第百四十三話 次の局面は
数が揃っても野党の弱体化が止まらない。
長期安定政権は良いとは思いますが、今の状態は権力の抑制の機能が不十分だと思います。
新政権で国内がどう推移するのか不安だらけです。
ガリスレーン大陸
ブシルーフ領西部がメイジャーの占領下に置かれて以降、その動揺は計り知れない程に巨大なものとなっていた。
国力の大きいモアガル帝国はともかく、その他の国は再編が成って間も無く、それ以前の戦乱の記憶が生々しい者も多い。
以前から活発化していた疎開の動きが加速し、遂には各地の貴族が身内を信頼の置ける使用人と共に逃がす程となった。
大した責任の無い下級貴族に至っては、本人さえも逃げ出す有り様であった。
その受け皿としてモアガル帝国、余裕のある家はセンテル帝国を頼っており、予想外の事態に両国は慌てて対応の検討を始めている。
返答待ちの状態が続いている為、平民と異なり外交交渉の名目を持つ者を除いて国境付近で立ち往生しているが、それが余計なトラブルを持ち込んでいた。
貴族の立場を傘に着ての平民に対する侮辱、国境線での警備兵との押し問答、消耗品の買い付けで繰り返される略奪同然の行為。
全員と言う訳では無いが、多くがこうした行為に加担していた。
難民の続発によって治安は以前から悪化の一途を辿っているものの、本来これ等を取り締まるべき立場にある筈の人種が真逆の行為に手を染める現状は、各国の統制と権威の下落を現地に強烈に印象付ける事となっていた。
一方、まともな貴族の行動は二極化されており、不逞を働いている面子の処分、又は上位者への告げ口によって押さえに掛かるか、見て見ぬフリを決め込むかしていた。
だが、どちらにしてもまるで手が回っておらず、むしろセンテル帝国軍が駐留している前線に近い地域の方が安定している有り様であった。
しかし、前線は前線で後方とは異なる問題を抱えていた。
イズラン公国 シレイズ
「さぁ、今こそ出陣を高らかに宣言なされよ!」
「貴軍らにかかればメイジャーと言えども鎧袖一触、この勢いのままに前進すれば大勝利は確実!堂々たる凱旋を陛下へ献上出来ましょう!」
ブシルーフ領の内、唯一人類側に残された街であるシレイズには派遣軍司令部が設置されている他、アルテルの行政も移されており、各方面との擦り合わせの為にマフェイト、藍原、ルメイが集まる機会が多いのだが、狙い済ましたタイミングで暴走気味な武官が度々押し入ってはこの様な主張を繰り返しているのである。
「何度でも言いますが、此方の返答は変わりませんよ。」
既に表面を取り繕う事すら無く、武官へ向かって藍原が言い放つ。
「一体、何処まで我々を失望させるおつもりか?世界最強を呼号する貴殿らがこれ程までに及び腰とは、何故取って代わろうとする者が存在しな」
「衛兵、武官殿がお帰りだ!」
「ハッ!」
「な、何をするか!?放せェー!」
「マフェイト、どう言うつもりだぁーー!!」
マフェイトの命令に迅速に応じた衛兵に両脇を抱えられ、武官は無理矢理退室させられた。
(何処まで失言を重ねれば気が済むのだ!?)
「失礼致した。」
下手をしなくとも外交問題へ発展する事態に、マフェイトは神経を磨り減らす。
当初、早期の反撃を強く要請していたイズラン公国政府だが、正式に派遣された訳でも無い先程の様な武官が暴言失言を連発している為に、大幅なトーンダウンを余儀無くされている。
尤も、入念な準備や増援を待ちたい暁、センテル両軍にとっては都合が良く、この点を遠慮無く指摘して時間稼ぎを行っている。
ただし、そのせいで直接指摘を受けているマフェイトその他の胃の調子に不安が出ているのが心配と言えば心配事である。
尚、醜態を晒した武官は全員が拘束され、最低でも半年の謹慎処分、最悪の場合は軍籍剥奪の上で収監の憂き目に遭っている。
国内ではこうした処分に対して強硬に過ぎると眉を潜める者もいるが、拘束された将軍職の下にいた者を除くと、むしろ安堵している者が大半となっている。
再編事業の経緯もあり、絶対に敵に回してはならないとの認識が広く浸透していた結果である。
「全く、少数の愚か者程声が大きい・・・」
おかしな真似をしているのが極一部だとしても、その極一部が前へ出て来てしまえばそれが総意と誤解されかねない。
マフェイトは、こめかみを抑えて大いに苦悩する。
「ああ言う輩は勇ましい事を声高に唱える割に、いざ自分が動く立場になると及び腰になる。その癖、口は上手い事が多い。煽動に乗ってしまう国民にも注意を払わないと大変な事になるでしょう。」
ルメイは、眉間に皺を寄せつつマフェイトの呟きに応じる。
マフェイトは我に返り、表情を正す。
