第百二十九話 二つ目の艦隊
今年最後の投稿です。
西セイルモン諸島 ローバル島
この島は、以前からアルーシ連邦が基地を置いて駐留している島である。
ハレル教圏との緊張状態が解けた後は、主に東部地域各国軍の合同訓練及び北諸島封鎖艦隊の拠点として使われて来た。
現在は、海獣と新大陸に関する情報交換を目的とした連絡拠点として使用されており、北諸島封鎖に参加している暁帝国、センテル帝国、アルーシ連邦が中心となり、各方面へ脅威度の低いと思われる海域の情報を発信している。
その様な事情から海上貿易の中心地と化しており、軍関係者以外にも情報を求めて多数の人間が押し寄せている。
その為の機能を有しているのが、この一帯の部隊を指揮している<セイルモン海域司令部>である。
かつて、アルーシ連邦によって建設された司令部は、勇者一行を受け入れた直後に暁帝国によって建て直された。
現代軍と違い、この世界の軍はセンテル帝国を含め徹底した秘密主義を採っている。
その為、司令部と言えども殆ど身内のみの受け入れしか想定していない造りは、狭苦しく息苦しいものであった。
一方、暁帝国は民間人との相互理解を重視し、広報目的で広々とした空間を確保した。
一階はエントランスとなっており、一般的な大企業の本社の様な見た目となっている。
元の雑多な印象は無くなり、小綺麗で少々豪華な印象を抱かせると言う、外部の人間を迎え入れるには申し分無い環境が整い、あらゆる人種に好印象を抱かせる事に成功した。
司令部が情報の中心地となっているのは、こうした環境整備も重要な要因である。
「ガリスレーン大陸との航路はどうなってる?」
「1001型の輸送船がまたやられたそうだ。」
「暁勢力圏でも、蒸気船が被害を受けたって話だ。」
「何処もかしこも安心出来んな・・・」
ロビー活動の様に大勢が語り合い、少しでも情報を得ようと周囲の会話に耳を傾ける。
そんな喧しいエントランスの奥には、一段高い位置に設置された講壇があり、此処で軍からの公式な会見が行われている。
その講壇に一人の士官が向かうと、それに気付いた周囲の者が会話を中断する。
更に周囲の者達にも伝播して行き、いつの間にか全員が静まり返り、講壇に上がった士官に注目した。
「これより、公式会見を行います。」
士官が態々「公式」と言ったのは、ネットワークやマスメディア等の一般に情報を普及する媒体が未発達である為、政府関係からの発表である事を強調する必要があるからである。
「昨日までに、東部地域にて新たに12体の海獣が駆除され、西部地域でも4体の海獣が駆除されました。」
最早、恒例と化している駆除報告である。
当初は発表の度にどよめいていた面々も、今では慣れた様子で眉一つ動かさない。
「駆除って、海獣を害虫扱いかよ・・・」
「半端じゃ無えな。」
少数ながら驚愕する者はいるものの、慣れた面々は不安の色を濃くしていた。
「質問があります。」
その内の一人が声を上げる。
「どうぞ」
「いつも通りお見事な手並みです。ですが、相変わらず各地で海獣が抜扈しており、その被害は留まる所を知りません。後、どの程度で駆除が完了するのか、展望をお聞かせ願いたい。」
いくら駆除しても、犠牲者が出続けているのが現状である。
冷静になった者達はこれまでの成果は認めつつも、状況が一向に好転していない事も理解していた。
だが、質問に対する明確な回答は無く、はぐらかされただけであった。
同じ頃、上階では小沢、ノシフスキー、スペルアントが部下を引き連れて情報交換を行っていた。
「・・・以上が、西部地域で把握出来た船舶の被害です。」
スペルアントの報告に、二人は眉間にシワを寄せる。
「これはマズいですね・・・」
スペルアントの報告によって判明したのは、船舶の被害の総計が東部地域と西部地域で二倍以上の差が出ている事である。
これは言うまでも無く、暁帝国とセンテル帝国の対応力の差による海獣の残存数の差が明確に出た結果である。
「これでは、ガリスレーン大陸の再編に齟齬が生じてしまうかも知れません。」
「由々しき事態ですね。」
海獣の存在により最も影響を受けているのが、世界経済である。
