第百四十話 ガリスレーン大陸の攻防8
都知事選が終わりましたね。
色々と深刻ですけど、何か変わるのかな?
イズラン公国 暁帝国先遣隊
『敵戦車、中隊規模 跨乗歩兵を確認』
『各車、割り振り完了 指示を待つ』
農地の脇に広がる、若干痩せた印象を受ける平原。
舞い上がる土煙の中にはT-34の姿が見える。
一部の車輌には歩兵が8名ずつ搭乗しており、PPSh41らしき装備を携帯している。
それ等を、小麦畑の稲穂に紛れて様子を窺う怪しい影が複数。
一式歩兵戦闘車である。
寸法の大きい車輌である事もあり完全に隠れられてはいないものの、広大な金色の平原から見付け出すのはそれなりに難易度が高い。
その反対側には、地面に伏せた狙撃部隊が待機している。
『敵の動きに変化は?』
『確認出来ず 気付かれている様子は無い』
観測手が敵情を確認し、全体で共有する。
作戦としては、一式歩兵戦闘車搭載の中距離対舟艇対戦車誘導弾(1輌当たり4発搭載)を撃ち込み、残敵を狙撃部隊が掃討する。
注意深く様子を窺いつつ、射程内へ入って来るまでひたすら待つ。
『敵先頭車輌、8キロに接近・・・』
『第一射用意』
発射機の仰角が上がる。
『・・・・・・撃て!』
シュパァッ シュパァッ シュパァッ シュパァッ
毎秒1発の間隔で撃ち出された誘導弾は、正確に目標へと飛翔する。
平原を進む一個中隊18輌の戦車と、その上に搭乗している歩兵一個小隊。
『四時方向、何かが接近!』
『何かとは何だ!?正確に報告せよ!』
発射炎の殆ど無い異変に、全体の反応が遅れる。
『距離、およそ7000 詳s ドッ!・・・・』
砲塔から顔を出していた各車の戦車長と跨乗歩兵は、突如として通信が途絶した原因を目撃した。
そして、すぐにその後を追った。
ほんの数秒の出来事であった。
16輌が突然火柱を上げ、乗員諸共スクラップと化した。
更に、同乗している歩兵も巻き添えとなり、一個小隊は瞬時に一個分隊にまで減少してしまった。
「降車ァ!」
分隊長が叫ぶ。
このままでは、戦車と運命を共にする事となると理解し、大慌てで地に降りる。
「何だ!何処からの攻撃だ!?」
砲塔のハッチから顔を出した戦車長が周囲を見回す。
「四時方向だ!報告を聞かなかったのか!?」
分隊長が怒鳴り返す。
「小麦畑の中に敵が潜んでるんだ!援護しろ!」
そう言うと分隊は小麦畑へ前進を開始する。
『チッ、援護する 四時方向へ車体を向けろ』
キュルキュルキュルキュルキュル
残った2輌が車体を動かし、履帯が鳴動する。
『露払いをするぞ 榴弾装填』
ガゴッ ガンッ
『何だ今のは!?』
『エンジン停止!後方より攻撃を受けたと思われる!』
『マズい、こっちもやられた!恐らく、対戦車ライフルだ!』
地球に於いて、第二次世界大戦を通しての急激な性能のインフレによって御役御免となり、戦後は対物ライフルへとその系譜が受け継がれた対戦車ライフルは、それでもこの時代であればまだ通用する。
特に、エンジンへの狙撃は言うまでも無く致命傷となる。
『ブチ抜かれたく無かったら顔を出すな!砲手、正面を狙ってう』
ガキッ ガコッ
『ええい鬱陶しい!砲手、早く撃て!』
戦車長は捲し立てるが、一向に発射されない。
『何やってる!?早く撃たんか!』
『主砲故障!撃てません!』
絶句するも、すぐに気を取り直す。
『なら機関銃だ!』
だが、全てが遅過ぎた。
ドッ ドッ ドッ ドッ ドッ
小麦畑の中から、土砂と赤い物体が次々と巻き上げられた。
その威力は、明らかに歩兵携行火器の範疇を超えている。
『何なんだ一体・・・』
万策尽き、敵の正確な位置も未だ判らず、呆然と呟くしか無かった。
先遣隊は各地で奇襲的な襲撃を繰り返し、遂に敵の往き足を止める事に成功した。
コートの行方不明による指揮系統の混乱も重なり、前進どころでは無くなってしまったのである。
だが、そのまま防御体制を整え始め、ブシルーフ西部は事実上占領下に入ってしまった。
そしてその状況を打開する為、新たな戦力が展開を開始する。
・・・ ・・・ ・・・
バルディ近郊