「見苦しい所をお見せしてしまいましたな。それで、現在の進捗は?」
「十分とはとても言えません。」
センテル側は、当初予定していた部隊の上陸は完了しているものの、物資の揚陸は途上にある上に交戦した第一師団の被害が酷く、代替となる師団の派遣の準備を急ピッチで進めている段階にある。
暁側は、本隊となる増援が向かっている最中であり、先遣隊もこれまでの戦闘で稼働率が低下しており、大規模会戦に参加出来る状態では無い。
「報告します。」
そこへ、センテル側の連絡員がやって来た。
「先程、第二師団第六連隊が敵部隊と遭遇、交戦したとの事です。」
「被害は?」
「戦死1、負傷7との事です。」
「本格攻勢の兆しは無しか・・・」
彼等が最も恐れているのは、現時点での敵軍による大規模攻勢である。
しかし、その様な気配など全く無く、威力偵察と思しき小規模な衝突が頻発するに留まっている。
「敵も、消耗が酷いと言う事でしょうか?」
ルメイが藍原へ問い掛ける。
「恐らくそうかと。此方でも、攻勢に向けた動きは確認出来ていません。どちらかと言えば、防衛的な動きです。それよりも問題なのは、内側の動きです。」
押し掛けて来る武官、現地政府の要請はともかく、それ以外の民衆の反応が目下最大の問題となっている。
早急な対応を求めているのは民間レベルでも同様であるが、此方は抑制などは出来ない。
また、細かな内情などは把握していない事もあり、徐々に不信感が増している。
時折、付近の集落の代表者が寄り集まって嘆願に来る事もあり、対応に苦慮している。
とは言え、出来る事はせいぜい難民への手当てと多少の援助でしか無い。
「先日も、付近の集落の長老格が嘆願に訪れました。まぁ、これまでの実績のお陰で今の所は好感触ですが。」
「此方にもちょくちょく来ていますが、少しずつ不満が蓄積している印象があります。」
「うーむ・・・」
藍原とルメイの告白に、マフェイトが唸る。
(仮にも恩人である彼等に噛み付く民衆はいないか。エリートを気取っている馬鹿共よりも余程分別がついているが、民とは気紛れなものだ。気を付けねばならんな。)
一抹の不安を抱えつつ、準備は進む。
・・・ ・・・ ・・・
ボルゴノドルフ大陸 メイジアVIII 情報管理局
「まだ繋がらないのですか?」
「未だ、続報ありません。」
情報管理局の一室で、ファレスは苛立たしげに立ち上がる。
「交信途絶から、間も無く24時間です。敵の脅威度をこれまでの二倍に引き上げた上で、必要な戦力を算出しなさい。」
部下へ努めて冷静に指示すると、そのまま外へ出る。
(何故・・・どうしてこうも簡単に・・・!一体、どんな魔導を・・・いや、此処まで来ると、魔法の使用を疑いたくなる程だ!)
無名諸島へ派遣した艦隊が何の異常も報せず音信不通となり、情報管理局と軍事管理局は混乱の渦中に叩き落とされていた。
想像の遥か斜め上を行く事態に、有り得ない想像をしてしまう。
(とにかく、今は今後の方針の練り直しが急務だ!)
ファレスの歩調は、自然と速度を増して行く。
中央庁舎
「集まったな」
サハタインの目の前には、主要なメンバーが集まっていた。
「ゼルベード、詳細は何も判らんのか?」
「ダメだ。平文でも呼び掛けてみたんだが、ウンともスンとも言わねぇ。」
「ファレス」
「此方も成果はありません。」
沈黙する一同。
三度に渡り決行された攻勢
一度目は、目標の遥か手前で捕捉され、敵の姿を直接拝む事も出来ずに壊滅の憂き目に遭った。
誰もが驚愕したが、事前情報と分析の不足を認めた上で対処すれば良いと思っていた。
二度目は、艦隊は撃退されたものの、上陸には成功した。
結局、一度目の分析は不確定要素の多さから不完全に終わったものの、その元凶から遠く離れた地域である事から影響は極めて限定的となると判断していた。
ところが、上陸部隊は碌に進まない内に疲弊が頂点に達し、それどころかコートが戦死すると言う有り得ない事態まで起こってしまった。
三度目は、僻地の島へ目標を定めた。
とにかく足掛かりを掴む事を最優先し、強敵を迂回しつつ圧力をかけられる場所を選んだ。
先の二度に渡る攻勢の結果から、動いても察知されない場所を選んだ筈であった。
にも関わらず、突然一切の連絡が取れなくなってしまった。
回を増す毎に深刻さを増している状況に言葉も無く、ただ目の前に広がる暗然とした光景に体を震わせる。
「誰か、何か分かった者はいないか?」
サハタインらしからぬ曖昧に過ぎる発言が、現状の深刻さを物語る。
そして、誰も応える者はいない。
「敵もそうですが、戦略の見直しを早急にすべきと思います。」
ファレスが沈黙を破る。
