第百二十三話 拡大する動き
京アニの事件が頭をちらつく
インシエント大陸西岸
「急げ、港へ逃げ込めー!」
複数の商船が、全速力で東進していた。
全金属性の汽船から木造の帆船まで、あらゆる時代の船舶が入り乱れるその光景は、ある種の感動すら覚える。
乗員の顔には、追い立てられている獲物の様な恐怖の色が浮かんでおり、一刻も早くその恐怖から逃れようと必死に足掻いていた。
ギャオォォォォーーーー・・・
雄叫びが聞こえたかと思うと、最後尾を航行していた帆船の前に、海獣が姿を現した。
「面舵一杯!」
船長が叫ぶが、全てが遅かった。
バリバリバリーーーーー
海獣の体当たりを喰らい、帆船は真っ二つとなって轟沈した。
その様を見せ付けられた他の船は、恐慌状態となって逃走を続ける。
「早く救援要請をしろ!」
「何度もやっていますよ!」
増速を指示してもこれ以上の速度は出ず、救援を指示しても返事だけしか来ない。
恐怖は焦燥を生み、焦燥はいつしか諦観となり、再び潜航する海獣を冷静に見つめる乗員まで現れ始めた。
「救援だー!上を見ろ、救援が来たぞー!」
今度はどの船がやられるのかと考えていた時、そんな声が聞こえた。
つられて上を見ると、白い大型の航空機が目に入る。
救援要請を受けて緊急発進した暁帝国海軍哨戒機P-1は、早速戦闘行動へと入る。
『現場海域へ到着 ソノブイ投下』
『浮遊物を多数確認 その周囲に、漂流者を発見』
現場海域上空で8の字に飛行し、海獣の補足と状況把握に努める。
『複数のソノブイより感有り 深度30に、海獣らしき反応を確・・・いえ、目標、更に潜航を開始 探信音を警戒して回避行動へ移行したと思われる』
『これより、攻撃を開始する 正確な深度を継続して報告せよ』
状況把握が完了し、今度は攻撃の為に動き出す。
『目標深度、80へ到達 潜航速度、毎分26』
『魚雷投下まで 5 4 3 2 1 投下』
ガシャッ
翼下に吊り下げられた魚雷が、海面へ向けて投下された。
ザバン
『魚雷着水確認 異常無し 順調に航走中』
機内は沈黙し、緊張が走る。
『着弾確認 目標に命中』
報告より数秒遅れて、着弾地点の海面が気泡で白く染まり、爆圧で盛り上がった。
その様子を見ていた商船では、乗員が歓声を上げていた。
暫く上空に留まるも変化は確認出来ず、魚雷の爆発によって掻き回された海中がクリアになった。
『海中に、特別な構造物は確認出来ず 撃破したと判断する』
『付近の商船に、海獣の撃破を伝えよ それと、漂流している乗員の救助を要請せよ』
世界を恐怖に陥れている海獣も、暁帝国軍の前では雑兵も同然であった。
・・・ ・・・ ・・・
センテル帝国
「まるで、モグラ叩きだな・・・」
ロズウェルドは、報告書を読み終えて呟く。
その声には、若干の苛立ちが見て取れた。
メイジャーの要求は、ロズウェルドの耳にも届いていた。
最高会議に於いて戦時体制への移行が全会一致で可決し、以前から進んでいた軍備更新も加速する事となった。
予備役の動員も開始する流れとなり、順調に準備を進めて行くセンテル帝国であったが、その流れを妨害するかの様に龍と海獣が活動を開始した。
突然の事態にてんてこ舞いとなったセンテル帝国だが、被害を出しつつも何とか大陸内の龍の排除に成功した。
だが、海獣はそうも行かなかった。
世界中から救援を求める声が殺到しており、艦隊を各地へ差し向けている。
通商破壊はセンテル帝国にとっても致命的な事態である為、積極的に応じてはいるものの思う様に対応出来ていないのが現状となっている。
海獣の戦闘力の高さから主力艦隊を本格的に動員しているが、更新を行っている真っ最中の為に数が揃っていないばかりか、訓練不足でもある。
地方艦隊や護衛艦隊も動員しているものの、その戦闘力の低さから反撃を受ける事もしばしばであった。
更に、海中から接近して来ると言う特性から、捕捉自体が困難となっている。
現状、海中目標の捕捉が可能なのは暁帝国のみである。
それでも20体近くを倒しており、一応の面子は保たれていた。
しかし、一向に好転しないばかりか損傷艦が増え続ける現状には、何処もかしこも焦りの色を濃くしていた。
「失礼致します。」
ロズウェルドが、過去の経緯を振り返りつつ抜本的な対応策を思案していると、軍部からの連絡員が報告書を持ち込んで来た。
「御苦労」
一言だけ返すと、早速報告書へ目を通す。
読み進める毎に、眉間の皺が険しくなって行く。
「廃艦が8隻か。思った以上の数だな・・・」
その報告書には、海獣の反撃を受けた防護巡洋艦の内、8隻が修理不能判定を受けたと書かれていた。
「艦齢20年を超える老朽艦ばかりですので、止むを得ないかと。むしろ、更新を行うのに丁度良い機会と考えた方が宜しいかと思われます。」
