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第百四十一話  一瞬の間

 冒頭に何処を出すかで毎回凄く悩む

 エイグロス帝国



 メイジャーの傘下に入って以降、急速な発展を遂げて来たこの国は、緊張と安堵が交互に訪れる日々を送っていた。

 緊張は、日々目に入る強大な軍事力に対して。

 安堵は、その軍事力が自身に向けられる事の無い現状に対して。

 被支配地域としては上手く統治されており、かなりの安定を保っている。

 唯一、不安要素と言えるのが開発に伴う地元民の立ち退きの頻発だが、そうした人々を労働者として雇った上で大量の作業員寮を建設、路頭に迷う事は無くなり不安は最小限に抑えられている。

 そう思っていた所へ、重大な報告が舞い込んで来た。



 首相官邸



 チェインレス以下、閣僚が官邸の一室に集合し、定例の閣議を行っていた。

「モフルート王国からの食糧の買い付けですが、どうやら規制が入り始めた模様です。このまま買い付けを強行した場合、商船の拿捕を計画しているそうです。」

 アンナの報告に、チェインレスは顔をしかめる。

「流石にやり過ぎたか?」

 兵力の増加によって懸念された食料不足は、ほぼ100パーセントをモフルート王国に依存する形で解決を図っていた。

 だが、相手は常に警戒と準備を怠らない遣り手である。

「以前から怪しんでいたと思われますが、例の艦隊の活動を察知して物資の出し渋りを起こしたのでしょう。」

 例の艦隊と言われ、バルファントの顔が強張る。

「どうした?」

 チェインレスが即座に気付く。

「此処に来る前に奴に呼び出されたのだが、少々旗色が悪くなっている様だ・・・」

 奴とは、マルコの事である。

 そこで指示された事は、後送される負傷兵の受け入れ準備、物資集積の強化、全島要塞化準備であった。

「待て、要塞化だと?」

「そうだ」

「何処を?」

「此処だ」

「聞き間違いでは無く?」

「聞き直したが、確かに要塞化と言っていた。」

 負傷兵が出るのは当然としても、侵攻が始まったばかりで要塞化準備は明らかにおかしい。

 国土そのものの要塞化は現代でも例があるが、周辺国からの侵略を受ける事を前提とした上で、10年単位の時間と莫大な労力を必要とする。

 どう考えても、大規模な侵攻を行っている最中にやる事では無い。

「なら、今回の攻撃は失敗したと?」

「明言していないが、可能性は高いな。」

 全員が青ざめる。

 自国がメイジャーの拠点として使われている以上、このままでは自分達が人類側の苛烈な攻撃に晒されかねない。

「どうする?どうすれば!?」

「どうやってあの強大な軍勢を!?」

「とんでも無い事になってしまった・・・!」

 想定外と言う他無い。

 メイジャーの敗北自体は想定されている事だが予想よりあまりにも早過ぎ、何の対応策も決まっていない。

 バルファントも思考が空転するばかりであった。

「何にしても、まずは備える事だ。全てはそれからだ。準備を急げ!」

「無茶を言わないで戴きたい!現状の国内整備で手一杯の状態が続いているのですぞ!」

「その上、要塞化ともなれば今以上に立ち退きが必要になります!流石に、これ以上は国民感情の観点からも許容出来かねます!」

「それと、予算が持ちません!」

 メイジャーへ降って以降のエイグロス帝国は急速な発展が続いているものの、それまでの堅実な方針とはかけ離れた急進的な方策となっている。

 それは、常に内部で反発を抱え続ける事となり、いつひっくり返るか判らない薄氷を踏む様なリスクが憑き纏う。

「仕方無い、直談判するか・・・バルファント、付いて来てくれ。」

 憂鬱な表情で立ち上がり、マルコの元へ向かう。

 国と宗主との板挟み

 それが、今の彼等である。




 ・・・ ・・・ ・・・




 センテル帝国  皇城



 戦闘が一区切りした事で、戦況の報告会が最高幹部を集めて行われていた。

「・・・そしてアルテル郊外にて攻勢限界に達し、敵は動きを止めました。」

 フレッツから海戦の経緯が、アーノルドから陸戦の経緯が報告される。

「とんでも無い事態だ。」

「これ程の損害を出すとは・・・徴兵を強化せねばなりますまい。」

「これ以上は予算が持ちません!国債の大規模な発行が必要になります!」

「徒に軍備ばかりを拡張する訳にも行かんぞ!国内の維持をもっと考えろ!」

 確かに、敵の膨張は阻止出来た。

 だが、その代償は巨大なものとなった。

 このまま続けば、還らぬ夫、父親、息子兄弟を待ち続ける家庭が激増し、国の基盤が揺らぎかねない。

 その圧倒的な力故に総力戦の経験が無いセンテル帝国にとって、今回の事態は見掛け以上に深刻となっていた。

 数十万数百万の犠牲を要する戦いなど、想像の埒外である。

 だが、この先もメイジャーとの戦いが続き、更なる犠牲を強要される事は想像がつく。

「軍としては、今後はどうなると見ている?」

 視線がアーノルドへ集中する。

「イズラン公国の敵につきましては、増援と補給次第でどうにかなりますが、その後の展望はありません。ただ、このまま反撃を敢行する場合、楽観的に見積もって数十万の犠牲が出る事を覚悟して戴きたい。」

