第百四十七話 人類対旧人類
pcを新調してからやりたい事が多過ぎて、気付いたら結構な間が開いてしまいました
イズラン公国 アルテル
連合軍の反撃が始まってからと言うもの、鎮定軍は劣勢に立たされていた。
敵に損害は与えられているものの防衛線は次々と突破されており、戦略的な敗北も刻一刻と迫っている。
「敵機甲部隊、既に20キロ後方へ浸透!」
「ええい、たかが旧式の軽戦車如きにいい様に翻弄されおってェ!」
「正面よりの敵軍、前衛部隊を突破した模様!残存戦力も分断されています!」
「後方の予備を出して救援へ向かわせろ!」
「敵襲撃機の活動で移動が思う様に出来ません!高射連隊も対応限界を超えています!」
「クソッ、クソクソ、何故だ!?何故こんな事に!?」
アルテルの中央に位置する元マフェイト邸に設置された戦域司令部にて、幕僚達は憤っていた。
勝利の見込みも、生還の見込みも無い事は、最初から全員が覚悟している事である。
しかし、それでも少しでも多くの敵を道連れにする為、可能な限りの準備を行って来た。
にも関わらず、戦況は当初の予想を大幅に下回り、まともな抵抗など殆ど出来ないままに次々と突破を許す羽目となっている。
「くぅ・・・何て事だ、砲声がもうこんな近くまで・・・」
「敵軍、街の郊外に到達!間も無く市街戦に突入します!」
外では爆音、内では凶報が彼等の心を搔き乱す。
そんな中、部屋の奥で座っている司令官だけは眉間に皺を寄せつつも冷静さを失わずに佇んでいた。
「・・・・・・」
何も言わず、ただひたすらにじっと座っている。
「閣下、間も無く市街戦となります。今の内に司令部を後方へ下げるべきかと。」
部下からの進言を受け、漸く口を開く。
「ならん」
「閣下・・・?」
一言だけ発し、再び口を閉ざした司令官の様子に、周囲は違和感を覚える。
「閣下、如何なさいましたか?」
動揺が広がった為か、流石に語り始める。
「判明している限りの敵の内情を報せよ。」
「・・・我が方から見て旧式の軽戦車が多数、ボルトアクションライフル及び機関銃を所持する歩兵多数、低速の襲撃機複数、その他我が方に劣る装備の敵軍が攻勢を掛けております。」
「敵の本命は何処だ?」
「は?いえその、恐らくは後方へ浸透した軽戦車部隊が本命かと。」
「有り得ん」
要領を得ない返答に困惑する。
「先の会戦に於いて、寡兵ながら我が方を圧倒せしめた者共がいた筈だ。」
彼等は、進撃を続ける中で時折出会う不可解な報告を目にしていた。
得られた情報を総合すると、僅か数百名の部隊
取るに足らない筈の小規模部隊に各地で手も足も出ない程の惨敗を喫し、いくつもの小隊、或いは中隊が次々と連絡を絶った上に、その影響で全体の進撃に重大な遅れが生じたと言うものである。
だがその様な報告は、先の第三会戦以降は全く見られなくなった。
ただのフーファイターに過ぎないと言う意見が増していたが、それでも心に暗い影を落としていた。
「閣下は、その連中が存在すると?」
「いる、確実にな。そして、それこそが敵の本命だ。」
既に散々に戦線が引っ掻き回されている中、実在が疑われる程の強敵が追い打ちを掛けて来るなど、最早死刑宣言に等しい。
「最初から勝利の見込みなど無い事は分かり切っているのだ、今更動揺などするな。」
絶望的な空気が蔓延を始める中、その様な空気など何処吹く風で語る。
「君等も愚者になりたいのか?指導者メイジャーに反旗を翻すあの愚者共と同類になりたいのか?」
その言葉に、今度はいきり立つ。
「いくら閣下と言えど、その様な言動は心外です!」
「指導者に逆らうなど、本当にあるとお思いか!?」
「閣下、流石に言い過ぎかと。」
この中にメイジャーは一人もいない。