現状、主力艦隊の整備を優先している為に、護衛艦隊の更新は殆ど進んでいない。
その様な状態の中で今回の騒動が発生した為、在庫一掃とばかりに無茶な運用を繰り返した事が、これ程の被害の原因となっていた。
とは言え、旧式化著しい防護巡洋艦のこれ以上の運用に無理がある事も確かであり、責任追及の声は上がっていない。
また、戦時体制の移行により、近い内に新型艦を配備出来ると言う希望が存在している事も、使い捨て同然の運用に拍車を掛けていた。
「だが、ただでさえ数が不足しているのだ。新たな艦が配備される以前に壊滅状態とはならないか?」
「御心配なさらず。今後配備される駆逐艦は、防護巡洋艦よりも生産性が高く、短期間での配備が可能です。戦時体制へ移行したお陰でもありますが、壊滅状態とはならないでしょう。」
「・・・そうか。」
戦時体制と聞き、ロズウェルドは肩を落とす。
「とにかく、この混沌とした状況を早急にどうにかせねばならん。新たに表れた不届き者へ対処する為にも、準備を急げ。」
「畏まりました。」
・・・ ・・・ ・・・
エイグロス帝国
この国は現在、急激な変革によって大きく発展していた。
港湾はコンクリート製の桟橋となり、大型クレーンが何台も鎮座しており、内陸へ向けて線路が何本も走っている。
海へ目を向けると、近海で遊弋している帆船の間を突っ切る様に、近代的な装甲艦や輸送船が往復していた。
エイグロス帝国全体が急速に近代的に生まれ変わっており、各地では大規模工事の連続となっていた。
「彼等は、とんでもない力を持っているな・・・」
窓から外の景色を眺めるフレンチェフの気分は、喜び半分憂鬱半分であった。
「さて」
一言だけ発し、別室へ移動する。
コンコン
「失礼します。」
行政のトップである筈のチェインレスは、そう言って入室する。
「急にどうした?」
室内へ入ると、外で素振りでもしていた方が似合いそうな大男が座っていた。
「先日問い合わせた件ですが、船団の編成が完了しましたので御報告に上がりました。」
「準備がいいな。司令部に問い合わせたが、許可が下りた。早速やってくれ。」
「了解しました。ところで、地形マップは役に立っているでしょうか?」
「勿論だ。まぁ、我等が使っている物よりも精度は粗いが、あのマップのお陰で負担が大分減った。中々やるな。」
「これ程までに発展させて戴いているのです。この程度の事は当然かと。」
「君達は、想像以上に優秀だな。見掛けだけでは判断出来ないこうした能力も、今後はより一層注意深く見て行かないとな。」
「光栄です。」
「では、早速作業に掛かり給え。」
「失礼致します。」
要件を終えたチェインレスは退室し、廊下を歩く。
「お、どうだった?」
途中、バルファントと鉢合わせる。
「許可が下りた。」
「そうか。取り敢えず、延命は出来るな。」
そう言って、当面の目途が立った事に安堵する。
エイグロス帝国の急速な発展は、メイジャーによる介入が原因である。
センテル帝国へと向かった使節艦隊が、帰り掛けにエイグロス帝国へと立ち寄った。
圧倒的な艦隊を見せ付けられた首脳部は、服従要求を受諾したのである。
使節艦隊がこの様な行為に出た理由は、西部地域へのアクセスの悪さが原因となっている。
ボルゴノドルフ大陸の東側の島からエイグロス帝国まで、直線距離で10000キロ近く離れており、この先軍を展開させる事を考えた場合、中継地点が存在した方が良いと考えていた。
エイグロス帝国は、西部地域最西端である事もあり、この中継地点として最有力候補となったのである。
尚、暁帝国との距離は、直線で3000キロ程度である。
自ら傘下へと入ったエイグロス帝国を、メイジャーは宣言通り優遇した。
大陸から大量の資材を運び込み、拠点としての整備を進める中で、国民は一般的な労働者階級として扱われた。
軍事利用を目的としている関係上、立ち退き等は頻発しているが、乱暴狼藉を働く事は滅多に無い。
流入者を恐れる向きはあるものの、全国民が近代化の恩恵を受け始めていた。
しかし、此処で予想もしなかった問題が発生した。
メイジャーの目的は、あくまでもかつて支配していた構図へと戻す事にあり、人類の構築して来た経済に関して無知に過ぎたのである。
労働の対価として給料を支払うと言う概念を理解出来ず、それ以前に貨幣事態を理解出来なかった。
この事態は政府が給料を支払うと言う形とする事でどうにか収めたが、次に問題となったのが食糧である。
大陸からの大量の人員の流入により、食糧生産が追い付かなくなる事が判明ししたのである。
これは早い内から判明した為、未だに問題が表面化していない今の内に解決しておく事となった。
