1.「墓泥棒、或いは、テウルギアの支配者(2)」
2
〈魔術〉。
それは社会を円滑に回すための機構。
ならば、〈魔術師〉とはその機構を運用する人員――――――必要不可欠な歯車、というのが妥当だろうか。別に魔術師が特別ってわけじゃない。誰でも素質さえあれば〈魔術師〉になる資格があるのだ。ただ、〈連盟〉と為政者の造り出した、魔術監視体制にあっては、一般社会の人々が〈魔術〉に接触する機会が少なすぎるだけで。
〈魔術〉は近代に入るまで、ごく身近なものだった。
今では全くもって不要でしかないけれど、医学や医療技術が発展する以前は、病気平癒を願って〈魔術師〉を訪れる者は多くいたし、遺失物の捜索なんかも魔術師の仕事の範疇だったから。勿論、〈魔術師〉が魔術を扱う人員――――というカテゴライズだとしたら、その呼称は社会ごとに違って、祈祷師や魔女、呪術師だったりとバリエーションも豊富。「大昔の迷信や俗習の廃止」や「三流オカルトに騙されるな」なんて、第二次大戦前後に、守旧派の〈連盟〉魔術師と体制側が声高に叫んだスローガンでしかない。たしかに現代社会にとって、〈魔術〉は古臭くて管理の面倒なシステム―――――であって、より合理的で普遍的な科学へと、代替置換されてしまっているけれど。
――――――〈魔術〉とは、人間社会の不安や願望を、普く解消する為の機構。
僕に言わせれば、科学が発展するまでの世界を、定義し解釈する枠組みといったところ。
そういう〈魔術〉に関しての解説を掻い摘みながら、経路案内アプリとリンクした自動走行モードの車内で、ニコチン濃度の高いタバコの煙に巻かれていた。
スーツ姿の男が運転席でタバコをふかしつつ、僕の説明を聞き終え、「はぁ成程」と気の抜けた声で呟く。チャコールグレイのスーツはかなり良い生地を使っていて、寸法もデザインも悪くない。但し、着古しているのか、少しくたびれたようには見えるけれど。シャツのボタンは上まで留めてあるし、ネクタイも整えられているから、そこまで嫌な印象はしなかった。髪も短くカットされている。
インターポールの捜査官。
リチャード・ブラック――――――年齢は三十六歳、妻帯者ではない。三年前から国際的な人身売買組織の捜査に当たっている。今回に関しては〈陪審員〉への接触が特例で許可。〈連盟〉と〈陪審院〉双方の認可の下、パリ市内で二等〈陪審員〉ダレン・ゴーストヒルズと面会中――――――っていうのが、ジャスト・ナウ。
僕の視線の先では締め切った窓を一枚隔てて、街の景色が流れるように移り変わっていく。パリの街並みは古い建築物と、リノベーションされたもの、或いは新築された物件が混在しながら続いた。過去と現在が攪拌されてしまったような、そんな風景の下には、硬い石畳が横たわったままだ。
「……ところで、その黒づくめの服装は制服なんですか?〈陪審員〉、いや、まさに死神のような存在とは聞いていましたが」
「制服は外套だけですよ。あとは自前です」
「おや、そうですか」
リチャード捜査官の指摘を受け、事務的な回答を返す。実際、〈陪審院〉の人間は、支給される黒の外套以外は、特に指定を受けた制服はない。但し、黒を基調とすること、という大前提はあるのだけれど。彼が言ったように、僕らが「死」に近しい職業であるのを考慮すれば、自然とそうなってしまう。ちなみに、僕の仕事着はだいたい、襟とボタンの黒いシャツ、サスペンダー付の八分丈のパンツ、多少高さのある黒革のショートブーツといった具合だ。
「しかし、驚きましたよ。まさか私の捜査している案件に、〈魔術〉なんてものが関わって来るとは、全く思いもよりませんでしたからね。〈魔術〉なんて聞くと、どうしても、ほらファンタジーなイメージが強いでしょう?」
「J.K.ローリングのハリー・ポッターとか?」
「ええ、そうです。もしかして貴方もファンタスティック・ビーストなんか、飼ってるんですか?」
「さあ、どうでしょうね」
僕はふ、と意味ありげな芝居をして見せる。
それから前置きを片付け、事件についての情報交換に移るよう、視線だけで促した。
シュヴァリィ一等陪審員の連絡を受けてから、翌日の午後「ドライブがてら」の面会を指定すると、急な申し入れにもかかわらず、二つ返事でオーケーが出た。そこで借りているウィークリー・マンションの最寄駅で待ち合わせ、相手の手配した車中で、今回の件に関する情報交換を始めたのだ。こういうとき、車は非常に便利で、移動できる密室――――っていうのは融通が利くから。
インターポールの捜査官が、フッ、と紫煙を吐き出しながら告げる。
