第百三十五話 ガリスレーン大陸の攻防3
技術レベルが近い勢力同士のやり取りはかなり難しく、やたらと時間が掛かってしまいました。
ガリスレーン大陸南西海域 センテル帝国海軍 第四艦隊
「攻撃隊より入電!」
通信室全体が色めき立つ。
[攻撃成功ナルモ、戦果微小 駆逐艦4小破、ソノ他機銃ニテ乗員ヲ殺傷ス 他方、12機喪失セリ]
「これは・・・」
戦果と言うにはあまりにもささやかな、犠牲に見合わない不本意なものであった。
「艦橋へ」
入電内容のメモを連絡員が受け取り、通信室を後にする。
「続報です!」
視線が集中する。
[敵輸送艦隊ノ分離ヲ確認 ガリスレーン大陸方面ヘ向カウ]
室内の温度が一気に下がる。
「は、早くこの情報も艦橋へ持ってくぞ!」
第二艦隊
同時刻、第二艦隊に於いても同様の情報を受け取っていた。
「マズいぞ、マズいマズい、実にマズい・・・!」
「第四艦隊へ再度攻撃命令を!」
「もう手遅れだ!準備している間に艦載機の航続圏外に出てしまう!」
主力艦隊と輸送艦隊の分離自体は、想定の範囲内ではあった。
だが、予想よりもタイミングが早過ぎた。
唐突に始まる潜水艦の攻撃によって指揮系統が麻痺し、まともに動ける様になるまでには更なる時間を要する筈であった。
その隙に一気に距離を詰める手筈であったが、呆気無く破綻してしまった。
「こうなっては仕方が無い。これより我が艦隊を二分し、片方を輸送艦隊へ差し向けるべきだ。」
「何を言ってる!?」
「本気か!?」
「戦力分散など愚の骨頂だろう!」
幕僚の一人が出した案に非難の声が集中するも、一部は真剣に検討する素振りを見せる。
今回の目的は、敵の侵攻阻止である。
仮に敵艦隊を殲滅出来たとしても、上陸を許してしまえば実質敗けとなる。
ならばいっその事、直ちに追撃行う部隊を抽出すべきでは無いか?
今すぐに動けば、沿岸部へ到着される前に追い付ける可能性はある。
「針路はこのままだ。まずは、正面の艦隊を撃退する。」
メイターの一言により、議論は中断した。
「残念だが、現状の我が軍には全てに対応可能な能力は無い。」
「ですが、それをやらなければ」
「我々に敗北は許されん。実力以上の事をやろうとすれば、確実にやられる。敵の上陸を許そうとも、艦隊を撃退出来れば敵部隊はガリスレーン大陸で孤立する。その方がまだ可能性がある。逆に此処で無理をすれば、対抗可能な戦力が無くなるぞ。」
拳を握りつつ諭す。
死ぬ覚悟をする事と、本当に死ぬ事は全く違う。
メイターとしても、上陸される前に何が何でも攻撃を加えたいと考えている。
だが、それはリスクばかりが無駄に高く、壊滅どころか全滅の危険すらある。
戦力を失えば、後はされるがままとなるしか無い。
このまま上陸を許すか、戦力を擂り潰すか?
