第百二話 外を向く権力 内を向く武力
過激な宗教組織の思考はどうなっているんでしょうね?
エイハリーク大陸 ズリ領
ハイエルフの亡命者を乗せた暁帝国艦隊は、セイキュリー大陸へと向かう前にウムガルとゴルナーを送り届けていた。
ズリ族の警戒態勢は隙が無く、LCACが浜に近付く頃には多数のズリ兵が待ち構えていた。
「皆の者、武器を納めよ!」
ウムガルが前へ出て叫ぶと、ズリ兵は騒めく。
「ウムガル様、ゴルナー様、御無事で!?」
「心配を掛けたな。見ての通り、ピンピンしているぞ。」
二人の元気な返事を聞き、ズリ兵は歓声を上げる。
「それでは、我々はこれで。」
「うむ、無事な帰還を祈ろう。」
それだけ言うと、LCACは元居た艦へと帰って行った。
「さて、まずはシーカ殿に会いに行くか。その後に、族長へ報告だな。」
「何と報告すれば良いのやら・・・」
当然ながら、報告には族長以外の長老達も参加する。
世界を知らない堅物達を前に、どう報告すれば良いかに頭を悩ませる。
第零艦隊
無事に客人を送り届けた艦隊は、今度は北へと向かう。
「これでは、ほぼ世界一周旅行ですね。」
「旅行言うな。」
阿部は、部下の言葉に一言だけ返す。
だが、あながち間違いでも無かった。
この後は、ウレブノテイルへと寄港して補給を行い、その後は東進して亡命者達を送り届け(その際に、ケミの大森林の調査を行う)、待ち合わせている勇者一行を乗せて帰還するのである。
バルチック艦隊よりも壮大な航海であるが、戦時下と言う訳では無く、そこまで緊張を要する旅でも無い。
部下の宣言通り、多くの乗員が旅行気分を味わっていた。
・・・ ・・・ ・・・
レック諸島
暢気に船旅を続ける第零艦隊とは打って変わり、レック諸島は厳戒態勢にあった。
セイルモン諸島と同じく、セイキュリー大陸の圧力が急激に強まっているのである。
連日、複数の戦列艦が巡視船に接近しては威嚇射撃(当てるつもりで撃っているのだが、全く当たっていない為に勘違いされている)を行う日々が続いており、同時に商船に対する被害が増加していた。
撃沈や拿捕は未然に防止出来ているが、多くの死傷者が発生していた。
この行為は、ハレル教圏の本格的な軍事行動の前触れであると判断され、本格的な軍の増強が推進されている。
だが、平時の海域の維持と航空戦力以外では、大陸統合軍が主となって対処する事となった。
大陸統合軍では、以前にも増して近代装備の普及が進んでおり、海上戦力は装甲コルベット艦を次々と就役させていた。
その為、ミサイルを主とする遠距離戦が暁帝国頼りなのは変わらないが、それ以外では工兵関係を除いてほぼ自己完結出来る程度にまで進化していた。
反面、ゾンビ騒動以降徴兵制によって兵員の確保を行った所、想像以上に質が低い事が判明し、教育に頭を悩ませる事態となっている。
対するレック諸島の住民は、明らかに高まっている緊張状態に戦々恐々とする日々を送っており、屋内に引き篭もりがちとなっている。
その為、生活消耗品は買い占めの頻発によって好調な売れ行きを記録しているがそれ以外の消費が激減しており、レック諸島経済は健全とは程遠い状態となっている。
ただし、以前から懸念されていた治安悪化は、島民の活動が限定的となっている為に落ち着いている。
とは言え、安定しているとはとても言えない状況であり、国防上の重要地点となっているこの地域の情勢悪化には、暁帝国も頭を悩ませていた。
「スゲーな!これが暁帝国の装備か!」
レック諸島へ派遣された大陸統合軍の面々は、同じく派遣された暁帝国軍の装備を見て興奮していた。
「いやー、俺は正直、此処への派遣が決まった時は死んだと思ったね。でも、こんな頼もしい味方がいてくれるなら生き残れそうじゃ無いか。」
「気を抜き過ぎだ!此処へ持ち込まれている暁帝国の装備の大半は、近距離では役に立たない物ばかりだ!」
楽観していた兵士を怒鳴り付けたのは、ゾンビ騒動にも参戦した古参の兵士である。
彼は、暁帝国の兵器についても良く学んでおり、それぞれの利点と弱点を理解している。
「役に立たないなんて失礼じゃないですか?これだけ凄いモノが一杯あるんですよ?」
「貴様等は、勉強不足な上に実戦の心構えが全く出来ておらんな。今の内に、みっちり鍛え直してやる!」
急な情勢変化で兵員の教育は追い付いておらず、半分は寄せ集め同然の状態となっていた。
古参兵達は、忙しい日々を送る。
・・・ ・・・ ・・・
神聖ジェイスティス教皇国
帰還した勇者一行は、早速歓待を受けた。
だが、スノウとフェイは前回の歓待と比較して違和感を感じていた。
