第百八話 亡命2
森の集落に名前はありません。
その為、文章が少し分かり辛くなっているかも知れません。
セイキュリー大陸 ケミの大森林
第零艦隊と通信が繋がった事で合流する目途が立った五人は、早速進もうとする。
「それでは、案内をお願いします。」
『待ってくれ。流石に口頭での誘導は難し過ぎる。』
「そう言われても、他に方法が無いじゃない。」
当初、衛星電話におっかなびっくりであったカレンも、すぐに慣れて悪態を吐く程度になっていた。
『今から説明する通りに操作してくれ。』
暫く後、
「ええと、これでいいの・・・?」
「違う違う、反対だぞ。こっちだ。」
『そしたら次は・・・』
これまでに無い複雑な操作を要求され、全員の頭がショート寸前となる。
「こうか?」
「あー、元に戻ったじゃんか!」
「ちょっと、何やってるのよ!?」
「レオン、邪魔・・・!」
「レオン様、少し離れて下さい。」
中でもレオンは別格の機械音痴ぶりを見せ付けており、邪魔者の烙印を押されていた。
レオンが後方でしょぼくれる中、悪戦苦闘を続けながらも何とか操作を終える。
「画面が変わりました。」
『そうか、フゥーー・・・』
無駄に時間が掛かった結果、オペレーターの疲労が溜まっていた。
画面は、黒に複数の白い円と赤い点と青い点が映っている。
『いいか、画面の真ん中にある赤い点が君達だ。青い点が、上陸した部隊を示している。そして、画面の上部が君達の向いている方向だ。その場で回ってみろ。』
その場で回ると、青い点の位置が変わって行く。
『解ったか?青い点が画面の上部にあれば、正しい方角と言う事だ。』
「白い円は?」
『それは、距離を示している。中心から最も遠い円で、現在地から500メートル地点だ。そこまで近付けば、画面上の青い点が中心へ近付いて行く事になる。』
「ほー、よく出来てるんだなー。」
「フェイ、今の説明で解ったのか?」
レオンの問いに、全員が冷たい視線を向ける。
「むしろ、今ので解らないの?」
「レオン、役立たず・・・。」
「取り敢えず、私達の後に付いて来て下されば良いので。」
早速、戦力外通告をされてしまい、勇者の面目丸潰れであった。
そして、画面と睨めっこしながらひたすら進む事数時間、
「どれ位進んだかな?」
「まだ、20キロも進んでない・・・。」
普段の勇者一行からすると、考えられない程に遅い歩みとなっていた。
「道が整備されてるって、凄く重要な事なのね。」
彼等がこれまで通って来た道は、全て整備されている街道か、土地勘のある場所ばかりであった。
整備されていない上に知らない場所を進む事が、どれ程大変でリスクが高い事かを実感させられる。
『此方第零艦隊、聞こえるか!?』
その様な事を考えていると、何の前触れも無く通信が入った。
「聞こえます。どうしましたか?」
その声には、明らかに焦りの色があった。
『此方の上陸部隊が原住民と接触したんだが、攻撃を受けたそうだ。現地まで急いで貰いたい。』
その要請に、場の空気が一気に変わる。
そして、これまでとは比較にならない動きで未開の地を踏破し始める。
その様は、あらゆるリスクへ飛び込んで来た勇者一行の姿であった。
・・・ ・・・ ・・・
上陸部隊は、最初の威嚇攻撃で艦隊へ警戒を呼び掛ける様に通達を出していた。
いきなり攻撃を受けるとは思っていなかった艦隊側は過剰に反応し、上陸部隊へ報告も行わずに勇者一行を急かす結果となっていた。
その後、上陸部隊は周囲をエルフ達に囲まれつつ、歩を進めていた。
ユウを先頭とし、森の中を進みながら話が続けられる。
「我々のルーツは、恐らく君達と同じである事は間違い無いだろう。君達の下では、どの程度の言い伝えが残っているのだ?」
「先程言った事だけですが。」
レスティ以外の亡命者も頷く。
「何だ、思った以上に世間知らずなのだな。」
間違いでは無いのだが、森の奥深くに引き籠って来た者達に言われるのは釈然としない。
「我々は、かつては外界との接触を行っていた。ハレル教とやらの台頭で引き籠らざるを得なくなったがな。それ以前には、様々な者達と関係を持っていた。私が、まだ若かった頃だ。」
見た目は十分若いのだが、実年齢を聞くなど恐ろしくて誰も出来ない。
「我々には、君達よりもずっと多くの言い伝えが残っているのだ。恐らく、かつては君達も同じであったのだろう。その中に、我々の様な膨大な魔力受容量を持つ者が産まれる事は、理論上起こり得ないと言う物がある。」
