第百二十八話 西部地域の胎動
大変お持たせしました。
引っ越しをしていました。
前の町が気に入っていたので、結構へこんでます。
センテル帝国
現在、この国では国民生活が圧迫され始めている。
海獣の跳梁による貿易の縮小が続いている上に、直接被害に遭う船舶も増加の一途を辿っている。
貿易の縮小はそのまま景気悪化へと直結しているが、この様な状況下で増税までもが行われているのである。
明らかな悪手だが、それでも断行しなければならない程に状況は悪い。
海獣は勿論、その背後にいるメイジャーに備えなければならないのである。
友好関係の構築は最初の接触の時点で諦められており、その際のやり取りから衝突は必至となっている。
しかし、訪問して来た艦隊と暁帝国の情報からセンテル帝国を大きく上回る技術を有している事が判明しており、早急な戦力強化が要求される事態となっている。
この為、年間予算の三割以上が軍事費に当てられ、戦時態勢への移行が図られた。
更に間の悪い事に、現在の軍は全面刷新を行っている最中である。
いくら軍事予算の割合が増えてもまるで足りない。
この様な事情から止むを得ず増税が決定され、軍は急ピッチで準備を進めている。
既に、事の次第を公開している為に国民は納得こそしたが、その影響は徐々に表へ出始めている。
大々的な軍拡のお陰で表向きは好景気を保っているものの、貿易の縮小による海外製品の不足、急激な軍拡によるインフレの進行と資源不足、増税による消費の減少・・・
直ちに深刻化する事は無いが、決して放置も出来ない問題が水面下で密かに浸透を始めていた。
セントレル 皇城
メイジャーの出現以降、最高幹部は会議を頻繁に行っている。
前例の無い事態を前に入念な意思統一を行わねばならず、ロズウェルドも活発に動き回っている。
敵が強大である為に気が滅入る話が多いが、今回は珍しく朗報が入って来た。
「先日、暁帝国が東部諸島東側海域にて新大陸の艦隊と交戦、撃退したとの報告が入りました。」
幹部達は、揃ってどよめく。
その後、具体的な陣容、戦闘の推移が順次報告された。
「それでは、これ程の大艦隊を無傷で撃退したと言うのか!?」
「敵の生き残りは駆逐艦10隻のみ。空母より出撃した航空隊も衆寡敵せずとは・・・」
味方ながら、暁帝国の圧倒的な実力には畏怖の念を感じざるを得ない。
場合によっては本気で暁帝国と敵対しかねなかった過去を思い出し、全員が恐怖した。
「続けます。今回の戦闘と以前より継続されている情報収集も一定の成果が上がっており、我が方へ推測も含めて多くの情報が渡されました。」
そう言うと、新たに判明した事実及び推測を報告する。
「これ程の艦隊が二線級だと言うのか・・・」
開示された情報に、一同は言葉も無い。
今回撃退された艦隊は暁帝国にとっては格下に過ぎず、ミサイルの消費量が痛いだけで済んでいるが、センテル帝国にとっては遥かに格上の相手である。
新鋭艦を総動員しても、一方的に狩り尽くされる恐れすらある。
それ程の艦隊が旧式艦を寄せ集めた二線級に過ぎず、更に強力な艦隊が数倍の規模で待機しているのである。
「仮に我が艦隊が迎撃に出たとして、撃退は可能か?」
ロズウェルドの問いに、担当の幹部は表情を曇らせる。
「主力艦隊の再編を完了させた上で総力を上げれば可能です。ですが、代償として全戦力の七割前後と、半数の乗員を失うとの試算が出ております。また、可能なのは撃退のみであります。短期間で再出撃が可能な程度の損害しか与えられず、多少の時間稼ぎにしかなりません。」
「そうか・・・」
敢えて口にしなかったが、撃退するには暁帝国の協力によって事前に潜水艦を排除すると言う前提が必要となる。