――――――アンリ・ルペーズは人身売買組織の構成員だった可能性があります。
「まぁ、個人情報に関しては、そちらでも掴んでいるでしょうから、詳細は省略しましょう。とりあえず、六歳から一八歳までの義務教育期間の経歴には、特筆すべき事項は見られません。尤も、それ以降は貴方がた――――〈魔術師〉側の方が詳しいでしょうが。彼の最近の動向が、我々の耳に入ったのは単なる偶然ですが、ある国際的な人身売買組織のフランス支部で、彼の行動が確認されました。どうやら、〈魔術〉を用いた暗示や、或いは何らかの人避け―――――結界とでも言うんでしょうか?そういった小細工を弄して、『売り物』たちが逃げ出さないよう、コントロールすることが仕事だったようです」
人身売買。
昔は臓器移植を目的とした人身売買が主流だったものの、現在の「市場」はさらに巧妙化していて、一見ただの不法移民、非正規労働者にしか見えないような「労働力」の提供がメインになりつつあるらしい。僕自身は単なる魔術師だから、そのあたりに関しては、御世辞にも詳しいとは言い難いのだけれど。ただ、それ自体は少なくとも数年前から示唆されていたことだ。そういう輩は抜け道を考えるのに長けている。
まして、〈魔術師〉を抱き込んで人的資源を管理しようなんて、奴らくらいしか思いつかない。
僕はリチャード・ブラック捜査官の情報に、苦虫を噛み潰したような顔になりながら、「交換」すべき情報を口にすることにした。
「被疑者アンリ・ルペーズ、五十三歳。フランス人。スペイン国境に近いペルピニャン出身、両親共に〈連盟〉登録済みの魔術師で、昨年のデータ更新も確認しています。但し本人はここ数年間、〈連盟〉の情報更改請求に応じず、現在は消息不明扱い。内密に捜査官が突き止めた最新の住所もすでに引き払われています。フランスの学校制度には詳しくありませんが、一般の小学校、中学校――――コレージュ、と進んだ後、パリにある魔術専門の職業リセに入学。この学校は言ってしまえば、〈連盟〉傘下の魔術教育機関です。その後はフランスで活動する魔術結社に所属していたようですね」
僕は〈連盟〉から流してもらった調査情報を並べていく。ここまでは元々〈連盟〉に登録されていたデータだ。そして今から口にする内容は、外部漏洩禁止の〈連盟〉捜査局管轄の機密事項――――――被疑者アンリ・ルペーズに殺害されただろう、〈連盟〉フランス支部捜査官の捜査結果。
「ここからが問題ですが、〈連盟〉捜査官の一年間にわたる調査によると、彼はアンリ・ルペーズが魔術結社ではない、何らかの非合法組織と接触していたことを確認していた。同時に、一介の魔術師にしては派手な金遣いと、高度な魔術儀式の反復も見られた、と。そちらの報告から鑑みるに、魔術師として請け負った『業務』の報酬が破格だった、と見るのが妥当でしょう。ああ、それからルペーズの地下工房、今はすでに蛻の殻ですが――――どうやら大量の人骨が発見されたそうですよ」
アンリ・ルペーズは、〈連盟〉の捜査官を殺害した時点で、根城から逃亡している。インターネットやGPSといった科学技術や、魔術師同士のコミュニティといった、極めて複合的で精緻な〈連盟〉の監視網から逃れ続けることができるとは到底思えない。けれど、協力者がいるのなら話は別だ。被疑者の消息をロストしてから、すでに二週間が経過していることを考えると、彼を匿うだけの地力がある組織――――あるいは人物の関与は明白。
まして、インターポールの男が接触してきたとなれば、相当な権力者だろう。
――――――蛇の道は蛇。でも、藪を突いて蛇を出すのは危険すぎる。
「実は……これは、我々の捜査班でも極秘とされてはいるのですが。その国際的な人身売買組織が、フランス国内で動くにあたっての実動部隊――――『フランス支部』と仮称していますが、それがどうやらフランス最大の右派政党と関連があるようなんです。ご存知でしょう?シャルル・ブラン氏率いる極右政党。不法移民や難民の受け入れ拒否、徹底的な排斥、EU離脱を掲げている」
「ええ、今日のフランス大手新聞の記事にも、取り上げられていましたね」