後々の事を考えれば、答えは一択である。
「針路このまま、敵残存艦隊と交戦する!」
意思統一が成り、声を張り上げ改めて目標を明確化する。
・・・ ・・・ ・・・
鎮定海軍 第十二艦隊
「輸送艦隊が変針を開始、大陸ヘ直進する模様!」
救助要請 攻撃要請 捜索要請 情報要請・・・
あらゆる要請が交錯し、目に見えない混乱状態が展開されていた。
その様な深刻な状態の中、輸送艦隊が唐突に予定には無い行動を取り始め、残存各艦の見張り員が声を上げた。
「旗艦より発光信号![予定ヲ変更シ、コノ場デ艦隊ヲ分離スル 貴艦隊ハ直チニ再編ヲ行イ、接近スル敵艦隊ヲ迎撃セヨ]以上です!」
「無茶を言う・・・」
意図せず、内容を聞いた艦橋要員達は同時に呟く。
最初の雷撃の時点で指揮系統は完全に崩壊し、その後の空襲で下士官の多くが死傷してしまい、単艦航行が辛うじて出来ると言う有り様である。
時間が経てばまともな艦隊行動は可能だが、統率に問題のあるこの状況では、満足な戦闘は行えない。
だが、その様な事情を斟酌する暇も無い。
『レーダーに感!距離、52キロ!速力、18ノット!敵主力艦隊と思われます!』
「こんな時に・・・!」
こんな時だからこそなのは分かりきっているのだが、それでも言わずにはいられない。
敵が接近しているとあってはのんびりしてはいられない。
それは、不測の事態に備えて十分な訓練を積んで来た、トップクラスの軍隊の姿であった。
情報は全艦で迅速に共有され、損害の少ない艦から動き出し、陣形を整える。
・・・ ・・・ ・・・
イズラン公国東部
「通信を傍受しました!」
西進を続ける先遣隊。
その司令部となっている一式指揮通信車でも、第四艦隊航空隊の通信が届いていた。
「・・・酷い事になりそう」
傍受内容を確認し、藍原は頭を抱える。
「「コーンギョーコンギョー・・・・」」
先遣隊に随伴している勇者一行は、暇を持て余していた。
自身の持ち込んだ荷物の山と共に輸送トラックの荷台に押し込められ、出番は到着まで何も無い。
「うるさいんだけど・・・。」
取り敢えず歌って暇を潰しているレオンとフェイに対し、シルフィーが睨み付ける。
「むしろ、よく大人しくしてられるよな。何にもやるコト無いのに。」
「そんなに暇で困っているなら、提供された情報の一つにでも目を通してはどうですか?丁度良い暇潰しになりますよ?」
スノウは、出発前に渡された紙の束を差し出す。
「いやぁそのぉ・・・あたしじゃぁ皆に上手く説明出来そうも無いし、な?」
「安心して下さい、私も上手く説明出来る自信は全くありません。少し前に話した戦車とやらだけで一杯いっぱいです。」
スノウの言う情報とは、これまで暁帝国が収集して来たメイジャー関係の情報である。
推測の域を出ない事項も多分に含まれているものの、話半分に見てもとんでも無い脅威を相手にしなければならない事がよく解る。
「けどさ、それだって前みたいにレオンが斬っちまえばいーんじゃねぇか?それか、シルフィーが迎撃するか。」
ミサイルを撃墜した実績を持つ二人を槍玉に上げる。
「流石に、四桁台の敵を斬って回るのは無理があるぞ。」
「うん、無理・・・。」
至極当然の抗議である。
「え、四桁?」
「フェイ、少しはお勉強した方がいいわね。」
これまで黙っていたカレンが口を開く。
フェイの勉強嫌いは筋金入りである。
長年冒険者をやっていたお陰で文字を読む事は出来るが、逆を言えばそれだけである。
細かい内容など確認せず、計算などは以ての外。
五人の中ではレオンも勉強嫌いではあるが、勇者メンバーの代表者として相応の教養は身に付けている。
「えー、お勉強ー?」
予想通りの返答に、四人の目が怪しく光る。
「そうですね。そろそろフェイにも、頭を使う苦労を教えた方が宜しいかと。」
「俺だって頑張ったんだし、やろうか?」
「拒否権は無いよ・・・。」
ガシッ
「ちょぉ、何で!?」
四人掛かりで手足を拘束され、そのままお勉強タイムへと突入するのであった。
・・・ ・・・ ・・・
第二艦隊
『艦爆より報告!敵艦隊、本艦隊より38キロに接近!』
暁帝国潜水艦の働きによって制空権を確保されているお陰で、上空から敵情を得放題となっていた。
敵は三列縦陣を採っており、中央には重巡3隻を中央に置き、その前後に軽巡6隻、駆逐艦24隻を配置している。