 場が一気にざわつく。

「す・・・す、すうじゅうまん!?」

「イヤイヤイヤイヤ、いくら何でもそれはそれは・・・」

「どんなに悪く見ても、10万を超えるかどうかと言ったトコだろう。」

(挙動不審とはこの事か)

 幹部達の狼狽ぶりに、アーノルドは益体も無い事を考える。

「如何なる犠牲を払おうとも、立ち止まる訳には行かぬ。」

 ロズウェルドが口を開き、全員が動きを止める。

「しかしこれでは、我が国は崩壊してしまいます!」

 幹部の一人が口を挟む。

 実際、冗談や比喩の類いでは無く、本当に崩壊の危険がある。

 それも、「楽観的に見積もって」と言う但し書きが付随する。

「此度の戦いは、全人類の行く末が懸かっている事をもう一度肝に命じよ。仮に、我が国一国だけが存続したとして、何の意味がある?」

 かつて、世界大戦によって引き起こされたシーレーンの寸断による経済の疲弊。

 それは、センテル帝国と言えども単独では存続出来ない証左である。

「もう一度言う。全人類の行く末が懸かっているのだ。お前達も、そして朕も、自らの命を懸けてこの困難に臨むのだ。前線に立つ兵ばかりに危険を押し付ける訳には行かんぞ。」

 それは、事実上の総力戦体制への移行宣言であった。

 この後、軍自費は年間予算の五割を超え、更に国債も国内外で幅広く募集した。

 一応、外貨の依存度が低いのが幸いと言えたが、国民の不安は否応なく高まった。

 それでも、止まる訳には行かない。

 彼等が止まる時、人類の息の根が止まる事となる。



 ドレイグ王国大使館



 同じ頃、

「間違い無いので?」

「確かだ。族長が決断され、準備を進められている。」

 急ぎの重大な要件があるとの話が大使館側より伝えられ、偶々予定が空いていたスマウグが訪れた。

 ウムガルと面会して得た話は、ドレイグ王国の正式参戦及び、輸送手段の提供要請であった。

「重ねてお聞きするが、間違い無いので?」

 やたらと腰が重い筈のドレイグ王国からのまさかの申し出に、スマウグは二度聞き返してしまった。

「確かだ。此度の件は、最早他人事では済まされぬ。」

 若干イラついたウムガルだが、ハッキリと答える。

「だが、先程も言った通り我々には輸送手段に欠ける。他の地域へ自ら出向いて攻撃を仕掛けるなど経験が無いからな。だがその点、貴国はかなり優れている筈だ。」

 ウムガルは大使館へ赴任して以来、各国の様々な情報を集めて来た。

 その中には物流や軍事力に関する事も含まれており、随時本国へと報せている。

「確かに、外洋への兵力展開は我が軍の得意とする所。なれど、外交部の一存で決められる事では無いのも確か・・・この件は上に伝えましょう。返答は暫くお待ち願いたい。」

 相手が赤竜族と言う事もあり、やや丁寧な言葉遣いで対応し、その場を後にした。




 ・・・ ・・・ ・・・




 ドレイグ王国



「戦力の選定は終わったか?」

「目下、進行して御座います。今暫しお待ちを。」

「うむ。通達は済んだか?」

「センテル帝国へは、大使館を通じ既に。暁帝国へも、輸送船の乗員を通じて通達致しましたが、政府関係者へ伝わるには少々時間を要するかと。」

「フム。保護した民はどうなっておる?」

「順次送り返しております。未だ残っている者共も大人しく、問題は発生しておりません。」

 肝心のドレイグ王国では、海獣による遭難者救助の傍ら、遠征の準備が着々と進められていた。

 若者から志願者を募り遠征部隊を編成しつつ、ズリ族の協力を得て物資の調達を進めている。

 赤竜族は飛行能力を持つものの、飛竜と同じく飛べば疲労する。

 その為、遠征は難しい。

 流浪していた時とは違い、組織的に動かなければならない。

 そして出した結論が、他国との協調である。

 続々と送られて来る大使館経由の情報も、この結論を後押しした。

 その情報の中には、暁帝国が手一杯の状態にある事も含まれており、そうした理由からセンテル帝国へ協力を要請する事となった。

 反発もそれなりに存在した。

 だが、竜人族としての感覚が、単独では勝てない事を警告していた。

 何よりも部族を守らなければならないアンカラゴルはその警告を信じ、反対意見を全て捩じ伏せた上で決断した。

「族長、他国へ協力を申し出るのは良い事の様に思われますが、この様な前例は将来に禍根を残す危険が御座います。」

「それは、今考えるべき事では無い。」

 アンカラゴルは、進言した者を睨む。

「出過ぎた真似をしました。」

(今更言われずとも、解っている事だ。)