「表向きはブラン氏とも、その政党とも何ら関わりはないんですがね。彼らの外郭団体――――と幾つかの架空名義の会社や財団を通して、不正且つ多額の金銭がやり取りされている。我々の調査によれば、中東方面から流れてくる申請中の難民の一部を、人身売買組織へ横流ししているらしいんですよ。秘密裡にね。まだ現場も証拠も押さえられてはいませんが。ほら、ここ最近また難民や不法移民が増加傾向にあるでしょう?アメリカの政策転換が尾を引いているんだろうな……イスラエルとパレスチナの停戦状態も、かなり緊迫してきていますからね。それにイスラム系の過激派組織も、未だ根絶できていない――――――シリアやイラクの国境付近も相変わらずです。ここにきて、イスラエルとパレスチナの一部で紛争騒ぎとなれば、難民や移民が増えるのも仕方がないことでしょう」
二年前、アメリカの大統領選挙で移民排斥を掲げる、極端に保護主義的な政治家が当選。そのせいで、NATOやG7といった多国間の集まりから、アメリカという大国が徐々に離間しつつあった。イスラエルとパレスチナに関してだって、アメリカがイスラエルに肩入れしたことに触発されて、緊迫した状態にある中東関連の国際情勢とくれば、多少新聞を読んでいれば誰でも知っている。
「――――――つまり、ここ数年で増加しているフランスへの難民を、極右政党の後ろ盾を受けて人身売買組織が売り飛ばしている。そして、その売り上げが極右政党にも何割か流れている、と。アンリ・ルペーズはフランス国内の実動部隊の一員で、〈魔術〉を用いた独自の業務を担当していたため、多額の報酬を受け取ることができたわけだ」
僕は敢えて、もう一つの事実を指摘せず、黙っておいた。
アンリ・ルペーズの地下工房で見つかった――――――魔術儀式に費やされたのだろう、白骨化した大量の人間の残骸。それは恐らく、彼が『業務』の報酬として受け取った、罪のない難民たちだ。
――――――人間は醜い。
大概〈魔術師〉絡みの事件は「胸糞悪い」ものばかりだと、相場は決まっているのだけれど、今回に関しては気持ちが悪いというよりも―――――悍ましい、としか思えなかった。
タバコをふかしているせいか、それとも仕事柄か、実年齢にしては渋さのある顔で男が続ける。
「ナチス・ドイツのヒトラーは自死の間際、『百年後にはまた新たな私が生まれるだろう』――――――というような発言を残したそうですが。彼らはベルサイユ条約で背負わされた、莫大な額の賠償金、加速度的に進行するインフレーションなどの憤懣を、ユダヤ人というスケープゴートを作り出すことで解消しようとした。ユダヤ人がドイツ人の雇用を奪い、そして、金融業で金儲けしているとね。今回だって同じだ。不法移民や第三国に定住した難民たちが、フランス国内でフランス人の雇用を奪っている、というわけです。もしかすると人類というものは、何度やっても、過ちを繰り返すように出来ているんでしょうかね」
「少なくとも賢い動物ではないと思いますよ」
「……それでも、私たちは過ちを繰り返すわけにはいかないんです」
リチャード・ブラック捜査官が、意外にも、誓願を立てるような口振りで断言する。
僕はそれには答えない。
アイウェア型の端末を思考入力で操作し、頭の中にUNCHR――――――国連難民高等弁務官事務所による最新の難民情勢を引っ張り出す。ここにあるのは単なる数字の羅列。そこにどんな人間が含まれているのかなんて、生きた人間の輪郭は全く見えない。年間統計に還元されたデータから、それでも、何らかの意味を見出すのならば。僕たちにできることは、数字を数字として――――――有効に扱うだけだ。
二〇二二年時点での隣接国ドイツに対する庇護申請は、五十万人強に上っているが、フランスに関して言えば、現行の政府が難民・移民の削減傾向を採っている影響で、それほど多くの申請は見られない。ただし、審査結果を待つ庇護申請者は、全世界で四百万人。イスラエルとパレスチナ周辺の中東から、レバノンやトルコを通る陸路、もしくは地中海を渡る海路を経由してヨーロッパにやって来るのだろう。それらの人々のうち、フランスに入ろうとする者たち――――――は、恐らく数万人はいるはず。彼らの格好の餌食だったに違いなかった。
「彼らはどのように難民たちを攫っているのですか?」
「これは私個人の見解ですが、フランスの国境周辺に設けられた申請中の難民キャンプ――――もしくは、地中海経由ルートで、関係者を装って難民たちに接触。彼らを攫って施設に収容した後、薬物や〈魔術〉による精神コントロールを行い、完全に無力化して『売り物』にしている……そんなところでしょう。アンリ・ルペーズのような魔術師であれば、特に多くの人数を同時に捌ききれるというわけです」
僕はリチャード捜査官の推測に肯く。
彼の想像は突飛でもなければ、むしろ、十分にあり得る話だ。
――――――しかし、それを僕に話す理由はどこにある?
