第百十六話 出現
来るべき所まで来ました。
暁帝国 南部諸島 帝国航空宇宙開発機構
此処では、宇宙開発を次の段階へ押し上げる為の試作機が打ち上げられようとしていた。
『此方管制塔、機体の状態はどうか?』
『状態は良好。不具合は認められず。』
『了解、間も無く離陸時間だ。気を抜かないよう願う。』
管制塔が離陸と言った理由は、今回打ち上げられる機体はロケットでは無いからである。
今までとは全く毛色が違う為、国外への招待も無く、極秘での打ち上げとなっている。
『最終点検完了、作業員は退避せよ 最終点検完了、作業員は退避せよ』
機械的な音声が繰り返し流される。
退避が完了した頃、打ち上げまでのカウントダウンが開始される。
『離陸まで、残り60秒』
『ブースター始動』
『ブースター始動確認』
『32 31 メインエンジン始動』
『メインエンジン始動良し』
カウントが進む毎に、緊張が高まる。
『9 8 7 6 5 ブースター点火 2 1 滑走開始 1 2 3 4 ・・・』
『滑走開始を確認 順調に加速中』
『第一ポイントを通過、速度、時間、予定通り』
『機体に異常な振動は認められず』
『搭乗員、バイタル正常』
『第二ポイントを通過、メインエンジン点火』
『エンジン点火を確認 出力、順調に上昇中』
『ブースター、最大出力』
『第三ポイントを通過、離陸開始』
『離陸を確認 速度、上昇角、予定通り』
『異常振動、依然認められず』
『サブエンジン、スタンバイ』
『予定高度へ到達 ブースター切り離し』
『ブースター切り離しを確認 メインエンジン最大出力』
『サブエンジン点火』
『サブエンジン点火を確認 異常は認められず』
『予定高度到達まで、10 9 8 7 6 5 4 3 2 1 』
『軌道投入開始』
一連のやり取りの後、カウントだけが響き渡る。
暫くの沈黙の後、通信が入る。
『軌道投入完了 機体に異常は認められず』
直後、地上は歓声に包まれた。
今回打ち上げられた機体は、スペースプレーンである。
今まで有人宇宙飛行をやって来なかった暁帝国であるが、将来的に必要となると判断されていた。
具体的には、寿命を迎えた衛星の処分や、宇宙空間を利用した軍事作戦である。
しかし、既存の衛星での有人宇宙飛行では想定される任務に対応出来ないと判断され、一貫してスペースプレーンに拘って来た。
そして、長い苦闘の末に試作機の打ち上げに成功したのである。
その後、試作機の運用を通してデータ収集に励み、各方面が要求する機体の設計に大いに役立てられる事となる。
西部諸島 捕虜収容所
ボルドーは、所長から緊急の呼び出しを受けていた。
「いきなり何の用だ?」
目が覚めて以降、ボルドーは困惑しきりであった。
捕虜と言えば、極めて劣悪な環境で馬車馬の如く働かせるのが常識である。
それ以前の移送時でさえ、乱暴狼藉によってボロボロとなる事が多い。
例外は、有力な貴族や将軍が捕虜となった場合ではあるが、それも用済みとなれば容赦無く処分される。
対する暁帝国は過酷な扱いなど全くせず、それどころか極めて上等な食事(暁帝国では一般的な食事内容)が毎日三食出て来る好待遇であった。
しかも、収容している捕虜全員に対して行っていると聞いた時には、国力の底知れなさに恐怖すら抱いた。
懐柔する為にわざと優しくしているのだろうと誰もが疑ったが、向けられる視線は厳しいものが多く、疑念は次第に薄れて行った。
では、何の為なのかと問われても誰も分からず、連日顔を突き合わせる日々が続いていた。
そして、本日の呼び出しである。
いきなり喧嘩腰となるのも無理は無かった。
「何か勘違いしてるみたいねぇ。」
ボルドーは、早速疲れを覚える。
所長は男なのだが、口調が明らかにおかしい事からあまり関わりたくないのが本音である。
「実はね、本国からハレル教圏の現状について連絡が入ったの。」
「何!?」
最も気になっている話題を切り出され、思わず身を乗り出す。
「落ち着きなさい、慌てんぼうねぇ?」
悪寒を覚えたボルドーは、姿勢を正す。
「いい子ね。あまり楽しい話じゃないから、覚悟して聞いて頂戴。」
(やはりか・・・あれ程の力を持つ暁帝国が相手では、更に戦況が悪化している事だろう。)
清潔な環境で落ち着きを取り戻していたボルドーは、冷静に彼我の戦力差を把握して内容を予想する。
しかし、明かされた内容は戦況悪化どころでは無かった。
「・・・以上よ。貴方達の今後については、まだ結論は出ていないわ。貴方達の所属する勢力が無くなってしまった以上、この先も捕虜として扱う訳にも行かなくなるけど、結論が出るまではこのままかしらね。」