暗闇と静寂に包まれた空間に、一筋の光が入り込む。
「・・・・・・んう?」
「気が付いたか!?良かった!」
視界がぼやけ、頭が朦朧とする中、心底安堵した声が聞こえて来る。
「何がどうなって・・・イッタ!」
体に力を入れようとした途端、激痛が走る。
「まだ動いては駄目です。」
横から別の声が聞こえて来る。
「そう言えば・・・」
痛みで意識がハッキリし、何が起きたかを思い出した。
「大丈夫ですか?私が分かりますか?」
「当たり前じゃない、スノウ、それにフェイ。」
完全に目が覚めたカレンは、見守っていた者の名を呼ぶ。
コートを打倒したレオンであったが、他四人は重傷であった。
特にカレンは危機的状況であり、まともに動かせるかどうかも怪しい程であった。
まだマシな方であった三人は意識を取り戻すと応急処置だけを行い、カレンに付きっきりとなった。
どうにか付近の茂みに身を隠しつつ治療を続け、峠を越えて漸く意識が戻ったのである。
「それで、アイツはどうなったの?」
カレンは、コート戦の結果を問う
「レオンがどうにかしたぞ。」
フェイが答える。
「カレン!」
「カレン、良かった・・・!」
そこへ、見張りをしていたレオンとシルフィーがやって来る。
「随分心配かけちゃったみたいね。」
「いいんだ!本当に良かった・・・」
レオンは、俯いて涙ぐむ。
「レオン、泣くのは後・・・。」
「いいじゃないか」
「レオン様、此処は敵地です。泣くのは後にしましょう。」
そう言われ、どうにか気を落ち着ける。
「それにしても・・・」
そう言うと意識を敵へ向ける。
「あたし等を矢鱈と敵視してたけど、どっかで会ったか?」
「人を災厄呼ばわりなんてどうかしてる・・・。」
「友を死へ追いやったと言っていましたが、誰の事でしょうか?」
コートの不可解極まり無い発言に、一同は首を傾げる。
「考えるのは後だ。今敵に見付かったらマズい。」
現状、レオン以外はまともに戦える状態では無い。
カレンの意識が戻った為、後方へ退がる事となった。
・・・ ・・・ ・・・
アルテル近郊
進軍を停止した鎮定軍だが、一つだけ例外が存在した。
より東へ歩を進める為の拠点として、アルテルの確保だけは続行された。
その為に、まだ混乱覚めやらぬ中戦力が掻き集められ、約一個旅団から成る(一応、軍団扱いとなっている)攻撃部隊が編成され、前進を開始した。
しかし、
『前方に防御陣地を確認 敵戦力、およそ一個師団 本格的な塹壕陣地の模様』
何処にそんな余力があったのか、新戦力の登場に狼狽する。
アルテル
「何とか間に合いました。」
「見事な手際ですな。」
「後は、砲兵の配置完了を待つのみです。」
アルテル内の領主邸にて、マフェイト 藍原 センテル帝国 陸軍第一師団長 ルメイ が話し合っていた。
救援にやって来たセンテル帝国陸軍だが、上陸を完全に終えているのは未だ第一師団のみである。
他を差し置いて最優先で揚陸を行い、強行軍でアルテルまで進み、突貫で陣地構築を行い、敵の到着にギリギリ間に合った。
代償として兵が疲労困憊となっていたが、これで敵が歩を止め、休息は十分摂れるだろうと考えている。
「砲兵の配置は、後どの程度掛かりますか?」
「野砲は一時間もあれば完了しますが、カノン砲と榴弾砲は二日は必要です。」
砲兵の展開は、いつの時代も悩みの種である。
重量物である事から移動だけでも手間が掛かり、砲撃可能にするにも相応の時間が必要となる為、自動車化や自走化が推進されて行った。
センテル帝国もその流れで自動車化が急速に進んではいるものの、慣れない新装備の運用に苦労している状況が続き、トラブルが絶えず展開が遅れている状態にある。
「とにかく、今は休息が必要です。もうしばらくは膠着してくれると良いのですが。」
「それが最善ですが、相手がある事です。警戒は怠らない様にしましょう。」
その夜、
「あー、肩がイテェ・・・」
「俺は膝がイテェよぉ。」
陣地構築がほぼ終了し、疲労していたセンテル兵達は爆睡していたが、運悪く見張りに立たされている少数の兵が愚痴る。
「異常は無いか?」