メイジャーを指導者と仰ぎ、妄信とも言える態度を示す彼等は、神話の時代から現在に至るまで秘かに続いていた支配の結実である。
人類の祖先と思われていたメイジャーは実は人類の敵であった事が判明し、英雄を中心とする反乱によって数を減らしつつボルゴノドルフ大陸へと駆逐された。
しかし、それはメイジャーだけでは無かった。
当時から人類は一枚岩であった訳では無い。
反旗を翻す者が多かった一方、少数派と言えどメイジャーに付き従い続ける者も一定数存在した。
妄信が当たり前の洗脳と呼んで差し支え無いメイジャーによる支配、実力主義への移行と行き過ぎた人体実験によって生じた綻びは反乱を呼んだが、同時に完全に除去出来る様な代物でも無かったのである。
今の彼等はメイジャーでは無いが、最早人類とも呼べない何かであった。
「ならば、指導者に勝利の為の礎を提供しよう。そして、指導者の仇の住まう大地は、最終的には我々に取って代わられるのだ。」
メイジャー対人類の生存競争に、新たな参加者が敵として加わった。
「報告、現在此処へ接近している敵の側面より、新手が出現!明らかにこれまでとは異なる相手との事!」
場が凍り付いた。
暁帝国軍 第一海兵師団
アルテルの敵と正面衝突を開始したセンテル帝国軍第二師団の側面から攻撃を開始した第二師団。
片翼方位をする形となり、突破を許しつつも残っている抵抗力を根こそぎ奪い取る。
その様は、多少の苦戦を強いられていた第二師団とは比較にもならない蹂躙戦であった。
『一時方向、対戦車砲を確認』
『照準良し』
『撃て』
『・・・命中、対戦車砲の破壊を確認』
『敵歩兵小隊の展開を確認 攻撃を要請』
『了解、通常弾を装填 その後、機銃掃射を行う』
『撃ち方始め』
『敵歩兵、潰走』
『確認した 前進せよ』
設置した障害物も、物陰に隠れての奇襲も、後方からの援護も、決死の反撃も・・・・
何もかもが、その機能を発揮する以前に無残にも無力化されて行く。
数キロの距離がありながら、塹壕から顔を出せば撃たれ、カモフラージュを解けば撃たれ、進行方向にいれば撃たれる。
目視確認しか想定していない鎮定軍の防御策は、様々なセンサー類を駆使した現代技術の前に完封を余儀無くされていた。
戦闘ではなく、ただの蹂躙。
市街地の被害を抑える為に砲兵の攻撃こそかなり控えめだが、そんな物は何の慰めにもならない。
敵からすれば、正体不明の攻撃に晒され続けて危機的状況、意味不明としか言いようの無い出鱈目な戦況である。
『第二師団より入電 [市街地ヘノ侵入二成功ナレド、攻撃苛烈 支援ヲ要請ス]』
『了解 既に塹壕を突破した これより、市街地へ突入する』
シレイズ郊外
『上だ!窓に狙撃兵!』
『前方にバリケード!グスタフ持って来い!』
『構えろ、横の路地裏から回り込んで来てる・・・』
『被弾、被弾!衛生兵ーー!』
街の外れに臨時に設置された多数のテント。
そこには、様々な服装をしたガタイをの良い面々が佇んでいた。
彼等は、各国から派遣された観戦武官である。
イズラン公国との間でなし崩し的に決定された武官派遣の波が急速に周辺国へと波及した結果、普段であれば絶対に御目に掛かれない列強国の軍事行動であるだけにその意気込みも半端な物では無く、総数200名を超える規模となっていた。
流石に司令部に収まる規模では無い為、街の郊外の空き地に観戦武官用の収容施設を設置する事となった。
内部には多数のモニターと武官用の席が用意され、前線の映像がリアルタイムで映し出されている。
それを見る武官の顔は、揃って真っ青であった。
「こ・・・こんな・・・こんな」
「凄まじいとしか言いようが無い。こんな戦いに身を投じようなど・・・」
