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第百話  動く者と動かない者

 祝、百話達成!

 センテル帝国  小ウォルデ島沖



 亡命問題の話が纏まり、残っていた船団がベイジスト海から離れる中、一部は相変わらず停泊を続けたままであった。

 その停泊を続ける船団を見た各国の代表団は、悪い予感を禁じ得ない。

「何とも不吉な組み合わせだ・・・」

 片方は最強国家の船団であり、もう片方はその最強国家と対立している宗教国家の船団である。

 此処で開戦したとしても結果は決まり切ってはいるが、現状ではこれ以上の緊張状態は何処も許容出来ない。

 大した苦労は無かったとは言え、主要国が一斉に動いてしまったが為に、「世界大戦の再来か!?」との声が各所から上がっていたのである。

 再び世界大戦が勃発すれば、再度経済が滅茶苦茶となる。

 市場は直ちに反応し、各地で買い占めに端を発するインフレが進行する程となっていた。

 主要国の動きが周知される毎にインフレは収まりを見せたが、緊張が完全に解けた訳では無い。

 尚、真っ先に買い占めを始めた商人や富豪は一般からの恨みを買い、政府からも不安を煽った元凶として、経済問題に関するあらゆる責任を押し付けられる事となった。

(何も起きませんように・・・)

 だが、出来る事は神頼み程度のモノである。

 手を合わせつつ、各国の船団はテセドア運河を通って行く。



 小ウォルデ島  宿泊施設



 一旦枢機船へと戻っていた三人は、協議を終えて先に戻っていた二人と合流する。

「お、帰ったか。」

「どうでしたか?」

「連中の言った通りだったよ・・・」

 レオンはそう言うと、身体を椅子へ投げ出した。

「ハァーーー・・・」

 レオンに限らず、シルフィーとカレンも疲れ切っていた。

 理屈の通じない狂信者を相手にするのは、勇者一行と言えども神経を擦り減らす作業であった。

「それにしても、どうやってあいつ等の企みを把握したのかしら?」

「確かに、アウトリア王国で会った奴等と同じく誰も魔力を持っていない・・・。なのに、どうやってあれだけの物を作り出せて、どうやって知り得ない企みを知る事が出来たの・・・?」

 三人は自覚していないが、彼等は無意識の内に暁帝国を評価していた。

 相変わらず不信感が前面に出ているが、これまで修羅場を潜り抜けて来た経験が、暁帝国の底知れない力の大きさを無意識の内に認識し、魔力を持たないだけで下に見る態度を是正していたのである。

 それは、今まで見せ付けられて来た物を「暁帝国が自ら作り上げた。」と認識している事に現れていた。

「スノウ、そう言えば重要な事を言い忘れてるぞ。」

「そうでしたね。私とした事が・・・」

「何の話だ?また教皇庁が何かやらかしたとか言う話だったら、もうたくさんだぞ。」

 これから語られるであろう新たな情報に、三人は身構える。

「暁帝国なのですが、この世界の国では無いそうです。」

「・・・・・・?」

「え、どう言う事?」

「何を言いたいのか、さっぱり・・・。」

 三者三様の反応を示すが、その反応はどれも常識的な反応であった。

 それを見た二人は、苦笑を禁じ得ない。

「ええとですね、そんなに難しく考えないで下さい。」

「単純な話だ。連中は元々、此処とは別の世界の住人なんだよ。」

「「「?????」」」

 三人の頭に、大量の疑問符が浮かぶ。

 時間を掛けつつも何とか説明すると、今度は唖然とする。

「そんな事って・・・!」

「元々魔力の存在しない世界から来たとすれば、辻褄は合います。」

「だが、魔術も使わずにどうやってあれだけの芸当が出来るんだ?」

 魔術を基礎とするハーベストの住人である以上、魔術を利用しない技術は理解の外となる。

 ズリ族は殆ど魔術を利用していないが、社会制度は高度ながら生活水準はかなり低く、「魔術を行使出来ない勢力は原始的な生活しか出来ず、極めて貧弱とならざるを得ない。」と見做されて来た。

「連中は科学技術とか言ってたが、何が何やらさっぱりだ。分かった事は、センテル帝国よりも強力だって事位だな。」

 フェイは、ノーバリシアル制裁で直に見た事を思い出し、顔色を悪くする。

(センテル帝国よりもだと・・・?)