二等陪審員 ダレン・ゴーストヒルズ。
それが僕の肩書きなのであって、インターポールの捜査官や、フランス警察・検察と足並みを合わせる必要も、まして理由などないだろう。いや、〈連盟〉も〈陪審院〉も、便宜を図れと言いたいのか?だから、つまりリチャード捜査官たち――――国際警察やフランス警察に恩義を売れ。今回の件で「貸し」を作るというのが、〈陪審院〉上層部の狙い。そうだとすれば、確かに国連傘下組織である、〈連盟〉の内部機関としては、正しい判断かもしれない。
「……成程。貴方は人身売買組織だけでなく、彼らと繋がりのある極右政党と、ブラン氏をまとめてお縄に掛けるつもりというわけだ」
――――――それでも、私たちは過ちを繰り返すわけにはいかないんです。
リチャード・ブラックの発言を思い返す。
彼の「真の目的」は、人身売買組織とブラン氏の摘発――――――によって、未然に防がれるはずの結果。本命はフランス大統領選挙だ。大規模犯罪へのブラン氏の関与が露見すれば、その結果は、予想するまでもない。僕はそこまでを見通すと、〈陪審員〉としての任務と、リチャード・ブラックが求める「協力」を秤にかけた。
僕が絶対にアンリ・ルペーズを捜し出すと分かれば、インターポールとフランス警察が、揺るぎない証人の提供を求めてくるのは自然な流れだろう。
「ダレン・ゴーストヒルズ陪審員。貴方には、『被疑者』であるアンリ・ルペーズの身柄を引き渡していただきたい。……勿論、無理は承知です。ですが彼を捕まえられれば、フランス国内で活動する、人身売買組織の人脈を特定できる可能性が高い。そうなれば今後の捜査も、そしてブラン氏との繋がりも証明できるはずだ」
「僕も貴方の意見に賛成です」
「では……!」
ですが、と僕は言葉を継ぐ。
無慈悲ともとれるほど、にべもなく、彼の要望を切り捨てた。
「〈陪審院〉は――――――彼を『罪人』として処刑します」
「そんな、待ってください……!」
リチャード・ブラックが縋るように言い募るのを、スゥ、と冷めた一瞥で制してしまうと、僕は冷えきった金属じみた声音で問いかける。
「先程の僕の言葉を覚えていますか?アンリ・ルペーズの自宅で見つかった、大量の白骨化した人骨――――――あれは彼が〈魔術師〉として、より『強大な存在』を呼び出そうとした結果ですよ」
「え?」
「貴方、言ったでしょう。ほら、ファンタスティック・ビーストでも飼ってるのか、って。アンリ・ルペーズが魔術専門のリセで専攻したのは、〈アブラメリン魔術〉といって、天使や悪魔といった高位の霊的存在を喚起し、使役することに特化した魔術なんですよ」
〈アブラメリン魔術〉。
一四世紀、当時もっとも高名だった――――――とされるエジプトの魔術師・アブラメリンが操った神秘の御業。それを「原型」としながらも、一八九六年に近代魔術師の一人、マグレガ‐・メイザースによって発見された『アブラメリンの神聖魔術』へと、より現代的にマニュアル化された魔術の一派生だ。この〈アブラメリン魔術〉の特徴は、聖守護天使――――自らの身を守る霊的存在と対話し、その助力を得て、悪魔をも使役することができる―――――極めて高度な喚起魔術であること。一度悪魔と契約すれば、呪物や護符を駆使し、悪魔たちを自在に操ることも可能とはいえ、勿論相応の対価を消費しなければならない。
「そ、んな、ことが……」