シーレーンを痛め付けられている事で海を越えた物流は滞り、逃げようも無い行き詰まりを見せ始めている。
列強国の上層部を除いて被害に偏りが発生している事には誰も気付いていないが、資本が感付くのは時間の問題と言って良い。
そうなってしまえば今まで以上に東部地域へ資本が集中する事となり、最悪の場合は西部地域経済が崩壊しかねない。
そこまで行かなくとも、最低でも再編中のガリスレーン大陸の動きが鈍り、治安悪化が懸念される。
それは、メイジャーと言う人類共通の敵を抱えている現状では許容出来ない問題である。
「やはり、更新と時期が重なってしまったのが痛いですね。順次増強を続けていますが、根本的に戦力不足です。」
訓練期間の短縮、予備艦の投入によって少しでも多くの戦力を投入しようと躍起になっているものの、新装備の訓練には相応の手間が掛かり、同時に再編も進めなければならない。
加えて、技術的に海獣の捕捉は困難を極める。
駆除に遅れが生じるのは当然であった。
「衛星で調べた所、新たな問題も発生している様です。」
小沢の言葉に、二人の顔が強張る。
その内容は、エイグロス帝国に関するものであった。
「ボルゴノドルフ大陸より出港した輸送船が、次々と何の抵抗も無く入港しています。設備も、いつの間にか近代的になっていまして・・・」
「と言う事は、既に制圧されていると?」
「或いは、即座に降伏して領土を明け渡したのかも知れません。詳細に調査しましたが、戦闘の形跡が確認出来ませんでした。」
「ちょ、ちょっと待って下さい!いくら何でものんびりし過ぎでしょう!」
慌てて声を上げたのは、ノシフスキーである。
「現地民の扱いは碌なモノでは無いでしょう!急いで解放しなければなりません!」
「いえ、その心配はありません。少なくとも、最初から抵抗の意思を示さない限りは。」
最初の接触の時点で、メイジャーが人手を求めている事が分かっている二人は、むしろ下手な抵抗を示していない事に安堵していた。
「大丈夫でしょうか・・・」
詳しい事情を知らないノシフスキーは、不安を拭えなかった。
・・・ ・・・ ・・・
エイグロス帝国
「東部沿岸の整備はほぼ完了した様だ。今後、本格的な駐留が始まるだろう。」
「内陸部も、鉱山を中心に新たな交通網の整備が進んでいます。今までとは比べ物にならない輸送効率です。」
「食料の輸入は、目標量を上回りました。今後、更に備蓄を増やします。」
渦中のエイグロス帝国では、首脳部が閣議を開いていた。
「よく分かった。それで、問題点は?」
各方面からの経過報告を聞いたチェインレスは、すぐさま次へ移る。
「彼等の新設備の整備に伴う立ち退きが予想を上回っており、代替地の確保が間に合っておりません。」
立ち退きの影響を受けているのは、既に200万人近くに上っている。
地方の未開拓地や領主等の私有地を解放させる事で土地を確保して来たが、想定を上回るペースで進む各種整備に、近世レベルの技術力では全く追い付けなかった。
止む無く軍を動員して臨時にテントを張らせているが、この程度の急場凌ぎでは長くは持たない。
「・・・最近通達された地については、此方から出向いて起工を延期して貰おう。」
「大丈夫でしょうか?」
全員が同じ心境であった。
現状では過酷な扱いは受けていないが、決して対等では無い。
「出来るだけやるしかあるまい。バルファント、共に来て貰うぞ。」
「分かった」
閣議は此処で終了し、二人は直ちに動く。
向かう先は、現在のエイグロス帝国の支配者の元である。
コンコン
「入れ」
「失礼します。」
入室すると、相変わらずデスクワークが似合わない大男が座っていた。
彼は、メイジャーの一人である マルコ である。
見た目からは想像も出来ないが頭脳戦を得意としており、そのお陰で首脳部の提言を柔軟に取り入れ、より円滑な統治を実現している。
「何か問題でも起きたか?」
開口一番、マルコはそう問う。
「はい。立ち退きに関してなのですが・・・」
チェインレスは、事情を説明する。
「・・・つきましては、ある程度の準備が整うまで起工を延期して戴きたいのです。」
「それは出来ない。予定通りに執り行う。」
あまりの即答ぶりにチェインレスは思考が空転するが、今度はバルファントが口を開く。
