第九十七話 理想と現実
補足
現在のハレル教圏では、独断行動によって徴兵の動きが活発化しています。
教皇庁も把握し切れておらず、混乱状態となっています。
センテル帝国 小ウォルデ島
臨時世界会議二日目、
前回の反省を踏まえ、まずは各国が順番に意見を述べた。
「我が国は、王族の死刑を求刑する。これまで奴等が引き起こして来た惨劇を思えば、死ですら生温い。後の禍根を断ち切る為にも、この場で王族と言う血筋を根絶やしにすべきだ。」
「我が国は、死刑にはせず苦役に就かせるべきと考える。先程の意見にもあった通り、此奴等の犯した罪を償わせるには、死ですら不足している。であるならば、自ら死を望む様な境遇へと墜とす事が最も適した刑であると考える。」
「まず忘れてはならないのが、ハイエルフ族は強力な魔術師集団であると言う事だ。その王族ともなれば、魔術的素養は桁外れだろう。封魔の腕輪があるとは言え、不具合を起こさぬと言う保証は無く、危険である事は変わらぬ。制御不可能な事態へ陥る前に、速やかに処刑すべきである。」
各国の意見は、七割が死刑を求めると言うものであった。
全ての意見を出し終えると、議長が話を進める。
「全ての意見が出揃った訳だが、諸君等の主張は現状をより良くする為のものであると思う。だが、現状をより良くする為には、多くの判断材料を元に多角的な判断が必要となるだろう。そこで、いくつかの事項について確認を行い、改めて各国の主張を聞こうと思う。まずは、当事者の意見を聞きたいと思う。順番に発言せよ。」
全員の目が、王族へと向く。
「貴様等の様な下等」「我等を一体誰だと思ってい」「この様な扱いをした事を後」「貴様等、絶対に許さ」「我々を足蹴にした事を、あの世」「貴様等など皆殺しにして」
一斉に怒鳴り始めた為に何を言っているのか全く聞き取れないが、罵詈雑言の嵐である事は手に取る様に分かり、その場にいる全員のボルテージを上げるには十分であった。
「静粛にされよ!」
指示を無視された議長も怒りを堪え切れず、罵詈雑言を吐き出し切る前に声を上げた。
「貴様ァ、神聖な我等の言葉を妨害するとは何事」
バキッ
脇にいた衛兵が殴り掛かり、無理矢理黙らせる。
「それでは、次へ移ろう。ノーバリシアル神聖国の現状について、軍から報告を行って貰いたいと思う。報告者は登壇せよ。」
議長の指示を受け、アーノルドが前へ出る。
「それでは、報告致します。現状、ノーバリシアル神聖国は二つに分かれており、内紛が頻発している状態にあります。我が軍では、この二つの勢力をそれぞれ 懐古派 良識派 と呼んでいます。懐古派は、皆さんも御存知の通りのいつものハイエルフの集まりであり、今制裁に関して逆恨みをしている集団であります。対する良識派は、今制裁の発生した原因を理解し、改心する動きを見せている一派を指します。そして、皆様も想像は付いているかと思われますが、内紛にまで発展してしまった原因は懐古派の強硬姿勢にあります。懐古派の間では、現状を受け入れようとする良識派を「ハイエルフ族の恥晒し」として徹底排除しようとする動きが活発化し、それに抵抗する形で良識派も交戦を行い、結果として内紛状態になっております。」
アーノルドの報告に、場は多少ザワついた。
良識派の出現に驚いた者は少なからず存在したが、「今更遅い」と言うのがこの場にいる者の総意である。
「それでは、次へ移ろう。」
その後も、新たな判断材料が投入され、各国は自身の主張の再確認を行った。
「本日は、これで終了とする。翌日、改めて各国の主張を聞かせて貰う。御苦労だった。」
議長がそう言うと、全員が退席を始めた。
・・・ ・・・ ・・・
バスティリア王国
「これは・・・どう言う事だ・・・?」
ハットバークは、困惑と怒りが入り混じった声で尋ねる。
「げ、現在調査中でありまして・・・」
尋ねられた総司令官は、体を震わせながら答える。
総司令官が持って来た報告は、ネルウィー公国へ侵攻した軍との連絡が途絶えたと言うものである。
「・・・何処まで調査が進んでおるのだ?まさか、何も分からないと言う訳では無かろう?」