(何だ?やけに食事が豪華だな・・・此処までの物を出す余裕なんて無い筈だが。)
「勇者殿、此度は誠に御苦労でしたな。」
疑問を感じている所へ、シェイティンがやって来る。
「教皇代理、やけに豪華な内容ですけど、こんなに色々出して大丈夫なんですかね?」
フェイの疑問を聞いたシェイティンは、待ってましたとばかりに説明を始める。
「実はですな、最近セイルモン諸島近辺で多くの品を仕入れられているのですよ。」
「セイルモン諸島から?」
ハレル教圏にとって現在でも重要地点とは言え、孤立化した事で経済的価値は皆無に等しくなっている筈である。
「ちょっと待って下さい。セイルモン諸島<近辺>とは、どう言う意味ですか?」
奇妙な言い回しに気付いたスノウが尋ねる。
「ちょっと戦列艦を差し向けて、西諸島へと向かう船を捕えているのですよ。今はまだ十分とは言えませんが、確実に様々な品が集まっています。ハレル教圏が持ち直すのも、時間の問題でしょう。」
五人は、揃って唖然とした。
前線での略奪行為はよく目にして来たが、教皇庁主導による略奪行為など、これまで聞いた事も無い。
「勇者殿には、多大な苦労を背負わせてしまいましたからな。ほんの些細な物ではあるが、これは心ばかりの労いなのです。」
今度はリウジネインやって来て、にこやかに語り掛ける。
「我等の勝利は、最早遠い未来の出来事ではありません。此度は、その勝利の前祝いとなるでしょう。」
大げさに手を広げて語るシェイティンの口上に対し、その場にいる全員が歓声を上げる。
「それは、本当でしょうか?」
「勿論ですとも。」
スノウの問い掛けにも、シェイティンは即答した。
「では、バスティリア王国とアウトリア王国は、何故内戦状態に陥っているのでしょう?」
これには、全員が面食らう。
既に、ハレル教圏で知らない者はいない情報とは言え、そのハレル教圏を離れていた勇者一行には知りようも無い筈である。
「既に聞き及んでいたとは、流石ですな。」
だが、リウジネインはお喋りな官僚がいたとだけ考え、返答する。
「確かに、その二国の惨状は事実です。ですが、それは背教行為をしたが故の罰に過ぎないのです。ハルーラ様の御意志を代弁する教皇庁の意向を無視し、身勝手な勢力伸長を行ったが故の当然の結果なのです。」
「それで、どれ程の犠牲が出ているのでしょう?両国にいる大勢の敬虔な信徒を見捨てるのが、教皇庁のやるべき事なのでしょうか?」
「繰り返しますが、これは罰なのです。どれ程の犠牲を払う事になろうとも、与えられた罰は受け入れなければなりません。」
何を言っても無駄だと判断したスノウは、此処で話題を変えた。
「それでは、アウトリア王国はどうなっているかは御存知ですか?両国に挟まれているのですから、何らかの被害があってもおかしくありません。」
「アウトリア王国ですか。確かに、報告は上がっていますね。」
アウトリア王国は、内戦状態のバスティリア王国とエイスティア王国に挟まれている為、国境付近が政情不安に巻き込まれつつあった。
また、聖教軍の一部が両国から派遣された人員によって賄われていた為、数千人が聖教軍から姿を消している。
尚、この数千人は勇者一行の鍛え直しによってかなりの実力が身に付いていた為、両国内で精鋭部隊として扱われていた。
「申し訳ありませんが、すぐにアウトリア王国へ向かいます。」
話を聞いた五人は、直ちに動き出す。
「そんなに慌てずとも良いのでは?現地には、聖教軍がいるのですよ?」
「聖教軍は、領内の安定化に向いていません。すぐにでも向かわないと。」
制止も聞かず、五人は教皇庁を飛び出した。
途中で馬車を調達し、北へ急ぐ。
「何で、こんな事に・・・」
その問い掛けに答える者はいない。
だが、答えは分かり切っていた。
ここに来て、残留組であった三人もセイキュリー大陸から姿を消す事に迷いは無くなった。
・・・ ・・・ ・・・
レック諸島西岸沖
東を目指して進む船団がいた。
「長かった、漸くだ・・・」
甲板に立つ男は、そう呟いた。
「あれから、何年経った事か。」
もう一人の男が近付いて来て呟く。
彼等は、かつて復讐の為にこの海域へやって来た民間人ジャックとテリーである。
今は、海軍軍人として戦列艦へ搭乗している。
ただの一兵卒に過ぎないが、復讐を糧にあらゆる訓練をこなして来た彼等は、水兵の中でも指折りの実力を持つ精鋭となっていた。
「そんなに気負うなよ。どうせ奴等は、神罰を恐れてこっちを攻撃出来ないんだろう?」
仲間の水兵が、近付いて来てそう言う。
二人は、レック諸島沖まで出向いた数少ない(実際はそれなりにいるが、軍へ進んだ者は数える程しかいない)生き証人である。