「閣下、このままでは立ち退きに同意している住民の安全が確保出来ません。我々は、安全を保障すると言う条件の下、貴方方に従っております。」
「我等に歯向かうと言う宣言かな?」
マルコの目付きが鋭くなる。
「まさか。ただこの状況が続きますと、国民の中に離反する者が現れてもおかしくありません。離反まで行かなくとも、不満を溜め込む国民も多くなるでしょう。」
「そうした状況を止める為に、君達はいるのでは無いかね?」
「国家政府は、国を動かす為に存在します。その目的は、主に自己防衛です。」
エイグロス帝国は夜警国家である。
バルファントはその消極性を利用し、暴動でも起こされない限りは離反者を放置する事で不安を煽ろうとしているのである。
「国内に於きましては、治安維持こそが国家の務めになります。その一環として準備を行って来たのですが、それを否定されては出来る事はありません。」
「別に否定してはいない。」
マルコは、それだけ言うと深く息を吐いた。
「・・・もうじき、港湾を中心に作業員寮が完成する。」
「「は!?」」
驚愕の表情で固まる二人を無視し、更に続ける。
「我等は、これから戦力の再編と再配置で手一杯になる。作業員の確保を至急行え。」
彼等が心配するまでも無く、既に問題はほぼ解決していた。
それを理解すると、すぐさま動き出した。
「ああそうだ、もうひとつ」
退室しようとする二人を引き留める。
「間も無く、艦隊の第一陣が寄港する。くれぐれも混乱の無い様に。」
無言で退室した後、二人は遅い足取りで廊下を進む。
あまりにも想像を越えた回答に、頭がまるで追い付いていなかった。
暫く無言で歩きながら頭を整理すると、早速口を開く。
「とんでも無い連中だな・・・」
「滅多な事を言うな、聞かれたら面倒だ。」
バルファントの第一声に、チェインレスは慌てる。
「良い意味でだよ。こんな短期間で作業員用の寮が完成間近とは恐れ入る。一棟当たり250世帯を収容可能な寮を一度に100棟以上も・・・」
「気持ちはよく分かるが落ち着け。」
態度にこそ出さないが、バルファントの動揺は極めて大きかった。
「すまない、少々取り乱し過ぎた。」
額に手を当てて気を落ち着けると、本題に入る。
「まあ、作業員の確保は志願者を募ればすぐに集まるだろう。問題はその後だ。」
「本格的に連中に協力する事になるな・・・」
彼等が恐れているのは、メイジャーが敗けた場合の世界の目である。
人類の不倶戴天の敵に降った以上、理屈抜きで罵声を浴びせられるのは想像に難くない。
かつてのモアガル帝国を軽く上回る過酷な運命が待ち構える事となる。
「かわすには、我々が被害者である事を強調するしか無い。多大な犠牲を防ぐ為には、止むを得ず降るしか無かったとな。」
「どう考えてもそれだけでは不十分だ。人類の敵に味方した代償は大き過ぎるぞ。」
「確かに、勇気を持って対抗すべきだったとか馬鹿な空論を言う輩はいるだろうが、構う必要は無い。対抗する勇気があるのなら、お前達は何故早急に動かなかったのかとでも言ってやれば良い。当事者でも無い有象無象の主張など、その程度でしか無い。」
正論を吐いても、当事者と部外者では説得力がまるで異なる。
当事者に言われてしまっては、部外者の理想論など鼻で笑われる程度の価値しか無くなるものである。
「なら、今後の方針はそれで行くとして、意思統一を急がねばな。」
「忙しい事この上無い。」
愚痴りつつも、彼等は動きを止めない。
・・・ ・・・ ・・・
東亜大陸(暁帝国呼称)
この島の軍港から、大規模な艦隊が出航しようとしていた。
その陣容は、暁帝国へと歩を進めた艦隊と同様である。
煙突からは排煙が立ち昇り、着実に温度を上げていた。
「いくら何でも急ぎ過ぎだ。」
桟橋で黄昏ているのはルードである。
暁帝国の力を直に経験した彼は、従来の計画通りの侵攻に反対の立場を表明した。
しかし、時間的な問題を理由にその進言は却下された。
「暁帝国とは正反対だ。流石に出て来ない筈だ。」
そう言い聞かせて落ち着こうとするが、不安は拭えなかった。
そんな心境を他所に、艦隊は一路エイグロスを目指す。
良いお年を