疑問符と感嘆符が同時に出る。
「ま、待ってくれ!それでは、我々が存在する事自体がおかしくなるでは無いか!」
「その通りだ。我々はそれを否定したくて、様々な種族、動物、怪物、果ては植物や魚類まで、この世のあらゆる生物と比較して来たのだ。」
原始的ながら生物学の概念が存在している事に、暁帝国側の者達は驚愕を禁じ得ない。
「だが分かった事と言えば、我等程の魔力を持つ者が他には存在しないと言う事だけだ。」
暁帝国側の者達は、この結論に違和感を覚える。
ハイエルフと同等、或いは超える存在を彼等は複数知っているのである。
その様な事情を無視し、話は続く。
「だとすれば」
「だとすれば、我等は何者なのか?自然界には存在し得ないと言われている我等が、何故存在しているのか?」
「皆目・・・見当も付かない・・・」
レスティは、困惑しきりであった。
「自然界には存在しない、自然発生し得ない存在なんだ、我々は。」
「・・・つまり?」
「君達は、もう少し頭を使った方が良いな。」
余計な引き延ばしに、全員が苛つく。
「自然界には存在しない生物など、いくらでもいるだろう?品種改良された食料品、観賞用の花、ペット等々・・・」
「・・・まさか!?」
「そうだ。自然発生で無いのなら、人為的に生み出された存在であると言う事だ。」
それは、あまりにもショッキングな話である。
自身が自然の摂理に反して生まれた存在であると認めるなど、到底容認出来る話では無い。
「これが、我々が身を隠している理由だ。この様な禁忌が外部に漏れでもしたら、我等は破滅する。」
「う、嘘だろう・・・?」
亡命者達は、思わず呻く。
だが、考えてみれば腑に落ちる点があった。
ノーバリシアル神聖国のハイエルフは、何故世界最優秀なのか?
亡命者達は、共通してその事を考えていた。
この疑問を切っ掛けとして、彼等は客観的視点を手に入れる事となる。
その結果、この思い上がりに関して違和感を感じ始めた。
まるで、体に付着した不快な何かを拭い去るかの様な、本能に近い部分で吠えているかの様な、そんな違和感を感じていたのである。
「この事実は、我々の集落でも知らない者が多い。下手に知らせれば、碌な事にはならないからな。滅んでしまったそちらの国の様に。」
「私達の何を知っている?」
「何も知らない。ただ、想像は出来る。心構えの出来ていない者がこの事実を知ってしまったら、全力で否定しに掛かるだろう。我等の様に言い伝えそのものを否定しようとするか、或いは我等を受け入れそうにも無い世界を否定するか。君達は、傲慢な祖国を見限ったと言ったな。そして、言い伝えが殆ど残っていないとも。」
ユウの証言が正しいとすれば、ノーバリシアル神聖国にも彼等と同じ言い伝えが残っていた事となる。
しかし、その言い伝えが周知されていたとしたら、受け入れ難い事実を前に暴走を始めていたのかも知れない。
世界の誰からも受け入れて貰えない存在であると知ってしまえば、新たな居場所を自分で創るしか無くなる。
だが創れたとしても、外部からのあらゆる圧力を躱し切る事は出来ない。
それは、途轍も無い恐怖を生み出す事となる。
残る手は、誰にも見付からずに隠れ続けるか、無理矢理見付けた自分自身の存在意義に酔うしか無い。
東のハイエルフは前者を選び、西のハイエルフは後者を選んでしまった。
「私も、この事実を知らされた時には随分苦しんだものだ。所構わず当たり散らしたし、森の外で暴れようとした事もある。」
「何故、それを私達に話すので?」
最大の問題はそれである。
誰が聞いても、外部の人間へ軽々しく話して良い事では無い。
「覚悟して貰う為だ。我等は、万が一森の外から同胞がやって来た時、可能ならば受け入れるべきと考えている。だが、最低限の条件として、我等と同じ志を持って貰わねばならん。」
そこまで言うと、ユウは歩みを止めて振り向く。
「さて、此処が何処だか解るか?」
ユウの背後は、切り立った崖となっていた。
すると、一行を囲っていた者達が、背後を塞いで武器を構える。
「何の真似だ?」
阿部は、ユウへ尋ねる。
「我等が受け入れるのは、同胞のみ。それ以外は排除する。警告した時点で引き下がっていれば排除する必要も無かったが、そんな様子も無かったからな。」
(話に集中し過ぎたか・・・!)