その為、よく当時の事を語って聞かせていた。
その結果、巡視船が威嚇射撃に留めて撃沈を行わない事を都合良く解釈した話が軍全体へと広まり、レック諸島は教皇庁によって警備の甘い海域として認定されてしまったのである。
更に、かつて強引に進出を行っていた所へ暁帝国の妨害を受けて頓挫してしまった経緯から、「この機会にレック諸島を<奪還>すべし!」との号令が発せられた。
列強国を本格的に相手取る余裕は無いが、警備の甘い海域の小さな諸島ならば、むしろ絶好の獲物であると判断さた故の動きである。
加えて、当初想定されていた通商破壊だけでは満足出来ないより強硬な者達を諫める役割も果たしている。
その上、曲がりなりにも貿易の中継拠点として機能していた諸島であるだけに、多くの旨味があるだろうと期待されている事も大きい。
「だが、これまで派遣された艦隊は、皆逃げ帰って来てる。それに、行方不明になっている艦も多い。」
攻撃される心配が無いと高を括っていようとも、あの砲撃を直接目にした二人は、未だに恐怖を克服出来ずにいた。
海軍への道を志した事で、目にした敵の戦闘力がどれ程並外れているかを理解してしまっていたのである。
「フン、数の少ない先遣隊だからと言って、ああも及び腰になるなんてな・・・行方不明になった連中だって、どうせ戦利品を独占したかっただけだろう。」
先遣隊は、本隊到着までの嫌がらせを目的としているが、約七割が逃げ帰るか行方不明となっている。
「だが、俺達は違う。精強な海軍軍人として、そして敬虔なハレル教徒として、皆の模範になる戦いをするんだ!」
「だが、俺は一度逃げ帰っている。今だって、あの時の事を思うと恐ろしい・・・」
威勢の良い言葉に対し、テリーは体を震わせる。
「それでも、お前は戻って来たじゃ無いか!それに、今度は大勢の味方がいる!寄せ集めじゃない精鋭がな!」
二人は、周囲を見回す。
(そうだ、俺達は一人じゃない。共に戦ってくれる仲間がいるんだ。今度こそ、家族の仇を・・・!)
共に向かう仲間の存在を思い出し、復讐者はより強固な決意を胸に刻む。
・・・ ・・・ ・・・
アウトリア王国 聖教軍司令部
「勇者様、申し訳ありません・・・」
大慌てで戻って来た勇者一行に対し、出迎えの兵士は謝罪から始めた。
名ばかりとなった司令部には、最低限にもならない人員しか残されていなかった。
「一体、何があったんだ!?」
「それが・・・」
レオンに問い詰められた兵士は説明を始める。
聖教軍に残っていた兵員は、相変わらず無能を晒す指揮官達によって複数個所に分散している状況にあった。
その目的は、政情不安に陥っている両国の領土の横取りである。
勇者の目が無くなった事で再度足の引っ張り合いが発生したが、目的がネルウィー公国侵攻である事は共通していた。
その主導権争いによっていつまで経っても実行出来ずにいたのだが、その最中に飛び込んで来た情報が、東西の隣国の内戦である。
野心に溢れる彼等が何もしない訳が無く、それぞれが勝手に分捕りたい領土への侵攻を主張し始め、一刻も早く実行へ移したいが為に、それまでの言い争いが嘘の様に各自がそれぞれ兵を率いて動く事で合意したのである。
更に、教皇庁に対する報告は一切行っておらず、密偵もノーマークであった為に把握出来ていない。
「それで、彼等は何処へ向かったのですか?」
スノウは、努めて冷静に問う。
「それが、指揮官方は軍を五つに分けてそれぞれ独自に進軍しております。場所は・・・」
提示された目的地から、連携も何も無くそれぞれが勝手に動いている事が丸分かりであった。
立場を問わず、次々と明らかにされる自勢力の醜態に、五人は何も言えない。
「少し、五人だけで話し合いたい・・・部屋を用意して・・・」
通された会議室で、五人は顔を突き合わせる。
「外界に出て略奪行為をやってるって話だけでも頭が痛いってのに、よりにもよって今度は味方に対する侵略行為かよ。」
フェイは、覇気の無い声で呟く。
「とにかく、これは止めるべきだと思うわ。」
「そうだな・・・」
自らが育て上げた聖教軍の愚行を止める事が、せめてもの責任である。
そう判断し、五人は個別に分散した聖教軍を止める事となった。
だが、既に五人ともハレル教に対する愛想が尽き果てていた。
結局の所、戦いの模範を示して来た自分達の方が異端であると言う事を思い知らされていたのである。
だが少なくとも、大陸外では似たやり方をする勢力がいる事を知っている。
五人は、五人ともが今となっては忌々しいこの大陸から離れる為に、最後の総括を終わらせに急ぐ。
自分の考えが絶対的に正しいとでも思ってるんでしょうかね?




