第百三話 近付く敵
亡命騒ぎは、一時中断です。
センテル帝国 情報部
「新しい報告書です。」
シモンは、山積みとなった報告書の束に恐るべき速度で目を通し始める。
本来ならば、報告書の束を見せ付けられた途端にげんなりする所だが、今回は事情が違う。
ハレル教圏の軍事行動が、威嚇では済まないレベルにまで活発化しているとの報告が多数上がって来ているのである。
既に、多数の商船が被害を受けている事が判明しており、暁勢力圏とイウリシア大陸ではそれに呼応する様に軍を動かし始めている。
この動きを受け、センテル帝国でも軍を東海岸へと動かしていた。
先日、全艦の就役を完了したセンテル級の内6隻を東海岸へと集めて再編成を行っているのである。
更に、未だに現役に留まっている装甲巡洋艦と防護巡洋艦を搔き集め、セイルモン諸島周辺海域で遊弋させる事で少しでも牽制を行おうと躍起になっていた。
だが、広大な海域を全て抑え込むなど、とても不可能な芸当である。
事態の悪化に歯止めを掛ける事が出来ていない事が報告書からも分かるが、ある報告書に目が止まる。
「これは、何かの間違いでは無いのか・・・?」
シモンが手に持っている報告書には、ハレル教圏の主力艦隊が出撃したと書かれている。
「しかも、東へだと?」
シモンに限らず、その場にいる職員の顔色が急激に悪くなる。
この報告が事実だとすれば、大陸戦争以来の暁帝国の本格的な軍事行動を誘発する事となる。
だが大陸戦争当時とは違い、暁帝国は世界から最強の列強国として認識されているのである。
更に核攻撃の影響もあり、暁帝国が本格的に動く=世界滅亡に匹敵する動き と捉える者も多い。
適切な対応を取らなければ、全世界が大混乱となるのである。
「これは、すぐに最高幹部へ報告しなければ!」
情報部は、これまで以上にてんてこ舞いとなった。
・・・ ・・・ ・・・
ドレイグ王国
「・・・以上で御座います。」
代表者が集まる中で、ウムガルは臨時世界会議の推移の説明を行った。
「そうか・・・」
だが、長く世界情勢を知らなかった彼等は、何処か他人事の様であった。
「ウムガルよ、今回は何事も無く終わった様だが、外海での騒動が此処へ飛び火する危険は無いのか?」
唯一、アンカラゴルだけは族長と言う立場上、リアルな危機感を以って受け止めていた。
「正直、無いとは言い切れませぬ。」
近海警備を行っているゴルナーは、苦々しい顔をする。
「有り得んじゃろう。何処の誰が我等に牙を向くと言うのだ?」
「かつてはその様な愚か者も存在したが、既に我等の実力は知れ渡っておろう。」
「唯一の不安要素であったモアガル帝国も、今となっては心配無くなったのであろう?更に、堂々と歯向かっておったハイエルフ共も、此度の騒動で完全に牙を抜かれた。一体、この期に及んで何処の誰が我等に仇成すと言うのか?」
大半の意見は、この様なものであった。
何を言おうとも所詮外部の人間がやっている事に過ぎず、何処まで行っても他人事であった。
仮に、この近辺で争いが起ころうとも、自分達に飛び火すると言う発想も持ち合わせてはいない。
「お主達は、一つ重大な事を忘れておる様だ。」
アンカラゴルが若干の怒りを込めて口を開くと、全員が押し黙る。
「我等自身については、仮に何処かの勢力が攻め込んで来たとしても心配は無用あろう。だが、ズリの民はどうなる?かつて、その様な油断によってアルーシ連邦の上陸を許した事を忘れたのか?」
二人を送り出す事となった理由を問われ、今度こそ何も言えなくなる。
「しかし、我等はどの様に動くべきなのでしょうか?」
最大の問題は、それである。
今回は、オブザーバーに過ぎなかった事から大した問題は起こらなかったが、この先は主体的に動いて行かなければならない。
だが、この中の誰もその様なノウハウは持ち合わせておらず、世界の中でどう振る舞えば良いのか分からない。
「まずは、情報を集める必要があるかと存じます。」
暫く沈黙した後に、ゴルナーが口を開く。
「再び、ズリの民に依頼するのか?」
「無論、ズリの民へも依頼すべきとは思いまするが、最も良い選択は暁帝国かセンテル帝国でしょう。」
「な・・・!」
