去り、むしろ人類の団結を乱す者として互いを罵倒し合い、それを口実に粛清を繰り広げつつ自国勢力圏の拡大に腐心する事となるだろう。
それは最早、世界大戦の再燃である。
真の敵を前に内輪揉めなど愚の骨頂だが、人類の歴史ではその様な事象など枚挙に暇が無い。
「私達がやるべきは、あくまで扇動を止める事だけです。暴動そのものには手を出しません。」
「ですが、それではこの後の展開に支障が出るかと」
「早まって短絡的な行為をした結果がこれです。頭を冷やす良い材料になってくれるでしょう。」
職員は、不承不承に頷く。
「では、早速現地諜報員に連絡を取ってください。任務は黒幕の捜索と・・・暗殺です」
・・・ ・・・ ・・・
モアガル帝国 アリ
モアガル帝国西部に存在する、国内第二の都市である。
ルーツが遊牧民であるモアガル帝国だが、国家へ脱皮を図る第一歩として築き上げた最初の定住地として整備されたのが、このアリである。
都市整備のノウハウが無い中でなし崩し的に拡大を続けた結果、無秩序で雑多な都市となってしまっている。
その為、交通の要衝となりつつも複数の顔役が互いに縄張り争いを繰り返す修羅の街ともなっている。
本来ならば国が鎮圧に乗り出す所ではあるが、多額の上納金を受け取る事で財政が潤っている為、見せ掛けだけの警備を張り付けるだけで荒れるに任せるのが実情である。
そして、その様な危険な街に見慣れない一団がやって来た。
南東エリア
アリは、各勢力によって五つに分割されている。
本来の街の支配者が滞在する市庁舎を中心とし、中立地帯となっている中央エリア
妖人族 メルド を長とし、最大勢力を誇る<メルドファミリー>の統括する北西エリア
同じく妖人族である ミルド を長とし、メルドファミリーをライバル視している<ミルドの狼>の統括する南西エリア
獣人族である ティゲル を長とし、戦闘力では最強と言われる<前門の虎>の統括する北東エリア
ドワーフ族である ハルト を長とし、各勢力では最小となっている<大槌>の統括する南東エリア
「意外と静かだな」
大槌のエリアへと入った人物は、思った以上に秩序立っている光景に驚く。
犯罪の巣窟に等しい場所とは言え、統率された組織の支配下にあるお陰で一定の秩序を保っている。
むしろ、その秩序から外れた行為を罰する程であり、各エリアの抗争に連なる行為を除けば、各組織は治安維持機関としての役割も担っているのである。
「ん?オイ・・・」
「ああ」
そうした光景を眺めつつ歩を進めていると、道端で座り込んでいる一団が目を向ける。
こうした場所に住まう人間は、異物の臭いに敏感である。
すぐに立ち上がって道を塞ぎにかかる。
「何の用だ?」
「へぇ・・・いい度胸だな、お前さん達。」
体中に傷跡を持ち、短剣から槍まで様々な武装をしている者達が前に出ながら全く怯まない様子に感心する。
「見た所、大槌のメンバーか?」
「それを知って入り込んだのか。探求心も行き過ぎると身を滅ぼすぜ?」
そう言いつつ、武器を構える。
「争いに来た訳じゃ無い、お前達の長に用があって来た。」
「ハッ、そんな馬鹿な話に誰が乗るかよ!」
先頭の男が長剣を突き出す。
「やれやれ・・・」
「な・・・!」
突き出した刃が相手を貫く事は無く、それどころか刃先を掴んでそのまま奪い取ってしまった。
しかも、普通であれば表面が切れて出血する筈が、そんな様子は全く無い。
「テメェ等、何者だ!?」
「名前は明かせないが、この大陸の者では無いとだけ言っておこう。」
「何?そんな連中が何しにこの街に来た?」
「さっきも言ったが、大槌の長ハルト氏に用があって来た。少し公開すると、ハルト氏に縄張りを広げて貰いたいのだ。」
思わぬ話題にざわつく。
本来であれば一蹴している所だが、先程のやり取りで実力が及ばない事は理解していた。
退ける事が出来ないのであれば、要望に沿った行動を摂るしか無い。
「少し待っていてくれ、上に掛け合ってみる」
「兄貴、マジで言ってるんですかい?」
「気持ちは分かるが抑えろ。絶対に馬鹿な真似はするんじゃないぞ」
(結構慕われてるんだな・・・)
少しのやり取りの後、先頭の男はエリアの中心へと駆け出した。
暫く後、
居残り組に不信の目で見つめられながらいくらか経つと、統率された装備に身を包んだ集団がやって来た。
「こいつ等か?」
「そうです」
先程の男は、指揮官らしき男の隣で確認を取る。
よく見ると頬に痣が出来ていた。
「ハルト様に会いたいと聞いたが、間違い無いな?」
「そうだ」
「支配エリアの拡大に関する話との事だが?」
「そうだ」
指揮官との短い問答が終わり、今度は仲間内で話し合う。
暫く待っていると、向き直って口を開く。
「わかった、ハルト様に会わせよう。一応言っておくが、早まった真似はしないように願う。」
「感謝する」
「それと、コイツがいきなり無礼な事をしたそうだな。お詫びする」
そう言って頭を下げる。
(情報通りだ。此処の連中に任せて良さそうだな)
そうして彼等は、顔役の一人であるハルトの元へと向かう。
なかなか話が進みませんね
かと言って前みたいにどんどん省略すると描写不足で気になる部分がいっぱい出るし、悩ましい