「ハッ、異常ありません!」
見回りの上官が問う。
疲労していようとも、訓練された軍人に相応しく直立不動で答える。
「ふー、姿勢を正すだけでもキツいな。」
「それに眠くてしょうが無ェわ。」
「いっその事、砲弾が飛んで来れば眠気覚ましになるんだがな。」
「ハハハ、そんな事になったら体も吹っ飛んじまうわ。」
ドガァァァァァァァン
突如、爆発音が響き渡る。
「な、何が・・・イデデデデデ!」
突然の事態に混乱していると、上から瓦礫が降り注ぐ。
「馬鹿、マジで砲撃が来たんだ!」
ドドドドドドドドオオォォォォォォン
次々と砲弾が降り注ぎ、熟睡していたセンテル兵達が飛び起きる。
「夜襲とは味な真似を!」
師団司令部にて、ルメイは毒吐く。
「間も無く総員配置に付きますが、砲兵が・・・」
参謀が言い淀む。
現状、砲兵は野砲しか無く圧倒的火力不足となっている。
「無い物ねだりしても仕方無い。ある物でどうにかするしか無いんだ!」
言ったは良いものの、近代軍にとっては致命的な事態である。
「航空支援を要請しろ。」
「支援要請受諾、航空隊出撃準備」
後方で待機していたAH-64が動き出す。
バタタタタタタタタ
西部地域の空に、機関の飛行音が響き渡る。
『離陸完了 司令部、状況知らせ』
『現在、陣地全域に於いて砲撃を受けている 既に一部で歩兵及び戦車の前進を確認』
『我々の目標は?』
『敵砲兵陣地の破壊、余裕があれば集積所の攻撃を行え』
『了解』
夜間である為、暗視装置越しの緑色の夜景を見つつ進む。
『塹壕陣地を目視』
方々で銃砲撃による閃光が断続的に明滅している。
『司令部、戦況を目視 我が方不利』
『了解した』
すぐにでも支援を行いたいが、優勢すべき目標へ向けてフライパスする。
「ん、砲撃が弱まった・・・?」
本格攻勢が始まった前線では、思う様に反撃が出来ない原因である砲撃が突然弱まった事が確認された。
「前方、敵戦車!」
その声に、緊張が走る。
「情報にあったT-34とか言うヤツだな!」
直ちに付近のYH-1に徹甲弾が装填される。
「撃てー!」
ドッォォォン
大口径砲よりも軽く鋭い音が響く。
「外れた!」
「照準修正急げ!」
砲撃を察知した標的の砲塔が動く。
「装填完了」
「照準良し」
「撃てー!」
ドッォォォン
「命中!」
一輌のT-34が煙に包まれる。
「よし、次の」
直後、煙の中から撃破した筈の車輌が無傷で前進して来た。
「な・・・何だと!?」
ドンッ
T-34の76ミリ砲が炸裂し、野砲は破壊された。
「退くなー、撃ち続けろ!」
敵装甲戦力に対抗する術は無く、懸命に構築した塹壕が次々と突破されて行く。
「コノヤロー!」
「オラァ!」
塹壕内では、歩兵同士の凄惨な戦闘が展開されていた。
土と血にまみれ、銃撃どころか落ちている石を投げる者もいる。
しかし、強行軍で疲労の取れない状態では、必死の抵抗にも限界があった。
間も無く戦線崩壊が始まり、撤退命令が出るまでに時間は掛からなかった。
『敵車輌接近 照準良し』
『撃て』
ドッ
勢いに乗る鎮定軍は、塹壕陣地を突破した直後に手痛い反撃を受ける事となった。
待機していた一○式戦車の待ち伏せを受けたのである。
歩兵も同様に粉砕され、進撃は一気に停滞した。
しかし、肝心の防御陣地を突破されてしまっては、アルテルの維持は不可能であった。
幸い、軍がやって来た時点で大多数の住民は危機感を覚えて避難していた為、迅速な撤収が可能であった。
この戦闘は、<ガリスレーン第三会戦>と呼称される事となる。
だが、アルテルの陥落によってブシルーフ西部は事実上占領下に置かれる事となった。
そして、一連の戦闘で大きな打撃を受けた鎮定軍は停止し、同時に半壊した第一師団からの情報で正面から対抗出来ない事を悟ったセンテル帝国軍の消極姿勢も重なり、結果的に膠着状態に陥った。
取り敢えずは抑え込めたものの、撃退に失敗した動揺は凄まじく、全世界の危機感の共有が急速に進む事となった。
メイジャーとの戦いは、新たな段階へと進む。
次回から、ガリスレーン大陸から一旦離れます。