水雷兵器が立ち後れているセンテル帝国では、先進的な潜水艦戦力に対する備えが未だに貧弱なのである。
「それでも備えなければならん。無謀なのは百も承知だが、それでもやらねばならない。彼の者共に対抗し得る力を持つのは、暁帝国と我々だけなのだ。」
「陛下、備えなければならない事に異論はありません。ですが、大きな犠牲を強いる直接対決は徹底して避けるべきかと。」
ロズウェルドは気合いを入れるも、幹部の一人が水を差す。
「避けてどうするのだ?」
気を悪くする事は無く、詳細を尋ねる。
「暁帝国の救援を待つのです。無論、何もしない訳ではありません。小規模艦隊によるゲリラ戦を仕掛ける事で消耗を強いると同時に時間稼ぎを行います。」
「東への備えと海獣排除と西部地域の哨戒で手一杯な暁帝国に頼るのか?」
ロズウェルドの指摘に、誰も何も言えない。
現在の暁帝国は、ただでさえ地球よりも巨大なハーベスト全域で、暁勢力圏プラスアルファでの展開しか想定していない艦隊を酷使しているのである。
その上、現在主に対峙している敵は、何処で活動しているか分からない海獣である。
第二次世界大戦での対潜水艦戦がそうであった様に、隔絶した技術差があるとは言え、見えない敵を相手にするのは大きな負担が掛かる。
更に、非武装の船舶は遭遇してしまえば、付近に軍ないし軍に準ずる救援が無ければ逃走も覚束無い。
それを回避しようとすれば効率の悪い航路を取らねばならず、直接的な被害が無くとも経済的打撃は避けられない。
護衛艦を派遣しても船団を組まなければならない為、どちらにしても効率は落ちる。
最悪の場合は、資源供給が完全に断たれて日本の二の舞となる。
ウォルデ大陸にも豊富な資源が埋蔵されているが、100パーセント自給出来る程に採掘出来ている訳では無い。
現状の打開は、急務である。
「それで、現状はどうなっているのだ?」
「はい。東部地域の大半は、暁帝国の活動によって多大な成果を挙げており、民間船舶への被害も限定的となりつつあります。反面、西部地域の状況は芳しくありません。」
「具体的には?」
・・・ ・・・ ・・・
ガリスレーン大陸
強硬策を掲げていた中小国を降して以降、再編事業によって揉めに揉めてはいるが、それを除けばそれなりに活況を呈していた。
一番の要因は、外資(主に、センテル帝国とアルーシ連邦)の誘致である。
外部の優れた技術を持ち込む事により、資源開発を中心として大規模な手が入っているのである。
これは、外資側からすれば東部地域よりも参入し易く、技術的問題から放置されている多数の資源を採掘し放題である為、非常に旨みのある事業となっている。
そして大陸側からすれば、誘致を切っ掛けとして更なる発展が期待出来ると同時に、事業の過程で歳入も増える。
現状では、事業が始まってからそれ程時間が経っていない事もあり、発展の度合いは限定的であるものの、急速に参入が進んでいる。
双方にとってメリットの大きい話だが、この様な動きが急に進められたのには、政治的な事情が存在する。
それが、メイジャーである。
暁帝国が防波堤となる東部地域と異なり、西部地域は侵攻が始まってしまえば蹂躙を許す事となるのは想像に難くない。
その為、機先を制してセンテル帝国が動いたのである。
とは言え、センテル帝国一国の独占的な開発は後に大きなしこりを残すと大陸諸国は考えており、他国の参入を募った。
結果、以前からパイプを持つアルーシ連邦を筆頭とする数ヶ国が手を挙げる事となった。
尚、暁帝国は人員の過度な分散を恐れて参入していない。
こうした要因により景気は良いものの、目前の問題からその多くは軍事費に消えている。
そして、最大の問題もこれ以上先延ばしには出来なくなっていた。