「驚きますよね、ハリー・ポッターや日本のアニメのような魔法を思い浮かべていたのなら。でも、貴方がたが思うほど、〈魔術〉というのは美しくないし、都合の良いものでもないんです。等価交換。それが〈魔術〉の大原則。自らよりも強大な存在を使役するには、釣り合うだけの対価が必要ということ……つまり、簡単に言えば生贄が要る」
隣の席に座っていたリチャードが、短くなったタバコが指を焼いているのにも気づかずに、ぽかんと瞠目したまま僕の言葉を聞いている。
「アンリ・ルペーズは何も、多額の金銭が欲しかったわけじゃない。そんなものはね、〈魔術師〉にとっては所詮、ただの紙屑だ。彼が必要としていたのは、彼の求める完璧な〈アブラメリン魔術〉の理論――――を完成させるために、数多の実験を試行できるだけの、大量の生贄だったんですよ」
――――――〈陪審院〉は罪ある〈魔術師〉を逃さない。
「これで分かっていただけましたか?僕は〈陪審員〉として、彼――――『被疑者』アンリ・ルペーズに極刑を言い渡し、死刑執行を担う義務がある」
僕は止めの言葉を、本当にそっと、羽毛でなぞるように囁きかけた。
「その代わりといっては何ですが、こちらにも一人、貴方がたの役に立つ人物がいましてね。要は、スケープゴートです。それの身柄は差し上げますから、煮るなり焼くなり、例えばアンリ・ルペーズのかわりに証人台に立たせるのでも、お好きにしてくださって構いませんよ」
そのまま、リチャード・ブラックに車を止めるように言って、石畳の路端に降り立った。
「〈魔術師〉っていうのはね、科学者によく似ているんです。何か新たな理論が浮かべば、あるいは、新たな〈魔術〉の可能性が点れば、どんな犠牲を払ってでも極めずにはいられない。全くもって、ファンタジーとは程遠い、欲望に塗れた人種です」
リチャード・ブラックは、僕に対して、蒼白い顔のまま掠れた声で尋ねた。
「……では、貴方もそうだって言うんですか?」
「僕?」
僕がどんな魔術師も裁くだけの、〈魔術師〉として、卓越した技量をもっているとして。
――――――〈陪審員〉には。
「どうかな。僕にも自分のことは、あんまり、よく分からないんです。お恥ずかしい話ですけれどね。でも、一つ分かっていることは、僕の性格はきっと、この仕事を続けるのに向いていない」
それだけです、と僕は開いたドア越しに返す。
遮光性の窓ガラスの表面に薄っすらと映る、その顔がひどく虚ろで、それなのにどこか訣然としていることに驚く。ブリーチして色を入れた、シルバーグレイの髪が頬を掠め、少しだけ青がかった灰色の瞳がジッと僕自身を見透かしていた。そう。
第一〈魔術師〉なんて、大概、ロクな連中じゃないのだから。
リチャード・ブラックというインターポールの捜査官が、今回限りで、〈魔術〉とは交わることのない日常に戻ることを微かに祈った。
それから、さっき濁した答えを、ほんの気紛れとばかりに口にする。
ファンタスティック・ビースト。
僕が飼い馴らしているのは、天使や悪魔でもなければ、勿論魔物なんかでもない。本当のことを白状すると、リチャード捜査官の車に乗る前から、僕の周りには子飼いの「幽霊」たちが群れていたのだけれど。何せ霊感の無い人間には、幽霊なんて、全く不可視の存在でしかないのだ。彼が気付かなくても当然だった。「車を止めてくれ」と頼んだのも、今しがた、「手足」として放っていた幽霊が戻ってきたから。
パリの地に降り立った三日前から、数十の幽霊たちを、事件の全容解明のために放っておいた成果が出た。
お利口な幽霊たちは、どうやら、目当ての情報を携えてきたらしい。
「僕が飼っているのはね、ビーストじゃなくて、ゴーストです」