左右の列には軽巡4隻を中心とし、その前後に駆逐艦を21隻ずつ配置している。
速力は、中破した重巡に合わせている為か、26ノットに抑えられている。
また、大破した5隻は自沈処分となった事も併せて確認された。
「邂逅が予想よりも早いな。」
メイターは、敵の対応力の高さに舌を巻く。
第二艦隊は、戦艦を先頭とする単縦陣を採っている。
戦艦の後方に軽巡8隻と駆逐艦32隻が続く。
重巡と残りの軽巡、駆逐艦は一定間隔で左右に2隻ずつ陣取り、縦列を護衛る。
「針路このまま、敵艦隊と交戦に入る!」
24ノットへ増速し、突撃を開始する。
「距離17000で砲撃開始する!それまでは何があっても撃つな!」
自分達よりも遥かに格上の敵
経験の無い状況に、緊張感が急激に膨れ上がる。
聞き慣れた機関音、波切り音が異様に大きく聞こえる。
『艦爆より報告、敵重巡から発砲炎を確認!』
「距離は!?」
『18000!』
「バカな・・・!」
「敵は本当に巡洋艦なのか!?」
戦艦が巡洋艦に射程(有効射程)で負けていると言う事実に戦慄する。
ヒュウウゥゥゥゥゥゥゥ・・・・
軍人として聞き慣れている筈の音が近付き、心臓が高鳴る。
「衝撃に備えろ!」
ドオォッ
叫んだ直後、巨大な水柱が周辺へ形成される。
「左舷200に着弾!」
「右舷150にも着弾!」
「初弾夾叉とは・・・!」
射程だけでは無く、精度でも負けている。
一同は、既に戦艦が殲滅されている事に心底感謝した。
「司令、直ちに反撃を!このままでは、一方的に滅多撃ちにされてしまいます!」
「私も賛成です!少しでも牽制するべきです!」
「司令、御命令を!」
「浮き足立つな!!」
メイターの一際大きな声が、艦橋を支配する。
「命令に変更は無い。射程に入るまで何があっても撃つな!」
「第二弾、来ます!」
ヒュウゥゥゥゥゥゥゥ・・・・
議論する時間すら無い。
衝撃に備える前に、方々で水柱が上がる。
「重巡ソリーク、駆逐艦ジョージ被弾!」
前方で、被弾による爆煙が上がる。
「ジョージ、被害甚大!行き足、止まります!」
かつて、センテル帝国が受けた事の無い被害が第二艦隊を襲う。
それでも、主砲は敵艦隊を指向したまま微動だにしない。
「敵艦隊との距離は!?」
「17200!」
誰もがかつて無い焦燥に見舞われる中、メイターだけはただ黙って待ち続ける。
「17100!」
「急げ急げ急げ急げ!」
「もどかしい・・・!」
「船とはこんなにも遅いモノだったのか!」
世界的にもトップクラスの巨体と俊足を兼ね備える艦に乗っていながら、その様な呟きが至る所で吐き出される。
その様な声が聞こえる度に、メイターの眉間の皺が濃くなって行く。
「17000!」
一瞬の静寂
「攻撃開始!!」
全員の目に生気が戻る。
「よしッ!」
「攻撃開始だ!此方のターンだぞ!」
「砲術長、聞こえたな!?」
ジリリリリリリリリリ
艦内にベルの音が鳴り響き、乗員が砲撃に備える。
「僚艦も準備完了!」
「撃てェーーーーー!」
ドォォォォォォォォォォン
敵重巡を圧倒的に上回る32センチ砲、34.3センチ砲が一斉に吐き出される。
『艦爆より報告!命中弾無し!』
落胆の声が上がる。
「次弾装填急げ!」
「敵弾、来ます!」
直後、すぐ近くに水柱が上がった。
「うおッ!」
波に煽られ、艦が揺れる。
「被害報告!」
「被害無し!」
「駆逐艦ジョージ、総員退艦命令を発令!」
安堵したのも束の間、遂に喪失艦を出してしまう。
だが、落ち込む暇も無く、両艦隊は砲撃しつつ距離を詰める。
「重巡の有効射程内に入った!砲撃始めろ!」
『艦爆より、敵軽巡の砲撃を確認!』
周囲には、より密度の濃い水柱が形成される。
「マズい、このままでは一方的に磨り減らされる・・・」
『艦爆より報告、敵軽巡より爆炎を認める!命中です!』
士気に陰りが見栄始めた直後、念願の報告が届いた。
「砲撃を続けろ!何としても食い止めるぞ!」
決意を新たに戦闘が継続される。
「ソリークに再度被弾!戦闘不能の信号旗を確認、戦列より離脱します!」
『敵駆逐艦に命中弾、轟沈を確認!』
「戦艦ハーク被弾なれど、損害軽微!」
「軽巡の有効射程に到達、砲撃開始!」
「軽巡クロウプ、駆逐艦ダニエル被弾!」