 三人は、フェイとは比較にならない程に顔色を悪くした。

 テセドア運河と言い、小ウォルデ島と言い、これまで見せ付けられて来た物は、世界最強の称号に相応しい見る者を圧倒する光景ばかりであった。

 世界を知らなかった三人は殊更に大きな衝撃を受けており、魔術起源の技術を利用していると言っても、それが本当だとは到底信じられない程の差が存在している事を実感した。

 にも関わらず、よりにもよって魔術を行使出来ない国が、最強である筈のセンテル帝国より優れていると断言されてしまったのである。

 そして、現状その様な最強の列強国と敵対してしまっている。

 更に、提示された証拠を信じるのならば、その最強の列強国を不当に貶めるばかりか、途轍も無く悪辣な方法で滅ぼそうともしてしまった。

 やはり信じたく無いが、枢機船での一幕によって無条件で刎ね付ける事も出来なくなり、暁帝国に同調しようとする仲間の言をこれ以上無視も出来ない。

「俺達は、何を信じればいいんだ・・・」

 彼等の正義の根幹であり、これまで指標として来たハレル教に対する信頼が、音を立てて崩れ始めた。




 ・・・ ・・・ ・・・




 神聖ジェイスティス教皇国  教皇庁



「経済は、回復傾向にあります。ですが、やはり大破壊以前と比べると、明らかに低調です。」

「やはりですか・・・私の方にも、商人からの要望が多数殺到し始めています。街道整備によって流通は回復しつつあるが、大破壊によって取引先が大きく減った為、このままでは破綻するのも時間の問題であると。」

 リウジネインとシェイティンは、相変わらず暗い展望に頭を悩ませていた。


 独断行動の失敗によって賛成派を黙らせた二人は、大手を振って内部の安定化に努めていた。

 背教審理までチラつかせて各国へ労働力の供出を迫った結果、街道整備は九割以上が完了している。

 予定よりも若干遅れはしたが、これによってセイキュリー大陸の大動脈は復活した。

 ところが、それを待っていたかの様に新たな問題が噴出していた。

 核攻撃以降最悪の状態へと陥っていた治安は、各方面の努力によって回復傾向にあった。

 そして、街道整備と連動する様に各種需要が増し続けているのだが、需要に対して供給が頭打ちとなり始めているのである。

 治安が回復すればする程、流通が活発化すればする程、余裕の出来た民衆の購買意欲は上がり続ける。

 しかし、孤立化しているセイキュリー大陸と積極的に貿易を行う勢力は殆ど存在せず、核攻撃による人口減少と主要都市の消滅によって、全体の生産力も大幅に落ち込んでいる。

 更に、元々良いとは言えない農業生産も落ち込んでおり、流通の停滞と相俟って餓死者も相当数に上っていた。

 流通が回復しても生産力自体の回復はおいそれとは出来ず、不満は確実に蓄積していた。

 そして、ハレル教圏の経済を牛耳っている各商会は、流通の回復の為に現状では過剰と言える程の人員を手配しており、更なる経済の回復が見込めなければ立ち行かなくなってしまう状態にあった。