淡々と所長の説明が続くが、ボルドーの耳には入らない。
(そんな、まさか・・・ハレル教が・・・我等の指標たるハレル教が・・・)
信じられないし信じたくも無いが、冷静さを取り戻していた事が却って災いし、感情論にしても論理にしても無条件に撥ね付ける事が出来ずにいた。
「刺激が強過ぎたみたいね。部屋まで送ってあげて頂戴。」
部下に送られて行くボルドーを眺めながら、所長は嘆息する。
(暫くは、退屈しなさそうね・・・)
特大の爆弾が投入された捕虜収容所は、騒がしさを増して行く。
本土 東京
東郷の元には、遺跡で得た情報を見た勇者一行が顔を出していた。
「思ったよりも早く来たな。」
軽口を叩く東郷に対し、五人は終始無言であった。
「君達のお陰で、イウリシア大陸の治安は回復し始めている。改めて礼を言う。」
軽く頭を下げるが、それにも無反応であった。
「・・・本題に入るか?」
軽く息を吐いて言うと、漸く反応を見せる。
「あの資料の内容は、間違い無いの・・・?」
「あんな嘘を書いてどうする?そんな趣味は無いぞ。」
東郷は即答するが、やはり反応は鈍い。
「あの遺跡が偽物だったら?」
「それなら、渡した資料もデタラメになるな。だが、あの遺跡が偽物だとしたら、世界中の遺跡が全て偽物になるぞ。」
暗に偽物の可能性を否定され、気は沈んで行く。
今更ながら、隠れ潜んでいるハイエルフの気持ちを理解する。
「しかし、だとすればメイジャーとは何なのでしょうか?分析の通りだとすれば、この世界の裏側に潜伏している事になりますが・・・」
遺跡マニアなスノウは、早速意識が先へと向いていた。
「それについてなんだが、これを見て欲しい。」
東郷が言うと、設置されているモニターに近宇宙危機管理局から上げられた情報が表示された。
「え、何コレ?」
「あれって、魔力を表しているのかしら?」
「えーと、地図上の大陸のサイズがあれだから・・・」
「凄く膨大な魔力・・・。」
レオン以外は、短時間でモニターへ映し出された情報の意味を理解する。
「あんなに膨大な魔力が二つもあるなんて・・・!」
流石のスノウも、呆然とする。
「南の塊は、今は放置してくれ。問題はもう片方だ。」
「何があったの・・・?」
「よく見てくれ。魔力の動きが渦巻き状になってる。」
「・・・確かにそうね。でも、それが何なの?」
「あの動きだが、ウチでは人為的な動きと見ている。」
「あ、あれだけの魔力を人為的に動かせるヤツがいるのか!?」
勇者一行と言えども、此処まで膨大な魔力を制御する事は出来ない。
いくら規則的な動きをしていようとも、自然現象と言われた方が納得出来るのは当然の流れである。
「魔力の動きと言うのは、此処では詳細に観測出来ている。渦巻き状の動きは、儀式魔術をやる時の特徴だ。」
「「「「「!!」」」」」
魔力の詳細な流れを追った事の無い立場からすれば、世紀の大発見である。
五人は、揃って絶句する。
「だが、どんな魔術なのかは予測出来なかった。あれだけの魔力を使う魔術なんぞ、前例が無い。」
各国には、過去に失われたと思われる魔術に関する記述が稀に発見されるが、それにもこれ程膨大な魔力を必要とする魔術は載っていない。
「では、これがメイジャーに関係していると?」
「可能性は否定出来ない。」
それを聞き、五人は眉間に皺を寄せる。
「それで、俺達に何を求める?」
「今回の動きで、新たな勢力が勃興する可能性が浮上した。記述にあったメイジャーかどうかは分からんが、どれ程強力なのか見当も付かない。協力願う。」
「それは、俺達が英雄の子孫だからか?それとも、勇者だからか?」
未だに自身を勇者と言っている事に、レオンは自分で吐き気を覚える。
「どっちでも無い。予測の付かない脅威に対抗する為に、あらゆる対策を取りたいだけだ。」
「あれだけ勇者を受け入れたと喧伝しておいてか?」
「合理的判断から来た結論だ。俺達はそんな称号はどうでもいいが、ハレル教徒に対しては効果覿面だからな。」
「正義の為にか?」
「正義が目的なら、英雄様にでも頼んでる。」
東郷は、若干機嫌を悪くする。
「いいか、俺達の目的は国益の守護だ。前にも言ったが、正義はその後に付いて来る結果に過ぎない。必要ならその正義も利用してやるが、その為に必要なのは英雄じゃない。むしろ、英雄は邪魔な存在だ。」
何らかの権益を守ろうとした場合、いつの時代も事が終わった後の英雄は邪険にされて来た。
「なら、その国益とやらは何だ?」
「国と国民を守る事。国に利益を齎す友好国とその国民を守る事。」
「その利益とは、金か?」
「金もそうだが、それだけが国益じゃない。金は、国益のほんの一面に過ぎない。」