『敵重巡に命中弾、航行不能の模様!』
互いにじわじわと被害を増す中、戦闘は新たな局面を迎える。
『見張りより艦橋、発砲炎を視認!』
「雷撃戦用意、水雷戦隊は前に出ろ!」
遂に直接目視可能な距離まで接近し、第二の手が明かされた。
これまで戦艦の背後に控えていた軽巡と駆逐艦が左右へと展開を開始し、増速して単縦陣を展開する。
「水雷戦隊、本隊の前へ出ます!」
「ドデカイのをブチかましてくれ」
主力艦に比べその小さな艦体は頼り無く見えたものだが、今はむしろ誰よりも勇敢で頼もしく見える。
『敵に新たな動き!』
「何!?」
一斉に窓際へ寄る。
「左右の縦隊が前へ出ている?」
「突撃する気か。」
「何の為に?」
嫌な予感しかしない。
「全艦へ通達、各艦の幅を倍に取れ!」
メイターの命令により、本隊の硬直が解ける。
奇しくも、両艦隊は同時に雷撃戦へと移行したのである。
「敵を雷撃地点へ着かせるな!先頭から一隻ずつ確実に潰せ!」
「味方の被害がこれ以上増える前に手を打つぞ!」
「目標変更、突出して来る艦を順番に撃て!」
主砲搭が動きを変え、仰角が下がる。
「撃てェーーーーー!」
同時に、敵重巡からも砲炎が上がった。
『敵軽巡に命中弾、大破確実!』
『軽巡トループ被弾!』
敵も味方も、考えている事は同じであった。
「手強い相手だ・・・だが、敗けてやる気は無い!」
本隊は、水雷戦隊の援護の為に目標を敵本隊へと変更した。
ドンッ
「ウオオッ!」
遂に旗艦が被弾した。
「狼狽えるな!冷静に被害を報告しろ!」
『右舷に被弾、速射砲要員に被害多数!』
「司令」
「たった一発だ!戦艦がこの程度で沈むか!さっさと指揮に戻れ!まずは、これ以上の犠牲を防ぐんだ!」
『水雷戦隊、両翼へ展開を開始!』
被弾の混乱から立ち直っている間に、水雷戦隊は左右に舵を切り始めていた。
両戦隊は、そのまま左右へ広がりつつ雷撃地点へ急ぐ。
『発射確認、一斉転舵を開始!』
『敵戦隊より雷跡接近!』
両戦隊よりほぼ同じタイミングで魚雷が放たれ、離脱の為にその場で一斉回頭を始める。
見事な操艦だが、その場の誰一として艦隊運動を眺めている余裕は無い。
「回避行動!」
「間違っても衝突だけはするな!」
「面舵一杯!」
迫り来る航跡を回避する為、敵味方問わず隊列が急激に乱れ始めた。
回避行動に翻弄され、砲撃もまるで当たらない。
そして間も無く、悪夢が始まった。
『軽巡シルク、アトロンの舷側より水柱!傾斜、急速に拡大!』
『駆逐艦シー、コップが爆沈!』
『敵軽巡2、駆逐艦6に被雷!』
「こんな・・・」
戦闘の興奮が急速に醒める。
海中からの刺客によって海へ引き摺り込まれて行く様は、恐怖を煽るのに十分な光景であった。
『敵艦隊、遠ざかります!』
見張りからの報告で我に返る。
「奴等、この混乱に乗じて逃走する気か!」
回避出来ているとは言え、魚雷はまだ艦隊内を航走中である。
随分な無茶だが、離脱の際に水柱が上がる事は無かった。
「クッ、敵の尻を前にして・・・!」
射程内にいる限りは砲撃ならば可能だが、追撃は不可能であった。
絶好の機会を前に、明確に操艦能力の差が表れる形となってしまっていた。
「砲撃中止、戦闘は此処までだ!」
間も無く、メイターはそう命じる。
「漂流者の救助を急げ!」
その命令と共に、戦闘の緊迫感が霧散した。
「敵艦隊は撃退出来たが、先が思いやられる・・・」
救助活動を眺めつつ、誰にも聞こえないようメイターは呟いた。
後に、<ガリスレーン第一会戦>と呼称される戦闘は終了した。
被害
第二艦隊
撃沈 軽巡洋艦:3隻
駆逐艦:8隻
大破 重巡洋艦:1隻
軽巡洋艦:1隻
駆逐艦:1隻
中破 重巡洋艦:1隻
駆逐艦:2隻
小破 戦艦:2隻
軽巡洋艦:2隻
第十二艦隊
自沈 重巡洋艦:5隻
撃沈 戦艦:4隻
空母:6隻
重巡洋艦:13隻
軽巡洋艦:4隻
駆逐艦:19隻
潜水艦:22隻
大破 軽巡洋艦:3隻
中破 重巡洋艦:1隻
軽巡洋艦:2隻
駆逐艦:7隻
小破 重巡洋艦:2隻
軽巡洋艦:1隻
駆逐艦:4隻
両艦隊が戦域を離脱した頃、分離した輸送艦隊はガリスレーン大陸へ迫りつつあった。
そう言えば、エッセイの総合評価がいつの間にか100を超えていました。
ちょっとビビってます。




