第百七話 亡命
ルルアのアトリエが面白過ぎる。
ミミちゃん可愛い!
暁帝国 捕虜収容所
かつて、ハンカン王国戦や大陸戦争で利用された捕虜収容所に、レック諸島沖で救助されたハレル教圏艦隊の捕虜が収容されていた。
「・・・此処は?」
医務室のベッドの上で、救助以降意識不明のままであった捕虜が漸く目を覚ます。
「私は、確か・・・」
彼の脳裏には、共に戦った兵を讃えた直後に乗っている船ごと吹き飛んだ記憶が再現されていた。
(だとすると、此処は審判の間か。)
周囲へ目を向けると、白を基調とした部屋にいる事が分かった。
汚れが目に付き易い色では有るが、見る限り汚れなどは無く、非常に清潔に保たれている事が窺える。
彼が今まで目にして来た光景とは違い過ぎる為、あの世にいると勘違いしても無理は無かった。
「やっと目を覚ましたか。」
すぐ近くから聞こえた声に振り向くと、黒い服装をした男が立っていた。
「貴方は?」
此処を未だにあの世だと思い込んでいる彼は、目の前の男を使徒か何かだと考え、丁寧な態度を取る。
「此処は、西部諸島に設置されている捕虜収容所だ。」
「ほりょしゅうようじょ・・・」
突然出て来た単語の意味を理解する事を脳が拒み、訳も分からないままに復唱する。
「唐突過ぎたかな?西部諸島と言うのは、暁帝国本土の西側にある諸島の事だ。」
理解するまいと考えようとも今度こそ逃れられず、新たに提示された情報に自身の置かれている状況を強制的に理解させられる。
「私をどうする気だ?」
だが、それで絶望する程彼はヤワでは無かった。
鋭い目付きで男を睨む。
「君の処遇に関して私に権限は無い。本当に、面倒な事をしてくれたもんだ・・・」
男は、眉間に皺を寄せつつ溜息を吐く。
「貴様等がどれ程苦労しようがどうでもいい。それより、私以外の者共はどうしたのだ?」
「救助出来る連中は救助して、此処に収容している。大体3000人位だ。」
出撃した艦隊には、10万を超える兵が搭乗していた。
僅か3000しか生き残れなかったと言う事実に、最早怒りすら湧いて来ない。
「君以外の素性は把握している。取り敢えず、名前と階級を教えて貰おうかね。」
(たった3000人とは言え、生き残った以上は責務を果たさねば)
彼にとっては捕虜を人質に取られた尋問に等しく、今は大人しく言う事を聞くしか無い。
「我が名は、ボルドー。聖教軍連合艦隊司令官だ。」
まさかの大物に、男は目を見開いた。
・・・ ・・・ ・・・
セイキュリー大陸 ケミの大森林上空
『此方海鳥、大きな魔力反応が密集している場所を見付けた。熱源からして、集落と思われる。』
海岸に於いて確認した不審な原住民らしき人物は、かなりの速度で森の奥深くへと戻って行った。
それを追い掛けた海鳥は森のほぼ中心地にまで到達し、大規模な集落らしき物を発見した。
『海鳥、接近して確認せよ。』
『無茶を言わないでくれ。魔力反応が大き過ぎる。不用意に近付いたら、撃墜されるぞ。』
表示されている魔力反応はハイエルフ族と同レベルの規模であり、人口密度はノーバリシアル神聖国よりも高い。
下手をすれば、シルフィーの攻撃に耐えたC-17でも撃墜されかねない。
『・・・分かった、一旦帰還してくれ。対応策を考える。』
・・・ ・・・ ・・・
ケミの大森林中央
「一大事だ!」
西海岸で艦隊を発見した少年 カロル は、隠れ里へと大急ぎで戻って来た。
「何やってんだ、カロル?他の連中はどうした?」
森の見回りは、安全の為に必ず始めと終わりに集合しなければならない。
その為、行きも帰りも見回りの担当全員が共に移動していなければおかしいのである。
そんな中、カロルは単独で戻って来た。
「おいカロル、何でお前一人しかいないんだ?」
周囲にいた者達が集まって騒めき出す。
「そんな場合じゃない!この事をすぐに報告しないと・・・!」
カロルのただならぬ様子に、誰もが最悪の想像をする。
「まさか、言い伝えにある古代龍が・・・?」
急いで報告へと向かうカロルの後ろ姿を眺めつつ、そう呟く。
カロルの向かう先には、他の建造物よりも多少大きく、頑丈な建物が建っていた。
それは、この隠れ里の軍に当たる<警備隊>の本部である。
カロルに限らず、隠れ里で一通りの武器を扱える者は、全員が警備隊へ登録されている。
「隊長!」
警備隊本部へと駆け込んだカロルは、入るや否や警備隊指揮官を探す。
「隊長、隊長は何処ですか!?」
「何だ、いきなり何の騒ぎだ?って、カロルかよ。」
到着早々騒ぎに騒いでいるカロルは、一気に周囲の注目を集めた。
「どいてくれ!隊長ー!」
「落ち着け、隊長は此処にはいない!」
あまりの狼狽ぶりに見ていられなくなった者達によって、カロルは押さえ付けられた。
「放してくれ!すぐに長老に取り次いで貰わないと・・・!」
「何言ってるんだ?お前の言う事が、長老にまで届く訳無いだろう。」
カロルは見た目通りの若輩者であり、その意見が重視される事はまず有り得ない。
「西海岸にとんでも無い軍勢が現れたんだ!早く対応しないと、大変な事になる!」
一瞬静寂が支配し、直後に笑いが巻き起こる。
「そんな馬鹿な、一体何処の誰がこの森に攻め込んで来るんだ?」
「法螺話も程々にしとけよ。」
「東ならまだ分かるが、西から攻めるなんて効率悪い真似をする馬鹿がいると思うか?」
最初から真に受ける事は無いと考えてはいたが、実際に呑気な反応をされると流石に焦れて来る。
「本当だ!金属製の巨大船に、金属製の飛行物体まであったんだ!早く対応しないと、あっという間に滅ぼされるぞ!」
更に大きな笑いが巻き起こる。
(こんな所でモタモタしてる場合じゃ無いのに・・・!)