想定外の提案に、全員が絶句する。
「聞き齧った話なのですが、世界では国交を結んだ国に対して大使館なるものを設置しているとの事で御座います。これは、相手国の中に自国の影響の及ぶ領域を創る事で、速やかな連絡体制を築く事を目的としている様に御座います。そして、大使館の役目には、相手国との交渉や情報収集も含まれております。」
「つまり、暁帝国かセンテル帝国内に大使館を設置し、そこから情報収集を行うと言う事か?」
「左様で御座います。」
世界からは国家として認識されつつも、彼等は一般的な国家としての運営を行った事は無く、常時他国へ人員を配置すると言う発想も無かった。
暫く議論をした後、センテル帝国へ大使館の設置を求める事が決定した。
・・・ ・・・ ・・・
レック諸島沖 巡視船 しきしま
しきしまは現在、レック諸島の北西海域で哨戒を行っている。
この海域は、あまり立ち寄る船舶がいない事から元々警戒が薄い海域であり、戦列艦が出没し始めてからの迂回ルートとなっていた。
しかし、当初はその動きを把握し切れていなかった為、先に察知した戦列艦の跳梁を許す事となってしまった。
その様な事情から、現在のこの海域は巡視船との激戦区となっている。
『レーダーに戦列艦と思しき反応を探知!』
「周辺に、民間船舶はいるか!?」
『戦列艦の東18キロ地点に1隻確認!戦列艦へ向かっています!』
「警告急げ!」
『既に、警告済みです!ですが、無線、通信魔道具とも、応答ありません!』
「クソッ!」
「船長、怒ってる場合ですか?」
「わ、分かってる。」
此処最近、この海域の巡視船は緊迫続きでピリピリしている。
しきしまも例外では無いのだが、その中で副長が最も冷静に対応しており、船長以下全員が無駄に困惑していた。
しきしまは26ノットの最高速力を出し、現場海域へ急ぐ。
「船長、確認しといた方がいいんじゃないですか?」
「何をだ?」
「何をって、本国から指示が入ったでしょう?」
緊迫していた為に忘れていた事を副長に指摘され、船長は何とも言えない気分になる。
「全乗員へ通達する。先日、本国よりハレル教圏の艦である事が確認出来次第、直ちに撃沈せよとの指示が入った。よって、威嚇射撃は一切行わず、射程に入り次第撃沈する。」
船内から、乗員の驚きの声が聞こえて来る。
「それにしても、何を思ってこんな指示を飛ばして来たんだ?」
「何か、重大な変化が起こったんでしょうね。」
副長が冷静に指摘し、その変化に自身が巻き込まれない事を祈る。
・・・ ・・・ ・・・
暁帝国 東京
『敵主力艦隊、間も無く予定海域に入ります。』
『巡視船しきしま、敵艦を発見。追跡体制に入りました。』
「来るべきものが来たな。」
肝心の本国では、やや緊迫した空気となっていた。
センテル帝国でも確認されたハレル教圏の主力艦隊は、出撃前から衛星によって確認されていた。
その艦隊が東を目指し始めた事で、それ以前から活動を行っている艦との連携がある可能性が浮上した為、レック諸島周辺で活動している戦列艦は常時敵対行動中であると見做され、発見即撃沈の命令を飛ばす事となったのである。
「それにしても、あの魔力反応は何だ?」
「不明です。何らかの特殊な艦が混じっているのかも知れません。」
モニター上に映し出されている魔力反応には、主力艦隊に張り付く様に妙に大きな魔力反応が動いていた。
「まさかとは思うが、波動砲とか撃ち出して来たりしないよな?」
「それは流石に・・・」
どちらにせよ、表示されている魔力を一度に撃ち出す様な事があれば、巡洋艦クラスであっても一撃で大破しかねない。
「既に、海防艦を現場海域へ向かわせています。一個戦隊だけですが、空軍と連携すれば何とかなるでしょう。」
一抹の不安を感じつつ、刻一刻とその時は近付く。
・・・ ・・・ ・・・
神聖ジェイスティス教皇国 教皇庁
「艦隊がレック諸島へ到着するまで、後数日と言う所でしょうか。」
「いやぁ、兵達がどの様な武勇伝を聞かせてくれるのか楽しみですなぁ。」
リウジネインとシェイティンは、まだ何も始まっていない内から戦勝ムードであった。