冷静な情報分析を優先すべきと考えたハットバークは、何とか怒りを堪えつつ静かに尋ねる。
「現在に至るまで帰還兵が全く確認出来ない事から、全滅したと判断するが妥当と判断致します。」
「・・・」
「以上であります。」
「たったそれだけしか分かっていないと言うのか!?」
流石に堪え切れず、遂に爆発した。
「そ、そうは申されましても、伝令すら戻って来ず、調査のしようが・・・」
「要請のあった追加の補給部隊も戻って来ていないのか?」
「はい」
無慈悲な首肯に唖然とする。
これまで散々辛酸を嘗めさせられて来た経験から、大きな損害を受ける事は想定されていた。
だが、後方の補給部隊を含む全軍が一人残らずやられてしまうなど、常識的に考えて有り得ない事態である。
実際には、追加の補給部隊を襲った逃亡兵達が生還していたのだが、末端の兵士は徴兵された農民に過ぎない。
国民主権などとは無縁なこの世界の一般的な国家のトップに過ぎない彼等は、その様な者達にまで意識を向ける事は無かった。
「陛下、如何致しましょう?」
総司令官の問いに、ハットバークは暫く頭を悩ませる。
(何が悪かったと言うのだ?此度の進撃は、これ以上無い理想的な状況での進撃あった筈だ・・・)
思考を巡らせば巡らせる程、顔は苦渋に満ちて行く。
今回の損害はあまりにも大きく、再侵攻は最早不可能な域に達しているのである。
「・・・仕方無い。ネルウィー公国侵攻は、無期延期とする。」
現実を受け入れない訳には行かず、此処に教皇庁から監督官が来ていれば怒り狂って抗議したであろう決断を下した。
敬虔な信徒では無い為に理性的な判断を下す事が出来た訳だが、その決断が遅きに失した事を後に嫌と言う程思い知る事となる。
・・・ ・・・ ・・・
センテル帝国 小ウォルデ島沖
「では、夜間に小舟で近付くと言うのはどうだ?」
「夜間は、センテル帝国の哨戒艇の往来が激しい。どうやっても見付かってしまう。」
「クソッ、忌々しい・・・!」
神聖ジェイスティス教皇国艦隊では、枢機船に主立った艦隊の幕僚が集合していた。
本当の意味で敬虔な信徒であるが為に、誰よりも盲目的となってしまっている彼等は、現在起こそうとしている行動が世界へどの様な影響を及ぼすかを考えられずにいた。
「何とか隙を突く事は出来んのか?」
「無理だ。常時見張らせてはいるが、奴等も此方を警戒している様だ・・・全く隙が無い。」
事態が思った様に行かない事に、彼等は焦りや苛立ちを募らせる。
「グズグズしていたら、世界会議が終わってしまう。」
「タダでさえ、勇者様の御手を煩わせているんだ。代わりに、我等が動かなくてはならない。」
「何としても一矢報いねばならん。此度の機会は、その為にハルーラ様が与えて下さった唯一無二の機会だ。この試練を乗り切る事が出来なければ、我等はハルーラ様の僕たる資格を失うだろう。」
この言葉に、全員の顔が引き締まる。
「「「「「暁帝国へ、神罰を!!」」」」」
彼等は、停泊している暁帝国艦隊への攻撃を企図していた。
盲目的な彼等は、自身の行動がどれ程重大な意味を持っているかを理解せず、闇雲に突き進む。
暁帝国第零艦隊
一方の暁帝国艦隊では、不意討ちに警戒しつつも呑気な空気に支配されていた。
「どうだ?」
「司令官、証言は着々と集まっています。」
「何も無い事は無いだろうと思っていたが、此処まで露骨なやり方をしようと考えていたとはね。」
阿部少将は、指向性マイクによって集めた枢機船での一幕を聞く。
「・・・会話の内容からして、上陸した連中はこの事を把握していないと見るべきだな。」
「それでも、監督責任を問う必要はあると思いますよ。」
「当然だな。」
副官と呑気にお喋りを展開しながらも、阿部はあまり良い気分はしなかった。
(奴等のやろうとしている事は、正当性など微塵も存在しないただのコロしだ。この様な無益な殺生をして喜べるなど、正気では無いな・・・人権意識が薄弱な時代であろうとも、普通は人を殺した事に対して罪悪感を覚える筈だが、奴等にはそれが無い。何が違うんだ?)