ブオォォォォーーーー・・・・
笑い声を上げていた全員の表情が瞬時に引き締まる。
「全員、配置に付けー!」
その場にいる者の中で、最も階級の高い者が指示を出す。
一斉に本部を飛び出し、それぞれ指定されている持ち場へと走る。
「これは、訓練では無い!繰り返す、これは訓練では無い!」
本部の屋上には、大型の角笛が設置されている。
訓練以外では、緊急時にしか鳴らされる事は無い。
その角笛が、訓練でも無いのに鳴らされているのである。
「過剰反応じゃ無いか?」
誰かが呟くが、ほぼ全員が同じ心境であった。
何しろ、ハイエルフ族と同等の魔術的素養を持っているのである。
森に生息する危険生物が相手であっても、彼等にとってはアラートを鳴らす程では無い。
「まさか・・・まさか・・・!?」
唯一、カロルだけは尋常では無い焦りを見せていた。
全員が配置に付くと、各隊の指揮官が状況を伝える。
「先程、西の見張り台より報告が入った!正体不明の飛行物体が接近しているとの事だ!飛行物体の詳細は不明だが、飛竜では無いとの事だ!」
「オイオイ、西って言ったか?」
「それって・・・!」
先程、カロルの証言を聞いていた者達が騒めき出す。
バタタタタタタタタタ
そうこうしていると、聞いた事の無い音が近付いて来る。
「何だ?何処から・・・」
音源を探し始める。
「オイ、アレは何だ!?」
一人が、空を指差して叫ぶ。
「な、な・・・な・・・!」
「化け物・・・!」
「気を抜くな、構えろ!」
喝を入れられ我に返るが、出来る事など無かった。
飛行物体の高度は1000メートルを軽く超えており、魔術も武器も届かない。
更に、飛竜は森の入り口に少数生息するのみである為、航空戦力を保有していない。
尤も、彼等からすれば飛竜でさえ鴨に過ぎない為、必要性を感じなかった結果である。
ただし、それは敵が攻撃の為に近付いて来ると言う前提が成立してこそ言える事であり、今回の様に高高度飛行を続けられては打つ手が無かった。
暫く眺めていると、飛行物体は西へ去った。
暫く後、
「何としても、あの化け物の所在を突き止めろ!」
警備隊指揮官である ライトウ は、気が立っていた。
前例の無い異常事態に遭遇してしまったのだから当然である。
「万が一、奴が仲間を引き連れて攻め込んで来たら、我等は終わりだ・・・」
現状、彼等に飛行物体を止める手立ては存在しない。
もし、今度は大軍が空からやって来れば、一方的に蹂躙されるのは目に見えていた。
そんな悩めるライトウの元へ、一人の部下が駆け込んで来る。
「隊長、有力な情報を持っている隊員がいるとの報告があります!」
「何!?」
部下が口にした名前は、カロルであった。
今回の騒動によってカロルの意見を無視出来なくなった者達が、一斉にカロルの証言を報告したのである。
「今すぐ連れて来い!」
ライトウは、藁にも縋る思いであった。
・・・ ・・・ ・・・
ケミの大森林東部
バレグを出た勇者一行は、案内人に従い森の前までやって来ていた。
案内人は、しきりにレオンを気に掛ける。
「勇者様、やはり少しお休みになられた方が・・・」
「大丈夫だと思うって・・・イテテ・・・」
レオンは、未だに腫れの引かない頬をさする。
「そうそう、大丈夫だから気にするなって。」
「時間を掛ける程の事でも無い・・・。」
「その通りです。大した事ではありません。」
「放って置けば、その内治るわ。」
勇者の仲間達は、容赦無い言葉を次々に浴びせる。
「その・・・お気を付けて。」
女子に囲まれる環境を羨んでいた案内人は、その認識を改めてレオンを哀れんだ。
森へ入ると、スノウは早速衛星電話を取り出す。
「聞こえますか?此方、スノウです。」
『ザザ・・・ザッ・・・ちら、第零・・・隊、何とか・・・る。』
雑音が多く、殆ど聞き取れない。
「すみません、聞き取れません。もう一度お願いします。」
『少し、・・・くれ。・・・が、・・・ていない。すぐ・・・ザザ・・・る。』
「どうなってるの?」
スノウ以外は、どんな道具なのかも理解出来ない。
「これは、通信魔道具の様な物です。他大陸外でさえも通信出来る程に距離が長い特別仕様だとか。」
「他大陸って、いくら何でも誇張し過ぎじゃ無いか?」
「それに、かなり雑音が酷い・・・。」