チェインレスの言っていた船団とは、食糧輸入を目的とした船団である。
これ等の問題により、エイグロス帝国は近代化によって発展を享受するか、開発に伴う疲弊によって崩壊するかの分岐点に立たされていた。
「全く、稼いだ外貨がこんな形で消化される事になるとはな・・・」
折角荒稼ぎした外貨が、よりにもよって食料輸入だけで大量に消し飛ぶのである。
バルファントは、不満を隠せない。
「まぁ、これを乗り切れば我が国は一気に飛躍する。その為の対価だと思うしか無い。」
流石のチェインレスも、この様な形で足元を掬われるとは思っても見なかった。
国が発展する事は喜ばしいが、その為の苦労やリスクが発展に見合っているかは、多少の疑問が残っていた。
「当分は、策定した補正予算で乗り切るしか無い。とにかく、怠り無く準備を進めておいて良かった。」
「ひたすら堅実に事を進めた結果、辛うじて間に合ったな。国民も、希望を持っている。当分は安定するだろう。」
「だが問題は、世界がどう動くかだ。世界と交戦状態になった場合、我が国は悪党に仕立て上げられる事間違い無しだぞ?」
「取り敢えず、時間はあるんだ。我が国の進路は、これから考えて行こう。幸い、彼等は拠点としての運用しかしていない。国としての運用は、これまで通りに出来るからな。」
国を大きく発展させる事には成功したが、メイジャーへ降ったが為に新たな問題が発生し、国のトップ達は頭を悩ませる。
どの様な立場になろうとも、悩みの種が尽きる事は無いのである。
・・・ ・・・ ・・・
ボルゴノドルフ大陸 メイジアⅧ
中央官庁では、再度各方面のトップが勢揃いしていた。
「では、脅威となる様な魔導は存在しないのだな?」
「機関の効率がサイズの割に良い程度です。もう片方に関しましては、一切不明です。」
「魔力を一切持たん有力な存在か・・・」
サハタインは、アドルカモフから暁帝国とセンテル帝国に関する報告を聞き、嘆息する。
魔術由来の技術は大した事が無いと確認されたが、魔術を利用しない技術は理解の外となる。
魔力を一切利用せずに高度な技術体系を保有するなど、不気味としか言いようが無かった。
「だから、こんな妙な発展の仕方なんぞしてンだろうな。魔導が無いから、技術的な限界にブチ当たってこんな歪になっちまったんだろう。」
ゼルベードは、小口径砲ばかりの艦が揃っている中で、航空機関連だけ突出している現状をそう分析する。
「だと良いが、警戒は怠らん様にしなければ。ファレス、情報分析を継続せよ。」
「分かっております。」
「皆も、新たに入った情報を過不足無くファレスへ渡すのだ。」
これまでの経緯の話は終わり、次に現状の話へと移る。
「それで、艦隊の準備はどうだ?」
「第一陣の準備なら、とっくに終わってる。置き土産を動かしてたお陰もあるンだろうが、何の障害も無く終わったぞ。だが、イイのか?戦力を片方に集中させて?」
「構わん。今は、東側は拠点の整備に集中させるべきだ。それよりも、不可解な西側を早急に堕とせ。不確定要素は可能な限り素早く排除するのだ。仮に撃退されたとしても、旧型の集まりだ。大した損失では無かろう。」
「まぁ、そうだな。それに、魔導を使わずにどう戦うのか、俺も興味があるしな。分かったよ、すぐに出撃を指示して来る。」
ゼルベードは、一足先に退室した。
「せっかちな奴だ。それはともかくとして、ベルゴール。」
「はい。エイグロス帝国の拠点化は、順調に推移しております。ただ、この先派遣を予定している人員の食糧を賄い切れないとの試算が現地政府より出されましたので、別大陸からの食糧の輸入許可を出しました。」
「問題はそれだけか?」
「その通りです。上手くやっていると思われます。」
「ふむ。やはり、この方針は正しい様だな。ファレスへ具体的な統治状況の報告を渡しておくのだ。より効率的な方法を模索する。」
「畏まりました。」
ベルゴールの退室を確認すると、サハタインはファレスへ話し掛ける。
「それにしても、起動した置き土産が数を減らしている様だな?」
「その様です。予想以上にやる様ですね。あまり油断していると、手痛い反撃を受けかねません。」
「それを見越して準備して来たのだ。後は、拳を振り下ろすだけだ。」
雌伏の時を終えたメイジャーの動きは加速する。
・・・ ・・・ ・・・
暁帝国 国防省
「来やがったぞ!奴等、遂に動き出した!」
「戦力分析を急げ!」
「上に報告しろ!」
情報関係の各部署では、いつにも増して慌ただしくなっていた。
衛星が、ボルゴノドルフ大陸から西進する艦隊を捉えたのである。
誰も立ち向かう事の無くなっていた暁帝国に対し、新たな敵がやって来た。
今回ほど、執筆に身が入らなかった事は無い