思考を巡らせながら外へ出る。
「動きは無いか?」
「ありません。」
見張りへ訪ねるも、状況に変化が無い事に安堵する。
圧倒的な技術差により、相手が何を考えようともどの様な動きも見逃す事は無い。
だが、決して相容れない価値観の差までは推し量る事が出来ず、漏れ聞こえて来る理解不能な論理展開に徐々に神経を擦り減らして行った。
小ウォルデ島 宿泊施設
本来想定していなかった訪問であった事から、竜人族の中でも大柄なウムガルとゴルナーは、少々窮屈な思いを味わっていた。
「さて、どう見る?」
若干身を縮めて椅子に座るウムガルは、藪から棒に問う。
「世界とは、想像以上に巨大なのだな・・・」
二人にとっては、世界のほんの一部に過ぎない小ウォルデ島だけを見ても驚愕の連続であった。
行き交う人種は多種多様であり、港には帆船から汽船まであらゆる船が停泊している。
この島で見た人々だけでも、彼等がこれまで一度に目にして来た人の数を超えていた。
これ程の人口を纏め上げるには相当の労力が必要な事は容易に想像が付くが、それでいながら激しく動き続ける情勢に畏れすら抱いていた。
「情勢は、明らかに悪化している。だが、どの様に悪化するのかが分からん。」
ウムガルは、今回の世界の連携は利害の一致によって引き起こされた事態に過ぎないと言う事を見抜いていた。
しかし、長らく世界情勢から手を引いていた為に浦島太郎状態となっている事は変わらず、具体的な対応策は何も思い浮かばない。
「とにかく、戻ったら族長達を説得せねばならん。今回は、世界の動きを観察する事に徹するべきだろう。」
ゴルナーが結論を出し、ウムガルも賛意を示した。
「それで、昨夜は聞きそびれちゃったけど、暁帝国の何を考える気なの?」
部屋へ戻って早々、カレンはスノウへ問い掛ける。
「まず聞きたいのですが、皆さんの暁帝国に対する印象はどの様なものですか?」
三人の目付きに、怒りが籠る。
「セイキュリー大陸を破壊した虐殺者だ。」
「何の罪も無い民衆を犠牲にした極悪人ね。」
「触れてはならない禁忌に触れた大罪人・・・。」
(以前のあたし達も、あんな感じだったんだな・・・)
スノウとフェイは、遠い目をする。
「そうですね、その答えは間違ってはいません。ですが、正しくもありません。」
「何が言いたい?」
面倒な言い回しに、レオンは少し苛立つ。
「あの大破壊を行う明確な理由があったとすればどうでしょう?」
「理由ですって?あんな行為を正当化出来る理由なんてあると思ってるの!?」
「あります」
スノウの即答に、三人は二の句が継げなかった。
「フェイ」
「ああ」
スノウに促されたフェイは、三人の前へ資料を拡げた。
その資料の完成度の高さに、三人は目を見張る。
「大したモンだよ。教皇庁がいくら頑張ったって、こんな凄い資料を見せられたら嘘もすぐにバレちまうだろうな。」
(まさか・・・!?)
フェイの露骨な言い回しに、猛烈に嫌な予感が駆け巡る。
慌てて資料へ目を通すが、時間が経つ毎に三人の顔色は急速に悪くなって行った。
「こ、これは・・・何の、冗談だ・・・?」
目を通し終えたレオンは、やっとの事でその一言だけを吐き出した。
「これは、暁帝国で作成され、センテル帝国を介して私達の元へ届けられた資料です。」
「そんな物、信用出来る筈が無い・・・!」
「言うと思ったぜ。ま、無理も無いがな。」
フェイの上から目線とも取れる発言に三人が非難の目線を向けるが、当の本人は意に介さない。
「フェイ、言い過ぎですよ。私達も、最初は同じだったでしょう。」
「・・・そうだな。」
フェイは、それきり口を閉ざす。
「スノウ、いくら何でも信じられないわ。それに、この資料が暁帝国の物だと言う事は、貴方達が暁帝国と繋がっていると言う事でもあるのよ。これじゃぁ、帰ったら背教審理にかけられるわ。もし、そんな事になったら・・・」
カレンの目は、遠くへ行ってしまった仲間へ縋るかの様な目をしていた。
「信じられないのは当然です。何せ、あの様な事をしてしまった相手ですから・・・ですが、私達は信じました。」
「どうして・・・?」
「洗脳でもされたのか?何をどうすれば、奴等を信じるなんて事が出来る?」
その場にいる全員の背筋が寒くなる。
レオンの声は、かつて無い程に冷め切っていた。
「私達は、彼等と直接会って理解しました。好き好んであの様な凶行に及ぶ方達では無いのです。」
「直接会って?」