「前に使った時は、その様な事は無かったのですが・・・」
スノウは、何度か操作し直す。
「ぶっ叩いてみるか?」
フェイが、振り被って見せる。
「止めなさいッ!それで壊れたら、私達には直せないんですよ!?」
壊したら本当にシャレにならない為、スノウは金切り声に近い声を上げて止めに掛かる。
「そ、そんなに必死にならなくても・・・」
スノウの剣幕に怯んだフェイは、渋々引き下がる。
「いや、やってみよう。」
「レオン様!?」
「このまま待ってても埒が明かない。なら、一か八かやって見るまでだ。」
「そうね。此処まで来たら、やるしか無いわ。」
「此処って、何処ですか!?皆さんは、何処へ行くつもりなんですか!?」
余談だが、衛星電話を壊した場合は弁償する事となっている。
そのお値段、日本円で80万円を吹っ掛けられていた。
稼ぎに稼いでいる勇者一行には大した事は無いと思われるかも知れないが、産業革命以前の物価で生活している事を考えると、一個人にはかなり重い価格である。
『ザザザッ・・・此方第零艦隊、聞こえるか?』
押し問答を繰り広げていると、非常にクリアな音声が入って来た。
「はい、スノウです!良く聞こえます!」
『な、何だ、やけに元気だな?』
「何だ、故障じゃ無かったのか。」
対するレオンは、つまらなそうに呟く。
その様子を見たスノウは、嫌な予感に駆られるのであった。
・・・ ・・・ ・・・
ケミの大森林西部
阿部を含む上陸部隊は、SH-60によって判明した集落を目標として森の中へと入っていた。
尚、車両は狭過ぎて森へ立ち入る事が出来ず、上陸地点の確保に集中する事となっている。
「思ったより涼しいな。」
阿部が呟く。
密林である事から、蒸し暑い環境を覚悟していたのである。
「司令、こんな北の大陸で何を期待していたのですか?」
見ていられなくなった側近が、我慢出来ずにツッコむ。
「も、勿論解っているさ。狭くて重苦しいから、少し和ませようとしただけだ。」
阿部の見苦しい言い訳に、誰も反応出来ない。
しょぼくれてしまった阿部を放置し、一行は先へと進む。
「!・・・魔力反応複数、接近しています!」
先行量産されたディスプレイシステムを装備している隊員が、警告する。
「総員、警戒!」
隊員が輪形になり、警戒しつつ進む。
ヒュゥ… バァン!
風切り音が聞こえた直後、付近で手榴弾並みの爆発が起きた。
「今のは・・・!」
レスティは、今の攻撃に既視感を覚える。
「そこで止まれ!」
何処からか声が聞こえるが、反響して場所が特定出来ない。
(この森の事は知り尽くしていると言う事か・・・)
しかし、魔力反応から位置は丸分かりであった。
「これより先は、何人たりとも侵入を許す訳には行かん!早々に立ち去れ!立ち去らぬなら、容赦はせんぞ!」
ザァァッ
付近の草木が揺れ動く。
誰かが動き回っている事は間違い無いが、まるで気配が掴めない。
(これは、恐ろしいな・・・)
常人ならば、これだけで恐怖して逃げ帰っている所である。
「レスティ殿、頼む。」
阿部に促され、レスティが前へ出る。
「少し話を聞いてくれ!私は、レスティと言う。西部地域出身のハイエルフ族だ!」
そこかしこから、微かに動揺が伝わって来る。
「私の故郷であるノーバリシアル神聖国は、極めて横暴な態度で世界を敵に回し、先日滅ぼされてしまった。私と同志はそんな祖国を見限り、同じハイエルフ族が住むと言う伝承を辿ってこの地へ来た。我々にはもう、帰る場所が無い。どうか、受け入れてくれないだろうか?」
暫くの沈黙の後、木の上から一人のエルフ族の女が飛び降りて来た。
その鋭い眼光に射抜かれたレスティは、身動きが取れなくなる。
目の前までやって来た女は、まじまじとレスティを見詰める。
「どうやら、本当にハイエルフ族の様だな・・・」
女の目は、信じられない物を見る目付きに変わっていた。
「我が集落にも、我等とは別の地へ向かったハイエルフ族の伝承が存在する。ただの御伽噺に過ぎないと思っていたのだが、事実であったか。」
女の証言から、誰もがレスティ達と同じルーツを持つ事を確信する。
「申し遅れた。我が名は ユウ だ。詳しい話を聞きたい。」
未踏の地でのファーストコンタクトは、どうにか穏やかに始まった。
衛星電話の値段を調べたら、普通に六桁行っててビビった。