モアガル帝国 キヨウ
今や、ガリスレーン大陸の中心となっているこの街に、同大陸諸国の代表者が勢揃いしていた。
加えて、センテル帝国からも数名の人員が派遣されている。
その目的は、再編事業の妥結である。
「東部地域にて、敵の侵攻が行われました。」
センテル帝国代表であるマイケルの言葉に、場がざわつく。
「幸い、暁帝国の迎撃によって事無きを得ましたが、近く西部地域にも同様の侵攻が開始される事は確実視されています。」
「マイケル代表、その東部地域の戦闘に関する詳細な情報を開示して頂きたい。」
「此方を御覧下さい。」
アガリオの要望に、マイケルは資料を配布する。
「順に御説明します。」
マイケルの説明が進む毎に、出席者の顔色は悪くなり続けた。
「以上になります。」
途端にざわつきが大きくなる。
「そんなに強力なのか!一体、どうすれば!?」
「海獣の跳梁を許している我々ではとても歯が立たない!」
「陸戦ならどうか?アルーシ連邦から輸入しているライフルで対抗可能では?」
想像を大きく超える敵の強大さに具体的な対応策は何も思い浮かばず、絶望と希望的観測ばかりが吐き出される。
「マイケル代表、貴国はこの敵に対抗可能でしょうか?」
ある程度落ち着いたタイミングを見計らい、アガリオが口を開く。
「非常に厳しいと言わざるを得ません。」
マイケルへ向けられた希望の視線は、再度絶望に変わる。
「ですが、策が無い訳ではありません。」
「それは!?」
「しかし、それには前提が必要です。」
再度向けられた希望の視線を見回しつつ、マイケルは語る。
ガリスレーン大陸の好景気が限定的となっているのは、時間だけが理由では無い。
資源開発に必要な輸送網の整備が殆ど手付かずとなっている事も大きい。
メインとなる輸送網は鉄道だが、流通が大きく発達すると同時に、建設によって周辺地域の経済も潤う為、実行しない理由は無い。
それがいつまでも着手出来ない原因が、再編事業の停滞である。
莫大な利潤を斎す鉄道は、政争の格好の道具とされてしまったのである。
同時に、開発されている資源地帯を少しでも多く獲得しつつ自国に有利な再編を誰もが夢見ている為、再編の完了は夢のまた夢と化している。
この状況に、参入している企業は勿論、センテル帝国政府も痺れを切らしつつあり、今回の代表団派遣へと至ったのである。
「内輪で争っている時間が無い事は、以前にも警告した筈です。艦隊以前に、既に海獣にいい様にやられてしまっているのです。このままでは、遠からず西部地域そのものが瓦解し、メイジャーの支配に甘んじる結果となるでしょう。」
マイケルの断言に、場が静まり返る。
センテル帝国でさえ厳しいと言う相手に自分達がまともに戦える訳が無い。
その現実を突き付けられ、この場の誰もが内輪で争える程の精神的な余裕が完全に吹き飛んだ。
「現状が続く限り、ガリスレーン大陸全土が焦土化する覚悟をして頂きたい。」
此処で、同行していたメイターが口を開く。
メイターの発言に、全員が目を見開く。
「我が国は、如何なる犠牲を払おうとも、メイジャーは撃滅しなければならないと考えています。それ程に危険な相手であると言う事をお忘れ無く。」
如何なる犠牲・・・最悪、ガリスレーン大陸の全てを犠牲にしても・・・
メイジャーや暁帝国に劣るとしても、センテル帝国は現在のモアガル帝国よりも格上の相手である。
大陸一つを焦土化する事は、不可能では無い。
此処に来て、ガリスレーン大陸諸国の意思も一つに纏まった。
彼等は、暁帝国に提示されていた再編案を受け入れる事となる。
・・・ ・・・ ・・・
西部地域南東