「そうです。制裁の時に、直接会って話しました。そこで、どちらの言い分の方が信用出来るのか、どちらの行いの方が正しいと言えるのか、直接見る事で確信しました。」
レオンは、冷めた目で黙って聞く。
「レオン様も、直接会うべきです。教皇庁によって塗り固められた偶像では無く、本物を体感すべきです。そうで無ければ分かりません。」
「・・・」
「既に、会う為の段取りは出来ています。後は、決断するだけなのです。」
「ちょ、ちょっと待って!段取りが出来てるって、どう言う事!?」
「言った通りの意味です。暁帝国の代表団とは、明日にでも会う事が出来ます。」
流石のレオンの表情も、驚愕で彩られた。
同時に、想像以上にスノウの決意が固い事を悟る。
「・・・分かった。会うだけ会ってみよう。これ以上、仲間割れなんてしたくないしな。」
(第一の関門は突破しましたね・・・)
ひとまず問題は解決し、この日は眠りに就いた。
翌日、
「奴等は、改めて危険である事が分かった。死刑を求刑する。」
「我が国は、死刑を求める。」
「死刑である事は、我が国も変わらん。だが、その前に心からの謝罪も要求したい。」
大会議堂では、再度各国の要求が順番に述べられていた。
その結果は、九割が死刑を求刑するものとなった。
王族達は、顔を怒りで染めながらもただ黙って事の成り行きを見守る。
前日の目に余る言動により、一切の発言が許されていないのである。
「さて、各国の意見は出揃った。判決は既に決まった様なものではあるが、まだ何か意見を述べたい者がいる様なら聞きましょう。」
議長の問い掛けに対し、応じる者は誰もいない。
「それでは、判決へと移りたいと思う。」
議長の声に応じ、議長の脇に座っていた判事が前へ出る。
「センテル帝国司法部から参りました、ハリスと申します。」
ハリスは、王族の正面へと移動し、ゆっくりと語り始める。
「貴君等の行為は、多くの者を理不尽に死へと追いやり、更に多くの者をこの上無く苦しめる極めて悪質な行為であると言わざるを得ない。この様な凶行が行われた期間を見ても、最早通常の懲役刑などでは償い切れない程の長期に渡っており、決して許されざる行為であると断言するものである。よって、貴君等に対する判決は、死刑とする。」
直後、大会議堂全体から歓声が上がった。
特に、煮え湯を飲まされて来た周辺国の喜びは大きく、数人が抱き合っていた。
対する当事者達は、悔しさに顔を歪ませ、強く握り締めた拳から血を流す者もいた。
何事も自身が上で無ければ気が済まない彼等は、未だに旧来の価値観から抜け出せずにいた。
そして、その価値観を最後まで変える事も無く、一ヶ月後に全員が銃殺された。
王族が誰もいなくなった事で、ノーバリシアル神聖国は名実共に滅亡した。
このニュースは世界を駆け巡り、誰もが目障りな存在が消え去った事に大喜びした。
その夜、
判決が言い渡され、未だに興奮冷めやらぬ小ウォルデ島のとある一室では、極めて険悪な空気が流れていた。
「紹介します。此方が、私達のパーティーリーダーであるレオン様です。そして、シルフィーとカレンです。」
レオンの目の前には、吉田を筆頭とする暁帝国の代表団が座っていた。
王族の死刑判決の陰に隠れる様に、もう一つの重要な会談が始まった。
・・・ ・・・ ・・・
???
「第一次調査結果が纏まりました。」
「御苦労。それで?」
「面白い物が見付かりました。」
「何?・・・こ、これは!?」
「はい。間違い無く空母です。それも、我々の装甲空母に匹敵する程立派なモノです。」
「これは恐るべき脅威だ。いつの間にこんな物を・・・」
「ですが、此方を見て下さい。」
「これは・・・複葉機?」
「そうです。これ程の空母には不釣り合いな程に時代遅れの機体です。」
「何とも奇妙な光景だな・・・」
「造船技術が先行する一方で、洋上で航空機の運用を行うと言う発想が無かったのかも知れません。ただ、陸上機はどうなっているのかはまだハッキリとはしていませんので、引き続き情報収集を続けるべきです。」
「どちらにしても、とうとう航空戦力が飛竜から脱したと言うのは由々しき事態だな・・・それに、空母以外が未だに帆船と言う事はあるまい。」
「同感です。ですが、方々で帆船も確認されていますので、絶対数は少ないと推測されます。」
「そうか・・・これ以上脅威が増える前に、一刻も早く行動を起こさねばならんな。情報収集に人員をもっと回そう。」
新興勢力っぽい動きがありますねぇ。