「本国に何と報告すれば良いのか・・・お上に信じて頂けるかどうか・・・」
「これが、列強の戦か・・・」
「我等が出しゃばるなど、おこがましいにも程があると言う事か・・・」
当事国であるイズラン公国以外の国は、派遣の際に共通してある思惑が存在した。
この先の戦いは、列強国であろうと苦戦は免れないものとなるだろうとの確信の元、この場を利用して大々的な援軍宣言をしようと言うものである。
苦しい時だからこそ自分を高く売り込み、多くの利益を得る腹積もりであった。
また、あわよくば戦場で各種最新装備の鹵獲も目論んでいた。
だが、言い出すタイミングを窺っていた武官達は、映像を見るなり馬鹿げた皮算用に過ぎない事を思い知らされた。
確かに苦戦してはいるが、戦況は此方が優位であるのは疑いようも無い。
これでは自軍を高く売り込む事など出来ないが、それ以前に近代戦の経験が皆無なのである。
血も涙も流れるが、何処までも無慈悲で合理的で凄惨極まる光景が広がるのが近代の戦場である。
映像越しではあるが、その光景を見せ付けられてまで自信を持って自軍をアピール出来る者は一人としていなかった。
「あの武器・・・銃の類だろうが、どうやってあんなに連射を?」
「うーむ・・・我が国の技術で同様の物を作るとどうなる?」
「遠距離攻撃の連射の発想は遥かな太古より存在しますが、機構の複雑化と素材の耐久性の問題に突き当たり、同時にコストが膨大になる事から現実的ではありません。」
「砲撃も凄まじい威力だ。射程もとんでもない。」
「これでは、我々が普段想定している間合いでは、野営地も丸ごと射程内に収まってしまうでしょう。」
「地上にばかり気を取られてはいかん。空の脅威も恐るべきものだ。飛竜は最早時代遅れなのだろう。」
同様に吞まれていない者は、目に入る事象の考察に耽っていたが、あまりにも隔絶し過ぎた実態に自国が全く敵わない事実が重く圧し掛かり、その様子は諦観に満ちていた。
アルテル市内
同じ頃、市街戦へと突入した連合軍は新たな展開を迎えていた。
「・・・この辺は粗方掃討出来たみたいだな。」
センテル軍の一隊が、静寂に包まれた周囲を見渡す。
「嫌な静けさだ」
銃声や怒声が鳴り響いていた時は、いつ自分が弾に当たるかと恐怖し、一刻も早く抜け出したかった。
それが今では、あの騒々しさが懐かしく感じている。
何が起きているのかが(嫌という程)分かる分、騒がしい方が遥かにマシであると骨身に染みていた。
「よし、移動するぞ」
暫く瓦礫に身を潜めていたが、状況が何も動かない以上はいつまでもじっとしている訳には行かない。
「一班は前進、二班は援護を」
二班が膝立ちで銃を構えると、一班は瓦礫から一気に身を乗り出す。
パパパパパパパパパパパパパ
走り出すと同時に連続した銃声が鳴り響き、足元のレンガが弾ける。
二班はすぐに銃声のした方を向く。
ダンダンダンダンダン
ボルトアクションの為、連射能力の差は歴然であり、多少の焦りが出る。
「待て!」
隊長が叫び、第二射は放たれなかった。
「どうしたんですか?」
「今の銃声は敵じゃないぞ、クソッタレが!」
部下の質問に吐き捨てる。
「おい、そっちは何者だ!?」
物陰から顔だけ出し、大声で尋ねる。
「何だぁ、敵じゃ無ぇのか!?」
「我が帝国の識別証が見えねえのかクソが!」
多国籍軍となる事を事前に想定し、誤認を避ける為にセンテル兵の軍服の肩には国旗が縫い付けられている。
「こんな遠くから見える方がどうかしてるわ!頭を使えや!」
互いに罵り合いながら立ち上がる。
顔が見える所まで近付くと、自己紹介が始まった。
「暁帝国軍海兵隊所属、加藤 一郎 一等陸曹だ」
「センテル帝国陸軍所属、フート 一等軍曹だ」
言い終えると、握手する。