 加えて、独断行動を行った二ヶ国が内乱状態に突入してしまった事が、民衆の不安を無駄に煽り立てる結果となっている。

 そして、教皇庁の知らない所で、いつまで経っても苦しい現状が変わらない事で、ハレル教の存在意義を疑問視する信徒が現れ始めているのである。


 頭を抱える二人だが、意を決した様にシェイティンが話し出す。

「リウジネイン殿、こうなれば最終手段を使うしかありません。」

「最終手段?」

「はい。聖戦を布告するべきかと。」

 リウジネインは、まさかの進言に目を見開く。

「何を言われる!?折角止めたと言うのに、この期に及んでその様な掌返しなど出来る訳が無いでしょう!」

「落ち着いて下され!何も、今すぐにと言う訳ではありませぬ!」

 いきり立つリウジネインを諫めつつ、シェイティンは説明する。

「リウジネイン殿、信徒の不満は最早抑え込めなくなりつつあるのは理解されていると思います。」

 この指摘に、リウジネインの勢いが弱まる。

「街道整備が終わりつつあり、北のゴタゴタを取り敢えずは止めましたが、その後の目標が何もありませぬ。」

 これまでは、ハレル教圏の復興と言う明確な目標が存在した為に、各方面から噴出する不満を何とか抑え込めていた。

 だが、復興は既に終盤へと差し掛かっており、その後の展望が存在しない現状では、それぞれが望む展望を実現する為の主導権争いが発生する事は目に見えていた。

 更に、バスティリア王国とエイスティア王国の醜態がハレル教圏の結束を脅かしているのも事実であり、このまま放置していては不満が内側へ向けて暴走する危険も孕んでいた。

「少なくとも、内輪揉めが始まる前に次の目標を決めるべきです。幸い、大破壊を受けた地域以外は無傷も同然です。」

 実際には、どの地域も例外無く大混乱となり、多くの死傷者を出していた。

 とは言え、直接的な核攻撃の被害と比較すれば微々たるものである。

「あらゆる方法を模索しましたが、効果的なのは最早打って出る以外にありませぬ。」

「しかし、未だに安定しているとは言い難い。それに、今の状態で聖戦を強行すれば、破綻するのは間違いありませんぞ。」

「その問題を解決する為にも、打って出る必要があるのです。」

 シェイティンの提示した聖戦とは、周辺海域での略奪行為の推奨である。

 最終的には正規軍による侵攻を行いたいとしているが、統制に不安がある事に加え、物質的にも全く余裕が無い為、まずはこの様な形を取る事とした。

 大陸内だけでの自給自足は不可能な状況にある以上、外部との貿易を行わなければならないが、まともに取り合う所は殆ど存在せず、必要量を輸入出来ていない。

 それならば、教皇庁の後ろ盾によって海賊行為を容認どころか推奨して懐を温めようと言う訳である。

「なるほど!これまで散々辛酸を嘗めさせられて来た借りを返す事が出来、尚且つ行き詰まっている経済問題を解決する事が出来ると言う訳ですな。」

「その通りです。更に、不満を外部へと逸らす事も出来ましょう。」

 発想が蛮族のそれであるが、彼等には自身が間違っていると言う考えは無い。

「そうと決まればすぐにでも布告を行いたいものですが、何処へ派遣するかが問題ですな。」

「そうですね。どうせやるならば確実に成果を持ち帰れる方が良いですし・・・となると、交易の中心地や警戒の甘い海域へ行くのが宜しいかと。」

 僻地の小国では無く、今度は大陸の中心地で新たな皮算用が始まった。




 ・・・ ・・・ ・・・




 エイグロス帝国



 チェインレスの呼び掛けによって集められた閣僚達が、一同に会していた。

「では、始めようか。」

 音頭を取ったのは、皇帝 ジル である。

「急な呼び掛けにも関わらず、誰一人欠ける事無く御前会議を始められる事に感謝します。さて、本日皇帝陛下にまでご足労戴いたのは他でもありません。暁帝国に関しまして、新たな動きが確認されました。」

 閣僚が、揃って騒めき出す。

「具体的には、この星の裏側の探索を行うと言うものです。何か、特別な動きを察知したのかも知れませんが、それが何かは不明です。しかし、かなりの規模で動いている事から、尋常ならざる事態である事が察せられます。」

 此処で、閣僚の一人が手を挙げる。

「首相、昨今の情勢から暁帝国に注目するのは分かるが、いささか過剰反応に過ぎるのでは無いか?」

 彼は、産業大臣を務める バルファント である。

 産業省とは、第二次産業に関する全てを統括している部署である。

 その役割故に、国内情勢にかなりの労力を割いており、海外に関して目を向けるのは有力な工業製品が国内で流通を始めた時位である。

「急速に勢力を増した国である故、我が方も全く無関心と言う訳では無い。だが、製鉄技術の高さが目を見張る事を除けば、人口がアルーシ連邦に匹敵する程多い事位しか注目すべき点が無い。昨今の動きから考えるにそれなりの国力はある様だが、此処まで神経質になる必要があるとは思えない。」

 このバルファントの意見に、何人かの閣僚が頷く。

「私は、そうとは考えていません。暁帝国の台頭以降様々な動きが見られますが、その多くに暁帝国の姿がある。しかも、その動きの中心にいるのです。」

「一つ、宜しいでしょうか?」

 チェインレスの反論に割り込む様に、一人の閣僚が手を挙げる。

 彼女は、情報大臣の アンナ である。

「我が情報省が集めた情報によりますと、暁帝国では魔術が一切使用されていないとの事です。」

 全員が、理解が追い付かずに静まり返る。

 そこで、暁帝国出身者には魔力が無い事を説明する。

「複数の筋からの情報ですので、間違いと言う事は無いでしょう。」

「本当なのか?」

「何度も確認しました。」

 念を押して聞いても即答され、閉口する。

「それで、何が言いたいのかね?」

 此処でその様な指摘をする意味が分からず、チェインレスが尋ねる。

「私が思うに、暁帝国はそこまで過剰に気に掛ける必要のある国家であるとは思えないのです。」

 この言葉を聞き、バルファントは次の言葉に期待する。

「確かに、短期間で急激に勢力伸長を実現した事は驚くべき事です。相応の国力を持つ事は疑いようもありません。ですが、魔術を使えない以上、すぐに限界が訪れます。製鉄技術が優秀なのは確認済みですが、それだけでどうにかなるのでしたら、苦労はありません。」

 暁帝国から最も離れている事もあり、いくら頑張っても届く情報は断片的であった。

 また、直接的な接点を何も持っていない為に、魔術を利用しない技術力にも想像が及んでいなかった。

 そこへ、バルファントが追い打ちを掛ける。

「いずれは暁帝国と接触する事になるだろうが、現状ではその様な余裕は無い。増してや、星の裏側へと向かうなど以ての外だ。身の丈に合わない冒険は、身を亡ぼす事になる。」

 これには、誰も反論出来なかった。

 産業大臣と言う立場上、国力を最も正確に把握しているのは他でも無いバルファントである。

 更に、必要に迫られるか、国力の増進を期待出来なければ冒険的事業を嫌う傾向にもある。

「首相、此処は自重を求める。」

 結局、賛成多数によってバルファントの意見が通る事となった。

 ただし、情報収集を強化する方針ともなった。

 何処までも堅実に行くエイグロス帝国の姿勢は、多くの国が模範としている姿勢でもある。

 だが、無数の誘惑が存在するこの世界で、その堅実な姿勢を続けられる国はそう多くない。

 この忍耐強さが、エイグロス帝国の発展を支える原動力であった。

 しかし、時には冒険しなければ世界から取り残される事もよくある事である。

 世界の泥沼から無縁でいる一方で、動き続ける情勢から取り残されつつある事も確かであった。



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 どうか、最後までお付き合いください。

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