長年の積み重ねを御破算にしかねない案に、少なからず動揺が走る。
「聞こうか」
「これまでの経緯から、敵には正体不明の強大な何かがある事は確実と見るべきでしょう。その上で、どう付き合っていくべきか?」
「どうとは?」
「このまま交戦を続けるべきか、或いは外交による妥結を図るべきか?」
一斉にざわつく。
「有り得ない!」
「目的を忘れたのか!?そんな事をしては本末転倒だ!」
「これは見過ごせない背信だぞ!」
「では、どうやって対抗されるのですか?」
一気に黙る。
「こうも一方的にやられて選り好みしている余裕があるのですか?道筋が予定と異なろうとも、目的を達せられれば此方の勝ちです。手段を吟味している余裕はありませんよ。」
「軍事管理局の見解は?」
サハタインは、ゼルベードへ振る。
「気に喰わねぇが、今のまま攻撃を続けるのに反対だ。」
その顔には、苦渋の表情が浮かぶ。
「だが、今まで消耗したのは老朽化した旧式ばかりだ。一線級は無傷だから戦えないワケじゃ無ェ。」
「ならば何故反対なのだ?」
「今までの情報を考えると、敵の庭先にノコノコ出張るのは自殺行為だろ。だったら、今度は敵を同じ目に遭わせてやれば良い。」
サハタインは目を見開く。
「敵をこの地に誘引する気か!?」
「そうだ。そこに最新鋭の軍がお出迎えってワケだ。」
多くの者が考え込む。
地の利がある自勢力圏での戦いは、メリットが大きいがリスクも大きい。
「奴等は旧式ばっか相手にしてるから、こっちの戦力を低く見てる筈だ。そこに懸けるしか無ェ。」
希望が見出だされ空気が明るくなる。
「いえ、やはり反対です。」
ファレスは、あくまで反対する。
「敵があまりにも未知数です。これ程の危うい懸けは承諾出来かねます。その前に入念な情報収集を行う時間を確保すべきです。」
「お前の言う妥結とはその為か。」
「そうです。敵の正体の見極めを怠ったが為に、我々は一度苦渋を舐めています。」
その言葉に多くの顔が曇る。
「外務管理局の見解は?」
マモに視線が集中する。
「敵には勢いがあります。この状態で交渉を呼び掛けても、鼻で笑われるのが関の山です。」
「確証はあるのですか?」
「何ですって?」
「鼻で笑われると言う確証はあるのですか?」
「逆に聞きたいのですが、優勢を保っていながら交渉に応じるメリットがあるのでしょうか?」
ファレスの質問が気に喰わなかったのか、マモは挑発的に聞き返す。
「優勢だからと言って、全てを制圧出来るとは限りません。攻勢限界がありますから。」
「それを交渉の場で自ら曝け出すとでも?自身の不利を悟られずに有利に推移させるのが交渉です。交渉そのものに応じるかどうか・・・その時点で交渉は始まっているのです。」
「まるで、自ら交渉に走るのが愚かだと言っている様に聞こえますが?」
「今のままではその通りです。」
「今のままとは?」
サハタインが割り込む。
「やられているだけの今の状態での交渉は、不利で打つ手が無いからこそと言う印象を与えてしまいます。事実ではありますが、それを悟られては攻めれば勝てると思わせてしまいます。」
攻めれば勝てるならば、交渉に応じる必要は無い。
全員がそう思い至る。
「ならばどうすれば良い?」
「もう一度戦って勝つしかありません。勝った上で交渉を持ち掛ければ、優位に立てます。」
サハタインは、もう一度ゼルベードを見る。
「さっきも言ったが攻勢は無理だぞ。」
「戦い方はお任せします。とにかく敵に大損害を与えて下さい。」
「分かった、何とかやってみようかね。」
そう言うと、一足早く退室した。
その後、話題を変える。
「アドルカモフ、セレンとルードの情報から何か新しい魔導は出来るか?」
指名されたアドルカモフは、顔を下に向ける。
「残念ながら・・・情報不足もありますが、何をどうすれば二人の証言にある様な真似が出来るのか、皆目見当も付きませぬ。唯一、回転翼機は既存の技術の延長線上にあるのですが、原始的な試作機ですら何年掛かるか・・・」
(一体、どれ程の)
動揺と困惑が、サハタインの精神を蝕む。
軍事管理局
「さて、連中の攻勢ポイントと言えば・・・」
ゼルベードは、早速敵の行動を予測する。
「孤立した部隊を片付けるのは当然として、その次が問題だな。」
頭を掻きながら地図を眺める。
「やっぱ此処だろうな。マルコの事だ、とっくに動いてるだろうな。増援の準備を急がんとだな。」
本来、人類側の勢力圏である筈のエイグロス帝国
メイジャー側の境頭保として機能している事は、状況証拠から察知されていない方がおかしい。
奪還に躍起になるのは目に見えていた。
最近、日本転移系の新作が無くて寂しいです。