「会えて良かったよ、クソッタレ!」
「こっちもだよ、ファッキン!」
彼等は、アルテル市内で初めて合流を果たした部隊となった。
その後も各地で次々と合流を果たした両軍は、着実に敵を街の中心へと追い立て、包囲網を狭め続けた。
趨勢は決し、降伏勧告を行うべく全軍に停止命令が発せられた。
『市街中心へ立て籠もっている敵軍に告げる 既に勝負は付いた 投降されたし』
繰り返し発せられる降伏勧告
しかし、一向に反応は返って来ない。
無意味な勧告を聞きつつ、最前線で加藤とフートは語り合う
「こっちの勝ちは決まったが、敵に降伏の意思は無しか。」
「何を考えてると思う?」
「・・・自爆とか?」
「縁起でも無い事を言うんじゃない」
「どっちにしても、連中は全人類の支配を宣言しちまったんだ。降伏しても嬲り者とか考えてるんじゃないか?」
人類同士でさえ普通に想像される状況であるだけに、安易に笑い飛ばせない。
「つっても、立て籠もってるのが全員メイジャー本人ならともかく、その下にいる人類だろ?向こうも被害者だろうし、これ以上撃ちたくないんだがなぁ・・・」
メイジャーの支配から人類を守ると言う大義名分を持ちながら、その実態は未だにメイジャーの支配下にいる人類との戦いとなっている。
この現実に少なからず苦悩する者もおり、可能ならばこれ以上の犠牲は出したくないと言うのが本音であった。
降伏勧告が開始されてから一時間、
『既に勝負は付いた 投降されたし 投降する場合は、白旗を掲げよ』
一向に反応は無く、降伏勧告は拒否されたと判断、攻撃命令が下令された。
しかし、前線では大幅な士気低下が見られていた。
それに対し、司令部から無線越しに一つの見解が示された。
『諸君、今現在目の前にいる敵は、神代の時代にメイジャーの支配を受けていた人類の子孫である 我々が敗北した時の、未来の自分と言っても良いだろう 彼等もまた、メイジャーの被害者に違いは無い だが、今彼等がやろうとしている事は何だ?メイジャーの意向に従い、メイジャーの為に戦う者が人類と言えるのか?諸君等の懸念はよく理解しているつもりだ だが、それでも我々は武器を持たねばならない 我々が武器を捨てるその時は、人類が再びメイジャーの支配下に落ちる時と心得よ メイジャーに抵抗する者が人類であると定義するならば、彼等は既に人類では無い メイジャーでは無いが人類でも無い彼等は、旧人類とでも呼称しよう 諸君、彼等に人類の残滓がある事は確かだが、最早人類では無いのだ これは、人類とメイジャーとの戦いであると同時に、人類と旧人類の生存競争でもあるのだ 我々は何としても、この戦いに勝利しなければならない!我々自身の為に、明日を生きる子供達の為に!』
後ろめたさを感じつつも、戦闘は再開された。
敵は人類では無い
この免罪符は、玉砕を前提として戦い続ける敵を目の前にした兵士達によく効いた。
人類の敵が、新たに一つ追加されただけ
人類が生き残る為に、抵抗をやめない敵は殺さなければならない
人類が勝利する為に、立ち塞がる敵はこの先も倒し続けなければならない
良識によって精神を潰されそうになっていた者達は、ある種の精神ドーピングによってその危機を免れた。
だが同時に、そのドーピングは効き過ぎた。
最早、歯止めが利かない殺戮が開始される事となったのである。
生存競争
言い換えれば、それは絶滅戦争である。
勝った方が生き残り、勝った方が絶対の正義となる。
アルテル攻防戦は、連合軍の勝利で幕を閉じた。
敵軍の生存者は皆無であった。
某宗教戦争もある種の精神ドーピングと言える煽りをやって皆殺しまで行きました
人を戦争へ駆り立てる行為は、いつの時代も変わらないのかもしれません