 進言を封殺しつつも、それは本人も懸念している事であった。

 思い返せば、暁帝国を意識した頃からであった。

 それまで、鎖国を維持したままズリ族以外に一切の興味を持たなかった彼は、そこから変わり始めた。

 今にして思えば、ウムガルとゴルナーの進言をああも早々と受け入れるなど、以前の自分であれば起こり得なかった。

 今更ながら、自身も世界の奔流に呑み込まれていた事を自覚する。

(我等は、何処へ向かえば良いのか・・・)

 何の道標も無い荒野が自身の目前に広がっている様子が見え、尻込みする。




 ・・・ ・・・ ・・・




 ボルゴノドルフ大陸  メイジアVIII



 中央庁舎には、一通りの要員が集まっていた。

 全員、緊迫した表情をしており、ただ事では無い空気を感じさせる。

「それでは始めよう。ゼルベード、報告を。」

 サハタインに指名され、ゼルベードが口を開く。

「派遣した鎮定軍が侵攻を中止し、孤立したと連絡が入った。」

 場がざわつく。

「第十二艦隊は敗走、エイグロス帝国へ向かってる。地上部隊は上陸に成功したが、一部を占領して敵の迎撃を受けた。損害多数で再編してる状態だ。」

 動揺と困惑が場を支配する。

「その上、コートが戦死したらしい。」

「有り得ない!」

「そうだ、有り得る筈が無い!」

 全員が否定の声を上げる。

 軍司令官、それも共に苦渋を舐めた同胞が返り討ちに遭ったなど受け入れられる話では無かった。

「例の災厄が相手でもか?」

 サハタインの言葉で、一気に静まり返る。

「ゼルベード、例の符号があったそうだな?」

「ああ、持って来た。」

 そう言って電文を取り出す。

 全員が詰め寄って眺める。

 そこそこ長い文からただならぬ様子を刻々と伝えているが、目に留まった単語は一つだけであった。


 イデア


 その一語だけである。

 たったそれだけで誰もが大きく狼狽する。

「ああ、何と言う事だ!」

「一度ならず二度までも・・・!」

「忌々しい恨めしい妬ましい鬱陶しい・・・」

 阿鼻叫喚の様相を呈し始める中、サハタインが立ち上がる。


「静まれ!」


 一喝され、場が静まる。

「我々の使命を忘れたか!?相手が誰であろうとも、立ち止まる訳には行かんのだ!」

「ですが、悉く失敗しているこの状況で、あの災厄に勝てると?」

 水を差したのは、ベルゴールである。

 彼の担当している大陸管理局は、一向に進まない軍の影響をモロに受けており、ある意味被害者となっている。

「物資人員共に、いつまで遊ばせておけば宜しいのでしょうか?」

 身勝手に聞こえるが、彼も組織の長である以上、言わない訳には行かなかった。

「テメェ!」

「やめんか!」

 ゼルベードが激昂するが、サハタインが抑える。

「言いたい事は分かる。我等は長い間、忍耐を重ねて来た身だ。その様な不満を感じるのも無理は無い。だが、同時に知っている筈だ。イデアの恐ろしさをな。」

「・・・」

 イデア  それは、メイジャーにとってトラウマとも言える存在。

      それは、メイジャー自身による過ち。

      それは、最大の脅威であると同時に最大の仇。

「此処まで来て、全てを水泡に帰す訳には行かんのだ。」

 ベルゴールは項垂れる。

「第一陣は、残念ながら破れ去った。だが、この程度で挫折する程脆くは無い。既に、新たな矢は放っているのだからな。」

 サハタインは、そう言いつつ南西へ顔を向ける。




 ・・・ ・・・ ・・・




 暁帝国  南部諸島



 南部諸島に設置されている空港では、壮観で異様な光景が広がっていた。

『管制塔より全機、滑走路を塞がないよう願う』

 そこには、54機にもなるTU-160が駐機していた。

 巡航ミサイルを搭載したこれ等の機体は、間も無く南半球までの長いフライトを行う事となる。

『ジャックリーダーより管制塔、御心配無く 全員緊急離陸訓練を経験済みです』

 彼等は、現在必死の航海を続けているミサイル艇艦隊に先駆けて接近中の敵艦隊へ先制攻撃を行う。

 爆撃機とミサイル艇

 ちぐはぐな印象を受けるこの作戦は、現在の人類側の余裕の無さを表しているかの様でもある。

『ジャックリーダーへ、離陸を許可する』

 そんな感慨を持ちつつ、管制官はゴーサインを出した。



 スイスとかスウェーデンとか

 国防意識の高い国は備えが凄いです。

 以前は、そうした国を見習えと言う人が多かったみたいですが、国防に関心がある人が多いのは良い事ですねぇ・・・(遠い目

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[一言] 苦戦の話しが長すぎて飽きる。
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