「流石に、あれ程の規模となれば気付かれているかも知れませんな。となると、事前に備えている敵に向かわねばなりませんから、いくらかの損害は予想されます。」
「いくら抵抗しようとも、消耗している奴等が総力を挙げた我等に勝利する事などありませんよ。」
「それもそうですな。」
彼等が消耗していると言い出す根拠は、ゾンビ騒動にある。
比較的短期に鎮圧されたゾンビ騒動だが、ハレル教圏でその実情を把握しているのは勇者一行だけである。
その為、「暁勢力圏へ、多大なる被害を与えた。奴等は、大きく消耗している!」と思い込んでいるのである。
その一方、核攻撃に関しては「多くの生贄を使った捨て身の一撃に過ぎない。」と結論するに至り、大した戦力は残されていないだろうと考えていた。
「随分と掛かりましたが、後少しです。」
「その通りです。後少し、後少しで・・・」
後少しで、ハルーラの名の元に勝利出来る。
それが、教皇庁の見立てであった。
・・・ ・・・ ・・・
レック諸島西部海域
既に、暁帝国に察知されているとは知らないハレル教圏主力艦隊は、東へ悠々と進路を取っていた。
「そろそろ、奴等の領域に入るぞ。」
ジャックが空気が変わった事に気付き、かつて通った事のある海域を睨む。
「とうとう此処まで・・・」
テリーも、前方を見据える。
彼等の乗っている艦は、艦隊旗艦である。
かつて、この海域から逃げ帰りつつも、再び立ち向かう意思と訓練によって習得した腕前を認められた証である。
また、敵の情報を最も知っている事から、水兵でありながら艦隊司令と顔を合わせる機会さえ得ている。
「なるほど。では、敵は近いのだな?」
その艦隊司令官である ボルドー が二人の元へやって来た。
「し、司令!」
その場の全員が、司令官の突然の登場に驚き慌てて敬礼する。
「敬礼はいい。それより、敵はもう近いのか?」
「は、ハッ、間違いありません!この空気、敵の巨大船を目撃した時の空気に似ています。」
「ほう、僅かな空気の変化に気付けるとはな・・・貴様等の様な優秀な部下に巡り合えた事、頼もしく思うぞ。」
「こ、光栄であります!」
ボルドーは、見た目も性格も如何にも武人であり、部下からの評判もすこぶる良い。
教皇庁勤めでは無いが後一歩まで進んだ実力者でもあり、ハレル教の権威を守る役目を負う<聖騎士団>に所属していた事もある。
その後は、聖騎士団へスカウトする人材を探し歩いており、(戦闘力に)優れた人材を見付け出す確かな目を持っている。
武人としてこの上無い名誉ある経歴を重ねて来た訳だが、それだけに自身の積み上げて来た物に絶対の自信を持っている。
その為、敵軍が自軍よりも強いと言う発想を持ち合わせておらず、聖教軍が長年ネルウィー公国を攻めあぐねている事を痛烈に批判してもいる。
敵情の収集を重視してはいるが、それはあくまでも交戦に適した場所や日時を把握する為であり、敵の内情を理解する為では無い。
更に、着実に実績を上げて人気もある事から野心家としての一面も見せ始めており、自信過剰な一面と相俟って隙が大きくなっていた。
(レック諸島を、このまま我が領地としてくれる。その次はスマレースト大陸、そして暁帝国だ!)
ボルドーの脳裏には、栄光の道をひた走る自身の姿が映し出されていた。
「ハルーラ神の加護を受けた艦隊だ。貴様等の様な小心者に受け切れるか?」
ボルドーは、周囲の部下にも聞こえる様に東へ向けて呟いた。
・・・ ・・・ ・・・
レック諸島 空軍基地
ジリリリリリリリリ
『ハレル教圏より、主力艦隊が接近中 全機、出撃せよ』
サイレンやベルの音が鳴り響き、彼方此方で慌ただしく人影が動き回る。
スクランブル態勢にあった搭乗員が真っ先に出撃準備を整え、滑走路へと機体を動かす。
『イーグル1へ、離陸を許可する。』
胴体内と翼下へ汎用ミサイルを満載したF-3が、順次離陸する。
『イーグル隊へ、接近中の艦隊は600隻近くに上る模様。その中に、不自然に魔力の大きな艦がいる様だ。接近して確認せよ。』
『此方イーグル隊、了解した。』
(新兵器でも開発したのか?)
突発的に追加された不確定要素に、誰もが不安に駆られた。
汎用ミサイルですが、多目的誘導弾を正式名称にしようと思います。