此処に至り、漸くこれまでの話が囮であった事に気付く。
実際、衝撃的過ぎる内容に警戒が疎かとなっていた。
「我等の生い立ちは、冥途の土産としては十分だろう。恨むなよ?」
ユウの目には、恐怖と憎悪が映っていた。
「敵対する気は無いのだが、明確に攻撃を宣言されては反撃しない訳には行かないな。」
阿部の宣言と同時に、全員が銃を構える。
すると、ディスプレイシステムを装着している隊員が、阿部へ耳打ちをする。
「どうやら、新たな同胞が近付いている様だぞ。」
「戯言を・・・!その様な時間稼ぎに付き合う暇は無い!」
言うや否や、ユウはナイフを抜いて襲い掛かる。
ダァン…
一発で勝負は着いた。
足を撃ち抜かれたユウは、その場で倒れる。
「何を、した・・・?」
だが、その銃声がゴングとなった。
激昂した後方の一団が、一斉に動き出す。
「チッ・・・!」
これで動きが止まる事を願った阿部は、舌打ちを抑えられなかった。
ダンダンダンダンダンダンダンダン
連続で銃声が鳴り響き、真正面から馬鹿正直に突っ込んで来る相手に寸分違わず命中して行く。
だが、足だけを狙う余裕は無く、即死しないまでも危険な状態へ陥る者も複数現れる。
ヒュン… バァン!
唐突に矢が飛んで来る。
風切り音が聞こえた事で、反射的に複数の隊員が地面へ伏せる。
迅速に対応した事で一人の負傷で済んだが、事態が悪化した事を理解するのに時間は掛からなかった。
「貴様等か、我等が集落上空を我が物顔で飛び回っていたのは!?」
増援の到着である。
(クソッ、グズグズし過ぎた・・・!)
数は、目に入るだけで100は下らない。
しかも、あのハイエルフである。
新型装備を何も持たないただの歩兵に、抗う術は何も無い。
「我等の存在を知った以上、生かして返す訳には行かん!」
(万事休すか・・・)
阿部は、目を閉じる。
「ちょぉっと待ったァァーーー!!」
そんな声が聞こえたかと思うと、無駄に大きな足音と共に派手に土煙を巻き上げた五人組がやって来た。
「ゲホッ ゲホッ 何だ、誰だ!?」
「目がァ、目がァー!」
そこかしこから、土煙による二次被害を受けた苦悶の声が聞こえて来る。
「・・・何してるんだ?」
この五人組の登場に、阿部は呆れ顔であった。
「酷い言い種ね。攻撃を受けたから急いで欲しいって、アナタの艦隊から要請を受けたのだけど?」
「聞いて無いぞ!?」
カレンの回答に、阿部は絶叫する。
「まぁまぁ、いいじゃないか。結果的に正解だったろ?」
「報連相は何処へ行った!?」
なあなあで済まそうとするフェイの発言に、阿部は抗う。
「未だに感謝の言葉が無いのはおかしいと思う・・・。無ければ、燃やすから・・・。」
「どうもありがとう。」
本気であると理解した阿部は、シルフィーへ向けて体を90度曲げる。
「それはともかく、状況を説明して貰えますか?」
「やっと、まともに話が通じた・・・!」
真面目に話を始めるスノウに、阿部は感涙する。
「どうせ、俺は役立たずですよーだ。」
「・・・どうしたんだ?」
「気にしないで下さい。」
四人の陰に隠れる様に、レオンは一人でいじけていた。
その間、肝心のハイエルフ達は突然の乱入者を前に固まっていた。
「な・・・なん、なんだ、この魔力は・・・?」
勇者一行の持つ魔力は、ハイエルフを凌駕する膨大なものである。