海獣の跳梁を許している現在、西部地域に於いて最も安全な海域は、ウォルデ大陸南西である。
此処は、暁帝国艦隊による海獣排除の最西端に最も近く、各種船舶の迂回路となっている。
しかし、多少海獣の密度が下がった程度でどうにかなれば苦労は無い。
相変わらず被害は増え続けているが、意外な救いの手が差し伸べられていた。
ドレイグ王国沖
「前方に木片!」
「漂流者はいるか!?」
「目視圏内に7名確認!」
哨戒を行っている赤竜族一隊が、洋上を漂流する残骸を発見する。
「直ちに所定の行動に掛かれィ!」
指示に従い、一斉に動き出す。
「おい、生きているか!?」
「持ち上げるぞ!決して暴れるな!」
持ち上げられた漂流者は、自分達の身に起きた事が信じられなかった。
赤竜族に救助されているのである。
その後、ドレイグ王国へと運ばれた漂流者は、また驚いた。
自分達の他にも、数百名にもなる人々がひしめいている。
「何故・・・」
外部に関心を向けない筈の赤竜族の行動に、思わず漏らす。
「我々は、必要だと判断した事をやっているに過ぎん。」
付近を警備している一人が返答する。
「何日かすれば、暁帝国が迎えの船を寄越す。多少の不自由は我慢して貰うぞ。」
外部へと目を向け始めたドレイグ王国も、徐々に行動へと移しつつあった。
・・・ ・・・ ・・・
モフルート王国
この国は現在、揺れに揺れていた。
アウステルト大陸最大の国家として君臨しているこの国は、常に相手への敬意を忘れない事を美徳としている。
傲慢を敵とし、常に自身を律する事を是とする国民性がこの様な美徳を生み出したのである。
だが、それだけで甘く見る愚か者が多い事も良く理解しており、高い情報力を有している。
この為、モフルート王国へ侵攻を企てた国は例外無く緒戦で主力を粉砕された上で、あっという間に全土を制圧されると言う悲惨な結果に終わっている。
友好的に接する限りは何処までも友好的だが、少しでも野心を持てば途端に爪を研ぎ始める。
しかも、行動を起こすまで完璧に隠し通す上に、その爪は極めて鋭い。
モフルート王国と相対する者は、細心の注意を要求されるのである。
港湾都市 デイル
王国西部最大の港湾都市である。
とは言え、此処へとやって来るのは大陸西部沿岸国とエイグロス帝国のみであり、その規模はあまり大きくない。
しかし、最近は活気付いている。
エイグロス帝国から大量の食料の買い付けが続いており、作業員はほぼ毎日積み込み作業に追われているのである。
「オイ、そっちは終わったか?」
「いやー、まだ残ってるんだなーこれが。賃金が上がるのは有り難いけど、流石にしんどいねー・・・」
昼時、街の食堂に集う作業員達は各々の作業の進捗を語り合うも、その顔には一様に疲れが見えていた。
「ホントに、エイグロス帝国は一体どうしたんだ?稼がせて貰えるのは有り難いが、これは明らかに異常だ。」
「確かに。急に大量の食料が必要になるなんざ、どんな状況だ?」
「大規模な干魃が起きたか、戦争の準備か・・・」
話題は、エイグロス帝国の行動の真意に移るも、疲れのせいか盛り上がりに欠けた。
「おかしな事を聞いたんだけどさ。」
一人が不意に声を上げる。
「船員に聞いたら、西から大量の人員が入植してるって。そのせいで食料が足りなくなったとか。」
一瞬静まり返るも、直後に笑いが巻き起こる。
「オイオイ、有り得ねーって。エイグロス帝国の西に人が住んでるってか?」
「ロマンのある話だが、無いな。」
「まぁ、疲れた体の良い清涼剤にはなったよ。」
多くの者が元気を取り戻して作業へと戻る中、一人だけ別方向へと向かう者がいた。
「今の話、報告すべきだな・・・」
ちょっとスランプ気味です。
出だしも落とし処も中々浮かばない。