レオンは、これまでに無い俗物的な話をしているが、不思議と不快感は無かった。
むしろ、信用するに足る要素と判断していた。
「・・・分かった。万が一の時には協力する。そんな事が無いように頑張って貰いたいがな。」
「言うねぇ。」
先頭に立ち続けて来たレオンらしからぬセリフだが、東郷は口元をにやけさせながら応じた。
・・・ ・・・ ・・・
ドレイグ王国
此処では、大きな変化が起こっていないにも関わらず、誰も彼もがパニック状態となっていた。
「何かが起こる、近い内にとんでも無い何かが起こる・・・だが、何が起こるのだ!?」
アンカラゴルも例外では無く、忙しなく辺りをうろつきながら独り言を呟き続けていた。
一般人が見れば奇妙を通り越した不気味な光景に見えるが、専門家が見れば本能に近い部分から来る警鐘によって引き起こされていると見抜けるかも知れない。
ズリ族に対しても半ば狂乱状態となった使者が派遣され、シーカを大いに困惑させていた。
使者が言うには、「近く、何らかの異変が起こる。最大限の警戒を行うべき。」と言うものであった。
何が何やら分からないシーカであったが、警戒するに越した事は無いと判断し、一度は解除した予備役の動員を再び開始した。
また、このパニック状態はドレイグ王国に限った話では無かった。
・・・ ・・・ ・・・
モアガル帝国 キヨウ
「陛下、少々問題が発生致しました。」
「何?まさか、敗退したのか!?」
現在、モアガル帝国は攻勢作戦開始直前であり、ガレベオの元へは頻繁に報告が上がっている。
今回もその報告だったのだが、今まで順調に準備が進んでいただけに最悪の展開を想像する。
「いえ、敵の動きは確認されておりません。」
「ではどうした?」
安堵するも、漠然とした不安に覆われる。
「我が軍に配属されている竜人族なのですが、唐突にパニックを起こす者が続出しております。」
「どう言う事だ?」
「不明です。とにかく、唐突に始まったとの事でして、統制に支障が出ております。」
「・・・未知の病かも知れんな。隔離しておくべきとも考えるが、竜人族を欠いた状態で勝てるか?」
「それは問題ありません。現時点でさえ、相当に余裕を持って編成されております。」
「そうか、ならば良い。」
官僚が出て行ったのを確認してから、ガレベオは静かに呟く。
「凶兆で無ければ良いがな・・・」
・・・ ・・・ ・・・
センテル帝国 ドレイグ王国大使館
大使であるウムガルは、呼び付けた外交部官僚を壁際まで追い詰めていた。
「重ねて言う、我等は虚言など申していない!早急に準備をせねば、手遅れになってしまう!」
ドォン!
赤竜族による豪快な壁ドンは、大使館全体を鳴動させた。
「で、ですから、その脅威が具体的に何なのかが分からなければ、対応のしようが無いのです!」
官僚は、冷や汗を流しつつ同じ答えを繰り返す。
「その様な悠長な事を言っている場合では無い!どうにかして、政府に掛け合って欲しいのだ!」
「上には報告しますから、落ち着いて下さい!」
最悪の場合、潰されかねない位置にいる官僚は生きた心地がしなかった。
「そうか、ならば急いで報告してくれ!」
その言葉を聞き、官僚は全力で大使館を後にした。
多少は落ち着いたウムガルだが、その後も大使館内を無駄にうろつき続けた。
「この感じは、非常に拙いぞ・・・!確たる証拠は何も無いが、途轍も無い何かが起ころうとしている・・・それも、良くない事がだ!」
だが、ただのゴリ押しだけで動く国家政府は存在しない。
一応報告はされたものの、真に受ける者はいなかった。
ウムガルの焦りを無視して、時間は無為に過ぎて行く。
・・・ ・・・ ・・・
暁帝国 帝国航空宇宙開発機構 近宇宙危機管理局
ヴィーー ヴィーー ヴィーー
異常を報せる警報が、引っ切り無しに響き続ける。
ハーベストの全体図を見ると、星の裏側が警告で真っ赤に塗り潰されていた。
「魔力が、上空に溢れ出し始めています!高度、300を超過!凄い濃度です!」
「渦の速度が上がり続けている!暴走では無い、規則的な動きを維持したままだ!」
「これは、魔術発動の兆候だ!」
叫んだ直後、星の裏側で眩い光が発生した。
暁帝国は勿論の事、正反対のセンテル帝国でも地平線の向こうにその光を確認した。
世界中が未知の光に驚く中、数分後には徐々にその光は収まって行き、何事も無かったかの様に消えた。
しかし、遥かな上空に打ち上げられた観測衛星は、その異変の原因を捉えていた。
星の裏側に、遺跡で発見された地図と同じ、魔力の中に浮かび上がっていた影と同じ大陸が出現していたのである。
今後、投稿ペースが大幅に下がるかも知れません。