倒れながら隙を窺っていたユウも、恐怖で固まっていた。
「さて・・・」
話がひと段落したスノウは、負傷者へと近付く。
「何をする気だ!?」
ユウの問いを無視し、スノウは治癒魔術を使う。
見る見るうちに傷が塞がり、傷跡さえ見えなくなる。
「次は、貴方です。」
最後に、ユウを治療する。
痛みが引いて行くのを実感し、治療が終わると勢いよく立ち上がる。
「き、君達は一体・・・?」
「彼等を殺されると、私達が困るのです。」
「何?」
「その五人は、我が国に亡命を希望している。」
意味が解らず固まっている中、阿部が答える。
「どうやら、詳しい話を聞く必要がありそうだな。」
明らかに格の違う者が近付いて口を開く。
「貴方は?」
「私は、ライトウだ。この森の集落の警備隊隊長をしている。全員、我々の指示に従って貰うぞ。身の安全は保障するから安心しろ。」
勇者一行の登場により、すんでの所で最悪の展開は免れる事となり、彼等の集落へと案内された。
・・・ ・・・ ・・・
センテル帝国沖
フリクスは、自分の身に起きた事が理解出来なかった。
セイルモン諸島沖で通商破壊を行っていた彼は、センテル帝国の船舶を発見した。
若手のエリートとして野心に燃えるフリクスは、最高の獲物を見付けたとしか思っていなかった。
逸るフリクスを抑えようと艦長が攻撃を渋るも、背教審理をチラつかせてまで攻撃を強行させた。
暁帝国に並ぶとまで言われるセンテル帝国と言えども、突然の攻撃に手も足も出ずに無様に逃亡を図るばかりであった。
「この程度のものか。口ほどにも無い。」そう考えて攻撃を続けていると、新手がやって来た。
またしても、センテル帝国の船である。
それを見た乗員は、恐怖に彩られていた。
「ハルーラ様の加護を受けている我等は、常に不敗です!」そう鼓舞するも、乗員の士気は上がらない。
ハルーラの加護を信じるフリクスはこの反応に憤慨したが、ひとまずはフリクスの指示通りに攻撃態勢を取っていた。
「一発撃てば、尻尾を巻いて逃げに掛かる。獲物が二匹に増えた。」そう考えると、舌なめずりしたくなる程に気分が良くなる。
しかし、接近する間も無く新手から砲撃を受けた。
決して届く筈の無い距離である筈が、次々と弾を届かせて来る。
あまりの事態にフリクスは驚愕するも、ハルーラの加護を信じて突撃を命じた。
直後、複数の命中弾出した戦列艦は、誘爆を起こして派手に爆炎を上げてしまった。
爆発の衝撃で海へ投げ出されたフリクスは、接近して来る敵に対して何も出来ず、引き上げられると同時に拘束されてしまい、今に至る。
「何故だ・・・何故だ・・・何故だ・・・」
フリクスは、ひたすらに呟き続ける。
ハレル教が全てである彼にとって、自身が敗北するなど想像も出来ない事態であった。
どれ程に国力や技術力に差があろうとも、敬虔な信徒は加護を受ける。
その加護があれば、敗ける事は無い。
その筈が、このザマである。
更に悪い事に、若手である彼には戦略的視点と言う物が備わっていなかった。
国家単位での動きを想像出来ないのである。
今回の顛末がセンテル帝国を怒らせる事は想像に難くないが、フリクスには想像も及ばない事態である。
彼の行動により、ハレル教圏は更なる苦境へ陥ろうとしていた。
一部のがめつい連中は、未だにハレル教圏と裏で繋がっています。




